ヒロインだからみんなを助ける
本日からKADOKAWAさまよりカドコミ(WEB・アプリ)とニコニコ静画にて本作のコミカライズがスタートします‼
カドコミ(WEB)
https://comic-walker.com/detail/KC_006932_S/episodes/KC_0069320000200011_E
ニコニコ静画
https://manga.nicovideo.jp/comic/74034
詳細は活動報告よりご確認ください。
「なんか、普通の街ですね」
両親には散歩に行くと伝えて家を出た私たちは、リリーの転移魔法によって街に来ていた。発火地点はよくわからないし、画面も真っ赤な画面程度でどこかわからない。
一番人が燃えて被害が出そうなところはどこだろう。広場かな。たくさん人を殺したいとき、私ならどこに火をつけるか考えながら歩いていく。けれど、彷徨うような足取りの私を見て、リリーが眉間にしわを寄せた。
「……? あなた、ここに来たこと無いの?」
「はい。思えば屋敷の門から出たのも初めてですね。」
「エヴァルトって男とはどこで知り合ったのよ」
「まだ知り合ってないですけど」
返事をすると、リリーは固まった。道端で固まったままなのもかわいそうだ。激しめにゆすると振り払われ、「……は? 会ってないってなによ」と目を丸くしている。
「今は、まだ、知り合ってないですけど」
「貴女は知らない人相手に結婚すると言っていたの?」
「まだ、会って、ない、だけですからね」
「なら私は妄想女のつきまといに加担していたってこと……?」
彼女はそう言って愕然とした顔をする。それにしても、火事はいったいどこで起きるんだろう。
「この街、ぜーんぶリリーの魔法で水浸しにしたら、火事は起きないんですかね」
「それ私に犯罪者になれって言ってるのと同じことだけれど……? っていうかどうして貴女は、私が水魔法が得意ということを知ってるの……?」
「全部シナリオで見ていたので……」
警戒心をあらわにするリリーの緊張をほぐすため、静かなささやき声で答える。すると、大通りの向こうに絶対伴侶エヴァルトが、女の子に囲まれた様子で買い物をしていた。テレビで見ていた芸能人のように、「エヴァルト様!」と黄色い声援に囲まれ、笑みを返しながら歩いている。
「運命! あれが私の旦那様ですよリリーっ!」
「待ちなさいよ。貴女、もしかして私が世界のヒロインです、旦那様こんにちはとか、言うつもりじゃないでしょうね」
「いえ、初めまして、スフィアと申します。絶対幸せにするので結婚しましょう、と、誠意を持って伝えますよ」
エヴァルトはシナリオで「僕、君を見たとき、実はこの子と結婚するなって思ったんだ」と言っていたから絶対大丈夫だろうけど、彼のご両親と私は運命の糸で繋がっていない。私がヒロインであることを説明しても、理解が難しいかもしれない。
でも、リリーは顔をしかめ続けている。
「正気じゃないわ、あなた突然知らない人間が屋敷に来て同じことを言ってきたらどうするの?」
「医者を紹介しますね」
「馬鹿なの!?」
「はわわわわ。はわわわわ」
「その顔やめて! きいいい!」
現実で「きいいい!」って言ってる人、初めてみた。というかエヴァルトはどこに行くんだろう。ついていきたい。でも、今は火災の阻止だ。そう考えていると、不審な人影を見つけた。いかにも漫画やアニメで見るような、黒づくめのいでたちだ。
「ねえリリー、怪しい人がいますよ」
「シッ、指ささない! どこ?」
リリーは私を建物の影へと押し付ける。そのまま壁伝いに男たちの後を追えば、何やらこそこそ話をした後、ぱっと炎の魔法を上空に放った。炎はそのままロケットのように天へと伸びたかと思えば、散り散りに分散し、街を襲うように落下していった。
「リリー! 一か所じゃない! 街を水浸しにしましょう!」
「わ、分かったわよ」
私達はいったん大通りへと出た。街の人たちはパニックになって、逃げ場も定まらないまま走り回っている。子供は突然のことで泣いていて、みんなどうしていいか分からない顔だ。
リリーは空へと手をかざして、魔法陣を展開し始める。聖女は、浄化、治癒、防御だ。私は祈りを込めて、大きなシェルターをイメージする。するとドーム状のバリアが完成した。
