最愛の貴方と結婚したい
本日からKADOKAWAさまよりカドコミ(WEB・アプリ)とニコニコ静画にて本作のコミカライズがスタートします‼
カドコミ(WEB)
https://comic-walker.com/detail/KC_006932_S/episodes/KC_0069320000200011_E
ニコニコ静画
https://manga.nicovideo.jp/comic/74034
詳細は活動報告よりご確認ください。
「はぁ〜かっこよかった……生きててよかった……めちゃくちゃえっちだった……」
試着室の扉の向こうから聞こえる声に困惑する。触れていたボタンを留めて鏡を見ると、そこには自分では絶対選ばないだろう白のジャケットを着た僕が居た。
女の子の扱いは、慣れているつもりだった。小さいころは素性を知らないにもかかわらず僕の顔を見て誘拐する人間が後を絶たなかったし、成長するにつれ、それが自分の容姿によるものだと分かってきた。
僕を好きな女の子は、皆僕の取り合いをしていがみ合う。だから特定の子と仲良くならないようにして、愛想よくふるまうようにした。
誰だって、冷たくされることは悲しいから。けれど、今度は好きだったのにと泣かれるようになってしまった。全員と平等に仲良くしないことも、残酷なことらしい。けれど特定の子だけに優しくするのも、なんだか差別をしているみたいで、気が進まなかった。
自分はどうすればいいんだろう。いっそ誰とも関わらないようにする? そうしたら、誰も泣かなくて済むだろうか。そう考えて実行したら、今度は両親が悲しい顔をした。
だから僕は、女の子皆と仲良くすることに決めた。声をかけてくる令嬢に片っ端から親切にして、笑みを浮かべる。すると不思議と、僕を見て「好きになってほしい」と泣いたり、取り合っていじめられる令嬢が減ったのだ。
そうして、「女好きのエヴァルト」でいることが最適解であると気づいた僕は、軽薄にふるまい、女の子の好意も受け流すようにしていた。
ありがとうとお礼を言って、「でも俺は皆の恋人だから、君のものにはなれない」と返事をする。
そうすれば、誰も女好きのエヴァルトを本気では好きにならないし、誰も俺が好きだと泣いて争ったりしない。
皆やっぱり、最後は一途で真面目な人が好きだ。軽薄な女好きを本気で愛する人間なんて現れない。遊び半分でぱっと集まって、去っていく。一番平和的だ。
だというのに、
「エヴァルトさん? 大丈夫ですか? 何か問題がありましたか? 着替えるのお手伝いしましょうか?!」
控えめなノックのわりに声は逼迫していて、僕はすぐ扉を開いた。スフィア嬢は僕を凝視するなり「バージンロードが見えてきましたね! 素敵です!」とうっとりしてくる。
彼女は僕と結婚がしたいらしい。僕を前から知っていたと言っていたけど、それなら悪評も届いているはずだ。
自分の手をけがしてまで街の人を救い、さらにけが人の治癒に奔走していたスフィア嬢。彼女はとても勇敢だ。でも、僕を好きだという。
「やっぱり僕に白は似合わないんじゃ……」
「似合いますよ! エヴァルトさんは何の色でも似合います! 白は最早私とのMarriage costumeですが、黒は貴方のその麗しい、世界中のどんな生地よりも滑らかで美しい黒髪との相性が至高です。さらに貴方は顔もスタイルも完璧。例えば赤を身に纏えば、一瞬にしてお伽噺に出てくる優美な舞踏会が網膜に広がりますし、貴方は一瞬にして咲き誇る可憐な薔薇となります。青をまとえばそこは海の神殿、伝説の存在と歌われていた人魚の甘く美しい歌声が聴こえてくるようです。そして黄色……個人的に私は黄色の服を着こなすことがとても難しいと思っているのですが、怜悧な瞳に蠱惑的な印象の貴方が黄色を身につけることは……つまり、宇宙です。かっこいいと可愛さを兼ね備えた唯一無二の存在。セクシー、スペースキュートえっちっちですね。世界中のデザイナーが喝采を起こし、世界は武器を捨てるでしょう。銃のない世界です。平和ですね」
