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20話

 ~冒険者業専門学校『理事長室』~



「訓練場……疑似ダンジョンの定点カメラの稼働を停止。及び、時間外の訓練場使用を認める、ですか?」

「ええ。正確には、一部生徒。冒険者資格を取得している生徒からの申請を通して、です」

「ふぅむ……」


 物腰柔らかな提案を受けると、理事長は悩まし気に息を吐きソファに背を預ける。


「宗像さん。それはどのような意図ででしょう?」

「失礼。結論を急いてしまいましたね……実はこの提案は、冒険者協会としての方針に準拠するものなんです」

「協会の……?」


 訝し気な問いに、薄い笑みで頷くと。


「私が昨日の公開訓練に参加させていただいてから今日(こんにち)。度々口にしています通り、今、冒険者の業界はより優秀な人材を求めております……その観点から、今回の公開訓練の様子を拝見した私。そして、協会の印象としましては……甘い。と、言わざるを得ないものでした」


 突然の指摘に、理事長の表情には緊張が微かに浮かび上がる。


「と言っても、水準は満たしていると考えてます。今回の評価で協会からの出資等への影響はありませんのでご安心を」

「そう、ですか」


 懸念していた事柄を言い当てられたようで、バツが悪そうに言葉を詰まらせる。

 そして安堵と同時に、釘を刺されたような心境。


「ですが、あくまで求める最低限です。あまりこのようなことは口にしたくないのですが、生徒間にもやはりどうしようもない優劣が存在します。現状の指導レベルを、優劣隔てなくニュートラルにしてしまえば、突出した能力は釘を打たれるように伸びなくなってしまう。その損失だけは避けなければならない」

「……それと、先の提案へどうつながるのでしょう?」


 その言葉を待っていたとばかりに、姿勢を前傾に手を組み語り始める。


「束縛感、ですよ」

「と、言いますと?」

「私も、現場を……ダンジョン探索を退いてしばらく経ちますが、冒険者としての志は当時のものと何ら変わらないと自負しています」

「それは、そうでしょうな……なにせあなたは『色付き』の―――」

「―――すみません。昔話をするつもりは無いのですよ」


 割って入るその言葉には、暗に、拒絶の意が含まれていた。


「話が逸れました。その私から忌憚ない意見を申しますと、訓練であれ、探索の動向を逐一他者に監視。あまつさえ、常に評価の是非が付きまとう環境など。冒険者にとって邪念でしかありません……そう、ある意味―――」

「……ある意味?」


 そこで言葉を区切ると、自嘲気味に口角をゆがませながら。


「昨日。ここで。千柳寺(せんりゅうじ)君が言っていたこと。冒険者の根幹、本質は『自由』という主張。あれは極めて正しい。私もかつては現場で腕を振るった人間。その事実は無下に出来ません」

「はぁ……」


 いまいち要領を得ないといった反応。

 それを受け、組んだ腕を解き深く座り込む。


「本物のダンジョンに監視の目など存在しない。今後は、より実戦的な訓練を実現するためにこの提案を受けていただきたい」

「……ですが、未熟な生徒たちは訓練と言えど常に危険が―――」

「それゆえに早い段階で冒険者資格を取得した生徒のみを対象としたものにするんです。各々の申請で、それに値する力量であるかはこちらで判断すればよい。未取得の生徒が同じ訓練に同行するとしても、申請を通した資格取得者が一定数をしめていれば問題ありません」

「ふむ……」


 背は浮き、話に乗ってきたような、いくらか軟化したようなその所作。

 そこに―――


「それに、あくまで試験的な運用です。もし、功を成さないのであれば再考し、別の案を考えましょう」

「なる、ほど」


 甘い逃げ道と。


「協会を代表して、お願いします。理事長。冒険者協会の、生徒の、そして人類のために」


 耳障りの良い大義と感情論で揺さぶると―――


「……分かりました。宗像さん程のお方のご提案。協会のその熱意。承知しました」

「―――ご理解頂けて何よりです」


 その画策は、形を成す。


 男の、身勝手な目論見とも知らずに。






 ::::::::::






(クキュ―?)

