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23話

「……HP0。間違いなく死んでる」


 殆ど感覚を失った縛られた手を蹴とばされ、力なく横たわる小さな体に無情な宣告。


「っし。善行善行。気が晴れたぜ!なんで、こいつが魔物なんて忍ばせてたのか知らねぇけど」

「……しかし、どう説明すんだ?こいつの手グシャグシャじゃねぇか」

「そうよ。表立ってこんなボコボコにしたの明るみになったら厄介よ?」



 誰かが、何かを話している。



「大丈夫だって。この状況を教員に見せりゃ納得すんだろ。こいつは『魔物を飼って、校内に持ち込み。討伐の邪魔をした異端児』。つって言えば一発だよ。俺らにゃ何の非もねぇし」

「あ!おい!待てって!こいつはどうすんだよ?」

「そのまんまでいいだろ。状況証拠ってやつよ。どうせ無能の根性無しが、そんな怪我でまともに動けるわけねぇし。置いてけ置いてけ。あー!なんかすっきりしたなぁー!」

「……まぁ、有りっちゃ有りなプランよね。あんま引き止めて馬場の機嫌が悪くなっても面倒だし。いくわよ、跡部」

「ういうい~」



 何かが、頭の中に語り掛けてきた気がする。


 激痛と、非現実な感覚にかすむ視界。

 頭の中でガンガンと鳴り響き反響、反芻される声。


 遅れて―――



 《『魔獣・ティアマット』を討伐》



 その声に認識が追い付く。



「……ティ、ア……ッ!」


 ぼやける焦点を必死に絞りながら、先ほどまで手を伸ばしていたそこを見る。

 僕とティア。二つの鮮血でできた血の水たまり。その上に、溺れるように横たわる小さな体。



「――――ぁ」



 小さく漏れた、短い息。

 そこから堰を切ったように―――




「あぁあああぁあ゛あぁあ゛あああ!!」




 叫び散らした。

 それが勢いとなり、激痛を忘れさせ、体を突き動かす。

 指先が動いているのかよく分からない手で、すくうようにその体を抱える。


 その間も。

 その後も。



「――――――」



 叫び続けていたのか、そうでないのか、よくわからない。






 ::::::::::






 多分、走った。

 走ったとしたら、人生の中で一番全速で。一番醜い疾走だったろう。


 多分、呼吸もまともにできていなかった。

 そうだとしたら、人生で一番息苦しくて。一番醜い顔をしていただろう。


 多分、助けを求めた。

 もし、そうだとしたら――――






「楓ざん!!」



 僕の人生で、頼れる人は限りなく少なく。彼女は間違いなくその一人だろう。




「……っ!灯、真さん?そんな大きな声で――――」


 玄関先で、一声で声が枯れるんじゃないかというくらい、大きな声で楓さんの名前を呼んだ。

 庭の手入れをしていた彼女は、すぐにこちらに気付いてこちらを見ると。


「灯真くん!?その血……!その手は!?」


 僕の姿を見て、ボロボロの手を見て、滴る血を見て。

 驚愕、心配、それを経て瞬時に最適な行動へ移ろうとする。

 けど、それら全てが今の僕には、この状況には、そぐわないと思った。


「ティアが!楓さん、ティアが!血がいっぱい出て動かなくて!」

「ティア、ちゃんが?い、いえでも、灯真くんも―――」

「楓さん!ティアが!ティアの、こと、助けで……!」

「っ」


 楓さんの逡巡は、一瞬だった。

 次の瞬間には、僕が家まで走ってきた速度なんかとは比べものにならないくらいの速度で景色は動き。それでいて、傷に響くことのない優しい動き。


「灯真くん!ティアちゃんを床に!体二つ分空けてその横に寝て!」


 そう指示を飛ばすと、胸の前で手を組み、目を閉じ、周囲の音が消えた様な集中の一瞬。



「『汝に向けるは敬愛。汝に求むは寵愛。汝に捧ぐは魔の抱擁。現出させよ奇跡の御業』……!」



 静かで、清らかで、力強い言霊。



「『エクス・ヒール』!」



 二人と一匹を包み込む魔法陣。視界一杯に広がる光の軌跡。

 そして体中に広がる温もり、和らいでいく痛み。



(ティア……!)



