姫と従者とビターショコラ
遅れながらバレンタイン小話です!
ようやく終わったひと仕事。久しぶりだったが、何とか無事終えたと一息吐いてエプロンを脱ぎ捨てる。
ちらりと見る先には、丁寧にラッピングされたプレゼント。それを手に取って自室を後にする。深呼吸しながら、オレンジに彩られた廊下を少し早足で歩く。好みも聞いているし、失敗もしていない、後は渡すだけだと言うのに鼓動は漏れ出てしまいそうなくらいにうるさい。
「……リグレット? まだお仕事残ってたんですか?」
こそっと部屋の中を覗いて、プレゼントを渡す相手がいる事を確認。そして自然なフリをして中へと入る。大体この時間には騎士団の仕事は終わっているはずだが、大量の物に囲まれて頭を抱える姿からして終わっていないのだろう。
「ああ、姫。仕事は終わってますよ。ただ……」
困り果てたような顔をしたリグレットは、その視線の先にある大量の物の1つを取って、中身を見せる。大きな手に乗せられた小さなそれは……。
「チョコレート……ですね」
「はい……。いつも国の為にありがとう、という感謝の意味で頂いたものの、1人ではとても」
「……リグレットって甘いの苦手では?」
ざっと並べられた物を見てみれば、明らかに手の込んである物がちらほら紛れ込んでいて、どう考えても感謝だけの意味ではない気もするが……とふつふつと煮えてくる心を抑えて、話に戻る。
「ええ……ですが折角の善意を断る訳にもいかず」
お人好しすぎるというかなんというか、自然と口から溜息が出てくる。話している間にも顔色が悪くなっている事から、既に何個か無理して食べているのだろう。
「……なら私も一緒に食べますから」
「うう……すみません…………」
普段なら「いえ自分がなんとかします」とか言うはずであるのに、あっさりと了承されてしまう。これは相当参っているようだと、席を立って私は紅茶を淹れ始める。こんな珍しい姿を大切な従者が見せているのだ、私も珍しい事をしてもいいだろう。
「はい、リグレット。紅茶です」
「ありがとうございます、姫」
うなだれているリグレットに気づかれないようにプレゼントを置いて、それを見られないように反対側へ紅茶を置く。リグレットは紅茶を見て、礼をしてから喉に通す。
「あぁ……」
大袈裟かと思うくらい幸せそうに紅茶を飲むリグレットを見て、思わず私の顔がほころぶのを感じた。しかしそれは数秒で終わってしまう。リグレットが私のプレゼントを手に取ったからだ。
「まぁ、甘い物は嫌いというのを知らない以上仕方のない事ですけれど……。……?姫、どうかしました?」
「い、いえ。別に。気にせず食べてください」
ラッピングを解いていく音がじわじわと心を責めるし、どういう反応をするのか気になってしまって何度もリグレットの顔を見てしまう。見られている本人は心配そうにしているが、ずっと見ているのも不自然なので咄嗟に手にしたチョコを口へと放り込んでいく。
そしてやってくる沈黙。数時間ほど前に自分が作ったブラウニーが、たった今渡したかった相手の前にある。
リグレットは誰に言うのでもなく目を瞑って「ありがとう」と呟いて、意を決したように目を開く。見ている私も思わず食べるのを止めて、その1連の動作が終わるのをじっと待つ。
1口サイズにちぎられたブラウニーは、いかにも従者らしい丁寧な仕草で口へと運ばれていき、味わうように1つ、2つと咀嚼され、そしてゆっくりと飲み込む。見ている私もつられて唾を飲み込んでしまう。
「…………」
リグレットは口を開く様子もなく沈黙。それは時が止まったかの様に長く、もしかして口に合わなかったのかと心配になる。
「はぁ……」
ようやく口を開いたリグレットが出したのは言葉ではなく、ただの吐息。様々な感情が混ざっていて、それだけでは推測できなくて余計に心配になる。
「リグ、レット……?」
「……これくらいの甘さだと、とても好きですし素直に嬉しいのですけれどね」
しみじみと呟く姿を見て、どっと安堵がやってくる。甘党の自分にとって、甘さをどこまで抑えればいいかというのが1番の難点だったから余計に。
「ほろ苦さの中にほんの少し甘さがあって、逆にそれがいいというか。ここまで私の好みな物は中々ないので、作った方が知りたいくらいです」
次々と飛んでくる感想に照れ笑いしてしまいそうなのを必死にこらえる。今バレてしまっては恥ずかしさのメーターがとんでもないことになってしまう。
「……姫?顔赤いですけど大丈夫ですか?」
「大丈夫です」
心配そうに眺めるリグレットに対して平静を保つが心は祭、油断すればガッツポーズをしてしまうくらいにはウキウキだ。だから私から視線を外したリグレットが不思議そうにラッピングの中にあった紙を眺めている事にも気づかなかった。
「この紙、何か書いてあるな『日頃お世話になっているリグレットへ…………』?この字は、もしかして」
ぶつぶつと何か言っているリグレットが、不意にこちらを見て笑う。少しだけ頬を染めて。
「リグレット?なんだか顔赤いですけど……」
「姫だって赤いですから、きっとこの部屋が暖かいだけですよ」
確かに暖かい部屋ではあるが、少しはぐらかされているような気がするのは気のせいだろうか。
「ふふ、姫。ありがとうございますね」
「……?どういたしまして?」
急に改めて感謝を言われて疑問に思う私だが、今は特別気分がいいから気にしない。
忘れるように手にあるチョコを食べて、改めてリグレットと顔を見合わせて笑う。
そして、リグレットが持っていた紙を見てはっとする。
「り、りりリグレット!? まさかそれ、見て……ないですよね?」
「どうでしょう。秘密、です」