精霊に避けられてもやめない
本日からKADOKAWAさまよりカドコミ(WEB・アプリ)とニコニコ静画にて本作のコミカライズがスタートします‼
カドコミ(WEB)
https://comic-walker.com/detail/KC_006932_S/episodes/KC_0069320000200011_E
ニコニコ静画
https://manga.nicovideo.jp/comic/74034
詳細は活動報告よりご確認ください。
「は?」
「はぁ?」
精霊ハダル、そしてラングレンが同時にこちらへ振り返った。二人共「どこがだ」と口を揃える。
「だって、ハダルさんもラングレンも素直に自分の気持ちを表現することが苦手で、それでもなお人と仲良くして善意を隠せないところがそっくりですよ?」
ラングレンへの復讐。それは彼のツンデレムーヴを言い当てることだ。いつまででも性格のきつい人と思われたらラングレンは避けられ続け寂しい学園生活を送ることになる。しかしツンデレだと周りが彼を理解すれば、きついことを言えば言うほどニヤニヤされるのだ。彼の発言の攻撃力を削ぎつつ、柔らかい雰囲気も広がる。ニュータイプ復讐だ。
「な、何を言っているんですか? 聖女様は俺が誠実ではなく、嘘をつくとおっしゃりたいんですか?」
「そんなに自己否定しなくてもいいですよ。苦手なのは恥ずかしいことではありません。人は苦手なことがあって当たり前なんですから」
「はぁ!? お、俺に不得手なことなどありません! それは侮辱と取りますが!?」
「いいえ、苦手なことがない人なんていません。自分が何が苦手かまだ分かってないだけです。世界は広いですから」
ラングレンは顔を真っ赤にして反論しているけど、天才のリリーだって苦手なもの……辛いものと苦いものと暑いものが苦手なのだ。さらに私にそれらを悟らせることが嫌なようで、やけに水を飲んだりしながら誤魔化している。
やがて、周囲がざわつきはじめた。「もしかしてあれ、嫌味じゃなくて心配……?」「俺たちのこと、よく見てくれてたんだ」「嫌な奴かと思ってたけど、いい奴だったんだな……」「涼しい顔して、不器用なんだ」と、ラングレンを見ていた目が、嫌なものから生ぬるいものへと変わっていく。
「違う! 俺は! 違う! そんな目で見るな!」
「またまた~」
ラングレンは顔を真っ赤にして反論しているけど、私も言葉をかぶせる。するとアンテルム王子がくすくす笑い出した。
「ははは。確かにラングレンは素直じゃないな。聖女よ、実に見事な采配だ。復讐などと言い出すから、何か物騒なことでもしでかすかと思いきや、実に面白い」
「え、見てたんですか?」
「たまたまな。あんまりおいたをするようなら止める気だったが、ははは! なあラングレン、認めろ、お前の負けだ」
アンテルム王子の言葉に、ラングレンはぎりっと私をにらんだ。それがいつかのキーリング宰相を思い出し、私はより目で迎え撃つと、彼は噴出した。変顔で私に勝てるものなどいない。
「私の言葉が、素直ではない……?」
精霊ハダルが呆然と呟いた。彼は「私の言葉は分かり辛いのか?」と、困った様子で問いかけてくる。
「はい。もしかしたら、敵意がある……と思ってしまう方もいるかもしれないですね」
「え……」
「人共とか、如き……、わざわざ、やがった、とかは、言われたらびっくりしてしまう人も多いかもしれないです」
「えっ、そ、それは人間に対して敬う言葉ではないのか!?」
彼の言葉に、皆が顔を見合わせた。やがて王子が「精霊ハダルよ」と彼に呼びかける。
「その言葉は、決して相手を敬う言葉ではない。王が囚人にすら絶対に使わぬ言葉だ。どちらかと言えば、人を売り買いする者たちが商品に対して発するようなものだぞ」
「そんな……」
ハダルは俯いてしまった。どうやら言葉を間違って覚えてしまっていたらしい。リリーは先程まで精霊に怯えていた様子だったけど「どこでそんな言葉を覚えましたの?」と優しく声をかけた。
