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世界を救った聖女について

本日からKADOKAWAさまよりカドコミ(WEB・アプリ)とニコニコ静画にて本作のコミカライズがスタートします‼

カドコミ(WEB)

https://comic-walker.com/detail/KC_006932_S/episodes/KC_0069320000200011_E

ニコニコ静画

https://manga.nicovideo.jp/comic/74034


詳細は活動報告よりご確認ください。


「スフィア、スフィア」

「まだ寝ます」

「スフィア、起きて」


 久しぶりに聞く、私を産んだほうのお母さんの声がする。ぼんやり目を開くと、私は真っ白な世界に横たわっていた。もう一回寝ようとすると、肩をたたかれてしまう。顔を上げれば、お母さんがいた。


「お母さん……ということは、私は死んだんですか?」

「ううん。少し魂がこっちに来てしまっただけよ」


 お母さんは、死んだときのような装束ではなく、斧を湖に落とした時に出てくる女神のような恰好をしている。なんでコスプレなんてしているんだろうと首を傾げていると、「まさか、貴女が世界を救ってくれるなんて」と、悲しげに涙を流した。


「お母さん、どうして泣いているんですか?」

「私は、貴女にできることが殆ど無かったから、会えたことがうれしいの」

「これからはずっと一緒ですか?」

「いいえ、貴女にはまだやり残したことがあるでしょう?」

「……」


 私は、お母さんの問いかけに答えなかった。思えばもう魔災は終わったのだ。エヴァルトのことは愛しているけど、もし彼を私より幸せにできるひとが現れたら、すっと身を引く。それはもう、毎晩泣いてリリーをめちゃくちゃに抱きしめて、ラスさんに未練を一晩じゅうはなして、ラングレンと木剣で戦って、ノヴァ様に甘えて、アンテルム王子に冗談を言って、ルモニエちゃんと爆破を見て、レティクスと好きな人について語り合った後に。


「ほら、見て。貴女がいなくなったら、悲しむ人がたくさんいるの」


 お母さんが右に手をかざすと、学園の庭で倒れる私を、みんなが囲んでいた。エヴァルトが私を抱きしめ、泣きながら瞬きもせずぶつぶつ何かを言っている。

 リリーは茫然として、ノヴァ様は顔をおおって泣いていた。ラングレンやレティクスが肩を落としていた。ラスさんとアンテルム王子も暗い顔をしていた。


 その顔を見ていると、帰りたいと思った。帰って、みんなを笑わせてあげたい。しんみりしていると、ルモ二エちゃんの姿が見えないことに気付いた。気になって探すと、アンテルム王子の持っている折れた剣、そっと盗んでいる。


「え、ルモニエちゃん何してるの」


 ルモニエちゃんは、そのまま折れた剣を私の身体に刺した。エヴァルトが大きく目を見開いて攻撃しようとし、ラスさんが割って入った。


『なにしてんのお主? 苦しまないようにとかそういう思想? どういうこと???』

「これ、たぶん再生の剣……、破邪の剣じゃない……だから闇の魔法にも効かないだったの……これ刺せば、助かる」

「え……」


 ルモニエちゃん今、完全に腹を切った後に首切り落とすみたいな感じのことしたと思ったけれど、助けてくれた……? 実際私の身体はぽわぽわと発光を始めていく。これあれだ、現世に戻るやつだ。


「お母さん……? また、会えますか?」

「貴女が死んだらね」

「遅くなるかもしれませんよ」

「ゆっくりでいいわ。楽しい思い出を作って、聞かせてね」

「はい!」


 私は、そのまま光の粒子となっていく。最後に見たお母さんの顔は、朗らかな笑顔だった。


◇◇◇


 魔災がアカデミーの中で発生し、そして消滅したことは翌日のウーティエ王国の新聞の見出しどころか全面に記され、大々的に発表された。


 とりあえず、魔災と一緒に聖剣が光の魔法によってほぼ半壊……いや、ほぼ鍔以外の部分が全損、それどころかアカデミーの屋根と一部の建物が全壊になったことも込みで……。


「聖女様、宰相という身の上で国を救った聖女様に対して言葉を発するのもおこがましいとは思いますし、聖なる力を使いこなせていないというのも分かります。貴女はこの国を救った救世主です。アカデミーは、まぁ建物どころか物は全て壊れるものです。ただ、聖女様の光魔法によって、聖剣が修復不可能なまでに破壊されたことだけは心に留めていてください」

「すいません」

「まぁ、キーリング落ち着け、魔災も消滅したことだし、死人も出ておらんのだ。よいではないか」


 そして、私はと言えば皆と一緒に王城へ呼ばれ、王からお話をしてもらうかと思いきや、キーリング宰相に叱られていた。


「よくないでしょう陛下! 聖なる剣を! 折ったのですよ? 今までの聖女様の名にも傷がついてしまうのです! 聖女様だって魔女と呼ばれ処刑されるかもしれないのですよ? 実際! 二十三代目聖女は処刑される寸前までいきました! 当時の民が愚かだったからです!」

「お前……本当に伝統ある聖女というものに囚われて生きてるな……だからこそ、復帰が早かった面もあるが……」

「囚われてなどおりません。ただ、敬意を払っているだけなのです」

「むーん。とりあえず下がれキーリング。お前の話す聖女のあれこれは長い。で、聖女や。お前はえっと……我の始祖と一緒に戦ったとか、そんなこと言ってなかったか」

「はい! こちらに」


 私の声に反応するように、私の影からにゅっとラスさんが現れた。『ウワ、懐かし……内装全然違うけど……』とぽりぽり甲冑をかいている。


「初代王様です。ずっと協力してもらっていました!」

『ドウモ……』

「聖女様、それは魔物の残党では?」

「剣王様を侮辱なさらないでください! キーリング宰相! 我が国の偉大なる始祖様ですよ? 気は確かですか!?」


 キーリング宰相の冷ややかな目から庇うように、レティクスがラスさんの前に立った。するとウーティエ王が「はい。分かった。全員元の場所に立って。整列して」と場を治める。