「みなさん、こちらに避難してください! 焼けた建物は倒壊する恐れがあります」
大きな声で叫ぶと、千々に乱れていた街の人たちは、一斉にこちらへ向かってきた。
「リリー、水浸し魔法はどれくらいで発動できそうですか」
「変な名前つけないで! あと……あああもう少しかかるわ」
「では私はとりあえず走り回って色んなところに治癒魔法をかけつつ、救助に行ってきます」
「救助ってどうするつもり? 大きい声で呼ぶの? 家も扉も、魔法をはじく防衛魔法がかかっているのよ?」
「手です」
そう言って私はそばに停まっていた魔導車の硝子をひじ打ちで割った。そして、中に閉じ込められていた犬を捕獲して、バリアの中へと入れる。
「お父様、本当に頭のおかしい時期があって、魔力がない娘なんて恥ずかしい! と言って私を部屋の中に閉じ込めていた時期があったんです。お父様が諦めるまで移動が窓を割らなきゃ出来ない時があって……」
私の言葉にリリーは魔法陣を展開しながら視線を落とす。不安にさせてしまったのだろう。
「安心してくださいリリー、貴女を閉じ込めさせたりなんて絶対しません! もし閉じ込められてしまっても私は窓を割るのも大得意なので、すぐに助けてあげます! じゃ、さっそく私はあの瓦礫に挟まってる人を助けに行くので」
「ねえ、貴女昨日魔法に目覚めたのでしょう? 不安定な状態で……突然魔法が使えなくなりでもしたら、どうするの? 死ぬわよ!」
「大丈夫です! リリーは天才ですし、魔術の才能に溢れています。最悪火だるまになっても、消してもらうので大丈夫です。虫の息程度だったら、治癒でなんとかなるでしょう。じゃあ!」
私はリリーに手を振って、最も炎の勢いが強い建物の中へと入っていく。炎の勢いは強いし酸素が足りなくて苦しいけど、リリーの魔法がなければもっと燃えていただろう。それに、侍女にお風呂場で沈められた時より全然苦しくない。
私は扉を見つければ捨て身で飛び込んで破り、家具が邪魔になれば引き倒していく。廊下を進んでいくと、魔法陣がいくつも展開している部屋を見つけた。実家で見たことある! 私がめちゃくちゃされてた奴だ! そして拳で解決出来るやつ!
「誰かいますよねー? 絶対いますよねー? いたら返事してくださいねー?」
「……あ」
かすかにだけど、声が聞こえる、ような気がする。なんとなく治癒魔法をかけてみると、やっぱり何かを治癒できているらしい。何度も何度も太鼓のようにこぶしで扉を連打すると、扉に穴が開いた。顔だけを突っ込んであたりをうかがうと、部屋の中には何人もの人がいる。
みんな同じ制服を着ていて、腕や足を怪我している。でも、外から魔法をかけたことで、中途半端に治っていた。申し訳ない。
ぐるりと中を確認すると、彼らの周りは金庫が並んでいて、ここが銀行であることに気付いた。私は扉の中へと身を押し込み、部屋へと入る。助けに来たのにみんなおびえていて、「助けですよ!」と宣言をした。
「では、今からバリアを張るので、外へと避難しましょう」
私はバリアを展開して、みんなを部屋から出るよう促す。行きは、会う人会う人みんなに治癒魔法をかけていたから、面倒なこともあってバリアを使っていなかったけど、バリアをはったまま体当たりしたら、攻撃力も上がったかもしれない。
けれど、体当たりする必要のある敵なんて、そうそういないし。
「誰だお前、まぁいい、全員魔法を使うのをやめろ、手を上げろ」
そうフラグを立ててしまったのがいけなかったのか、目の前にはいかにも盗賊の格好をした男たちが現れた。中には先ほど見かけた怪しい男たちも混ざっている。もしかして、ゲームの火事は銀行強盗をするために、陽動として放たれたものだったのでは……。
危険な状況だけど、みんながバリアの中にいる限り、問題はない。かといって、私だけじゃなくみんながバリアに入った状態で、捨て身のタックルをするわけにもいかない。じりじりと強盗に距離を縮められていると、突然強盗たちが炎に包まれた。この炎は──、
「大丈夫ですか? みなさん、けがは?」
ばたばたと倒れた強盗の後ろから現れたのは、絶対伴侶であるエヴァルトだった。ヒロインである私を、運命的なレーダー探知によって助けに来てくれたかもしれない。今日結婚式があげられるかも! みんな燃え盛ってるけど!
