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エヴァルトのいる世界は最高なので

本日からKADOKAWAさまよりカドコミ(WEB・アプリ)とニコニコ静画にて本作のコミカライズがスタートします‼

カドコミ(WEB)

https://comic-walker.com/detail/KC_006932_S/episodes/KC_0069320000200011_E

ニコニコ静画

https://manga.nicovideo.jp/comic/74034


詳細は活動報告よりご確認ください。

 ウーティエ王国聖魔術特化技術士魔法学校。長い名前により羊皮紙が悪戯に消費されてしまうことでアカデミーと呼ばれるそこは、王都の中心から西へと逸れ、森に囲まれた山岳地帯の上に位置している。


 よって、すぐ王都に出ることは叶わず、一部の教師を除いて皆そこで生活しなくてはならない……らしい。


 三学年に分かれていて、胸元の勲章についているリボンの数で学年を判断し、勲章の柄で魔術科、騎士科、魔工業科を、星の数でCからSのクラスを判断している。三つ星でSクラス、星無しがCクラスだ。


 私とリリーは黒のローブを羽織って、魔法使いが描かれリボンが一つ、三つ星の勲章をつけているから、魔術科Sクラスの一年生ということが分かる仕組みだ。


「可愛いですねぇリリーこの制服〜、どうしよう〜エヴァルトが私を見たら恋が始まるかもしれないですよ〜」

「もう朝からずっと見てる。ずっと同じ流れ。繰り返し」

「え、ずっと見てる? そんなにお姉ちゃん大好きで大丈夫ですか? 姉離れできます?」

「きいいいいいいいい!」


 屋敷を出てアカデミーの迎えの馬車に乗りながら、リリーと一緒に窓の外を覗く。今日、両親はリリーの見送りに出てきていて、なぜかお母さんは私の頭をさっと触っていった。お父さんはまぁ、相変わらずだ。でも、あんな大癇癪持ちとこれから二人で暮らすお母さんが心配だ。


「お母さん、父と一緒に居て大丈夫ですかねぇ? 父、わりとどうしようもない人ですよ?」

「大丈夫よ。ママは働きに出るから」

「え!? なにそれ!? 知らないんですが!?」


 私の言葉にリリーは真面目な顔で「言ってなかったからよ」と答えてくる。


「なんで!? 教えてくれなかったんですか!?」

「別に、私達はアカデミーに通うのだから、いいと思って」

「えぇ……家族なのにぃ……」

「わ、私もよく知らないのよ。とりあえず王家仕えになるらしいから、あの家はお父様しか住まないわ。心配は不要よ」

「ふぇぇ……ヒロインふえぇ……」

「その顔やめて! ほら、もうついたわよ」


 リリーはトランクケースを持ってさっと立ち上がる。学園に入学式の前に、寮に行って荷物をしまわなければいけない。


 しかし、私にはひとつ、大きな問題があった。


「リリー」

「なによ」

「吐くよ」

「やめなさいよ」

「違うよリリー、やめれる、やめれないじゃないよ。これは、私から離れてほしい警告でおろろろろろろろろ」


 途中でダメかなと思ったけど、やっぱり駄目だった。馬車にこんなに長く乗るなんて初めて……いやそもそも馬車に乗ること自体初めてだった。ここ最近の移動は全部転移魔法だし。リリーはせっせと私の口元を水魔法で洗って、汚した地面も洗い、さらに背中をさすってくれる。


「こんなことならさっと転移魔法を使えば良かったわね」

「まぁ何事にもチャレンジが大切ですからね!」

「学園のそばで吐くことをチャレンジだと言ってるなら、私は家族の縁を切るわ」

「違いますよ。ちゃんと初の馬車について言っています」


 そう言うと、リリーはぎろっと複雑そうな顔で睨んできた。投げキッスをするとより威嚇される。


 そうして仲良く馬車から出ると、それはそれは大きな建物がそびえ立っていた。尖った屋根のある塔に、円柱、六角形、丸、三角形に円錐の建物が複雑に重なり合って、要塞のようになっている。


