10話
「お前はとにかく何もすんな。得意だろ?無能なんだから」
「そーそー。下手に目立とうと余計な真似すんじゃねーぞ?連携が乱れたら減点対象になるんだからなぁ」
「う、うん……」
馬場君、木村君、僕、如月さん、跡部さん。
こんな隊列で仮想ダンジョンを進む。いつもの四人組の中に異物のようにねじ込まれた僕という足手まとい。
「あと、会敵したらしゃがんでてよね。矢の射線に入って邪魔すんじゃないわよ」
「わかったよ……」
「あ。最後尾のあーしが襲われそうになったら、肉壁として即動きなさいよー」
それもチームワークっしょ?
と跡部さんが言うと。
「おー。跡部冴えてんじゃん。それならこの無能もチームに貢献できるじゃねぇの」
「っしょー?」
「……がんばるよ」
確かに、時には身を挺して仲間を守るのもチームとしては必要な事だ。
タンク役の馬場君が後衛のフォローに間に合わない時は、そうするしかないのかもしれない。
「さーて。お荷物の役目も決まったことだし、探索開始と行きますかー」
(……? ティア?)
僕と言う足手まといを入れたこのパーティーの方針が決まり、皆の意識が探索へと集中していく中、服の下に隠れているティアがもぞもぞと落ち着きがない。
ちなみに、中に居るティアを圧迫してしまわないように、胴の装備はかなり手薄にした。
足手まといにしかならないから、僕が仮想魔物と戦うことはないだろうし、ぶっちゃけそこまで装備を固めると、非力な僕のステータスでは歩行速度が下がってしまうレベルなのだ。
「クグッ……クゥ」
いつもより少しくぐもった鳴き声。
(もしかして……怒ってくれてるのかな?)
魔物だからなのか、ティアが特別なのか分からないけど、この子は僕や楓さんの言葉を理解している節がある。
とすると、先ほどまでの馬場君達が僕に向けた言葉が、侮蔑の意を多分に含んでいることに腹を立ててくれているのかもしれない。
「……ありがとう。ティア。でも僕は大丈夫だから。ね?」
「クー……?」
囁くような小さい声と共にお腹辺りを撫でる。クニクニと触り心地が良い。とても癒される感触と体温だ。
(ティアの為にも、いい所見せないとな)
馬場君達の態度は僕にとっては当然のことだと思ってる。皆を憎んだりはしていない。
でも、まるっきり傷つかないと言ったら嘘になる。
だから、ティアの憤慨と、こうして共にあるという実感は。今まで一人だった僕にとってあまりに力強い鼓舞だった。
(よし!)
先頭の馬場君の声に進みだす一行。
先の暗い通路を数歩進んだところで―――
「あ。馬場君!ち、ちょっと止まって!」
「……あ?」
僕は皆に静止をかけた。
「てめ、余計なことすんなって―――」
「半歩先。馬場君の足元。石材が不自然にせり上がってる」
「なにしてんだ?てめぇ……」
隊列の中心で地べたを這うように姿勢を落とし、慎重に怪しい石材へと接近、観察。
「……ブービートラップだ」
下がりつつも手で制して隊列を後退させ、腕に装備した革製の手甲を外してそこへ投げ込む。
すると―――
「! 拘束型の罠か」
通路の左右から細い板状の物体が射出。互いが壁に衝突するとその衝撃で板状のものは瞬時に輪っかを作った。
それを見た木村君の声に肯定する様に頷く。
「それに鋼鉄製だ。もし捕まったら大幅に足止めを―――」
「おい」
途端、襟を掴まれ引き寄せられる。
「えっ?」
背中に固い石材の感触を感じたと同時に、
「ひっ……」
目の前へとごつごつとした何かが迫る圧。
顔面が砕かれるイメージが脳をよぎり喉奥から短い悲鳴。
「―――無能が。俺様が、こんな罠にかかったところでどうにかなるとでも思ってんのかよ」
耳元で何かが砕けた鈍い音。伝う振動、吹き出る汗。
この真横に突き刺さった拳は石材を容易く砕き、その全容を把握したところで、憤怒と憎悪を込めた馬場君の声が耳に届いた。
「ぁ……ご、め」
背中を壁にこすりながら、腰が抜けたようへたり込む。瓦礫と砕けた粉塵が頭に降ってくる。
その埃っぽい視界の中、馬場君は僕を見下ろしながら続けた。
「てめぇ、いつもいつもこまけぇ所ばかり目ぇつけて、その度に誰かの足を止めさせてよぉ……」
憤怒をにじませたまま、その中に呆れた様な表情を浮かべ。
「無能ってのは本当にタチが悪いよなぁ……いや、ただの役に立たねぇ無能ならまだましだが。てめぇは救えねぇよ。こうやって足を引っ張ることしかできねぇんだからよ」
「はぁ……馬場の言う通りだわ。そうやって、力のないお前がテメーの尺度で人様の限界計って足止めしてんじゃねーっての」
「ぁ……う」
いつもより、確信に迫る追求。
当然、僕に何を言い返す資格も、言葉もない。
「ガン萎えだわー。あーしらになんか恨みでもあんの?」
「自分とそれ以外の人間との能力の差も見えないわけ?もうここまでくると、虚しいレベルね」
耳を塞ぐ資格も。
「お前。『冒険者』って言葉の意味。わかってんのか?」
冒険者になる資格も、無い
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~特別審査員控えテント~
「あちゃー。このチーム、ギッスギスだぁ」
「ふむ……」
それぞれの手元にある端末を操作。すると、モニターに移された各生徒の顔が拡大され詳細の情報が横に表示される。
「『重戦士』に『剣士』。『狩人』、『鑑定士』、か。バランスの良いチームではあるな」
「ですよねー。レベルも坊主君59。ストパー君52。真ん中分けちゃん53。ギャル盛りちゃん48。一年なのにいいセンスしてると思うんだけどねー」
椅子に背を預け嘆くように天を仰ぐ。
「せっかくの鑑定スキル。周囲の索敵も済んでない状態で仲間の能力筒抜けとか。ダンジョンには、知性持ちの奴だっているってのに」
「まぁ。この訓練でそこまでの難度を想定はしていないだろうがの」
で、とつなぎ。
「こっちの子はレベル1、と……んー。別にレベルがすべてとは言わないし、非戦闘員のダンジョンに潜る冒険者だって生業としちゃある。彼の申告情報とギャルちゃんの鑑定ではスキルは無し。あるのは、見たことも無いような効果を持つユニークスキル……」
「今の罠を見破った洞察力は大したものだったな。薄暗い中でこの精度の探索力は、あの歳ではそう見ない。いい『オペレーター』になれそうだの……教育が、いいのかな」
「……」
「ユキさーん」
背を反り背もたれへの荷重を更に増した姿勢で声を上げる。
「この子がなりたいのは『冒険者』だよ。目がそう言ってる」
「……分かっとる」
「誰しも……自分の中に譲れない一線は、あるものです」
意味深な発言に二人はしばし沈黙。
「ま。実力主義な世界なことには変わりないです、と。そういう意味で、この行動言動に問題ある子たちも公平にジャッジしますけどねー」
「……そうですね」
「お前はどうしてそういう言い方しかできんのだ!」
「あたっ!?いったーい!パワハラ!先輩冒険者からパワハラ受けましたー!」
「お前さんも、先輩に対して遠回しにパワハラしとると言っとるんだ!」
ギャーギャーと賑やかなやり取りを横目に、モニターに映るのはクラスメイトを前にへたり込む姿。
「自分にできる事を、信じて。灯真くん」
届かない鼓舞が、テントの中で囁かれた。




