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ぱればらっ!  作者: Aoy
1/6

姫と従者と仮装の宴

本編であるPalette Ballad 20話を読むとより一層楽しめるかと思いますので是非。

読まなくても楽しめます。

「トリックオアトリートー!!!」


 いつも通りリグレットが騎士団の部屋で仕事をしていた時に、それは突然起きた。

 軽快な破裂音、そして紙吹雪が書類の上へと舞う。


 疲労が溜まりすぎて遂に頭がどうにかしたのか、それとも仕事のしすぎで夢の中でも仕事をしているのか。

 目を擦り、その声の主を渋々と見上げる。


 大きな帽子に、体を覆う大きなローブ。

 そしてカボチャを模したランタンと柄の長い藁箒……。

 妖艶な微笑をしているリズラは、まるで魔女そのもの。


「…………ふざけてるのか?」


 魔女っぽくて見事だとは思うが、とてもこの姿で仕事するとは思えないし、そもそも今の時間は夕方であることから仕事をする気はないのだろう。

 それにそもそも今日はオフの日だ。だからリズラを責める気はない、というより呆れてしまって責める気が起きない。


「これっぽっちも全く。というより団長、今日がなんの日か知らないとか大丈夫ですか?」


 明らかにふざけているのはリズラであるのに、むしろこちらがどうかしているような言い方にリグレットはむっとする。確かに窓の外は空と同じオレンジや紫といった色に染まっており、何か催しがあるのだろう。しかしそれが何かわからないのも事実だ。


「結局、何の用だ」

「ハロウィンですよ! は、ろ、うぃ、ん!」

「はぁ…………はろうぃん、ね」


 丁寧に大きな声で言われるが、見当もつかない。

 はろうぃん、聞いた事もない言葉だ。小さい頃は騎士団に入るために特訓ばかりしていたし、大人になっても災厄があったからか催しに関わることも少なかった。

 少なくとも何かされる、それだけは理解できる。

 厄介事は勘弁してくれ、とため息をつけば、リズラはそれにピクリと反応する。


「ため息つきたいのは私の方です。……まぁ、そんな堅苦しい作業はやめて、行きますよ」


 リグレットの手を強引に引っ張り、リズラはスタスタと歩いていく。こちらの意見など聞く気はないようだ。


「お、おい! どこに連れていくんだ、それだけは教えてくれ、いや教えてください!」

「行けばわかります。行かなきゃわかりません」


 教える気も無いらしい。どうやら従うしかないようだ。しかし毎日見ている城内のはずなのに、こうも変わり映えしているのは素直に驚きだ。お陰で今どこに向かっているのかさっぱりわからない。


 空模様と同じ配色で、ますますわかりにくいし、何をされるのかもわからないからこそ、緊張してくる。

 そしてたどり着いたのは真っ暗な部屋、そしてそっと手を離され、本当にどこにいるのかわからなくなる。


「おい!? リズラ!? せめて何か言ってから離せバカ!」


 動転して冷静さが無くなっているリグレット、そんな彼を何者かが押し倒す。

 しまった。一瞬の油断でさえ許した自分を悔いる。

 ドサッと倒れ、動きを封じるように上に乗られる。重さこそ軽いが、何者かわからないからこそ恐怖で力が入らない。


 リグレットが倒れた音を合図に部屋の灯りが明滅、しかし急な変化に視界が順応できず、やはり誰かはわからない。


「が、がおーっ!!!! お菓子くれなきゃイタズラ、します……よ?」


 そこにあるのは怖さでも驚きでもない、ただの可愛さの塊。頭には小さな角、そして背中には仰々しい黒い翼を引っさげたエルメルアが、そこにいた。

 黒い小さなポンチョを上から羽織った白のブラウスは赤のリボンで装飾され、そして珍しく黒い膝上のスカートを身にまとっている。そんなエルメルアは小悪魔……をイメージしているのだろうか。


