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この作品には 〔ガールズラブ要素〕〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

冒険者に憧れた少女、魔物に襲われ死にかけたところで『吸血鬼』に覚醒する

作者: 笹 塔五郎

 人生の転機というものは、誰にだって訪れる。

 少女――エリカ・トレイナンにとって一度目の転機は、幼い頃に冒険者によって、魔物の手から救われたことであった。

 村を襲った魔物の群れを、冒険者達は武器や魔法を使って打ち倒した。身を隠しながらも、その雄姿を覗いていたエリカは冒険者に憧れて、目指すことにしたのだ。

 はっきり言ってしまえば、エリカにはそこまで才能はなかった。

 平凡、あるいは平均以下、というべきだろう。剣術の才能も、魔法の才能も――どちらを取っても突出したものはない。

 冒険者になれないわけではないが、なったところで大成することはない――そんなレベルだった。

 それでもエリカはまだ子供であった。

 十五歳になり、憧れの冒険者となって、エリカは期待に胸を膨らませながら依頼を受けた。

 想像よりは地味な仕事が多いけれど、エリカにとっては冒険者としての仕事は、決してつまらないものではなかった。

 これからエリカも、かつて自分を救ってくれたような冒険者を目指す――そう、心に誓っていたのだ。

 ――エリカに二度目の人生の転機が訪れたのは、たった今のこと。


「かっ、は……」


 内臓をいくつか潰されたのか、呼吸もままならない。手足に力が入らず、動くことさえもできなかった。

 エリカは、定まらない焦点で、空を見上げた。

 ここはとある古い教会の地下――エリカは、先ほど遠くから魔物に投げとされたことで、こんなところで死にかける羽目になっていた。

 パーティを組んで、他の仲間達と共に使われなくなった教会の近くに棲みついた魔物を倒す仕事であった。

 町からそこまで離れておらず、魔物もそれほど強くはない――はずだった。

 突如として姿を現したのは、『ワイバーン』の群れであった。

 ワイバーンは小型の飛竜であるが、名前の通り小さくとも竜の仲間である。

 一体ならば、何とか戦えたのかもしれないが、複数体のワイバーンともなれば、エリカのいるパーティではとても歯が立たなかった。

 最初に二人の仲間がやられ、エリカは三番目だった。大きな足に掴まれた時に、仲間の一人がエリカを助けようと魔法を放った。

 それが、ワイバーンを怒らせたのだ。ブンッ、と思い切りエリカの華奢な身体を投げ飛ばした。

 そのまま、屋根を突き破って落下したエリカは、床に叩きつけられ――古い床が崩れ落ち、エリカは今、棺桶の上に仰向けに倒れている。


「か、ひゅ……」

(私、死ぬのかな……)


 漠然と、そんな思いが頭を過ぎった。痛みはだんだんと強くなるどころか、徐々に意識が遠退いていて、痛みは感じなくなってきていた。

 視界は狭まり、このまま闇に意識を落とせば、二度と目覚めることはないと予感させる。

 冒険者であれば、魔物に襲われて死ぬことはある――当たり前の話だ。

 あるいは、探索をしていれば事故に遭うことだって、少なくはないだろう。

 エリカだってそれは理解していた。

 だが、こんなにも早く、自分が犠牲になるとは考えてもいないことだったのだ。


(まだ、私、何も、成し遂げて、ない、のに……)


 死にたくない――エリカの思いは、その一つだった。冒険者なんてやめておけばよかった、なんて考えはない。

 まだ、冒険者として何も成し遂げていないという、そんな後悔だけがエリカにはあった。

 今のまま死んでしまえば、エリカはただの不幸な冒険者に過ぎない。


(死に、たくない。死にたく、ない。死にたくない。私は――)

「死ね、な……」


 瞬間、身体に衝撃が走り、エリカの身体がビクンッと跳ねる。

 エリカの視界に、赤色の短剣が映った。胸を貫くようにして、剣先が生えているのだ。

 剣先には、エリカの心臓が見える。


(あ――)


