聖なる夜の贈り物
「…………はぁ」
部屋の中だと言うのに吐息は白く、まるで外で舞っている雪のようだ。そんな外を隠すように、窓が吐息で曇る。
パレンティア大陸でも北に位置するブランが雪化粧をするというのは珍しいことでは無いが、それでも積雪というのは厄介だ。
勿論子供達は雪で遊べるから楽しいのかもしれないが、エルメルアに雪で遊びたいという気持ちは特にないし、そもそも遊びたいと思った所で、その相手はいない。
もうすぐ夜になるというのに、それを邪魔するように現れた大雪は王城や家屋を潰す気で積もっていき、休んでいた従者や騎士達を急遽総動員させたからだ。
エルメルアの部屋の窓からでも、雪の中でもぞもぞ動く人影がちらほら見えている。
「物足りない……何か忘れてるような……」
そんな雪下ろしに勤しむ従者達から目を離せば、いつの間にか窓の曇りは消えている。しかし代わりにエルメルアの頭が曇る。
何か忘れている。
何かやろうと思っていたこと。
考え続けても答えは出ず、気分転換にと部屋から出て城内を歩く。とはいえ身体が寒さで震えるばかりで、忘れていることは何一つ思い出せないのだが。
「なぁリル! 今年はサンタさんに何頼む!?」
「……フェンには……ひみつ。…………あっ」
「あっ!!」
「「姫様、おはようございます」」
考え事をしながら城内をふらつき、食堂にたどり着いたエルメルアが最初に見つけたのは騎士団の一員であるフェンとリル。2人は子供という事で雪下ろしには参加していないらしい。
「2人ともおはようございます。何のお話を?」
「何のって、姫様、明日はクリスマスだぜ?」
「サンタさん……に、プレゼント貰う」
「……クリ、スマス? えっ? あっ!!」
楽しそうに話す2人とは裏腹、エルメルアには焦りの色。
2人の話で、完全に思い出した。忘れていたこと、そして何をしようとしていたか。
クリスマス、そう前から心に決めていたのだ。
大切な従者に日頃の感謝として、何か物を上げようと。
「姫様どうかしたか?」
「あっ、いや、ただその用事を思い出したというか……」
「ははーん……?」
エルメルアの様子から、フェンは何か察したらしい。
ニヤリと笑って、エルメルアへと顔を近づける。
「団長に用なら、もう少しで……」
「な、な、なんで今リグレットなんですかっ」
「えっ!? いや、だって姫さ……むぐぅ!? り、りる!」
「姫様……頑張ってね、応援してる」
「……リル? とりあえずありがとう、ございます?」
ひそひそ話で何故かリグレットの話を出すフェンに、それを羽交い締めして、謎の声援を送るリル。
1度もリグレットに用があるだとか、そういう事は誰にも話していないというのに、何故バレているのか。
疑問が残る中2人に別れを告げて、急ぎ足で部屋へと戻る。
「確か……ここに……。……あった」
棚の小さなスペースに置いてある物を手に取り、ほっと胸を撫で下ろす。渡す物は前から決めていたし、そのために練習も重ねた。王族としての習い事でもやっていたからか、予想よりも早く終わってしまったため、大切に保管しておいたのだ。……そのせいで忘れたのかもしれないが。
ただ少し気になるのは……やはり手作りという所だ。
気持ちを伝えるなら手作りが1番、という事を鵜呑みにするのもどうかとは思うが、街中や城内で耳をすませば、そういった話は流れてくる。その後押しもあって手作りにしたのは良いものの、いざ渡すとなると変に緊張してしまう。
既製の物の方が良いのではないか、急に渡されても変ではないだろうか……などなど、そんな不安だってある。
「でもだからと言って、今から買いに行きたくても……」
外は大雪、エルメルアの腰くらいまで積もった雪の中、1人で行くというのはあまりにも無謀であるし、何より雪下ろしをしている中を出歩けば、それだけでも目立ってしまう。
「姫、今から外に出られるのですか?」
「ひゃっ!?」
唐突にかけられた声に、びくりと肩が飛び跳ねる。