「うん……?」
「そして緑は……」
「もう大丈夫だよ……うん、これを買おうと思う。ほら、一着決まったから次は君の番だ」
僕は慌てて試着室を出た。スフィア嬢が「まだ五色しか説明できていませんが……? あと百色以上は残っていますけど……」と恐ろしいことを言う。そして彼女が首を傾げた瞬間、見えた首筋の痣に、僕は息が止まった。
そこには、首を絞められたような痣があった。なんだか嫌な予感がして、僕は「あそこの看板にはなんて書いてあるの?」とスフィア嬢に質問をする。彼女は「どの看板ですか?」ときょろきょろ探し始めた。僕は一歩後ろに引いて、彼女を観察する。やはり、二の腕の後ろ、項のした、ぎりぎり見える背中のところに、殴られてできた痣があった。
「今選んでもらったものを全部買おうと思う」
「そうですか? 大変光栄です。私が選んだ服をエヴァルトさんが着る……もはや、新婚?」
「違うかな。ほら、服を選ぼう。僕は君の洋服が選びたいな」
なんとなく、令嬢が喜びそうな言葉を吐いてみるけど、いつもあいさつ程度に言ってるのに、今日はだいぶ心がこもってしまった。というか、本当に選ばせてほしい。そもそも今日はスフィア嬢の服を買う日なのに、どうして僕の服がこんなに選ばれてしまっているんだ。
僕の提案に、「では、エヴァルトさんが選んでください!」と彼女は目を輝かせた。洋服に対して異様に目を輝かせる様子に、心臓のあたりが縄で縛られたような気がした
◇◇◇
仕立て屋で洋服を買った後は、ペンやノートなどの文房具を見て回って、石鹸などを見に行った。髪を洗うものも、身体を洗うものも、特にこだわりはない。なのにスフィア嬢は「私もそれにします!」というものだから、流石に適当に選んではいけないとじっくり選んで、気がつけば昼食の時間になっていた。
「さて、何を食べましょうか? エヴァルトさんは甘いものが不得手、蒸した鶏肉が好き、ですよね?」
「その通りだよ。思ったんだけど、なんで君はそんなに僕について詳しいのかな?」
「愛の力です」
「えぇ……?」
「そして愛の力によって、この先の公園の中に、ケバブの屋台があることを知っています。さらに、エヴァルトさんの歩幅だとあと五十歩で到着するということも……」
「えっまって歩幅ってなに? そんなの一度も測ったこと無いよ……?」
「こちらです、行きましょう!」
スフィア嬢はぐんぐん屋台へと向かっていく。屋台の存在は本で読んだから知っているけど、買い方なんて分からない。不安を覚えながら屋台に辿り着くと、雑誌の写真で見たとおり大きくてお肉を吊るして、店員さんが削ぐように切っていた。
「私、ケバブ生で見るの初めてなんですよ! すごいですね!」
「君も食べるの初めてなの……?」
「はい! 街や屋台を見るのも初めてなのでエヴァルトさんと一緒ですよ〜!」
確かに、彼女の傷を見るに、屋台へ連れて行くような大人はいないと考えるのが妥当だ。僕は彼女と一緒にケバブが出来ていく過程を眺めながら、注文方法を注意深く観察した。やがて他の客に倣って注文をすると、すぐに出来上がったものを渡された。
「美味しそうですねえ!」
僕たちは少しだけ歩いて、公園のベンチに腰をおろした。目の前は花壇に囲まれた噴水があって、周りでは子供がはしゃいでいる。
「では、頂きましょうか」
「うん」
スフィア嬢が食べるのを待っていたけど、彼女は僕を食い入るように見つめている。先に食べるのは悪いと思っていたけど、どうやら僕が食べないと駄目そうだ。意を決して一口食べると、「かっこいい」と彼女はうっとりしながらケバブを食べる。視線は僕に固定していて、気恥ずかしい。
