16話
冒険者には、揺るがない大義名分がある。
『魔物の進行を水面下で叩く』
ダンジョンに巣食う魔物は無限に増える。どこからともなく。少なくとも、奴らがこの地球に現れてからはずっとそうだ。
そして、ダンジョンの空間は無限に広がっているわけじゃない。魔物が生息できる数は決まっている。収容できなくなれば彼らの行き先はどうなるのか?その増殖が止まるのか?
答えは、生息地を求めて地上へ出る、だ。
今でこそ、冒険者協会の信頼は現代において揺ぎ無いものとなり、彼らが管理するダンジョンそのものへの警戒心も、『多少景観を乱す、採掘場』。程度の認識まで溶け込んでいる。
この、一種の平和ボケした感性は、ダンジョンから得られる人類への恩恵が多分に影響している。
それは、冒険者とは縁遠い普通の生活を営む人たちにも、その恩恵を実感させるほどの供給率だ。
その影、そして表舞台に立つのが冒険者。
ダンジョンに巣食う魔物を狩る、という大義。そして彼ら自身、ダンジョンを探索・魔物の討伐をすることで生計を立てる。
その中でも、社会に属するものとして、冒険者協会に属するものとして、活動のしかたには大まかに3パターンある。
民間ギルド。
協会に所属する数多の冒険者同士で、個人個人が有志を募り、身内同士の束縛の緩い中で活動する集団。人数、規模は特に規定は無く、基本的にダンジョン探索で入手した物資はそれぞれの懐に入れて問題ないので。比較的この形を好む冒険者が多い。
企業ギルド。
個人個人の小さい枠ではなく、企業運営している組織が所有するギルド。いわゆる法人、雇用という印象が強く、規模も大きく人数も多いので、ダンジョン探索で入手した物資の分配、細かな法規制など。マイナーよりも縛りが多く不自由することもある。
一方で、所属メンバーへのサポート面は充実。貢献度でその差は出るが、サポートの内容はダンジョン探索に留まらず、衣食住、融資、副業への理解。あらゆる福利厚生も完備した、成功すれば安定と、大きな夢の見れるギルド形態だ。
芸能界との関係性が深いこともあり、注目を浴びやすい。
野良。
マイナーとも、企業ともつかない。明確にどのギルドに所属することはなく、個人で冒険者を行う、文字通りの活動形態。
一人で探索を行う者、その日限りや短期契約など、野良同士や他ギルドを転々とする傭兵のように活動する者。野良の定義の解釈は広い。
また、個人であろうが、協会が管理するダンジョン探索で入手した物資を取り上げられることは基本的には無い。
以上の三つのパターン。
それぞれにメリットデメリットがあり、歩む冒険者人生は大きく異なることだろう。
だが、どんな活動形態であろうと冒険者協会に冒険者として名を登録する。
これだけは全冒険者が共通するところ。
そしてもう一つ、共通した意識。
『冒険者は慈善事業ではない』
当然だ。
大義があろうと、活動するには、生活していくには収入を得なければならない。
見返りを求めなければならない。
そして冒険者という職業は、リスクは当然としてあるものの、短時間に身一つでそれを叶えられる。
そんな、危険な一攫千金。
冒険者には、ダンジョンには、そういったある種非効率な夢を持たせる、歪んだ魔力を持つ側面が昔からある。
そして、その魔力に飛びつく、同じく歪んだ……
真っ当な冒険者としての道を閉ざされた、人間達が、いる。
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「ここはそういう場所なんだが……分かって来てんのか?坊主」
灰色にくすんだ街並み、影濃く暗い裏路地。
外の喧騒と、ここの場所を隠すように、アスファルトへ打ち付ける雨。
髪に滴る水滴を垂らしながら、薄暗い店内、カウンター席に、僕が注文したジョッキ一杯のエナジードリンクを雑に置き、凄みながら問われる。