「すごい斬新なデザインですね! リリー!」

「花猫ワニといい勝負じゃないかしら」

「やったー! 私建築士になるのもいいかもしれませんね! 将来リリーの家を建ててあげますね!」

「やめて! ったく……ほら、貴女ただでさえ有名人なのだから、さっさと行くわよ」

「美人姉妹……聖女の姉と天才妹ですねぇ」

「大馬鹿とその妹よ」


 リリーは懐から地図を出しつつ、私の肘を掴んで引っ張ってきた。私は慌てて彼女の後についていく。寮は女子がクイーン寮、男子がキング寮だ。


「あれ、クイーン寮はこちらでは?」


 でも、リリーは何故か地図に描かれているクイーン寮ではなく、もっといえばキング寮でもない変な方向へ進みだした。


「リリー? お手洗い行きたいんですか?」

「違うわよ……というか貴女知らないの? 私達はジャック寮に住むのよ」

「へ?」

「やっぱり昨日王家から来た手紙ちゃんと読んでいなかったんでしょう! 貴女に関わってる生徒は、警備の都合でジャック寮にひとまとめにされてしまうの。騎士団長の息子の近くにいたほうがいいって……」

「なるほどぉ……」


 リリーの後をついていくと、林を抜けた先に大きな屋敷が現れた。二人で中へ入っていくと、大きなシャンデリアと共に二つの階段が壁沿いに並ぶ大きなホールに出る。「私達は二階のダイヤの十三の部屋よ」と彼女は進んでいき、私も後に続いていく。


「私はクイーン寮のはずだったけれど、貴女のおもりで一緒の部屋になったのよ」

「やったぁ! リリーと一緒なら怖いものなしですね! 一緒のベッドで寝れるの嬉しいです! 沢山お世話してくださいね!」

「絶対ベッドに潜り込んでこないでよ。ここは毛布も沢山あるんだから……」


 彼女はダイヤの絵と共に十三と数字が刻まれた扉を開く。しかしそれと同時に、向かいの部屋の扉が開いた。


「あああああああああああああああああエヴァルト!!」

「何できみが、ここに……?」


 漆黒の髪から戸惑いの瞳を覗かせるのは、私の最愛エヴァルトだ。彼は私を見て呆然としている。


「エヴァルトさん! 好きです。一緒に住みましょう」

「男女が寝室を一緒にするのは、規則違反だから……」


 エヴァルトは私から目を逸らしながら扉を閉めた。「今日もかっこいいです! これからよろしくお願いしますね!」と声をかけると「よろしく」と、かしこまった声が返ってくる。今度お隣さんへの挨拶として、何かケーキを作ったりしよう。あーんしよう。そう決めた私はくるりと振り返ると、リリーが部屋にも入らず立ち尽くしていた。


「どうしたんですかリリー?」

「不審者がいる」

「は!?」


 慌てて私はリリーの前に出て、部屋の中に目を向ける。するとそこには銀髪双眼の繊細そうな美丈夫――攻略対象であるラングレンが佇んでいた。


「ここ女子部屋ですよ! お部屋間違えてますよ!!」

「間違えてはいませんよ。申し遅れました。俺はラングレン・アルマゲストと申します。聖女様の護衛の為に参りました。どうぞラングレンとお呼びください」


 なるほど、護衛のためのあいさつか。犯罪でもしにきたのかと思ってしまった。


「お疲れさまです! 私はスフィア・ファザーリ、こちらは私の自慢の妹、水魔法が大得意レディーで天才のリリーです」

「普通のリリー・ファザーリです。どうぞよろしくお願いいたしますわ」


 挨拶をすませると、奇妙な沈黙が流れた。やがてラングレンは私達の部屋の奥にある扉の中へ入っていく。


「待ってください!? ラングレン!?」

「はい。何か御用でしょうか?」

「何で奥の部屋へ入っていったんですか? そこが貴方の部屋なんですか?」

「はい」

「私達は女、ラングレンは男の人ですよね?」

「俺は聖女の護衛なので。また、ここは二階ですが窓からの侵入者が入って来ることが無いよう、窓に神経に作用する魔法を施しました。聖女様やその妹君には発動しないようしていますが、ご友人をここに近づけることがないようにしてください」

「はい、ありがとうございます」


 リリーは「大馬鹿妄想女だけじゃなく男と住むってこと……?」と、ショックを受けているようだ。


「男と住むと言っても、俺は騎士です。貴女たちの護衛をするのが職務です。俺の存在なんて、気に留めず、反応しないで頂きたい」


 そう言ってラングレンは自分の部屋に入っていった。でも、私はさっきの言ったリリーの言葉にハッとした。


「え、大馬鹿妄想女、男……って四人暮らしになりません? 一人多くないですか? こわい! 天井とか床下とかベッドの下に誰かいるんですか? 」

「大馬鹿妄想女は貴女のことよ! とりあえず、入学式まで時間がないわ。荷解きをしましょう」

「うわあああああああああ!」


 荷物に手をかけると同時に叫び声が響いた。すぐさまラングレンが部屋から飛び出てくる。叫び声のする方へ目を向けると、そこにはアンテルム王子が手を震わせながら窓枠に片足をかけのっていた。