しかも相手はプレゼントを渡す予定の人物。あいにくプレゼントに気づかれてはいないようだが、今このタイミングは最悪だ。
「り、りり、りぐれっと……? 別に出かけませんよ?」
動揺をなんとか誤魔化そうと笑顔を作るが、むしろ怪しまれるのではないだろうか。でも表情に視線がいけば、プレゼントを背中に隠しても注目されることはない。
「そうですか……」
「…………? 何か私に用だったんですか?」
しかし、そんなエルメルアを気にする様子もなく、どこかそわそわしているリグレットを逆にエルメルアが怪しむ。
「あ、いえ別に……気になさらず」
「んんー?」
じとーと眺めるが、リグレットは視線を逸らすばかりで何一つ話そうとはしない。しかし見つめる時間が長くなる度、どんどんとリグレットの顔色はどんどんと赤くなっていくではないか。
「え、っと、姫。その、一緒に外歩きませんか?」
「確かに、私の部屋は暖かいので1度外の空気に触れるのも……リグレット?」
外を歩きたいという提案は今のリグレットの顔色からして、この部屋が暑すぎると思ってだと思ったが、表からして違うらしい。だが、リグレットと一緒にいれるというなら、この誘いを断る理由もない。
「勿論姫に予定が無ければ、ですけどね」
「予定ならたった今、入れられちゃいました」
「え? ……ああ、なるほど」
たははと笑うリグレットに、エルメルアは悪戯っぽく返せば、リグレットは少し理解ができなかったようで、少し遅れてからようやく反応がある。
「それにしても、リグレットから外に行こうだなんて珍しいです」
「ええ、まぁ……確かにそうですね」
しかしやはりまだ何処かぎこちなさのあるリグレットに疑問を抱きつつ、エルメルアは窓の外を見る。
部屋の窓から見える外の景色は一変、あれだけ積もっていた雪から地面がひょっこりと顔を出している。これなら外を出歩く事もできる。
「えっと、じゃあ姫、行きますよ」
「うぇっ!?」
突然生まれた窓との距離、そして傾く身体。急に手を引っ張られたのだ。なんというか今日のリグレットはどこかおかしい気がする。余裕が無いというか、慣れない事をしようとしているというか。
「リグレット、その私歩けますからっ」
「あっ……ごめんなさい」
急な行動は嬉しくもあるが、心の準備が出来ないからダメだと思う。それに、渡す予定のプレゼントも持ってきてしまった。手提げの袋に入っているから邪魔にはならないが、これではバレるのも時間の問題だ。
雪道を歩きながら、ふと手が繋がったままな事に気づく。
静止の声は届いたが、手を離すことは完全に忘れている様子のリグレットを横目で見て、ひたすらに気持ちを抑える。
いつもはエルメルアから握ったりしているから、リグレットがこうしているのは滅多になくて、新鮮なのだ。
「ほら、姫見てください」
心の中でガッツポーズをしていれば、リグレットの声。
心無しか少しはしゃいでいるような声と表情に目が奪われるが、それよりも目を引くもの……。
色鮮やかなイルミネーション、それを身に受け舞う雪が輝いているその景色は、言葉に表せるものではない。
ただただ口をポカンと開けて、吐息ばかりが行き来する。
そんなエルメルアの様子を満足そうに眺めるリグレット。
しかしやはり何やら、そわそわしているのだ。
「……リグレット?」
訪れる沈黙。舞う雪が綺麗な景色の中、ちょっとした期待を胸抱く自分をひた隠して、リグレットを見つめる。
リグレットもまた、無言。ただじっと目を瞑って息を吸ったり吐いたりを繰り返している。
「姫、その…………」
ようやく開いた目がエルメルアを見つめる。
お互いの、手と手が離れて、目と目が繋がる。
ごくりと唾を飲んで、リグレットの続きを待つ。
「少し早いですが……メリークリスマスです」
どこからか出した小袋と共に、そんな言葉が投げられる。
プレゼント……なのだろうか。
「えっと、ありがとう? ……開けてもいいんですか?」
「はい、どうぞ」