「エヴァルト! こちら銀行の方々です! 私は救助に行くので、避難をお願いします」
「分かった。え、君、この手は!」
エヴァルトが私の手をつかんだ。もしかしたら、左の薬指に指輪をはめてくれるのかもしれない。プロポーズを待っていると、「血まみれじゃないか」と、ハンカチを巻いてくれた。
「強盗にやられたの? とにかく、君は救助なんてしている場合じゃない。君も避難だ。早く治さないと……」
「舐めて治してくれるんですか?」
「え」
エヴァルトは、「早く治るおまじない」と、ゲームのスフィアの擦り傷をなめていた。しかし彼は目を丸くして、戸惑い顔で、「とりあえず逃げようね」と私の肩を抱く。
でも、こうしてただエヴァルトと一緒に避難するわけにはいかない。火事はまだ終わっていないのだから。
「エヴァルト、ひとまず彼らをよろしくお願いします。ハンカチのお礼、楽しみにしててくださいね……」
私は向かいの建物へ向かって、道のようにバリアをはった。そのまま窓ガラスを突き破って、走っていく。エヴァルトともっと話がしたいけれど、今は救助優先だ。私はまたガラスに向かって飛び込み、中に閉じ込められていた人たちに手を差し伸べたのだった。
◇◇◇
治癒魔法を発動すると、自動的に近くの人に飛んでいく。だからなんども発動して、閉じ込められていたり、隠れていた人たちを見つけて救助していき、最終的に幼子を抱えていた私は、いったん大通りに戻ってきた。リリーの姿を探すと、彼女は私を見てほっとした顔をする。
「リリー! 私の旦那様と話すことができました!」
「あなた妄想で誘拐事件を起こしたの?」
「あっ、この子のことを言ってるんじゃないです!」
私は先ほど、「息子がまだ中にいるの!」と泣いていたお母さんに、幼子を引き渡した。リリーは顔をくしゃりと歪め、空へと手を伸ばす。
「……なら、もう最大出力で魔力を使ってもいいのね!」
ツンデレな彼女は、巨大な魔法陣を展開した。
「頑張れー! リリー! かわいいよー! 最高だよー! 頑張れー! 輝いてるよリリー! 大好きー!」
「うるさいわよ!! 少し黙ってなさいよ!!」
彼女は詠唱を始め、一気に魔法を発動した。先程はレーザービームのようだった水流が滝のごとく街に向かって発射され、炎は一気に沈火していく。街のひとはみんなバリアの中だから濡れないけれど、私はうっかり外に出ていたため、直撃してずぶぬれになった。
「リリー! 冷たいです!」
「天罰よ!」
「暑かったから丁度いいです!」
「家に帰ったら暖炉に焚べてやるわ」
「それは一緒にお風呂に入ろうっていう暗号ですか? えちえち……」
「もういいわ……帰りたい……」
「確かに……あんなに魔法使いましたもんね。お疲れさまです」
「あああもう! 貴女に疲れたのよ!」
リリーはがっくりと肩を落としながらこちらへ向かってきた。すると後ろでエヴァルトが、「君たちはいったい……」と不安げに声を発した。
「はい。はじめまして、私はスフィア・ファザーリ、そしてこちらが将来の天才魔術師――」
「違いますわ。ファザーリ伯爵家の――次女、リリーと申します」
「僕の名前は、エヴァルト・ジークエンド、ああ、君、治療をしないとって言ったのに」
エヴァルトは私の手を見て、不安げな顔をした。「大丈夫ですよ」と、私は自分の手に治癒魔法をかける。するとたちまち傷は癒えた。
「君、もしかして光の魔力を持つ聖──」
「このハンカチ、洗ってお返しするのでご連絡先をうかがってもよろし──」
なにか書くものがないか探っていると、突然馬のいななきが響いた。振り返ると白馬に乗った人物がこちらを見下ろしている。後ろには護衛や騎士を伴い、位の高さがうかがえた。というか、この馬……もしかして――、
「我が名は アンテルム・ウーティエ! このウーティエ王国の第一王子である! 光の魔力の反応が見られたために参った。この中に、聖女はいないか!」
「聖女の光と恋の伽」のメイン攻略対象であるアンテルム王子は、高らかにそう言ったのだった。
◇◇◇
「それで、治癒の魔力に目覚めたお前が、不思議な天啓を得て街が炎に包まれると予見し、妹を連れ救助活動にあたったということか」