……強面が過ぎる。こわい……
「は、はい。ここはそういうあぶれた人間。正規なルートでの冒険者デビューへの道を閉ざされた人たちが行きつくところ、ですよね?」
「まぁ、それだけじゃねぇが、そういうこった。その制服はあれだろ?冒険者業専門学校つったか?そこのもんだろうが。冷やかしならこの一回だけ見逃してやる。それ飲んで帰んな」
それだけ言うと、背を向けボトルを磨きだしたスキンヘッドの強面のおじさん。
僕の素性がわかってもこの反応。門前払いで強制退去させられてもおかしくないのに、注文した飲み物まで出してくれて……意外といい人なのかもしれない。
誰もが知っているようなギルドの事とか、やたらかみ砕いて教えてくれたし。
「……すみません。この制服の学生なのは、確かです……けど、決して冷やかしなんかじゃないんです」
「……」
こちらを向かず、ひたすらにボトルを磨く。
仕事熱心で結構まじめな性格だ。
「学生は、もしかして受け入れてもらえない決まりなんですか?」
「……いいや。ガキだろうが年寄りだろうが、ここじゃ関係ねぇよ……要は、ある程度の信用だ」
「信用、ですか?」
おじさんは磨いていたボトルを棚に戻し、別のボトルを空けると、グラスに注ぐ。
「分かってるだろうが、ここでやってることは非合法だ。裏の道、そういうもんに縋りつくしかない奴の場所」
注いだ黄金色の液体をグイっとあおる。きっとお酒だろう。
飲め、と勧められなくて良かった。
「それをお前、冒険者を育成する学校の小僧が。ちょっと成績が振るわねぇからここに来てどうこうなんて、冷やかし以外なんでもねぇだろ」
細かな事情は説明していないけど、大まかあってる。
僕があの学校でやり直しがきくと思っている以外は。
「これ。僕のステータスです」
「……あ?」
こちらに後がない事を示すために、自分のステータスを紙面に書き起こしたメモを渡す。
ステータス画面は、跡部さんが使う鑑定などの特殊なスキルが無いと、基本的に自身にしか見えないからこうして見せるしかない。
「レベル……1ぃ?無職で……経験値が、無効、って……」
「僕にはもう、今のままじゃ先が無いんです……!」
メモと僕の顔を見比べる。
どうにもいい反応ではない。僕の歳で、引くほど信じられないステータスなのはわかるけど。
「こんな与太話、信じろってのか?笑い話にしたって狙い過ぎで面白くもねぇ」
やはり信じてもらえなかったようだ。
「お願いします!お願いします!どうか……!」
ギルドの重鎮に諭され否定され。
僕自身本当の意味で、真っ当な道が閉ざされたことに気づいてしまった。
正真正銘、これが最後の―――
「間違いの無いように言っておくが」
「え?」
再びグラスへと黄金水を注ぎながら、おじさんは続ける。
「この紙切れに書いてあることが本当だとして、お前をこっち側に引き込むメリットがあると思ってんのか?」
「……」
同じだ。と思った。
「どんな奴だろうと、生きてりゃ大抵戸籍ってもんがある。今の時代、一歩間違えりゃ人を消せちまうスキルを持った人間の管理なんざ、そりゃうるせぇもんよ」
周りに、時代に
「このステータスじゃ、五等級のダンジョンでも致命的。俺たちも綱渡りでやってんだ。ここを経由してのダンジョン内での死。どうしたって足がつく」
世界に取り残された
「あと釘を刺しておくが、どうやってここを知ったかは知らねぇけど、この場所は真っ当な国の認可を受けている。どこをどう洗っても、表上真っ白だ。お前のような一介の学生が、この場所をリークしようが何の脅しにもなりゃしねぇからな」
『無能』の僕には―――
「わかるな?坊主」
冒険者業界での―――
「ここにはお前の―――」
居場所なんて
どこにもないんだ