「窓枠に奇妙な魔術が施されていると思ったが、何だこれは? この陰湿魔術はラングレンの仕業か……ああ! 聖女スフィアと……未来の天才魔術師のリリー! ごきげんよう!」

「アンテルム王子……!?」


 リリーは愕然としている。第二ショックだ。落ち着けてあげようと後ろから優しく抱きしめたら、手をつねられた。痛い。一方ラングレンは王子の元へ近づいていった。


「王子、何故淑女の部屋に窓から入ってこようとしているのです。変態ですか?」

「やはりお前の仕業かラングレン。二階におかしな窓を見つけてな、王子として確認に参ったまでよ。しかし……我ではなかったら三ヶ月は寝込んでおったぞ。やりすぎだ。これでは間違えて触れたものがあまりに哀れだ」

「面倒くさいですね」

「聞こえてるぞラングレン、さて聖女よ。このラングレンをどうかよろしく頼んだぞ、一見すると物腰は柔らかいが扱いづらく、実力のみで立場を得てきた者だ。変なことを言って切りつけられんようにな」

「酷いことなんて言いませんよ」


 ゲームでラングレンは敬語口調のインテリ眼鏡キャラだけど、いくら食べても太らず筋肉もバキバキにはつかない体質で、「ひょろい」「細い」「弱そう」が禁句だった。そして他の攻略対象がそれを指摘する度に抜刀するという、キレキャラだった。


 まぁリリーは人の容姿に対してとやかく言わない子だし、今の彼女はいじめを楽しいと思う病気の子じゃない。大丈夫だろう。


「では、我は入学式の手伝いでもして来ようか。ではまたな、ファザーリの娘たち――」

「殿下ぁ! クイーン寮のそばに魔物が出たぞ!」


 窓の下でもう一人の攻略対象、レティクスの声がする。アンテルム王子は大きくため息を吐いた。


「今年は本当に騒がしい年になりそうだな……レティクス、どこの結界が破られたかは分かっているか」

「まだ調査中だ! 今は学校内の騎士団が討伐にあたる! 今までにない大きさだ! お前が戦え!」

「ふむ、こういう時は王子が優先的に保護されるべきなんだが……、まぁ我は強い。仕方ないか……おいファザーリの娘たちよ。お前たちの力を大衆に見せつけ、入学式をさらなる晴れ舞台にしてみないか」

「はい!」


 私は大きく頷く。リリーもやや強張った表情をしながらトランクケースを置いた。


 魔物を倒して、強くなるチャンスだ! 振り返ると、エヴァルトの部屋は閉まっている。危ないから、彼は部屋にいてほしい。


 私はアンテルム王子と共に、魔物の出た場所へと向かったのだった。


◇◇◇



 駆けつけた先はまさに混沌としていた。花々に囲まれまるで湖のようになっている水辺の中心、アーチ状の噴水の上には、紫色の瘴気を纏いながら、四メートルはありそうな全身真っ黒の生物が蠢いていた。


 頭部は龍のようで、胴体は筋骨隆々の男性に見える。下半身は茨の蔦がタコ足のように蠢き奇妙な浮き沈みを繰り返して、魔術師たちの攻撃を瘴気で無効化していた。とてもこの世のものとは思えない生き物に、周囲の生徒も怯え逃げ惑っている。


「あれは一体……」

「我も見たことのない魔物だ。不思議だ。今まで見てきたものは皆、牛や馬に似て浮遊などしなかったはずだが……? まぁいい。とりあえずこの聖剣アルビレオの切れ味を試してみよう! ラングレン!」


 アンテルム王子は魔法陣を展開すると、ラングレンと共に魔物へと向かっていく。


「疾風よ! 我を加速せよ!」

「氷雪! 氷塊の道をしるせ!」


 ラングレンの魔法によって氷の道が作られ、魔物への一本道が出来た。アンテルム王子が魔法で加速しながらそこを駆けていき、手をのばすと空から剣が現れ王子の手元へと向かっていった。