「ミアプラキドス……ミアプラキドスが、人間と話すにはこういう言葉のほうがいいと教えてくれて……」
皆が一斉に水の精霊、ミアプラキドスに注目する。別の班で話をしていた水の精霊は、こちらの視線を察知して首を傾げた。
「なあに? 僕とお話したいの?」
「ミアプラキドス! 貴方私を騙したのですね!? 人間と仲良くなれる言葉なんて大嘘だったのですね!?」
「あぁ、やっと分かったんだ? すごい遅かったね。びっくりだよ」
水の精霊が土の精霊を騙していた――ということはエヴァルトに騙された精霊はハダルなのかもしれない。ぱっとエヴァルトの方へ向くと、彼とばっちり目が合った。
「好きです」
「今すごく緊迫した場だから、いったん、しーしよ?」
「はい」
私は口を引き結んで精霊たちを見守り始める。けれどどうやら水の精霊がおかしなことをするのは日常茶飯事らしく、「またか」と火の精霊が仲裁に入った。
「ミアプラキドスは、どうしていつもそう俺たちを騙そうとするんだ。そのうち精霊界を追放になるぞ」
「だって馬鹿な奴を騙すの面白いんだもん」
「ひとまずハダルに謝れ、仲良くしろ」
「やだよ! 騙される方が悪いんじゃん! っていうか無知は罪って言葉知らないの〜?」
「ミアプラキドス、いい加減にしなさい」
ピーコックが窘めた。するとそれがスイッチだったのか、ミアプラキドスは「うざい!」と教室を出ていってしまった。
テオン先生が「まぁ、精霊はこの水晶を経由しないと帰れないので、大丈夫ですよ」と授業の再開を促してくる。やがてハダルが戻ってきて、すまなそうにラングレンの前へと向かった。
「申し訳ございません。えっと先程の通り、私は間違った知識を持っていたので……なんと呼んでいいのか分からないのですが」
「……ラングレンでいいですよ。精霊さん」
「では、ら、ラングレンさん。この度は、誠に申し訳ございません。お前……じゃなくて、ラングレンさんや皆さんを大変ご不快にさせてしまい……私は仲良くなってやってもいいと思っていたのですが、全然違う言葉を話していて」
「仲良くやってもいい、も、中々難儀な言葉ですけど」
アンテルム王子が指摘すると、ハダルがあっと口を押さえた。その様子を見て、先程まで精霊を睨んでいたラングレンが「教えてあげます」とぼそっと呟いた。
「人間の言葉は、人間に教わるほうがいいでしょう。……俺も、まぁ座学についてはまだ優秀な評価を得られていませんが、この国で十五年は生きてるので……次の授業にでも」
「ありがとうございます! 是非お願いします!」
ハダルは嬉しそうにラングレンの顔の近くに飛んだ。ラングレンは「近い……」と言いながら満更でもなさそうだ。これで騙されやすい妖精はラングレンの側にいったわけだし、あとは私が精霊に助力を貰えれば完璧だ。
「ああ、えっと、授業がありましたね。そうだまだお話をしていない生徒が……」
「はいっ! 私とエヴァルトです!」
「ああ、聖女殿と中々魔力量に自信がありそうな彼ですか」
そう言って、ハダルがこちらに近づいてきた。けれど残念そうに肩を落とした。
「申し訳ないのですが聖女殿、我々は聖女殿と接触禁止令が出ております。なるべく会話をしないようにと言われてますので、挨拶だけでお許ししやがれください」
「えっ!? 何故ですか!?」
「実は、今代の聖女殿は今までになく能動的なお人柄というのが、精霊界でも伝わってまして……精霊の介入によって何かよくないことを起こさぬように……というのが全体の見解なのです」
「つまり、彼女が悪さしそうってこと?」
エヴァルトの質問に、ハダルは「上の者がそう疑っているのは事実です」と俯いた。すると、エヴァルトの視線が鋭くなり、ハダルはうつむく。
「今まで聖女は物静かで、周囲の助力を得て行動する方が選ばれていました。しかし、今代の聖女殿は違うように見受けられます。人を煽動する力がある。だからこそ精霊界も煽動されたら……」
確かに、ゲームのスフィアはいつも静かだった気がする。精霊は元気なことが苦手なのかも知れない。でも、そうなると闇の魔力に関する古文書が手に入らない!