アンテルム王子が私達を見渡す。「聖女の光と恋の伽」のパッケージでは一番大きく描かれていたこともあってか、前髪のひと束だけを長く伸ばしている特徴的なブロンドボブはさらさらで、新緑を思わせる瞳からは圧を感じる。
あれから私とリリーは、転移魔法と馬車で王宮へとやってきた。そして、広間で事情を説明することになったのだ。こちらは事情を説明する必要があるけど、私は相手の事情を知っている。街が炎に包まれた後、知らせを受けたアンテルム王子は、彼の幼馴染であり私の未来の旦那様であるエヴァルト、私の未来の旦那様の幼馴染であるラングレン、そしてさらに私の未来の旦那様の幼馴染のレティクスを伴い、救助活動にあたっていた。
その矢先光の魔力を探知して、あの場へやってきたということだろう。
ラングレンもレティクスも攻略対象だ。ラングレンが騎士団長の息子で銀髪マッシュにブルーアイのインテリ眼鏡キャラ、レティクスがファイアーレッドの髪に金の瞳を持つ、次期宰相候補で粗暴なあらくれキャラだ。
「確かに、ファザーリの娘たちが偽っているようにも思えぬな」
王子はちらりと私に手鏡を向けた。何も知らなければ鏡の反射をつかってちょっかいを出されている! と思ってしまうけど、あれはゲームで出てきたから知っている。嘘発見器だ。私にも使ってほしい。エヴァルトに愛の告白をして、嘘偽りない愛を証明したい。
「しかし何故令嬢二人で出かけた。護衛は」
「天才の妹リリーによるミラクルな転移魔法が素晴らしいからです」
「なるほどな。それにしてもあの燃え跡から察するに、相当強い魔力による炎だったろう。よく一人で消すことが出来たな。消火にあたったのはどちらだ」
「妹のリリーです!」
私がリリーを示すと、彼女は頭を下げた。
「ふむ。リリーか。年はいくつだ」
「今年で十五歳になります」
「では今年アカデミーに入学するんだな。魔術科Sクラスに在籍するよう、口添えをしてもいいだろうか」
「私が、Sクラスに……?」
エヴァルトと私が仲を深める舞台でもあり、乙女ゲームのシナリオが展開するのは王都の西に位置する魔法学校だ。通称アカデミーと呼ばれるそこは全寮制で、クラスはC〜Aと能力別で分けられ、さらに優秀な生徒はSクラスに配属される。攻略対象とヒロインであるスフィアはSクラスだ。
ゲームのリリーのクラスはAで、自分より劣っている無能な存在がSクラスなんて許せないとスフィアによく言っていたけど、同じクラスならペアの授業は安心だ。嬉しい。
「どうだ。悪い話ではないと思うが、他に入りたい科があるか?」
「いいえ、光栄です」
「では話を通しておこう。そして聖女、お前の名前は……」
アンテルム王子は、私を見た。
「私の名前はスフィアです」
「スフィア。褒美は何がいい。聖女というものは上がる地位がない。本来なら尊きものに対する額はいくらが正しいかと論争が起き、金もだめだ。必然的に物になるが、どうする」
「何でも良いのですか?」
「ああ」
「では、デザイナーのディールマリグ氏にリリーのドレスをデザインしてもらえるよう、お願いして頂けないでしょうか」
「え?」
私の言葉にリリーが目を見開いた。確か彼女はゲームで、「ディールマリグデザインのドレスが着たかったのに!」と言っていた。実際、昨日見た部屋にはディールマリグのカタログがいっぱいあったし、王家の特権でなんとかしてもらいたい。
「分かった。書状を出そう。しかし、君自身の願いはどうだ?」
「他にはなにもありません……あ、やっぱりもう一つ」
「なんだ?」
「王家に伝わる聖剣を、時期が来ましたら貸してください」
私の言葉に周囲がざわついた。しかしアンテルム王子だけは声をあげて笑い出した。
「ははは! 民は本当に聖剣の伝説が好きだな! 時期が来たらということは、我がアカデミー入学の際に王から賜ることを知ってのことか。ははは! 良かろう! その心意気、気に入った」
「あと、追加で」
「今度はなんだ」
「私のことは、気に入らないで頂けますと幸いです」
私は悪役令嬢の彼女と、とても仲良くなりたい。お風呂で背中を流すイベントなんてないけど、それをしたい。しかしアンテルム王子は冗談と受け取ったようで、高らかに笑う。すると和やかな雰囲気が一変するように、いかめしい声が響いた。