 それにしても何故がおーなのか。

 しかし破壊力は抜群だ、なんかもうがおーで良かった気さえしてくる。当の本人は相当恥ずかしかったようで顔が真っ赤にしているし、今のこの状態も相当恥ずかしい。


「ねぇリグレット。イタズラって、何すればいいんですか……?」


 挙句の果てにイタズラされる側に聞いてしまう始末。

 なんとか立ち上がれそうな軽さであるため、抱きかかえて立ち上がれば、エルメルアは急なことに対応できなかったようでわなわなと震えている。


「やぁリグレット。姫様のイタズラは後にするとして、今度は僕の番だ」


 そして後ろからやってくるのはロミ。犬の耳と全身毛皮の服装な事から狼男……だろうか。勝手に個室に連れていかれ、団長用と書かれた袋を渡される。


「なんだ……これは」

「まぁまぁ、拒否権は無いから着るんだリグレット」

「はぁ…………」


 きっちりとした服装であるし、特に嫌がる理由もないので着替える。それにしてもいつにも増してロミが楽しんでいる気がするのは気のせいだろうか


「なぁ、ロミ。今日がなんの日か知ってるか?」

「知らないよ。僕も急に連れてこられて、こうなったんだ」

「それでなんでこんなノリノリなんだよ……」

「まぁ、理解するよりも楽しめと言うじゃないか」


 こういう楽観的な所は見習うべきなのかもしれないな……と思う。楽観的すぎるのは良くないが。


「へへぇ……確かにリグレットらしい」

「なんだよ、それ…………」


 ロミの反応からして悪くはないらしいが、自分では全体像が見えないので鏡が欲しい所だ。しかしどうやらこの部屋に鏡はないようで、渋々個室から出る。


「おー、団長いいねぇ、ヴァンパイア似合ってる似合ってるー」

「にゃー」


 個室から出れば、リズラとセアリアスがリグレットの姿をまじまじと眺める。どうやらリグレットは吸血鬼らしい。

 道理できっちりとした紳士的な服装が多いわけだ。

 ようやく納得した頭でセアリアスを見る。セアリアスは全身黒のダボッとしたパーカーのみという服装で袖の内側には肉球が、そして頭には猫耳をつけている。

 短いズボンは履いているだろうが、彼女があそこまで見せているのは本当に珍しい。


「セアリアスは……黒猫か?」

「にゃー」


 にゃーと声は可愛らしく鳴いているのに、その目つきは異常に殺気がある。見るなと言っているようだ。

 確かに黒猫は魔女の使いとも言われているし、リズラとセアリアスに似合っているだろう。


「だんちょー!! お菓子くれ!」

「おかし……おかし…………!」


 セアリアスの殺気から逃れようとすれば、フェンとリルがリグレットの周りをぐるぐると回りだす。

 フェンはボロボロの服に、生気のない肌の色になっており、これはゾンビ……だろうか。

 リルは札のついた帽子に、地面に着きそうな長い袖の服装。……これはキョンシーと呼ばれていたような気がする。


「おー2人とも似合ってるな。お菓子か、ほら」


 先程ロミに持っておきなと言われた、お菓子の一部を2人に渡せば、嬉しそうに走り回っている。

 その様子を微笑んで眺めていれば、セアリアスとはまた違う殺気が端から感じられる。


『許さん……許さんぞ…………』

「アウリュス……」


 地を這いずるような低い声に苦笑いしつつ、アウリュスを見れば包帯でぐるぐる巻きにされている。

 いつものフードは脱がされたようで、所々肌が露わになっている。巻いたのはフェンとリルらしく、かなり雑に、しかもキツかったり緩かったりで非常に不快そうだ。

 ……そもそもあのフードの下は何も着てないのかとツッコミたくなるが、今は止めておく。


『そもそも、私は狼……私が狼男でよかろう!?』

「あー、そのな? 一応女って認識されたって事で……」

『仮装なら女が男やっても……まぁよい、皆が楽しむのならそれで……しかし包帯で縛られているのは中々不快でな……』


 無理やり納得させてはいるが、話せば文句は出てくるらしい。そんなアウリュスを宥めていれば、リグレットの傍に大男がやってくる。


「団長」

「おおお、ヴェルトか。これはなんだ?」

「フランケンシュタインらしい」


 ヴェルトのような大きな身体はフランケンが1番似合うだろう。頭や身体に突き刺さっているように見えるネジ等が、その大きさもあって迫力がある。


「団長も似合ってる。それでこれお菓子」

「ありがとうヴェルト」


 どうやらヴェルトはお菓子配りをしているらしい、リグレットの感謝に嬉しそうにしてゆっくりと歩いていく。

 アウリュスも貰ったようで、機嫌も治ったようだ。


『あやつめ、なかなか好みがわかっているじゃないか』

「…………ちょう」

「ああ、ヴェルトは優しいからな。事前に好みを調べていたんだろう」

「だん…………」

「ところでアウリュス。さっきから何か聞こえないか?」

『怖がらせようとかても無駄だぞ』

「だんちょおおおおおおおおおおお!!!」

「『あああああ!?』」


 突然現れた布切れだけの女性とその声量に、リグレットとアウリュスは咄嗟に抱き合って叫ぶ。

 幽霊だろうか、幽霊って実在したのか。


「あはは、団長達驚きすぎですよぅ」

「セレーニか……心臓に悪い」


 布切れだけ……そう見えるような服装のセレーニが満足気に笑っている。頭には三角巾をつけており、言うまでもなく幽霊をイメージしているのだろう。


「アウリュス? おーい、セレーニだこれは、おい」

「あはは、刺激強すぎましたねぇ」

「だな…………」