「美味しいですね!」
「うん……美味しい。これはパン……なのかな? なんだかすごく弾力があるけど」
「ピタ、っていうらしいですよ! そう言えば私とエヴァルトさんのケバブ、丸いピタを半分にして作られていましたね……一つのピタが私達のケバブになったということです。やっぱり運命ですよね」
「わりとあることじゃないかな? 皆、二人組で買っていたし……」
「私とエヴァルトさんが出会ったのは奇跡であり必然、そして運命です。いつか何年後かに恋人としてケバブを食べましょうね」
「返事がし辛い……」
前まで、好きだと言われたらありがとうで済んだ。だというのに彼女の好意はあまりにまっすぐで、打算が感じられない。こちらも誠意を持って、返さないとと思ってしまう。どうしたものか悩んでいると、彼女は「あっ」と声を上げた。
「あ、では将来的な重めの話ではなく楽しい話にします? 私が聖女として覚醒した話とかどうですか?」
「一番重くない……? 君にとって聖女として覚醒した話、楽しいに分類されるの……?」
聖女はこの国で、特別な存在だ。神様の遣いとされている。魔物に対して絶対的な力を持つ救世主で、光の魔力を使い、浄化、治癒、防御が出来ると言う。そして、それがスフィア嬢の役割らしいけど、大変だ。僕も魔術師として王都に危険が迫れば向かわなくてはいけない。でもアンテルム王子、レティクス、ラングレンと責任は四分割されている。しかし、彼女は聖女という立場だから、替えが利かない。その分責任ものしかかってくる。
そう考えると、強い憐憫を覚えた。その重荷を変わってあげたいと、願う。
「だって、世界を救う力を手にできたんですよ? 最高じゃないですか? 誰かを助けたり守ったり出来る力があるんですよ?」
「でも、負担じゃないかな。皆が君に期待をしている。聖女の負担はいつだって、あまりに多い」
「でも、失敗は誰にだってありますし、反省して、挽回すればいいんです!」
「え……?」
スフィア嬢は、真っ直ぐ僕を見た。
「逃げて休んで、また立ち向かえばいい。人間、終わりが肝心です! 間違いながら、間違えないように、毎日生活をしていくんです!」
強い意志の込められたその言葉に、心臓が締め付けられた。なんて強い女の子なんだろう。彼女は僕を見て嬉しそうに笑っている。見覚えのある公園だし、来たことだって一度や二度じゃない。この辺りは、よくアンテルム王子がお忍びで城を抜け出し、ラングレン、レティクスと遊んでいたような場所で、見慣れている。
でも、今は見慣れたこの景色が、輝いて見える。
「む、無視!? 放置プレイがエヴァルトさんの性癖なら私は受け入れますが……?」
「いや、そんな性癖はないよ。……っていうか、ソースついてる」
「取ってくれますか!?」
「……うん。いいよ」
おそるおそる、壊さないようにスフィア嬢の唇のはしに触れた。「採寸しますか!?」なんて身を乗り出して言ってきたのに、彼女は顔を真っ赤にしていて、初めて誰かをかわいいと思った。
◇◇◇
「ねぇリリー! 今日ねぇ! エヴァルトと出かけたんですけどもう来週には結婚するかもしれないですよ!! marriage! marriage! marriage!」
「もう二十回してる! もう二十回! その話もう二十回してる! 一昨日の夕方に貴女が屋敷に帰ってから……五十時間は経ってるわよ? 貴女二時間おきにその話してる自覚ある?」
「この興奮を何度でもリリーに味わってもらいたいんですよお……!」
「これからもする前提じゃない! やめて!」
「私スフィアァ〜リリーのお姉ちゃん〜好きな人とは何でも共有したいタイプゥ!」