「おい、おぬしら、わしが王であること忘れてない? わしはまだ退位しておらぬし、聖剣はまだわしのものなんだが」
アンテルム王子の父であり、この国の王様であるウーティエ王が、そっと王の間の後ろの玉座から顔を出した。突然の登場に皆が驚いていると、「驚くのやめろ? わし、最初からいたからな?」と、王は声を荒らげた。
「すごい、聖女見つけた。ワーってさ、勝手に入ってきて、すごいアンテルム仕切るし、わし、ここにいるのに、皆無視だよ。何が報酬だよ。それより前に話すことあるでしょうが」
王の訴えに、皆が顔を合わせた。すると王は焦れた様子で、「魔災だよ! 闇の魔力!」と、地団太を踏む。
「それで、スフィア・ファザーリよ。そなたはこの国に伝わる闇の魔力について知っているか?」
「はい! 私の扱う光の魔力の対となる存在で、暗い色をして牙が鋭く、大型の犬や鳥、猪のような、魔物と呼ばれる生物が扱うのが闇の魔力ですよね! そして国内のあちこちに出現しており、人々を襲っているとか……今の所出現数は二匹〜三匹程度ですが、王様は今後もっと強い魔物が出たらどうしようと悩んでいますよね??」
「満点回答すぎてわしはそなたが怖い……」
「えっ……」
私が目を見開くと、王様は咳払いをした。小声でリリーが「えっとか言わない!」と肘でついてくる。
「まぁ、よい。わしは聖女が来たら、この説明をかっこよく絶対噛まずにしよ〜! と練習していたが、まあそれは置いておいて……そなたはこの国のため、魔物と戦ってもらいたいのだ。それ故、急な話ではあるが此度の新入生としてアカデミーに入学し、他の生徒と共に魔術について勉強してもらいたいのだが……」
「是非! 頑張ります! エヴァルトとリリー、そしてこの国のために!」
「えっすごい乗り気……と、戸惑いは? どうして私が世界の為に頑張らなきゃいけないの、とか、葛藤とか、戦うの怖いなどとは思わない?」
「はい!」
「えっありがたいが……助かるんだが……わしの感性がおかしいの……? えっ若者こわい……えっ」
「王様の感性は、王様のものです! おかしいはずがありません!」
「ありがとう……でもわし君にそう言われると不安になる」
「えっ」
またリリーに肘を突かれた。私はちゃんと立って前を見据えると、王様も咳払いをした。
「本来ならば、王宮の魔術師に指導させるのが一番良いことではあるのだが、お主を城の中に閉じ込め一生を終わらせてしまうのはあまりに酷い。それ故どうか正しく危機感を持ち、間違った不安を抱かず努めて欲しい」
「承知いたしました、王様! リリー、エヴァルト、国民のためにしっかりと努めてまいります!」
「う、うーん……ありがとうな。頼もしい……な? うん。頼んだぞ」
「はい! では! 失礼いたします!」
「うん待って? 話終わってないから。ごめんね帰ろうとしないで? ごめんね。最初にお話しが三つくらいあるっていえば良かったわ。ごめん」
「いえ!」
王様は焦った様子で私を呼び止めてきて、私もあわてて定位置に戻った。するとそそくさと王様は玉座から降りて、アンテルム王子の隣に立った。
「それでね、あの……突然こんなこと言われても困る! と思うのは百も承知なんだが……決して命令ではないんだが……あの、例の伝説通りというか、昔の言い伝えの通りにすると、えー次期王のアンテルムと、そなたが結婚すると国が繁栄するなんて伝説があったりするんだけど、婚約とかは、どうだ?」
「しません!」
私が即答すると、ウーティエ王は驚いた顔で取り乱した。
「えっ即答えっ、即答、え、あ、えっこやつ王子なんだが剣術も上手でな、性格はちょっと子供っぽいところが出てくるときがあるんだが、中々わしの全盛期のときに似ているかしこい顔立ちをしてる男なんだ」
「アンテルム王子の性格も存じ上げております! 彼は魅力的です! ただ婚約はしません!」
「うそぉ……」
王は絶句した。というかどうして私とアンテルム王子が婚約なんて話が出てきているのだろう。ゲームで王家サイドは聖女に対して、とりあえず顔の良さそうで能力のある四人を出せば、誰かと結婚してくれるかも? というニュアンスだった。それに、アンテルム王子には婚約者がいるはずでは……?