 あの剣は、魔災消滅に絶対必要な剣だ。所持者はアンテルム王子だけど、他のキャラのルートの場合は継承という形で、そのルートの攻略対象があの剣を振るう。


 王子は素早く魔物の足を切りつけていき、襲いかかってくる瘴気すら薙ぎ払っていく。一方ラングレンも魔物の口から発射される火炎から、氷魔法で王子を守り、援護していた。


「そら、魔物よ! 我と出会ったのが運の尽き――なに!?」


 アンテルム王子は魔物の振りかぶった腕に器用に飛び乗ると、そのまま頭部目がけて走っていく。そうして剣を振りかぶった瞬間、魔物は近くの生徒を蔦で絡め取り盾にした。王子は剣が生徒に当たらぬよう体勢を崩し、そのまま落下する。


「大地よ! 巨人を顕現せよ」


 しかし、落ちる寸前にアンテルム王子の真下から現れたゴーレムによって、王子は見事キャッチされた。ゴーレムを作り出した主――レティクスが、私とリリーの隣に立つ。


「あの魔物、知性を持ってるみてえだな。このままだと攻撃するたびに生徒の死体が増えるぞ」

「魔物って、ただ暴れるだけではなかったの……?」


 リリーは怯えた様子だ。確かにゲームでは、魔物は知性がなく登場した瞬間暴れだしていた。そう、まるであの父のように。知性がない。


 だからこんな噴水の上に浮かび、悪戯に周囲を怯えさせたり、人を盾にして攻撃を防ぐことなんてしない。


「どうするんだこりゃ……」

「大丈夫です! 私に任せてください!」


 でも、とりあえず聖女の私がいる。そして天才のリリーや攻略対象たちがいるのだから、大丈夫だ。


「リリー! 私がとりあえず殴ってくるので、援護お願いします!」

「は?」

「私があの魔物の頭を殴ります。リリーは私の足元に水魔法を使って、いつもの噴水みたいな水でぽんぽん私を跳ね飛ばしてください!」


 そう言って、私は魔物目がけて駆け出した。


「いっつも貴女は! 簡単な風に言ってきて!」


 彼女は怒鳴ってから、魔法の詠唱を始める。やがて私の進行方向にどんどん魔法陣が展開し始めた。


「やっぱりリリーは天才です!」

「煩いわよ!」


 リリーが叫ぶと同時に、私の足元で水流が発射された。そのまま私の身体は浮かび上がり、後押しするようにどんどん水流が発射されていく。手に力を込めると、キラキラとした光に拳が包まれ始めた。


 きっとこれで倒せるはず。私はどんどん魔物に近づいて、水流によって跳ね飛ばされていく。


「リリー! お姉ちゃんのいい所っ見ててくださいね!」


 私が高く飛び上がった瞬間、魔物が突然現れた炎に包まれ、うめき声を上げる。この炎は――?


「前見なさいよ馬鹿スフィア!」


 リリーに注意されてハッとした。そのまま一番大きな水流が足元から発射され、私は勢いをつけ、魔物の眉間のあたりに落ちていく。


「この世界が、平和になりますように!」


 私は思い切り魔物に向かって拳を突き出した。手の甲にぶよっとした感触を得た瞬間、ぱんっと魔物は弾けていく。そのまま噴水の中に落ちると焦ったのも束の間、リリーの水魔法によって私はキャッチされた。


「ありがとうリリー! 今日もすごいですね!」

「すごいすごい言い過ぎだわ。恥ずかしい」

「照れちゃってぇ」

「きぃぃ!」


 リリーはツンデレのほかに、照れやさん属性も獲得したらしい。顔を真っ赤にして拳を握りしめている。かわいらしい。


「やれ、ご苦労だったな聖女よ。礼を言うぞ」


 やがて水魔法が解け、私が噴水のへりのところに着地をすると聖剣を携えた王子が近づいてきた。後ろにはラングレンが控えていて、なぜかこちらを睨んでいる。


「いえいえ、今度一日だけ聖剣貸して頂ければそれでいい……え?」


 私は背後に嫌な感じを覚えた。振り返った瞬間、倒したはずの魔物の蔦が暴れだし、先程人質にされていた女子生徒へと向かっていく。


「危ないっ!」

「豪炎よ、焼き尽くせ」


 私が彼女へと駆け出した瞬間、蔦は一瞬にして灰になった。この声は、私の未来の旦那さんの――?