「そ、それはどんな時も関わらないということですか?」
「いえ、未曾有の事態が起きれば話は別です。ただ、そういう事態にならない場合は……」
「なるほど! 分かりました! では有事の際は是非ともよろしくお願いします! 私、ものすごくやる気に満ち溢れてるので!」
「やるきがあるのは結構ですが……そういうことが起きないよう祈るのが貴女の役目なので……」
精霊に協力してもらうのは難しそうだ。困ったことだけど、まだあの仕掛けを解く方法は他にあるかもしれない。気落ちするまでもないだろう。
「お話してくれてありがとうございました! ではエヴァルトさんとお話をどうぞ! 彼はとても魅力的ですよ!」
「ああ……先程はありがとうございました。貴女のおかげで、騎士の彼と仲良くなることが出来ました」
「いえ!」
やがてハダルは、エヴァルトの前に浮いた。しかし何故かエヴァルトはじっと精霊を見つめている。
「こんにちは、貴方はエヴァルトさん、ですね。炎の魔法が得意なようで……」
「まぁ」
「炎の魔法を扱われる方は、案外静かな方が多く情熱的だと聞きますが、どうやらその通りみたいですね?」
「え?」
「だって先程から、ずっと隣のお嬢さんを見ているから」
「えっエヴァルトさん! えっ!」
エヴァルトが、私を見ていた!? 結婚では?
「さっきほら、君は、こう、ぴょんぴょんしてたから」
「分かりました! 毎日小刻みに揺れてますね!」
「ふふ。仲がいいことで」
ハダルはくすくす笑っている。そして、エヴァルトに向き直った。
「我々精霊界は、先程話をしたこともあってあまり聖女殿に関わることが出来ません。その分支えてあげてください。では……時間ですか」
ハダルの話の途中で、授業終了のチャイムが鳴り響いた。もう、授業は終わりのようだ。テオン先生は最後に精霊たちにお礼を言って、火、風、土の精霊たちは水晶の中へと消えていく。
「ああ、そうだ。スフィア・ファザーリさん」
水晶の発光が収まると、テオン先生が教卓で私を呼んだ。
「はいっ!」
「良い返事ですね。放課後、基礎魔法学の準備室に来て頂けませんか? 少しお話があるので」
「分かりました!」
テオン先生はにっこり笑って、教室を後にしていく。入れ替わるように担任の先生が入ってきて、皆が自分の席に戻った。私も自分の席につき、帰りのホームルームが始まる。
「ねぇ、世界一可愛いリリー」
迷惑にならないよう、そっと隣に座るリリーに小声で話しかけると、彼女は怪訝な顔をした。
「何?」
「今日、精霊の協力得られなかったので……精霊捕まえに行きたいんですけど、一緒に行ってくれます? お姉ちゃん一人じゃちょっと寂しい……」
「はぁ? 精霊なんて捕まえられるわけ無いでしょ」
「ヒロインは出来るんですよぉ……」
「じゃあ一人で行ってきなさい」
やがて、帰りのホームルームが終わり先生が退出する。エヴァルトもさっさと教室を出ていってしまった。もう、大きな声を出してもいい。私はリリーに縋り付いた。
「お願いリリー! ちゃんとしてない精霊を捕まえる必要があるんです! リリー! 一人寂しい! 一緒に出かけたい! 一人は嫌です! 怖いところだから! 皆で歌をうたって行く場所なんです!」
リリーの腕を掴み、ぶんぶん揺らす。すると反対側のお隣さんであるラングレンが、「ちょっと」とこちらを睨んできた。