「っ!」


 服の中で大人しくしていたティアが蠢きだすと、意識がどこかへ行ってしまったかのように呆けていた頭が覚醒する。


「―――以上が、ギルド編成の組み分けだ。願わくばこれから三年間、このメンバーで卒業まで頑張ってほしい」


 ふと気が付けば、訓練場前に整列した生徒たちへと、クラス担任の先生が告げる。


(どれだけ呆けてたんだ、僕は)


 ぼさっとしていた僕のためにティアは身をよじって教えてくれたんだろうか?

 だとしたらやはりティアは賢い。

 感謝の意を込めて、服の上からナデナデしておこう。


(……それにしても)


 いつのまにか既に決められたギルドごとに僕たちは整列し、各々浮足立ったような雰囲気を醸し出していた。


(みんな、ほとんど納得してるみたい)


 周囲に聞き耳を立ててみると、もとより相性の良さを感じていた者同士だったり、意外な組み合わせながらも、意外ゆえに新たな気付きを得ている者。

 それぞれが、学校側の決定……宗像さんの決めたこの編成に納得と感心しているようだった。


 これだけの人数がそう思っているのだから、数多の冒険者を見てきたという宗像さんの眼は間違いないのだろう。


 けど――――


「ちっ!なんだよ、見た感じどこもまともな組み合わせばかりじゃねぇか」

「そりゃそうだ。あの宗像 徹が選んでんだからよ」

「よね……なのになんだってあたしたちだけ」

「優秀ゆえの貧乏クジってやーつー?」


 このギルドに関しては馬場君達が嘆くように、僕と彼らとの釣り合いが全く取れていない。


(まぁ……)


 ある意味、無能な僕の大きな穴は、昨日の公開訓練で優秀な成績を収めた彼らくらいしか埋められないと考えれば、適していると言えば適しているのかもしれないけど……


「ま。どうせ四人で組むところまでしか決めてなかったんだ。あと一人は適当なメンツをそろえようとしてたぐらいだし」

「そうね。正直、五人目がだれだろうとあたしたちにまともについて来れるとも思えないし」

「はぁ……中途半端な個性だすやつよりゃ、ゼロどころかマイナスの無能でいいか……まぁ、あとは昨日みたいにこいつが出しゃばったマネしないよう、本腰入れてきっちり教育しねぇとな」

「馬場ドSー」


 会話の輪に入れないながらも、あえて僕に聞こえる様に言う馬場君達の会話の意図を読めないまま。



「では、今日の実技訓練に移る!」


 先生が高らかに宣言し。


(……足を引っ張らないように、何もしない方が良い、よね)


 今までの授業とは違い、同じギルドになってしまった以上、僕の行動如何では皆の評価がマイナスになりかねない。


(……どっちにしろ、僕が冒険者になるのは―――)


 性懲りもなくこの場に参加しておいて矛盾な気持ちを抱えたまま訓練場へと進むと。


「―――ん?日向」

「……あ、はい?」


 先生に呼び止められ。


「お前たちのギルドはそっちじゃないぞ」

「え?」


 僕が向かう先が間違っているという。

 クラスメイトのみんなと同じ方に行こうとしただけなんだけど……


「今朝。事前に申請は受けている」

「?」


 一人困惑していると。


「あ。うっす。申請しました」


 訳知り顔の馬場君が後ろから肩を回して言う。


「『無監視下訓練』。馬場、木村。如月、跡部。俺達四人の資格取得者で」

「無監視下……訓、練?」

「ああ。ちゃんと通っているよ……ついさっき説明したはずだが、日向。聞いていなかったのか?」

「あ、その……」


 しまった。

 昨日のことを思い出してぼーっとしてた時だ。


「仕方のないやつだな―――」


 先生の口から、再び手短に『無監視下訓練』について説明を受ける。

 その間。


「「「「……」」」」


 無言のまま、嫌な、暗い笑みを浮かべる馬場君達の視線。

 そして、先生の言葉が紡がれていく度に、胸騒ぎと言って差し支えない影が、僕の胸中を支配していった。

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