「王様、アンテルム王子に婚約者はいらっしゃらないのですか?」
「まぁ、非の打ち所のない、完璧な令嬢が内定しておった。だが、聖女がいるなら聖女と婚約してもらいたい……という空気感が、あるからな」
「何故です!?」
「下手な者と添い遂げられると、ちょっと国が困るから……」
そう言われても、アンテルム王子と婚約なんて困る。私はエヴァルトと結婚するのに。
「安心してください王様! 私には結婚したい人がいます!」
「ほう、その者の名は?」
「エヴァルト・ジークエンドさんです!」
「おっ、まとも……え、えー、どうするキーリング宰相」
ウーティエ王が呼びかけたのは、攻略対象のレティクスの父キーリング宰相だ。彼は片眼鏡ごしの金の瞳でこちらをギッと睨んできた。なんにも悪いことをしてないのに。害さない存在であることをアピールするため、大きく目を見開き笑みを浮かべると、宰相は咳払いをしてこちらを見やる。
「一宰相の立場で神の遣いともされる聖女様にお言葉を返してしまうようですが、聖女様の能力を狙っている者はとても多いのです」
「ジルコ公爵家、クロム公爵家、ゲルマー侯爵家ですよね?」
ゲームシナリオで、ジルコ家の令息がスフィアを無理やり襲いアンテルム王子に切られ、クロム侯爵家がスフィアを誘拐してラングレンに切られ、ゲルマー侯爵家がスフィアを隣国に送ろうとしてレティクスに切られていた。
「あと、ミラー伯爵家も」
「……その通りです。だからこそ我々は王家が聖女と共にあることを示したい。ご協力願えますね?」
「嫌です!」
「は?」
「私はきちんと働きます。しかし私の心はエヴァルト・ジークエンドさんと共にあるのです。それに……」
「それに?」
「私は聖女であり、人間から以上に魔物に狙われる存在です。もしキーリング宰相が色んな人を操れる能力を持っていたとして、聖女を殺そうと思ったら誰に擬態しますか?」
「……その夫」
「はい。ですがもしアンテルム王子が魔物に操られ、私の浄化によって命を失われる状況になってしまった場合、国は混乱してしまいます。たとえばアンテルム王子が闇の象徴となった場合、アンテルム王子を助けるか殺すかという話になってしまい、話し合いをしている間にその魔災から沢山の魔物が出てきて、民は死に絶え水は濁り、この国は滅ぶのではないでしょうか?」
「つまり、権力を集中させるべきではないと?」
「はい」
「しかし、先程聖女様はエヴァルト・ジークエンドを愛していると言っていた。エヴァルト・ジークエンドが擬態された場合、愛している者を討てますか?」
「エヴァルト様は私の命に代えても絶対に助けます」
「それは王子は救わないと――!」
「もうよい、キーリング宰相」
ウーティエ王が首を横に振った。そしてため息を吐く。
「わしも親だ。アンテルムと知らない子供、二人が溺れていたらアンテルムをまず助ける。この子が言っているのはそういう話だ。キーリング宰相」
「しかし――!」
「すまないな。下がってよいぞ、キーリング。さて、聖女スフィアよ」
「はい」
「婚約者、というのは取りやめにしよう。ただ、もしアンテルムが魔物に擬態されても、諦めないでやってほしい。できる限り助けてくれ」
切実な声だ。とてもアンテルム王子を心配しているのだろう。私は安心させるよう大きくうなずく。
「ありがとうございます、王様! 私王様も守りますね! この世界のヒロインなので! 任せてください」
「はあい。ではもう、帰って良いぞ」
王様はどっと疲れた顔で、ひらひらと手を振った。かと思えば顔を覆い「なんなんだ今年……」と呟く。私は礼をして、王の間を後にしたのだった。
◇◇◇