何が入っているのだろうと小袋を開ければ、そこに入っていたのは、少し小さな花柄の髪飾り。
あまり派手ではないし、かといって目立たないほどでは無い、エルメルアが1番好きなタイプの大きさ。何よりもこれをリグレットが選んでくれたのが嬉しい。
「えへへ……嬉しい。とても可愛くて好きな柄です」
「姫に似合うかなと思って……喜んでいただけて、こちらも嬉しいです」
付けずに大切に取っておきたい気持ちと、折角自分のために選んでくれたものを身につけたいという気持ちが複雑に絡み合って、どうしようか本当に迷う。
「明日は王城でのパーティーがありますから、こうした時間は取れなくて……」
リグレットは照れるように頬をかいて、プレゼントを渡す経緯を話す。彼のことだ、きっと騎士団全員に用意してあるのだろうが、それでもやはり嬉しいものは嬉しい。
「あ、あの! 私もリグレットに渡したい物があって」
本当なら明日渡す予定だったが、今の気持ちならなんでも話せると思って、今渡そうと決めた。
貰ったプレゼントと入れ替わるように、手提げ袋を突き出す。やっぱり恥ずかしくて、目を合わせる事はできなかったが。
「ふふ、まさかこの歳になってプレゼントを貰うなんて思ってませんでしたが……ありがとうございます、姫」
「いえ、いつもお世話になってるのは私の方なので、その感謝と、それと…………それと……」
プレゼントをリグレットに渡して、あとひと息、なのに。
ここに来て、ものすごく恥ずかしくなってきた。
リグレットに抱いている感情を、そのまま伝えれば良いだけなのに、その一言が喉を通らない。
「ひ、姫?」
「うぅぅ…………なんでもありません……」
心配したようなリグレットに見つめられて、言おうとした一言を無理やり飲み込む。やっぱりダメだ、今はまだ言えない。あなたの事がずっと好き、だなんて…………!
「そ、そういえば、プレゼントは何でしょう」
「あけてください……うぅ」
話を変えようと切り出したリグレットに許可を出して、プレゼントの封が開けられていくのをじとっと眺める。
出てきたのは白を基調にした手袋。所々青色が入れて、騎士団の服装とも合うようにしたのだ。
「これからの時期、騎士団の活動として外出する事が多そうなので……暖かくしてほしいなと思って」
「そんな配慮まで……ありがとうございます。柄も素敵ですし、何だか特別感がありますね」
ふふと笑うその表情は、リグレットにしては珍しい気がする。気のせいかいつもより喜んでいる気がする。
そんなにも喜ばれると、渡して良かったと思う。
「姫、これすごく暖かいです」
手袋をつけて、握ったり開いたりを繰り返して感想を言うリグレット。まるで子供を見ているようで、思わず笑い声が零れてしまう。
「ほんとに暖かいんですよ! 姫もつけてみればわかります!」
そう言ってリグレットは片方の手袋をエルメルアに渡して、つけるように促す。なぜ片方だけなのかはわからないが、エルメルアは言われた通り、手袋をつける。
「確かに暖かいですけど……」
1度つけてしまうと脱ぐのが億劫になってしまうし、何より片手だけ暖かくて、もう片方は寒いのだ。
「片方ずつだとお互い、片手が寒くないですか?」
そんな当たり前の事を言ってみるが、リグレットは真剣にその事で悩み出す。そして何を思いついたのかエルメルアの手を取って握る。
「それなら、こうしたら暖かくなるかもしれませんよ?」
「た、確かに暖かいですね……!」
お互い、こういった事には慣れていないのに、何故こういう場面で思いつく行為には、恥ずかしい行為が混ざっていると気づかないのか。今思えばツッコミたい所が多いなと思うが、それに気づいていない自分も自分なので置いておく。
他愛もない話をしながら、2人は帰路へ。
イルミネーションが輝く道を歩いて帰る。
行きも帰りも、2人は変わらない。
手と手を繋いで、離さない。
それはまるで小さな頃から続く2人の絆のように、離れることはないのだ。