「聖女様! いい加減にして頂けますか? 朝から放課後まで、わんわんわんわん喚き散らして。落ち着くということを覚えてください」
「えっ、嫉妬ですか……?」
「違います! というか妹君はこの騒音について何も思わないんですか?」
「慣れました」
リリーの返答にラングレンは大きく目を見開いた。彼は咳払いをすると、びしっと指を差してくる。
「あのですね! 昨夜から耳栓をしても聞こえるんですよ貴女の声が! 今夜喚くことがあったら口に尋問用の拘束具をつけて声が出せないようにしますよ!」
「リリー大変です。ラングレンは性癖が歪んでいるようです」
「だから! 俺は! 聖女様なんか好きじゃないんですよ! 静かにしてほしい! だけ! です!」
「承知しました」
口をキュッと引き結ぶと、「エッ速っ」とラングレンは驚いた。静かにしろと言われたから黙っただけなのになんで皆驚くんだろう。
「というか貴方、もしや今朝からずっと苛々して顔色が悪かったのは、この人の騒音のせいですの?」
リリーがため息交じりにラングレンに問いかけた。
「はい。一睡も出来ませんでした。それに深夜ゴソゴソガチャガチャ物音を立てて……」
「ああ、それは非常食を作っていたんですよ。もしもの為に」
「はぁ? もしかして、俺が言った栄養不足について、少しは改善する気に――」
私が昨晩、火を起こしてきっちり熱湯消毒した葉っぱと枝を懐から差し出すと、ラングレンは鼻で笑ってきた。
「ただの、葉っぱと枝じゃないですか。しかも、栄養になりそうもない落ち葉。貴女ふざけるのも――」
「お姉様はふざけていませんわ。本気ですわよ」
嘘を疑うラングレンに、リリーが即座に援護してくれた。彼女は溜息をつき、ラングレンの腕を取る。
「ねぇ騎士様、今日の放課後、ちょっとお時間よろしいでしょうか? 少し男手の必要な作業がございますの」
「何だ急に」
「リリー! 私も手伝いますよ!」
「貴女はテオン先生との約束があるでしょう」
「あ」
すっかり忘れていた。私は「今日は正門で! 待ち合わせしましょうね!」とリリーに一緒に帰る約束を取り付け、慌てて教室を出たのだった。
◇◇◇SIDE Miaplacidus◇◇◇
「くだらない。どうして僕が謝らなきゃいけないのさ」
精霊は、人間を手助けして生きなさい。精霊界と人間界はまだ細い繋がりだけど、種族が違う存在は近すぎても遠すぎてもいけない。
人の子の授業に参加する時、そう精霊王に言われたけど、水の精霊の中でも最も魔力の強い僕が、人間の手助けをしてやるなんて癪だった。
だから少しでも面白くなると思ってハダルに悪戯した。あいつは人間の年だったら一年くらい騙され続けていたわけだけど、僕らの時間からすれば瞬きと同じだ。元々人間は僕より下の存在で、魔力だってゴミみたいなものだ。馬鹿にしたっていい存在なのに、どうして怒られなきゃいけないんだろう。
それに、今世紀の聖女は面白そうなのに、光の魔力以前に人としての心が強すぎるから話をしちゃ駄目とか、意味分かんない!
いらいらしながらアカデミーの中を飛んでいく。水晶なしに聖霊界へは帰れないけど、どうせ帰っても精霊王に怒られてしまうのだ。帰りたくない。でも、どのクラスも授業は終わってないから、廊下には誰も通っていなくて学校もつまらない。誰かに会えば、悪戯してやれるのに!