「好意の化け物じゃない! それに歌劇みたいに接してこないで! っていうか手元見なさいよ! 貴女いま針持ってるでしょ?」
「私! 器用です! いてっ」
「馬鹿! ほんと馬鹿!」
リリーは怪訝な顔をした。「Magic Time!」と自分の手をささっと治癒の力で治すと、「楽しくない!」と一喝された。可愛い。優しい。私は編んだ髪紐にビーズを縫い付ける作業を再開すると、彼女はため息がちにこちらを見る。
「てっきり貴女のことだから毎日ジークエンドの子息のところへ転移魔法で飛ばせって頼んでくるとばかり思っていたのだけれど」
「エッ私に転移魔法を見せたくてうずうずしてるんですか?」
「違うわよ!」
「恥ずかしがらなくていいんですよ。でも、ごめんなさいリリー、私はこの髪紐を完成させるまで、彼とは会わないんです。今日には完成するので明日会いに行って渡しますけどね……」
「なに? もしかして会ったり会わないを繰り返して気を引くつもり?」
「いえ、連日会いに行ってしまうと付き纏いになってしまうかと思って」
「突然正気に……?」
エヴァルトとのデート……いや婚前お出かけから三日。私はおでかけの帰り際に手芸屋さんで買った紐とビーズで、彼に貢ぐ髪紐を編んでいた。乙女ゲームのシナリオでスフィアはそういうことをしていなかったから、これをプレゼントして彼にベタ惚れになってもらう作戦だ。
「というかリリー、刺繍のハンカチ、本当に前のものでいいんですか? 自信作ですけど……」
「いいわよ。花と猫とワニの刺繍なんて、誰もしていないから分かりやすいし」
「ふふ、今度はリリーの顔が刺繍されたハンカチをあげますね」
「やめて! 貴女技術は高いんだからどうせ写実的にする気でしょう!」
「リリー! 私とそんなに心を通じ合わすことが出来るようになったのですね!」
「そんなことないわよ」
「ようこそ、深淵へ」
「やめて! っていうか貴女自分の心のこと深淵だと思っているの!?」
「全く」
「きぃぃ!」
リリーはどうやら私がエヴァルトとお出かけをした結果、ほったらかしてしまったことに拗ねているようだ。今度刺繍するハンカチは、リリーだけじゃなく、リリー、私、リリーとリリーが私をサンドイッチにしている刺繍にしてあげよう。
「さーて、エヴァルトと結婚は確定したも同然だし、湖をどうやって埋立地にするかなーっと」
ごろごろと転がり、私は完璧なハッピーエンドを迎える計画を立て始める。
とりあえず、私はゲームであの子が見つける闇の魔物の召喚についての書物を見つけて燃やそうと思う。しかし、その書物を手に入れるためには精霊の力が必要で、今はできない。だから、必然的に闇の魔物を大量召喚する場となる湖をめちゃくちゃにすることが手順としては最初になる予定だけど、その名案が思い浮かばない。
私は防御、治癒、浄化と魔物以外への攻撃魔法が使えない。資料が発見されるであろう洞窟を、片っ端から潰して回れないし、埋め立てもできない。だから学園で攻撃の手段を覚える。そして彼と結婚するのだ。
「リリー、私は学園で、パワーを手に入れようと思います。湖をめちゃくちゃにするくらいの……」
「危険思想やめて。私はもう寝るから静かにしてちょうだい」
「大変おやすみのちゅーしてあげないと」
「やめて」
思い切りごろごろ転がってリリーのもとへ向かっていくと、彼女は思い切り布団にくるまってしまった。ベッドに寝ているから段差もある。今日は床で寝るかと伏せていれば、「人間はベッドで寝るの」と怒られ、私はにやにやしながらベッドにもぐりこんだのだった。
本日からKADOKAWAさまよりカドコミ(WEB・アプリ)とニコニコ静画にて本作のコミカライズがスタートします‼
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