 もはや、考えることもできなかった。

 今、自分に何が起こったのか、エリカには分からない。

 けれど、確実な死を迎えたことだけは、最期の瞬間に理解できた。


「……え?」


 エリカは、真っ白な空間で目を覚ました。

 困惑した様子で、エリカは自分の身体を確認する。


「傷が、ない……?」


 落下時に受けた傷も、背中から胸を貫かれ、飛び出したはずの心臓も――全てが元通りだった。

 エリカは周囲を確認するが、全く見覚えのない場所にただ、動揺する。


「ここは……?」

「ここは『剣の中』よ」

「え――」


 不意に声を掛けられて、振り返ると――そこには黒いドレスに身を包んだ少女が立っていた。

 服の色と同じように黒く長い髪と、赤色の瞳。少し楽しそうな表情を浮かべながら、少女はエリカの下へと近づいてくる。


「あなたは……?」

「私は、クレア・ヴァーミリオン――吸血鬼よ」

「きゅ、吸血鬼……!?」


 その言葉を聞いて、エリカは目を丸くした。

 吸血鬼――見たことはないが、地上においては最強とされる種族の一つだ。

 高い戦闘力に、異常なまでの生命力。人間で吸血鬼とまともにやり合えるのは、それこそ数える程しかいないという。

 どうして、そんな存在が目の前にいるのか。


「いや、吸血鬼だった、というべきかもしれないわね」

「吸血鬼、だった……?」


 さすがに怯えを隠せないエリカだったが、クレアからは敵意は感じられなかった。

 エリカを殺すつもりであれば、吸血鬼ならすぐにでもやれるはずだろう。

 それ以前に、エリカは死にかけていたはずのだが。


(もしかして、吸血鬼が私を――)

「助けてはいないわ。今、あなたはまさに死にかけているのよ」

「っ!」


 心を読んだかのように、クレアはエリカにそう言い放った。


「あなたは覚えているはずよ。心臓を貫いた剣のこと。ここにいるあなたは、剣を通じて中に入ってきただけの精神体に過ぎないの」

「剣の中……? それに精神体って……」

「信じるのは難しい? そんなわけないわよね」


 クレアの言葉を、エリカは否定できない。

 実際に死にかけたのは事実で、先ほどの状況は紛れもない現実であったはずだった。


(じゃあ、私はもうすぐ……?)

