気まぐれにゃんでみっく!
猫の日という事で
姫の様子がおかしい。ピタリと横に座っているエルメルアを軽く眺めて、リグレットはそう確信する。
先程何度か呼びかけてみたが全く反応なし、そもそもここは自室。自室に姫が来るなんて、余程の理由が無ければありえないし、来たとしても必ず理由を伝えてくれるはずなのだが。
再度隣に座る姫を見て、溜息を1つ。考えても仕方がない、じっとしているならそれでいいかと席を立って、朝食代わりのゼリー飲料を手に取る。
仮に様子がおかしいとしても、姫は姫。元々仕事の邪魔をするような方ではないし、このままじっとしてくれる……そう思いつつ振り返って、即座にその考えを否定する。
「あの……姫?」
席に戻れば、四肢を自由に遊ばせて寝そべる姫がいた。服装の乱れなど気にする事もなく、ぽかんとリグレットを見つめたまま動こうとしない。ただじーっと眺めて、ゆっくりと目を閉じる動作を繰り返すだけ。意味がわからず瞬きをしていれば、姫は嬉しそうに微笑む。
「困ったな……」
悪気など一切ない目に見つめられて、どいてほしい、だなんて言えるはずがない。かといって姫に直接触れて動かす訳にもいかない。
何か良い方法は無いかと考えながら、手にしたゼリー飲料のキャップを開けていれば、先程とは打って変わって目をキラキラと輝かせている姫。
「どうしたん……って、ちょ!」
問いかけるよりも早く飛んできたのは、持っているものをはたき落とすような手。咄嗟にそれを上へと避ければ、逃がすまいと必死に姫は飛ぶ。
「食べたい……のか?」
ゼリー飲料を動かせば、それに伴って姫の頭も左右に揺れる。全く意図は読めないが、確かにこれは姫にとっては知らないものであるし興味を引いたのかもしれない。
恐る恐る手を下ろして、姫の目の前で蓋を開けて飲み口を近づけてみれば匂いを嗅いで、ゆっくりとひと舐め。すると味を占めたようで美味しそうに残りを食べ始める。
(これは、色々とまずい……にゃ)
一生懸命に小さな口で舐める姿には凄まじい背徳感が漂っていて、直視しているのは危険だと感じた。
「団長ー?」
タイミング悪く入ってきたのは副団長のリズラ。この状況を見られてはまずいと姫を見れば、既に食べ終わっていたようで、今は音のしたドアを睨んでいる。
「入りますよー、って姫様も……姫様?」
聞いた事もない低音で唸るエルメルアに睨みつけられ、リズラはきょとんとしたようにリグレットとエルメルアを交互に見て、この状況を教えてくれと言わんばかりに目をぱちぱちさせる。
「……私って何かしましたっけ」
「……俺にもわからにゃい」
「…………え?は??」
姫を落ち着かせてから、リズラへと近づいて返答すれば、何故か凄く引き攣った顔で二度見された。
「え、団長も頭おかしくなったんですか?」
「おかしくにゃいだろ!」
「いやいやいや、誰がどう見てもおかしいですよ。特に話し方」
話し方がおかしいと言われても、自分では全くおかしいと感じていないので、何がどうなのかわからない。それよりもリズラの揺れる髪が妙に気になってムズムズして、今にも叩きたい。
「団長なら大丈夫だと……って嘘でしょロミ。もう追いついてくるなんて……!」
リズラは何かを見つけてしまったようで脱兎の勢いで去ろうとするが、関係ない。今大切なのは揺れているあれを捕まえる事。その衝動のまま逃げる獲物を追いかければ、部屋にいた大切な彼女も俺の後を追いかけてくる。
「な……にゃんで私がこんな目に遭わにゃいといけにゃいのよぉ!!」
王城に響いた悲鳴を聞きながら、事の発端の張本人であるレグレアはくすりと笑う。
「いやー、とんでもない事をしちゃったね」
劇でも見終わったかのように手を叩くレグレアの元に数匹の猫。それらを軽く撫でてやれば満足そうに喉を鳴らして体を擦り寄せてくる。
「思っても呟くものじゃないね。『皆猫になれ〜』なんて。お陰様で大惨事だ」
早く元通りにしないと、彼らにとって「恥ずかしい思い出」として残ってしまうのだから。そうと決まればやる事は1つ、だがその前に気になる事が。
「もしかしたらダーリンも猫化してるかも……!」
グリーフの普段の性格からして、にゃんにゃん言ってたりしたら可愛いがすぎる。これは確認しに行くしかない。
ふふーんと鼻を鳴らしてレグレアは、未だ惨劇が広がる王城をちらりと見て猫らしいポーズ。
「許してにゃん☆ ……なーんてね」
そんな一言を残してノワールへと飛び立つ彼女。皆が元通りになるのは、彼女の気まぐれ次第。