1話
ある日、世界は、地球は変わった。
人類が近代兵器で狙いあう時代を幾年か過ごす中、連綿と続いてきたその均衡、膠着を打ち破るように嘲笑うかのように。生きとし生ける全ての生命が耳にした神の啓示かと思われる天の声。
それと共に文明、理は崩壊と変革を迎える。
汚染は浄化、兵器は荒廃、そして人類は進化を遂げた。
ステータス。
ジョブ。
スキル。
超常の力を身に着ける。
呼応する様に、異形と異物が出現した。
これは、地球に住まう『種』の選別なのだと、人類が理解したのはそれから5年後。
そして、40年の月日が流れた―――
「―――はい。結構。日向君ありがとうございます。座ってください」
「……」
「えー、このように。かつてのテクノロジーは極めて限定的に終焉を迎えました」
整然と並べられた机、椅子、腰掛け紙面にペンを躍らす若者たち。
少しだけ開かれた窓から運ばれる外気が、陽に透けたカーテンを揺らす午前10時。
窓から外を見下ろすと、広大な土地に広がる喧噪。
要するにここは学校。
二階に位置する教室で歴史の音読後、校庭を見下ろせる窓際の席でぼーっと突っ立って、体育の授業を受ける生徒たちを見ているのが僕だ。
「おい。ボードが見えねぇよ」
「そうだ、早く座れ」
「……ごめん」
後ろの席からもっともな指摘。そこまで身長は高くないが低くもない男子が目の前に立っていては勉学の妨げになるのは当然だ。
「……」
だから、頭部に飛んでくる千切った消しゴムの投擲も仕方のない仕打ち。
僕が呆けていたせいで彼らの教養の進みが数秒遅れてしまったから。
「「「……クスクス」」」
そう、しかたのない事。
辛いとは思う、悲しいとは思う。
けど、悪いのはすべて僕なんだ。
「……いてっ」
ひと際大きな紙の包みが頭部に被弾。
中にまるまる一つ消しゴムを包んだお手製砲弾。
こんな手間と、大事な勉強道具を使わせてしまっているのも後ろめたい。
授業が終わったら返しにいこう。
「……」
次々と飛んでくる砲弾。
経験上、ある結論が浮かぶ。
(……読め。ってことか)
運よく机に残った砲弾の紙外装を剥いていく。
そうしながらも、次々と着弾。
でも、こんな状況も仕方のない事。
「……『無能』」
しわくちゃの紙に書かれた簡潔な熟語。
何を指すか、誰を指すか。考えるまでもないよね。
「「「くすくすくす」」」
そう、僕が『無能』なのがいけないんだ。
::::::::::
「いただきます……」
お昼。
多くの学生たちが机を突き合わせたり、食堂や購買なんかを利用して友人たちとコミュニケーションを取りながら過ごすランチタイム。
「やっぱりここは、落ち着くな」
そんな周りをよそに、僕は一人で弁当をつつく。
校舎を出て校庭のはずれ、舗装された一角、両腕を広げても一辺分にも届かない大きな四角い柱が乱立し囲まれた不思議な光景。
一人になれる、僕が安らげる数少ない居場所。
(こんな、活性化予備軍の『ダンジョンゲート』の近くなんて。誰も来ないもんね)
冷たいコンクリートに腰を下ろして、見上げるは幾何学模様の溝がびっしりと走る巨大な正方形の建造物。
この『ダンジョンゲート』とは読んで字のごとくダンジョンへの入り口だ。中には『魔物』やらなにやら生息している。
魔物はどんな個体も漏れなく、僕たち人類に敵対心を抱いていて遭遇すれば即座に襲ってくる。
……らしい。
(まだ、『職場体験』に行ったことないから分からないけど……)
ダンジョンというのは基本的に、お役所の許可がないと入れない。
つまり、国に認められた者しか入ることが許されていないんだ。
その選ばれし人材が―――
(『冒険者』……僕も、いずれ)
さっき授業で読んだ、耳にタコができるほど言い聞かされ続けてきた一文。
《これは、地球に住まう『種』の選別》
45年ほども昔、それまでテクノロジーとしての軍事力が国を支配していた時代。
突如として、人類は超常の異能を身に着けた。
個人差はあれど、一般市民でも人間一個人が扱いを誤れば『拳銃』を持つと同義の武力を保有することになる。
けど、そんな人類の進化にあてがうように『魔物』。そしてダンジョンが現れた。
……らしい。
(そんな『魔物』。『ダンジョン』に対する特化戦力)
それが冒険者だ。
職業として、とても危険だ。
異形との命のやり取り、未開のダンジョンの探索。
けどそれを圧しても、心を震わすのは。
人々の暮らしを守るため、『種』の存続をかけた人類代表。
そんな、義勇だ。
当然、僕としても憧れる。
(まぁ、今となってはそこまで珍しい職業でもないんだけど)
個人の所持する武力が増したからだろう。
かつては、それこそダンジョン探索など人材を死地に送り込む様なモノとして捉えられていたみたいだけど。ここ数十年、ダンジョンでの死傷率も自動車事故より断然低いくらいだし、きちんと法の下資格を取ればすぐにでも冒険者になれる。
でも、その一般化した関門が僕にとっては高い壁だった。
「はぁ……」
誰を思ったわけでもなく自分自身へと向けたため息を零す。
なんだか食欲がわかないや。
「……あれ?」
弁当から視線を上げ、何気なくダンジョンゲートの方を見ると。
「……犬?猫?」
ゲートの傍らに小さな動物が倒れていた。