「エヴァルトさん!」


 火球が飛んできた方向へ顔を向けると、ちょうどエヴァルトがこちらに駆け寄ってきてくれていた。


「スフィア嬢、大丈夫だった?」

「はい。貴方にまた恋をして、ドキドキで心臓が焼けただれた以外は無傷です!」

「うん……?」


 エヴァルトは、「怪我はないかな」と、私の腕をとった。かと思えば私の周りの床までくまなく見て、「血も出てない……怪我はなさそうだね」と納得する。


 そんなエヴァルトの横顔を見て、ほれぼれとする。しかし何故かその優しそうな横顔が、ぐにゃりと曲がる。なんだかとても瞼が重いし、頭がぐわんぐわんする。


「エヴ……あい、らぶ、ゆ……」


 私は立っていられなくて、そのまま瞼を閉じてしまったのだった。


◇◇◇SIDE Leni◇◇◇


 今までずっと、生きた心地がしなかった。


 なにか、骨でも抜かれたような、漠然とした感覚だ。物事全てが一枚の薄い膜を通してみている気持ちで、この感情はなんだろうと調べたけど、どれも症状がぴったりと該当することはなかった。


 生きている実感がわかない。何か生きる上で夢や目標があればと思っていたけれど、なりたい職業も見つからず、きっと魔法学校に入れば何かが変わると信じた結果──入学早々化け物に襲われた。


 おどろおどろしい化け物に拘束され、死の淵に立たされてもなお、私の心は動かない。けれど、目の前に桃色の髪の少女が現れ、化け物をこぶしの力で倒した時に、私は自分が何者であるか、そしてこの世界がなんであるかを思い出したのだ。


 私しか知らない世界の秘密。それは、この世界が乙女ゲームであることだ。


 ピンク髪の少女は主人公で、その周りにいる容姿端麗な男たちは、攻略対象。男女の恋愛を見守るゲームで、年齢制限は15歳未満非推奨のややしっとりとした表現があるものだった。


 そうして世界の理とともに知ったのは、過去の、レニ・タングスとして生まれる前の私だ。


 私は、本当に人にも、能力にも、そして生まれにも恵まれていた。裕福な両親のもとで育ち、優しく甘やかされ、友達もたくさんいた。悩みを相談すれば、かならず心配してくれて、私もちゃんと皆に恩返しができるよう、皆に優しく、大好きな人にはもっと優しくすることを目標に生きてきた。


 親切にして、笑ってもらえるのが好きだ。困っている人を見つけたら、悲しい。だから助けてあげたい。勉強も好きだったし、たくさん勉強をして、国や人のためになる仕事に就きたいと思った。将来は女性初の総理大臣になりたい。小学校のころに抱いた夢は、夏休みに行った旅行からキャビンアテンダントになりたいに変わって、色んな人と話がしたいから、翻訳家なんてどうだろう? なんて、ころころ移っていった。


 そして大学を卒業し、私はキャビンアテンダントの職に就くことになった。空の長旅を皆が快適になれるよう尽くす。晴れの空を間近に感じられることも好きだったし、出発までの少しの間、色んな国の料理を仲間たちと食べる時間も好きだった。


 けれどある時、飛行機は事故に遭った。エンジントラブルに遭い、海へと真っ逆さまに落ちたのだ。以降記憶がないから、私はその時死んだのだと思う。


 エンジントラブルは、あってはならないことだ。そのために、何十人という整備士が日々仕事をしっかりと果たし、私たちを旅出たせてくれる。私が好きだった彼は整備士だった。彼が送り出してくれたこの機体に、トラブルなんて起きるはずがない。


 そして私は気づいたのだ。どんなに整備していても、物自体に欠陥があれば、意味なんてないということに。世の中に絶対なんてない。今まで生き方に後悔をしたことはなかったけれど、その時初めて私の中に後悔が生まれた。


 こんなところで、死にたくない。


 けれど、私は死んだのだ。


 当時の記憶を思い出した私は、この世界が乙女ゲームであることを知って、強く思ったのだ。乙女ゲームのシナリオを知っていれば、この世界を操作できる。


 そして、人間の一生分の幸福を決めるのは、生き方ではなく、死に方だ。どんなに素晴らしく生きたところで、死ぬときに後悔するのでは、意味がない。


 だから、私は乙女ゲームのシナリオを使って、完璧な死に方をする。


 例えば──最高の悪役となって、この世界のハッピーエンドのために、華々しく散る。ヒロインが最高のハッピーエンドを迎えながら、私は最悪のバッドエンディングを迎える──みたいな。



本日からKADOKAWAさまよりカドコミ(WEB・アプリ)とニコニコ静画にて本作のコミカライズがスタートします‼

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― 新着の感想 ―
[一言] スフィア…良かったね!(笑) やっぱりリリーとの掛け合いは最高ですね!
[一言] すんごいグイグイ行く主人公は、あんまり好みではなかったのですが… この子は、違うね! と、思いました。 これから、どんな展開になっていくのか、楽しみです!
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