王との謁見が終わる頃には、すっかり日暮れになっていた。エヴァルトは王家預りとなり、私とリリーは屋敷に帰ることとなった。
王城から屋敷までは結構掛かるけど、転移魔法で部屋の中まで飛ばしてくれるらしい。王の許可が下りれば防衛魔術をくぐり抜け室内に飛ぶ手配ができるようだ。
ただ、魔法陣を実際に地面に描かなければならないらしく、王宮に仕えている国家魔術師たちがせっせと庭園に陣を描いている。リリーと一緒にその様子を眺めていると、どこからか駆けてくる足音が聞こえてきた。
「あっあのっ」
エヴァルトだ! エヴァルトがお見送りに来てくれた! 転生して初めて見た時は大惨事状態だったからまじまじと見れなかったけど、感動で泣きそう。
くせっ毛ハーフアップの黒髪が汗で首筋に張り付いていてとてもえっちだ。前髪も長めで、舞踏会ではさっと左に流したりするスチルが大好きだったけど、それを生で見られる……しかもその時婚約くらいしてればただ踊るだけじゃなくて……へへへへ。
それに、今の夕焼け空も綺麗だけどエヴァルトの夕焼け色の瞳もえっちだし、柔和な雰囲気なのによく見るとつり目っぽいところがかっこいい。モデル体型に、柔らかな声はとても雅だ。公式のプロフィールでは187.5センチと書かれていた。好きです。
「エヴァルトさんどうされたんですか? 結婚しますか!?」
「え、け、結婚?」
「聞き間違いではないでしょうか。それより、どうされました?」
リリーが「第一印象!」と小声で私の横腹をついてくる。エヴァルトは「見送りを、と思って」と続けた。
「今日はありがとう。皆を助けてくれて、君の行動は勇敢だった。それを伝えたかった」
「気にしないでください! 貴方が助かれば、もうそれでいいので! ね! リリー!」
「……私は乗り気じゃありませんでした」
リリーは吐き捨てるように言う。そして、私を指でさした。
「今日、姉が皆を助けたいと騒ぎ出しましたの。皆が燃やされると、そして、それを助けなければ、ジークエンド様に……貴方に顔向けができないと……」
「え……」
「では、私は魔法陣のそばに行っておりますので失礼いたします」
リリーはそう言って、すたすた歩いていってしまった。エヴァルトは私をじっと見ている。
「えっと、私はその……」
「僕達、初対面だよね……? ま、前にどこかで会ったことあるかな。僕、一度見た人は忘れないはずなんだけど……」
「わ、私は、その、エヴァルトの素敵なお噂を聞いておりまして、あの、とってもかっこいいと、素敵だと聞いていて、その、結婚を大前提に、一緒に埋葬を終着点にお付き合い頂ければと思っておりまして、ど、どうでしょうか?」
「え、結婚? それは突飛だな。君みたいな可愛い子と結婚できるなら本望だけど……」
エヴァルトは苦笑気味だ。照れてるのか困ってるのか分からない。でもゲームで「君と会った時、結婚するって思ったよ」と言っていたし、運命は感じてくれてるはず……!
「では、学園でよろしくお願いいたします! 是非卒業と同時に結婚してください! 私は絶対貴方に見合う存在になります! そして結婚してください。貴方を幸せにする権利を永久的にください! 私は貴方が大好きです!」
私はエヴァルトの手を取り、ぎゅっと握った。それと同時に魔法陣の完成を知らせる声が響く。
「では……近いうちに! また!」
一礼をして、私は魔法陣とリリーの元へ駆けていく。私は途中エヴァルトのほうに振り返ったけど、彼は心ここにあらずな感じで、ぼーっとしていたのだった。
本日からKADOKAWAさまよりカドコミ(WEB・アプリ)とニコニコ静画にて本作のコミカライズがスタートします‼
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