「そう、死ぬよ。あなたの考える通り、ここは夢の世界みたいなもの。運よく私と繋がれたから、意識だけがここに来られたの」

「繋がれたって……ここは剣の中って言ってたけど、あなたは何をしている、の?」

「何も。ただ、ここで静かに待っていただけ」


 クレアはそう言うと、そっとエリカの顎に触れて、持ち上げる。

 見上げると、真剣な表情のクレアが、エリカのことを見下ろしていた。


「そう。あなたのような人間が現れるのを、ね」

「私、みたいな……? その、全然理解が追い付かないんだけど……私はもう、死ぬんだよね?」

「ふふっ、その通り」


 ああ、なんだ――奇跡的に吸血鬼に救われたのかとも一瞬考えたが、どうやらそうではないらしい。

 間もなくエリカは死ぬ――それは変えられない運命で、死の間際にただ夢のような世界で、吸血鬼と話しているだけなのだ。それが分かった途端、エリカは脱力する。

 結局、自分の人生はここで終わりなのだ、と。


「あら、すぐ諦めるのね」

「……だって、もう死んでるのなら、どうしようもないじゃない」

「死んでるんじゃないわ。死にかけている――」

「どっちでも同じだよ! 私、冒険者になって、これからもっと強くなって……誰かを助けられるような、そんな冒険者に……なりたかった、のに……っ」


 悔しさのあまり、拳を握り締めてただ叫ぶ。この残されたわずかな時間で、エリカにできることは――後悔の念を口にすることだけだった。


「今からでも、なりたいと思う?」

「当たり前だよ! でも、もう無理なんだから……」

「無理じゃないわ」

「……え?」


 エリカの言葉を否定し、クレアは続ける。


「言ったでしょう。私は待っていた、と。ただ死んだ人間とわずかな時間、話すためだけにここにいると思っているの?」

「……なら、どうしてここに……?」

「ふふっ、そうね。焦らして話すようなことでもないし、簡単なお話だけ。ここは剣の中なのだけれど、この剣はね――私を殺した剣なのよ」

「え……!?」


 あまりに突拍子もない話であった。

 ここは剣の中の世界――それは、クレアが言っていた。

 だが、この剣こそがクレアを殺したのだと言う。


「私はこの剣で殺され、この剣はその血を吸い上げた。そうして、私はこの剣の中に今も存在している。だから、元吸血鬼というのが正しいのかもね」

「元、吸血鬼……」

「そう。それでね、私からあなたに選択肢をあげる」


 クレアはそう言って、右手の人差し指を立てた。


「一つは、このまま朽ち果てること。後悔の念を吐き出して、スッキリあの世にいけるのならいきなさい」

「そんなの――」

「できるはずがないのなら、もう一つの選択肢。あなた……私を受け入れて、吸血鬼になりなさい」

「……は?」


 あまりに突拍子のない誘いに、エリカは間の抜けた声を漏らした。吸血鬼になる――そんなことが可能なのか。


「ちょ、ちょっと待って! 吸血鬼に、なる……? 私が!?」

「ええ、そうよ。それが、死にかけのあなたが助かる唯一の方法ね」

「だ、だって、そんなこと――」

「可能よ。私は吸血鬼の力を持っているけれど、肉体がない状態なんだから。さあ、どうする? もう時間はないわ。あなたが選ぶのよ」

「……っ」


 そんなこと、急に言われたって困る――そう、普段のエリカなら答えていただろう。

 だが、今のエリカに選択肢はあってないようなもので、彼女を拒絶すればエリカは死ぬしかないのだ。

 エリカの今の望みは何か、それは『まだ死ねない』という願い。

 たとえ吸血鬼になったとしても生き延びることができるのなら、エリカの本当の望みを叶えることができるかもしれない。

 ならば、迷う必要などなかった。


「分かった。私……吸血鬼になる」

「そう、『契約成立』ね――」


 クレアがエリカの手を引く。

 ゆっくりと立ち上がったエリカは、そのままクレアに導かれるように、口づけをかわした。


「……っ!?」


 突然のことで、再び混乱する。

 だが、クレアの中から何かが流れ込んでくるのを、エリカは感じていた。


「ん……っ、なに、を……?」

「ふふっ、可愛い子ね。契約は成立したわ。これからあなたは目を覚ますわ、吸血鬼として。すぐに力は使えるはず――さあ、あなたの目指す者になってみなさい」

「クレ、ア――っ」


 びくんっ、と大きく身体が跳ねた。

 最初に視界に入ったのは、青空だった。

 死にかけていた時に見た光景。ここは協会の地下で、エリカが倒れているのは棺の上。

 ゆっくりと身体を起こすと、鮮血に塗れた棺には穴が開いていた。

 エリカの服も赤く染まり、破れているのが分かる。


「ガアアアッ!」


 不意に、外から魔物の鳴き声が聞こえてくる。――ワイバーンだ。どうやら、剣の中にいた時から、それほど時間は経過していないらしい。

 エリカは迷わずに、床を蹴った。

 すると、常人を軽々と凌駕した跳躍力で教会を跳び出す。吸血鬼の力であれば、これくらいのことは軽々と出来る。

 跳び出したエリカのことを、ワイバーン達が認識した。

 まだ数人、生き延びている者達がいる。彼らもまた、エリカの存在に気付いた。

 ワイバーンはエリカの下へと向かってくる――スッとエリカは両手を広げて、


「カ……ッ」


 向かってくる全てのワイバーンの喉元を、両の指から生やした『血の針』で貫いた。

 そのまま指を捻ると、ワイバーンの首が捻じれて落ちる。

 ――一瞬だった。一人では絶対に敵うことのなかったワイバーンを、一人で数匹容易く葬ることができたのだ。


「これが、吸血鬼の力……」


 自ら振るった力であるが、エリカはただ驚愕した。あまりに圧倒的で、人間だった頃では考えられない力だ。

 その力に恐怖すら覚えるほどであったが、エリカはこらえて、地面へと降り立つ。

 先ほどまで一緒にいたパーティメンバーが、エリカの方を警戒するように見ていた。

 ここで話すと面倒なことになるかもしれない――エリカは、すぐにここを離れることに決めた。

 この日、一人の冒険者が行方不明になった。

 その名はエリカ・トレイナン――ワイバーンの群れに遭遇して、死亡した哀れな駆け出し冒険者であり、よくある話でもあった。

 だが、それから遠く離れた地で、エリカの名が再び知られることになる。

 最強の吸血鬼という存在になり、その力で人を救う――異質の存在だった。

 冒険者に憧れた少女は吸血鬼となって、英雄になる道を進み始めた。

女の子が一つになって吸血鬼と化す、というお話が好きで短編にしました。

百合キス要素が一応あるのでガールズラブのタグをつけています。

吸血鬼百合はいいぞ……。

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