 そんな、自分の肉体の変化よりも、横たわる小さな家族へ意識が向く。

 変わらずぐったりとした様子を見ているうちに。


 光のヴェールは、徐々に薄まるように消えていった。



「……手の方は、大丈夫そうですね。後遺症も残らなさそうです」


 うまくいきました。と、額に僅かな汗をにじませ楓さんは言う。

 そんな彼女への礼も忘れ。


「ティア!ティアは!?」


 今だダラリと力なく横たわる傍へ飛びつく。


「……ティア?」


 呼びかけには応じない。

 そうだ、いつも前脚の間をくすぐるように撫でると、細長い身体をニョロニョロとくねらせ喜ぶんだ。


「ほら、ティア。くしくしくし」

「……灯真くん」


 どうやら、今はお気に召さないらしい。

 なら……


「楓さん。ティアのおやつもってきてもらえるかな?ちぇーる」

「……」


 楓さんは無言のまま懐から要望の品を出してくれた。

 いつも持ち歩いてるのか、初めて知った。楓さんも大概ティアの事が大好きだな。


「ティアー。好物のちぇーるだよ」

「……灯真くん」


 おかしいな。いつもなら、名前を聞いただけで体全体を使ってメチャクチャ反応するのに。

 ならば……


「ほーら。いい匂いだろ?」

「………灯真くん」


 おかしいな。


「じゃあ――――」

「灯真くん」

「なんだよ!!」


 肩に触れたぬくもりと、優しい呼びかけに、荒々しく答える。

 怒声で指先が力むと、ちぇーるの一滴が牙の覗く小さな口元へと垂れた。


「……私の回復魔法は。いえ。どんな魔法やスキルであっても、1から元の状態へ戻すことはできても……0から、失われたものを巻き戻すことは……できないんです」

「なに、それ。それじゃ――――」


 感情に任せ、楓さんを振り返る。

 けど――――


「ごめん、なさい」


 瞼を閉じ、長いまつげを湿らせ、頬につたうものと、歪んだその顔に何も言えなくなってしまう。


「……なん、で」


 否定、し続けなければならない。

 この、目の前で起きている現実を受け入れては、ならない。


 なのに……



「――――失われた命が、戻ることは……ありません」

「…………」



 理性が、それを理解しようとし始めている。



「だめ、だ……」

「………灯真、くん」



 ダメなんだ。

 これだけは、それだけは。



「イヤだ……」



 簡単に捨てるわけには、諦めるわけには、いかないんだ。

 諦めちゃ、だめなんだ。


 そのためになら、


(神様。お願いします、ティアを……)


 何にだって縋る。

 それでも足りないなら―――



(僕の、命なんていらないから―――)









 《『魔獣・ティアマット』を【変換付与】の対象に選択しますか?》




「―――え?」



 聞き馴染みは無いけど、よく知るその名が頭に響き。

 視線を上げると。






 名:ティアマット(1) 

 性別:♀

 レベル:10

 ジョブ:無職

 HP:0(-220)/300

 MP:500/500

 SP:100

 力:60

 丈夫さ:80

 素早さ:80

 知力:45

 精神力:70

 幸運:15


 スキル:

【成長促進Lv.5】

【根性Lv.3】

【擬態Lv.1】






「ステー、タス……?」

「……灯真くん?」


 目の前には、横たわる小さい身体。

 だけでなく、ティアのものと思しきステータス画面が展開されていた。


 何故?僕に見える?鑑定を使えないのに?


 一瞬だけ浮かび上がる、当然の疑問。

 けどそれは、すぐに掻き消え―――



「HP、マイ、ナス?」



 無意識に、その一点へと意識が吸い込まれる。



 《『魔獣・ティアマット』を【変換付与】の対象に選択しますか?》



 この選択肢が、何を意味するのか。



「灯真くん?灯真くん、どうしたんですか?灯真くん!」

「…………」



 今の僕にはわからない。

 だけど、今、命に対して、ティアに対して。選択を迫られ、選べと促されるなら。



「――――僕は」



 誰に、神様に縋っても、意味がないのなら。



「選択する」



 僕の意思で、選択する。



 《『魔獣・ティアマット』を【変換付与】の対象に選択。警告。希少レートが多く含まれ――――》



「っ!灯真くん!?と―う―――ん――!――――――!」

(絶対に、認めない。諦めない)






 《――――承認。【変換付与】を開始します》






 遠ざかる楓さんの声と、鮮明な無機質な声を聞き。


 僕の意識は、暗転して途切れた。

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