「妖精さん」
声をかけられ振り返ると、どこにでもいるような赤毛の女子生徒がこちらを見ていた。授業なのに、どうしてこんなところにいるんだろう。
「なに? 加護ならやらないよ」
ふん、とそっぽを向くと、「いかにもヒールって感じ、最適。ふふふ」なんて、勝ち誇った声で笑われた。あまりの不愉快さに、僕は思いきり睨み返す。しかし彼女はものともせず、「世界の崩壊に興味ない?」と聞いてきた。
「世界の崩壊?」
「そう。思いっきり悪いことするのよ。何か壊したりするの、あなた好きでしょう?」
女子生徒の蠱惑的な笑みに、協力してやってもいい気持ちになった。どうせ帰れないし、それまでの暇つぶしにでもなればいいや。
「なにそれ? 人間のくせに、世界を滅ぼしたいの?」
「ううん。私、無理心中するつもりはないの。厳密にいえば、私は自分の望みを叶えたいだけ」
「強欲だね。君の望みは世界が関わるんだ」
挑発交じりにそう伝えると、女子生徒はくすりと笑った。その笑顔が、さきほどとは裏腹に、化け物が舌なめずりをしているように見えて、寒気がする。
「ええ。だって結局、生き物はどう生きるかが大切なんじゃなくて、どうやって死ぬかが大切なことだから」
そして、笑みとともに紡がれた言葉に、戦慄した。
◇◇◇
「ここ、どこだっけ……」
早速テオン先生のところへ行こうとしたけれど、私は道に迷っていた。周囲はどこまでも赤い絨毯と白い大理石の壁が続くばかりで、同じようなドアプレートがかけられるばかりだ。さっぱり道がわからない。
通り過ぎていく人に「魔法学の準備室はどこですか?」とその都度聞いていたけれど、とうとう誰も向かい側から来なくなったことで、現在地すら分からなくなってしまった。
「ふうむ……このままだと……放浪の旅になってしまうのでは?」
とりあえず、こういう時はフィーリングだ。人のいそうなところへ曲がっていけば、いつか誰かと会う! 早速左側の廊下に曲がろうとしてると、一匹の狸――いや黒猫が私を追い抜いていった。かと思えば、くるりとこちらに振り返る。瞳は綺麗な夕焼け色で、思わず「エヴァルト!?」と呼んでしまった。
猫はかなりもふもふしていて、ふわふわのモップが歩いているみたいだった。前世で図鑑を読んでいたときに見た覚えがある。ペルシャ猫って種類だ! 猫初めて生で見た。というか虫以外の自分より小さい生き物、初めて見る。
「エヴァルト?」
「ニャ」
違う、とでも言うように猫はふいっとそっぽを向いた。私は思わず駆け寄り、おそるおそる近づいていく。首輪もついてないし、野良猫だろうか。周りに飼い主さんもいない。
「猫の飼い方勉強するから……今度また会えたらうちの子になろう、うちの子になって……一緒に住もう……うちの子になって……一緒に暮らそう……」
怖がらせないように、小さな声でじっくり顎の下に手をのばしていくと、警戒したのか「にゃあ」と鳴かれてしまった。猫はそのまま廊下を歩いていき、私を振り返って「にゃー」と間延びした声で呼ぶようなそぶりを見せた。
「もしかして、魔法学の準備室を知ってますか?」
「にゃー」
「連れて行ってくれたりしますか」
「にゃー」
さすがアカデミー! 人間の言葉が分かる猫がいるんだ! あれ、でももしかしたらアカデミーで飼ってる猫なのかな。
「猫さんは誰かの飼い猫なんですか」
「にゃ」
「猫さんは名前ありますか」
「にゃ」
「じゃあ、ニャバルトですね」
「ニャアア」
ニャバルトは気に入ったのか、私をじっと見ている。
「ニャバルト……一回抱かせてください。自分より小さい生き物触るの初めてで……ずっと猫触りたいと思ってたので……」
もう抱き上げても大丈夫かとじっくり近づくと、ニャバルトは「にゃー」とこっちにてちてち歩いてきた。可愛い! 私は骨とか折ったりして痛い思いをさせないよう、ゆっくり抱き上げた。ニャバルトはびよーんと胴体を伸ばしながら静かに抱き上げられていて、鼻をふすふす動かし目をぎゅっと細めている。
「いのちを抱えている……」
「にゃ」
「うん。早く行こうね。魔法学準備室に、場所は右の廊下?」
「にゃ」
「左ね。おっけい」
猫に遊んでもらうのは楽しい。でも、先生を待たせたらいけない。私はさっと身を翻して左の廊下に走った。そのまま真っ直ぐ進んでいくと、絵の具でベタ塗りされた奇妙なドアプレートがかけられた行き止まりにあたった。
「魔法学準備室……あ、ここだ!」
ドアプレートには、金字で魔法学準備室と書かれている。ニャバルトにお礼をすると、彼はぱっと飛んで、廊下に着地した。
息を吸って吐いてるタイミング、エヴァルトと全く同じだったけど、もしかして彼は私に道を教えるために猫になってくれたのでは……?
