酔わなきゃ忘れらんない
「徳ちゃん…もぅ一杯」
空になったグラスを左右にうねらせながらカウンター越しに差し出す。
「サリナちゃん、もう酔っ払ってるんだから今日は終わりにしたら?」
「んーうめしゅ…ロックで作って」
まだ25歳の若いマスターは苦笑い。
真っ白いタオルでグラスをキュッキュッと磨き上げている。
「しょうがないなーこれで最後にしなよ?」
諭すように落ち着いた声で、磨き上げたグラスを一つ取り出す。
カランカラン…
グラスに入れた氷が静かに響く。
わたしは、重くなった頭をテーブルに乗せた。
―――もう何杯飲んだかな…
意識がもうろうとして、記憶を呼び起こせない。
でも。
一番忘れたいことはどんなにお酒を飲んでも忘れらんない……
―――俺、サリナと結婚出来ない。
2年付き合ってた彼の宣言。
ズキン…
しんぞーイタイ。
聞きたくなかった、そんなセリフ。
最初に告白してきたのは彼のほう。
なのに…気付いたらわたしのほうが好きになってた。
優しくて
温かくて
春の陽気のような彼。
好き…
大好きなのに…
忘れらんないよ
頭を殴られたようにガンガンしてる。
アルコールのせいか…
ふられたからか…
「はい、お待たせ」
コトン…
「んーっ」
テーブルに置かれたグラスを掴んで、目も開けずに流し込む。こうなったら!
もうやけ酒しなきゃ!
思い出したくないっ!
グビグビと飲んでから気付いた。
「甘い…」
ハッとして、涙目を開ける。
「…イチゴミルク…」
可愛いピンク色の水の中くるくると氷が遊んでいる。
酔っ払って気が付かなかった…
梅酒のときは丸い円柱のグラス。
イチゴミルクのときは底が狭くて、飲み口が広いグラス…
いつも間違えることなんてないのに…
「ちょっとは目覚めた?」ニッとイタズラな微笑みを浮かべる。
「と…徳ちゃんっ!梅酒って言ったじゃんっ」
「ダーメッ。子どもはもう帰りなさい」
「こ…子どもじゃないもんっ」
「彼氏にフられて、やけ酒飲んで、酔っ払って。痛々しくて、おにーさんは見てられないよ」
「ヴッ…」
「それ飲んだら帰るんだよ」
わたしはしゅんっとしてグラスを両手で握る。
なによぉぉ…
徳ちゃんのばかぁぁ
イジワル。
でも…不思議。腹が立つどころか、徳ちゃんの作ってくれたイチゴミルクがあったかくて胸がいっぱい。
徳ちゃんはいつも最初にイチゴミルクを作ってくれる。
元々、炭酸とアルコールが苦手なわたしが、甘くて飲みやすいの知ってるんだ。
「ぐすっ…」
徳ちゃんのあったかい思いやりにちょっぴり癒やされる。
「コラコラ。泣かないー悪い男にひっかからないようにウソでも笑って」
なにも聞かないのに…
全部わかったように話す徳ちゃん。
「わたし…アイツのこと忘れられるかな…」
「いいんじゃない、ムリに忘れなくても」
「え…」
「簡単に忘れる必要なんかないじゃん」
「でも…」
「また本気で好きになる相手見つかったら、その時、思い出になるって」
目からウロコ。
そっか…
わたし、忘れられないのに忘れようとしたから、こんなにツライんだ…
だって…
まだ彼の温もりも優しさも、匂いも息づかいも…全部覚えてる…
大好きだから一緒にいたかった。
結婚…したかった…
「ひぃっく…」
―――ポンポン。
泣いてるわたしの頭をおっきな手でなでてくれる。
わたしが酔ってるのは、泣いてる自分…
悲劇のヒロインみたいに酔いたいだけ…
忘れらんないのは、忘れたくないから…
酔わなきゃ忘れらんない…なんて…
酔っても酔わなくても忘れらんないよ
今は…まだ…好きでいさせて…ごめんね…
せめてこのイチゴミルクがなくなるまででいいから…
「うぅっ…甘い…おいしい…」
「だろ♪」
わたしの甘い恋。
まだ消えないで…
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