「アウリュスさんは責任もって私が看ますから、団長は見て回ってもらって!」


 気絶しているアウリュスをセレーニに任せて、リグレットはその場を後にする。だいたい全体を見て回ったが、やはり行くべきはあそこだろう。


 全体を眺められる場所にちょこんと座っているエルメルアの傍に行けば、ぷいっとそっぽを向かれる。


「……なんですか」


 しかしずっとその訳にもいかず、やがて観念したように話しかけてくる。その小さな口で用意されたスイーツ食べている姿はなんとも微笑ましい。


「特に何も。ただ美味しそうに食べるなぁと…………姫?」


 会話はしているが、どこかぎこちないエルメルアにリグレットは疑問を覚える。何かおかしい所でもあっただろうか。

 目を合わせようにも、目を逸らされるし、たまにチラッとこちらを見ては、すぐさまぷいっと顔を背けてしまう。


「あの……姫?」

「だめです、だめなものはだめ、今はだめなんです」


 あまりの即答に、なんとなく答えがわかった気がする。

 今日はハロウィン……今までの様子からして多少のイタズラなら許される気がする。


「姫? お菓子くれなきゃ……?」

「……イタズラ」


 手元にあるスイーツを渡せばいいのに、それを渡そうとはせず、少し潤んだ瞳でリグレットをじっと見つめる。

 むしろイタズラを期待しているような……そんな顔。


「なーんて、嘘です。何もしませんよ」

「…………ばか」

「むしろ、何かされたかったんですか?」

「…………ほんとばか。ばか、ばかばか」


 何やら自滅したらしいエルメルアは手で顔を覆っている。

 小悪魔のような服装をしているが、小悪魔にはなれず、むしろ天使の方がなりきっていると言える。


「例えば吸血鬼にちなんで首元に…………もご!?」


 冗談を言うつもりだったのだが、エルメルアは顔を真っ赤にして食べかけていたケーキを思い切りリグレットに突っ込んで黙らせる。

 エルメルアはむすっとして、リグレットからフォークを抜き、そのまま何事も無かったように違うケーキを食べる。


「別に、リグレットがやりたいなら、やればいいと思います。私は別に、してほしいとか思ってないですから」


 エルメルアは、するりと首元を撫でる。少し伏し目がちなその表情は艶っぽくて……目の前の小さな悪魔に魅了される。理性さえ無ければ本当に噛み付いてしまいそうな、そんな魅力があるのだ。


「もしかしてリグレット……自分で言っておいて、できないんですか?」


 堪えていても、目の前の少女の誘惑は止まらない。

 普段は見せない鎖骨を見せるように玉雪の肌をチラチラとさせ、熱を帯びた吐息がリグレットの理性を溶かしていく。


 そうやって試すような言い方をして、挑発をした事を後悔させてやりたい……。そう思って立ち上がれば、エルメルアはびくりと反応して、恐る恐るリグレットを見つめている。


「誘ってきたのは……姫、ですからね」


 ゆっくりと顔を近づければ、エルメルアの身体は強張り、瞳をきゅっと閉じて、少し震えている。

 仄かなシャンプーの香りが鼻腔をくすぐる。首元、というだけあって、エルメルアの息遣いが間近に聞こえる。

 今から噛む、それを伝えるように息を吹きかけてやれば、より一層強張らせて、小さな声が漏れる。


 あともう少し、少し歯を当てればそれでお終い。

 なのに、これ以上先に進むのが難しい。

 理性はもうぐちゃぐちゃで、止めるものはないはずなのに。もう限界のはずなのだ、これ以上耐えるのは危険だ。


 名残惜しいが離れるしかない、そう思った時。


「だーんちょっ!」


 ぽんっと軽く後ろから押され、離そうとした顔は、柔らかい首元へと落ちていき……。

 押された反射で口を閉じようとして、そのまま首元に噛み付く。優しくではあるが、普通は体験した事の無いことだ。それゆえエルメルアからも聞いた事のないような甘い声が漏れる。


「ひ、ひめ、ごめんなさい!」


 条件反射で謝るが、エルメルアは自分でも戸惑っているようで、口元を押さえて頬を染めている。


「いえ、その、こちらこそ……ありがとう?」


 とろんとした瞳で、えへへと笑うエルメルア。

 事故ではあるが、お互い忘れられない日になっただろう。

 今でも口の中は少し甘く、思い出すだけでも恥ずかしい。


「あの……2人の世界に入らないでくれます……?」

「ん、ああ、すまない……」


 押した本人であるリズラが冷めた目でリグレットを見る。

 何か言いたげなため息を吐いて、コツンとリグレットを軽く殴る。


「はい。皆で写真撮りますから。向こう集まってください」


 そう言ってリズラはすたすたと歩いていく。

 ハロウィン。最初は何が何だかわからなかったが、こういった催しもたまには良いだろう。

 ゆっくりと歩くリグレットの後ろには、満足気なエルメルアがいる。姫も楽しめたならそれでいいだろう。

 エルメルアを中心に、騎士団全員が集まり、それぞれポーズを取る。


「はーい、撮りますよー!」

「「「せーのっ! はっぴーはろうぃーん!!」」」


 最後は息ぴったりの掛け声で締める。

 本当にいい一日だった、そう心から思える。

 いつもと服装が違うことで、気分が変わっているという事もあるかもしれないが、忘れられない1日になったのは確かだ。


 幸せな1日だった。しかし今はまだ誰も知らない。

 後日エルメルアの首元に残った跡でちょっとした事が起きるという事を……。

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