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21話

 ~冒険者業専門学校『実技訓練場・控え準備室』~



「……」


 最初に集合していた東の訓練場へ他のクラスメイト達が向かう中、僕達だけは別の建物の訓練場へ来ていた。

 と言っても、今までも使ったことのある、というか昨日の公開訓練でも使った北の訓練場だ。


「木村。わり、まだこの装備慣れてねんだわ。こっちの留め紐、やってくれ」

「うぃ……お。結構良さげな鎧じゃん?」

「へへっ。だろ?まぁ、親の金だけどよ。スネは齧れるうちにかじっとかないとな」


 仮想ダンジョンでの訓練を開始する直前の控室。

 室内にはそれぞれが装備を整える衣すれの音と、こ気味の良い金属音。

 そしてたまに聞こえる浮足立った雑談。


「ふふーん。どう?如月。あーしのこの艶やかな装備は」

「いや、かわいいのかもしれないけど……防御力なさそうね」

「如月は地味すぎー」

「機能美と言ってほしいわね」

(皆、自前の装備だ……いいな)


 冒険者資格を取得すると、校内の訓練でも自分で用意した装備品の使用が許可される。

 というか推奨されている。インターンとはいえ本物のダンジョンに赴くにあたって、普段から同じ装備で慣らしておいた方が都合がいいからだ。


 資格を取得する前にあらかじめ自分に合った装備品を用意している生徒は多い。

 馬場君達もそのクチで、それぞれに学校が貸し出すいつもの装備品とは違い、ピカピカの新品でテンションが高めなようだ。


「……」


 そんな和気あいあいとした皆の横で、僕はいつもの学校が用意した装備品を身に着けていく。


(……また、だ)


 黙々と準備していると、二つの違和感。

 一つは馬場君達。いつもは気に入らない僕に何かしら接触してくるはずなのに、今はまるで僕なんかいないかのように振る舞っている。まぁ、真新しい装備品を目の前に、無能の僕の事など眼中に無いだけだろう。


 もう一つは―――


(手が、体が……震える)


 臆病で緊張しいなのはいつもの事。

 だけど、だからこそ、この震えを止め圧殺する心の置き方。いつもならできる筈の、心の殺し方。


 それが今は……



『各自。準備ができたら転移陣の部屋へと進んでくれ』

「っし!」

「!」


 インカムから聞こえてきた先生の声と、馬場君が気合と共に掌に拳を打ち付ける音で思考が中断される。


『これから行うのは無監視下訓練。仮想ダンジョンに転送後は、インカムの信号は途切れ、いつもは作動している各所の監視映像も停止する』


 再三の説明を聞きながら転移陣へと足を踏み入れ。


『訓練ではあるが、第三者からの監視。つまり一時的な保護下が解除され、仮想ダンジョン内では君たちに全権が委ねられることになる。本物のダンジョン探索と極めて近しい状況だ。緊張感をもって挑むように』


 転移の光に包まれる。


 その間も、僕の震えが、止まることは無かった。






 ::::::::::






 ~冒険者業専門学校『警備室』~



「……子供と言うのは、本当に御しやすい」


 職員を退室させた、モニターの光が照らす室内で、一人呟く。


「そして、残酷だ」


 視線の先の映像には、ある一組のギルド。

 そして、耳につけたインカムから聞こえてくる音声。

 それらが伝えてくる事実が、企みの成功を指していた。


「かわいそうだが、君には退場してもらわなければならない」


 そして()()()()諦めてもらうのが一番おさまりが良い。

 昨日の、三人の女性冒険者とのやり取りを追憶。



 ……天門冬(てんもんどう) (ゆき)



「差し伸べる手すら、掴めぬほどに。その心を……壊す」 


 それには、未熟な精神の、その残酷さを利用させてもらうとしよう。


 幸い、男には。

 数多の人間、冒険者を、始まりから終わりまで見てきた、経験。

 その心理を掌握するまでに至るほどの、修羅場をくぐってきた己の経験。


 積まれた研鑽が、秘密裏に、悪意を持って、一人の少年に向けられ。



 そして、その運命を大きく変えようとしていた。






 ::::::::::






「馬場、くん?これは……」


 転移後、仮想ダンジョンへ着くなり木村君に背後から動きを封じられ、馬場君によって手元を何かで縛られる。


「あ?見ての通り、手錠だよ」

「なに……なん、で?」


 自由の利かない両手に目を落とすと、実際は手錠と呼べるものではなく、縄できつく締められている。

 冒険者を目指し、訓練を積んだ並の人間なら簡単に外せる拘束。

 だけどレベル1の僕には到底そんなことは不可能だった。


「なんでもクソもねぇよ。いい加減自覚しろよ、日向」

「能力もないくせに変にでしゃばる足手まとい。当然こうなるでしょ」

「察し悪すぎー。あ。あとこれねー」

「ぅっ!?」


 跡部さんは気だるげに言うと、支給物資がいっぱいに詰まったバックパックを僕の背に背負わせる。

 やけに詰め込むなと思っていたけど……


「はー。らくちーん。基本、攻撃に出ないあーしがバックパッカーやってたけど。こりゃいーわー」

「こうして余計な動き出来ないようにしておけば、荷物がお釈迦になることもねぇしな。木村。お前マジ天才」

「だろ?移動型ラックの出来上がりってわけよ」

「……でも。やっぱこいつの目。まだ余計なことしそうだけど。馬場?」

「へっ。そこは、ほら―――」


 皆が言っている言葉は理解できる。だけど、この状況は到底すんなりと飲み込めそうにもない。


 そう、困惑していると―――



「っ?」


 混乱する頭。狭まった視野。そんな中で、感じる衝撃。

 それが生じたのは、僕の腹。鳩尾。


「っぅぐ!?」


 遅れて、鈍い痛みと、腹の中からせり上がるもの。

 不快感と脱力感に負け膝をつくと、体外へと出ようとするそれらを床にぶちまけた。


「―――こうやって、丁寧に教育してやんねぇとな?」

「うへーきったねぇな……加減間違えて殺すなよー?」

「むじぃけど、ま。大丈夫だべ」

(痛い……痛い)


 今まで、受けた暴力とは、違う。


「いたそー。馬場、相当溜まってんのねー」

「ったりめーよ。こいつの無能にはムカついてんのに、ずっと監視の目があったからな。けど、今のここじゃ俺たちがルールだ」

「だな。チクられてもつまんねぇ。こいつにはしっかりそのことを、身体に教え込んでやろうや」

「男子の仕事ね」

「「へいへーい」」



 あぁ……そっか。



「おら、行くぞ。立てや―――」



 自分を出すことを許されない。

 人であることを許されない。

 それは僕がこんなんだから。


 なにも、分かってなかった。

 こんなにどうしようもないものだと、なんで今まで気づかなかったんだろう。


 これが―――




「「「「―――無能」」」」




 無能(ぼく)

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