15話
「クキュ―……」
校舎の離れ、ティアと出会ったダンジョンゲートの傍で、仰向けに天を仰ぐ。
当然、一人になりたくてここに来た。
居るのは僕と、心配気にすり寄ってきてくれる、魔物のティアだけだ。
「馬鹿みたいに取り乱しちゃったなー……」
『ダメだった!無駄だった!努力は!無能は!必要ないって!!』
直近の、自分の口から出た、家族に、楓さんにぶつけてしまった咆哮。
通話を切り、どのくらいこうしているだろう。
スマホの時計表示を見ると、30分程度しか経っていなかった。イヤな時間は早く過ぎ去るものだけど今は例外らしい。
「はぁー……」
額に手をやる。
そうすると、今度はティアがその手をペロペロと舐めてきた。意図はよくわからないけど、それに感謝するように小さな頭を撫でてあげる。
「クューー」
気持よさげに目を細めニョロニョロ。
こんな気分の時でも癒してくれるのだから、かわいいってすごい。
それでも、楓さんにぶつけるように飛び出した言葉が、いまだに頭の中で反響している。
そして、それと折り重なって、リフレイン、シンクロする、宗像さんの言葉。
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公開訓練を終えた控室。
明るい発表を受けた馬場君達は、浮ついた空気のまま、先生と宗像さんの総評を受けていた。
現実に気落ちが追い付かないまま、同じパーティーとして、後学のために講評を聞く。という流れのまま僕は少し離れた位置で茫然とそれを他人事のように聞く。
「……日向君」
そんな状態で呆けているうちに、気づかないまま終わっていたようで、馬場君達の姿もすでに無くなっていた。
そして、今控室にいるのは僕と。
「宗像、さん……」
冒険者協会、ナンバー2補佐、というビッグネームの大人。
ああ、せっかくこんなすごい人の講評があったのに、上の空だったなんて申し訳ないな。と、頭の隅でぼんやりと思った。
「今回は、残念だったね」
「いえ……あ、いや。まぁ……実力、不足。ですから」
受け入れるしかない。
僕にはまだ早かったんだと。次の冒険者資格取得が絡む公開訓練まで、あと半年。
またその時に挑めば―――
「不足、とは。入れ物が、器があって初めて使われる表現だ」
「……はい?」
「日向君。君の目を見れば分かる。冒険者を目指すその意志がどれほど強固なものなのか。これまで何千人と冒険者を見てきたからね」
……この人は、何を言おうとしているんだ?
「君は、こう思ったんじゃないか?『また次、頑張ればいい』と」
「……」
「それはそうだろう。きっと君は今までそうしてきたんだろう。努力を重ね、自らに見出した長所を練り上げ、この冒険者業専門学校にいる」
そう。
「きっと君は、自分がどういう人間か。他者から自分がどう映っているか。理解し、自戒しながら諦めずに来たのだろう」
そうだ、だから―――
「だから……もう、冒険者を志すのは、やめてほしい」
「ぇっ」
「今まで、自分の得意を磨いて真に可能性を感じたことがあるのかい?今日までその努力を続けて今に至り、半年後。一年後、十年、何年か先ともわからない未来に、自分が冒険者としていられるビジョンができているのかい?」
嫌な、感じ、だ。
非難なんて、聞きなれてるのに、言われて当然と、割り切れているはずなのに。
「君にこんなことを言うのは、とても心苦しい……だが、堕ちると分かっている若者を、今の道のまま見て見ぬふりはできない。日向君、君は自分の限界を察しているんだろう?」
限界?何をいまさら。
「40年以上も前、私たち人類は超常の力を手に入れ、生き物として進化を遂げた。個々の能力は可視化、数値化され年々その水準は上昇していっている。当然だ。人は生きているだけで成長していくものだ。だが」
僕に才能がないのは、『無能』なのは。とうに理解して、飲み込んだんだ。
「君は、取り残されたままだ。レベルを上昇させることのない君が、人間としての歳月で得られる力、達することのできる領域は……人類進化前の、旧時代の『常人』程度まで。そして今、『実力不足』と言ったが……君は努力に努力を重ね、その年にして、恐らく自らの限界に達した」
それでも―――
「それなら、今回が君の人生における。最初で最後のチャンスだったんじゃないのか?」
「―――ぁ」
今日まで。
割り切り、理解し、折り合いをつけてきた。
その自戒がその事実を―――
いや。
ホントは分かっていて、今できることをやるしかないと、自分を俯瞰で見てる気になって、現実から目を背けてたんだ。
「君は、今まで精一杯やってきた。その努力、奮闘、忍耐……恐らく物心ついた時から、君はそれと戦ってきたのだろう……だが、今ならまだやり直せる」
「やり、直す……?」
何を?
「道は一つではない。君はもう十分に苦しみ、戦い抜いた。これ以上、無駄に、不毛に時間を浪費することは無いんだ」
「……」
「君が―――」
君が輝ける場所は、別にある――――――
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「すごいなぁ……」
流石は冒険者協会ナンバー2、副会長補佐。
僕のこれまでの人生を明け透けに、目を背けてたことも掘り出して、的確な道を示すなんて。
今までの自分が完全に肯定され、またある意味完全に否定された。
彼ほどの大物となると、説得力がまるで違う。
「ほんとにすごいなぁ。冒険者って」
きっと、僕が冒険者を志す理由なんかとは比べ物にならないくらい、素晴らしい志を持った人間ばかりなんだろうなぁ。
「僕が真っ当に目指すなんて、間違ってたんだろうなぁ」
それはそうだ。
『無能』な僕が、馬場君達のような才能ある人たちと肩を並べようだなんて……その足に縋りつこうとするなんて……
「なりたかったなぁ……」
ちゃんとした形で、冒険者として。
「でも。もう……無理なんだよね」
「クゥ?」
ティアを抱え上げる。
ダラリと脱力したこのフォルムはいつ何時でも僕の心を癒してくれる。
「もう、なりふり構っていられないんだよね……」
ティアには本当に感謝だ。
この子が傍にいなかったら、孤独にこの状況に居たら。
こんなに早く次の行動には移せなかっただろうな。
「……ごめんなさい。楓さん」
一人、相手に聞こえない謝罪をして、ほんの数ミリグラム程心を軽くしてから、ダンジョンゲートの区画から僕は立ち去る。
その日、
僕は家に帰ることはなかった。