ニャヴァルトと会わなかったら、彷徨っていたことだろう。私はあたたかい気持ちになりながら、魔法学準備室の扉をノックしたのだった。
◇◇◇
「失礼しまァす!」
扉の向こうからテオン先生のゆったりした返事を聞いて、魔法学準備室の扉を開いた。天井からハンギングプランターやハンギングケースなど、硝子の器で育てられている植物が吊るされ、天球儀や薬品が並び、壁からは水が流れる独特な部屋だ。こんな場所を前に映画かなにかで見た気がする。
奥には分厚い本が無造作に山積みにされていて、テオン先生がそこからひょっこり現れた。
「こんにちは、無事に到着できて何よりです」
「はい! ジークエンドさんに道を教えてもらいました」
「なるほど、ささ、座ってください」
テオン先生が詠唱することなく指先を動かすと、壁に流れる水が姿を変えて、部屋の中央にソファを作り出した。見たこともない魔法に驚いていると、先生は「きみも卒業する頃には出来るようになっていますよ」と笑う。嬉しい。エヴァルトと一緒に座るソファを作りたい!
「えっと、話って……」
「はい。単刀直入に言いましょう。僕は君の家庭環境について、それとなく聞いてこいと王家に頼まれ、君を呼び出しました。まぁ、主に、君の父について、ですけど」
「どんな人か……とかですか?」
「いえ? 素行については王家の調査団で調べがついています。それに、内部からもはっきりとした証言を得られていますからね。被害者の君の口からわざわざ聞き出すことでもありません」
テオン先生の言葉は、なんだか水のように掴めない感じだ。そもそも雰囲気も、どことなく掴み所がない、ひょうひょうとしたものを感じる。
「では、今日私を呼んだのは?」
「処分についてです。王家としては、聖女をないがしろにし、あまつさえ殺しかけた人間を処罰しないわけには行きません。そういう法律がありますからね。聖女を殺すことは、国益を損なうことです。ですが今回ややこしい点がありましてね、聖女である君をないがしろにした人間は、君の親だということです」
父は、どうしようもない。でも私の親だ。確かに聖女の親を罰する、というのは難しいだろう。
「聖女の親を処刑というのは、国民に伝わる情報として厳しい。でも、聖女をないがしろにした人間を放免とするのも、また難しい。そこで、聖女にその選択を委ねようというのが王家の意思です。ちなみに僕は、聖女がなるべく重い罰を望む答えを取ってくるよう言われているのですが、どうしますか?」
「それ、私に言ってもいいのでしょうか?」
「はい。意識的に物腰を柔らかくしているだけで、僕は人に興味が持てない性質でして、さっと君の意見を聞いて、そのまま王家に伝えようと思っています」
うーん。もっと単純な話や聖女の光の魔力について聞かれたりするとばかり思っていたけど、結構重めの話だった……将来に関わることだし……。私は少し悩んで、テオン先生に顔を向けた。
「リリーや新しく家族になったお母さんがぶたれたりするのは嫌なので、もう出てこないようにしてほしいです!」
お母さんは、たぶん父のことが好き――だと思うけど、父はカッとなると手が出るタイプの人間だ。今はリリーやお母さんのことが好きでも、そのうち手が出たりすると思う。そうなったら嫌だ。せっかくの家族だし。
「いいんですか?」
「はい! とりあえずリリーやお母さんに暴力をふるわないようにしてください! よろしくお願いします!」
私はテオン先生に頭を下げた。卒業後のリリーやお母さんの暮らしのこともあるけど、私が聖女として沢山活躍すれば大丈夫だろう。話は父のことだけだったらしく、先生は「なら、もういいですよ」と笑って、私は準備室を出たのだった。
本日からKADOKAWAさまよりカドコミ(WEB・アプリ)とニコニコ静画にて本作のコミカライズがスタートします‼
カドコミ(WEB)
https://comic-walker.com/detail/KC_006932_S/episodes/KC_0069320000200011_E
ニコニコ静画
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