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「おい!早くしろよ!『無能』!」
「は、はい!すみませんん!」
怒鳴られた。
最早聞きなじんだ罵倒と蔑称。
「へっ。っとに惨めだなぁ」
「ホント。こんな生き恥晒していつまでここにしがみついてるのかしら」
憐みを装った侮蔑。
「くすくす」
「あっはは」
嘲笑。
広がる共感、波及する蔑み。
歪な和。
「ごめんなさい、ごめんなさい。まだ、役に立てますから」
「役に立った試しなんてありゃしねぇだろうが!図に乗るな!」
「ぁぐっ!」
発覚を避けた陰湿な暴力。
「……あ?なんだその目は?」
「ご、めんなさい……ごめんな、さい」
「あーっ。今あーし『鑑定』でそいつ見てたんだけど、まーた『無能』なスキル使ってたよ」
向けられる視線。
含まれるのはあらゆる負の感情。
「おいおいおいおい!そいつは反抗と取っていいんだよなぁ!?『無能』!」
「ごほっ!?」
口内に広がる血の味、歯を食いしばれば砂利の食感。
「ちょっとぉ。はずみで死なないように気を付けなさいよー?」
「むかつくんだよぉ……せっかくギルドにおいてやってんのによぉ!」
「ごめ、がっ!……ごめんなさい……うぐっ!」
「こうやって!俺様が!かわいがってやってんのに!そのくそみてぇな『無能』!使ってんじゃ、ねぇ!」
「ぐっ……ぅっ……ぅぅぅう」
漏れ出る嗚咽、乾いた心と相反して、湿る目元。
「ちょ。泣いちゃってんじゃ~ん。かわいそー」
「ちっ!女みてぇな泣き方しやがって!『無能』が!」
同調。
「……無能」
「…無能」
「無能」
享受。
「役立たずで、迷惑ばかりかけて、ごめんなさい」
「当たり前だろうが、この―――」
「「「無能」」」
そう。
これが僕だ。
「ククゥ……」
「! ダメ!出てくるな!」
「あ?なんだ?このニョロニョロしたの」
自分をあきらめた、期待なんて誰にもされない。
「えっ!かわいいー!ビジュアルつよすぎー!」
「あっ、あの!この子は!」
「うっせ。無能が勝手にデカい声出してんじゃねぇよ……おい、その無能抑えとけ」
味方なんて誰もいない。
「クゥ?」
「いやー!チョコンって立ってる!首傾げてマジ可愛いんですけど!」
「へぇ、こいつのペットか?お前もかわいそうにな?こんな無能が飼い主でよ―――」
「クァっ!!」
誰かを好きになることもない。
「いって!?こいつっ……!」
「ちょっとー。そんないきなり撫でようとしたら―――え?」
「このっ……なんだ?どうした?」
「ぁ……ぁ、あ、こ、こいつ……鑑定、したら」
だから、
「こいつ、『魔物』、だよ」
「「「「!!?」」」」
「ダ、ダメ!ダメだ!」
誰かに好かれることもない。
「おいおい!無能なうえに、『魔物』なんて飼ってやがるのかよ!」
「ホントにどうしようもないやつ……!」
下を向いては背を刺され、耳を塞げば汚れた景色、瞼を閉じれば呪詛の言葉を囁かれ。
拳を解けば、奪われる。
「殺せ」「殺せ」「殺せ」
「「「マモノハコロセ」」」
これが、僕で。
「や゛めてぇぇええええ!!!」
かつての、俺。
日向 灯真だ。