9話
転移が終わり白んだ視界が開けると、全周をくたびれた様な石材で囲まれた室内。
等間隔で壁面に灯る光源は、頼りなげに辺りを照らし、部屋や通路の隅に濃い影を作る。
(いつ来ても、不気味なところだなぁ……)
ダンジョンごとに内装的特徴は千差万別らしいけど、学校にある仮想ダンジョンはこういう薄暗く不気味なシチュエーションが多い。
外界から遮断された魔物の巣窟内で、何日間も滞在することも想定した、冒険者としての精神力を養うための設計だと聞いている。
「うーし。いっちょアピって早いとこ冒険者資格取ろうや」
「だねー」
「このメンツなら余裕でしょ。隊列はいつものでいいよね?」
「馬場! 今日は俺の方が多く狩るからな!」
そんな学校側の意図が実っている証拠か。
いざ本番となるとさっきまでの緊張は引っ込んだようで、四人はこの不気味な雰囲気に物おじせずいつもの調子だ。
(馬場君達は、普通の実技訓練でもよく組んでるもんな)
そんな四人がこの公開訓練という場で同じチームになったのはかなりの幸運だと思う。
『実力主義の冒険者界隈でも、幸運不運は決して無視できない重要なファクターだ』
と、昔テレビで見た有名冒険者が語っていた。
そういう意味でも馬場君達は冒険者としての資質が十分にあるんだろう。
「……で。どうするよ? こいつ」
馬場君の言葉に、皆の視線が僕に集まった。
「それなー。岡センは『チームワーク』が云々言ってたよなぁ」
「いやないっしょー」
「あー。あんた何ができるんだっけ?」
非難するように問われる。
その質問は僕にとって一番困る類のものだった。
「えっ、と。その……」
「……ちっ。聞いても時間の無駄だわ。跡部、今のこいつどんなもんか視とけ」
「あんた自分のことも分からないわけぇ? まっじうざ……」
「まぁ頼むよ。こいつのせいで減点されたくねーべ」
「へいへーい。『鑑定』、かんてーい」
木村君の説得を受け跡部さんは気だるげにスキル名を口にした。
そして僕自身チームにどうやったら貢献できるか模索するために、
「……ステータスオープン」
自身にしか視認し得ないそれを顕現。
名:日向 灯真(15)
性別:♂
レベル:1
ジョブ:無職
HP:90/90
MP:30/30
SP:0
力:10
丈夫さ:10
素早さ:20
知力:15
精神力:15
幸運:5
スキル:なし
ユニークスキル:
【増減与奪LV.0】
消費MP:10
クールタイム:300秒
効果:経験値獲得無効。自己能力値変動
跡部さんが鑑定で閲覧した内容を口にするのを聞きながら、僕もステータス画面を目で追っていく。読み終えると、一間の沈黙。
そして――。
「「ぎゃっはははははっは!!」」
馬場君と木村君の笑い声がその沈黙を破った。
「いやホント鉄板……ぷっ。笑かさないでよー、あんたに鑑定使うと毎回目を疑うわー」
「レべ1、無職、スキル無し。いっちょ前にユニークスキル持ちなのに経験値獲得無効? それにスキルレベル0? ほんと草」
跡部さんと如月さんも噴き出し腹を抱え始める。
この反応も無理もない。
普通、冒険者を目指す人間であれば資格取得可能な16歳になるまでに、平均でレベル50辺りには届く。
このデータは、ダンジョン内の実戦。つまりモンスターの討伐時に得られる経験値が獲得できない資格未取得者が、満16歳までに実戦でない訓練で獲得できる経験値による平均的なレベルアップ率の統計。
上位の冒険者ならレベル三桁を超える人たちはざらにいる。
(冒険者に縁のない人だって、僕くらいの年まで普通に生きていてもレベル20には届くはずなのにな……)
この異常なまで成長を見せない原因は言わずもがな、僕が生まれ持ったユニークスキル。
【増減与奪】。
効果説明欄の『経験値獲得無効』。という無情な効果が原因。
「お前、ユニークスキルっつったら、持ってりゃ軒並み上級クラスの冒険者になってんのによぉ!」
「デバフかかってんじゃん! 成長のさぁ! 人生積んでるよなー! マジで!」
自分の能力の低さなんて嫌っていうほどわかってる。
『自己能力値変動』というスキルのもう一つの効果も、文字通り自分のパラメータの数値を変動させるだけ。
(力から丈夫さに、丈夫さから素早さに、素早さから知力に、知力から力に……)
何かの数値から引き算して、何かの数値に足すだけのスキル。
基礎パラメーターがものすごく高ければ、自分自身への強力なバフにもなるかもしれないけど、僕のレベルは最低値の1。
当然、こんな奴のパラメーターをちょっと足し引きしたところで何の役にも立たない現実は、これまで何度も突き付けられてきた。
(僕が一番、このユニークスキルを、僕自身を見限ってるんだ……)
こんな僕が、才能のある皆と同じ学び舎にいるだけで迷惑がかかるんだ。
それでも、僕は自分の望みのために『冒険者業専門学校』に席を置かせてもらっている。
「はー……ほんと、実際笑えねぇんだよ――」
独りよがりの、望みのために、クラスメイトの足を引っ張る僕は。
皆の怒りを買って当然。
「「「「無能が」」」」
その二文字が、まさに僕という人間を表していた。