「えっと……我の先祖……だよな」

『ああ』

「報酬は……どうするかな……」

『いらぬ。我が望むは国の安寧だ。それに、過去に何一つ成せなかった我が、何千年の時を越え、民を守ることができ、感謝されることを成し遂げることが出来たのだ。それで十分と言えよう……』

「ラスさんを精霊にしてください」

『はぁ!? 今、さりげなく綺麗にお断りしようとしてたのに何いってんだお主!? やめろ? 今完全に我いい感じだったじゃん』

「ラスさんを精霊と国で認めてください! 今までラスさんはずっと頑張ってきたんです!」

『やめろ! 恥ずかしいから! そんなん出来るわけないし! 我儘言わないの! 気持ちは嬉しいから!』


 私が頭を下げると「えぇ、そんな権限王にも無いんだけど……?」とウーティエ王は困った顔をした。でも、「たった今、承認されました」と王城に声が響いた。


「此度は精霊が人間に対し、重大な戒律違反をした結果、人間界に対して大混乱を招き、多くの死者を出して滅ぼしてしまってもおかしくない事態となったこと、お詫び申し上げる」


 するすると、輝く粒子を纏いながら王様と私たちの間に降り立ったのは、土の精霊ハダル、風の妖精ピーコック、火の妖精アンタレスだった。


「現在、反乱精霊は精霊の湖という万物の魂を輪廻させ浄化する精霊王直轄の湖にて、牢に入れられています」

「反省中ということだ。あともう数万年は出ることは叶いません。そちらのレニ・タングスと同じように」


 ハダルとアンタレスの説明通り、レニちゃんは魔災が消滅した跡、私による浄化治療を受けた末に、王家に拘束された。禁術を勝手に使った、勝手に持ち出したことを理由に裁判を受けるそうだ。そして食べられてしまったと思っていたミアプラキドスは無事で、かなり闇の魔力に汚染されていたものの、浄化がぎりぎり間に合ったことで、精霊たちに連れて行かれていた。


「でもね、精霊王はもう、水の精霊を欠番にすることにしたのよ。私達は人間に強く影響し、影響されないよう聖女様に協力をしないと言ったのに、レニ・タングスに尽く精霊界と人間界が通じる回廊を壊されて、結局役に立たなかったこともあるから……」

「しかし、代表精霊は四体いなければいけない」

「なので、そちらの初代ウーティエ王、いえ、改め雷の精霊ラスを精霊として認証しました」

「ですって、ラスさん! 良かったですね! 一緒に食べたり飲んだり出来ますよ!! 一緒にお料理作りましょう!」

『えっ料理作るけど……え、ウソ、本人に同意もなしに精霊になったわけ?! 我!?』

「安心してください。雷の精霊ラスには、このまま人間界に留まっていただきます。そしてもう二度と精霊が魔災の引き金にならぬよう、人間界に干渉する精霊の監視をしていただきます」

『あほほど役割重要なんだが……?』

「ひとまず、雷の精霊ラスさんには、今から精霊王に謁見していただきます」


 ハダルの言葉によって、ラスさんの足元がふわりと光りだした。すると、ラスさんが慌て始める。


『なぁ聖女! これ、完全に人さらいとか言うやつじゃない?』

「精霊攫いですよ」

『同じ意味だからぁ! まったく! 寸分の狂いなく同じ意味だからぁ、あああああ!』


 やがて、精霊たちと共にラスさんは消えていった。でも、人間界の監視を任されると言うし、すぐに戻ってくるだろう。「で、どうしましょうか」とウーティエ王に振り返ると、「相変わらず切り替えが秒だなあ」と怪訝な顔をした。


「で、聖女への報酬なんだが、もう金にするかお主、なんか怖いし。金と土地でいいな? 腐らんし日持ちするし」

「いいえ!」

「やっぱり? 何ほしい? 役に立たない城爆破させろとか、城で花火したいとか、我を花火で打ち上げろとか、我を海に放り投げてみたいとか、もういっそ全部爆破したいとか、そういうの?」

「いいえ! エヴァルトさんとの婚約の承認をお願いします!」

「私からも、お願い申し上げます。陛下」


 ウーティエ王にお願いしていると、アンテルム王子が私の後方から歩いてきた。彼の右腕は、ルモニエちゃんのスーパー技術によって、フルアーマーにチェンジした。かっこいい。


「私は、このウーティエ王国の繁栄の為、ノヴァ・ローレンスに婚約ではなく結婚を申し込みたいと存じます。私は、彼女以外との結婚は、考えられません」


 王子の言葉に、ウーティエ王は、「でも、聖女の血を王家に入れよというのが、習わしではあるんだが……」と、気まずそうにこちらを見ている。しかし、「今回、王家は殆ど何も出来んかったし……」と頷いた。


「分かった。第二千七百二代目ウーティエ王の名において、スフィア・ファザーリをアンテルム・ウーティエの婚約者候補から解任することを承認しよう! ……で、褒美はどうする? 聖女」

「……あ! それなら、お母さんとリリーの生活を、安定するように取り計らってください!」

「それはまあね、魔災の消滅に関わってくれたから、お金とかも出るし、栄誉の勲章も出すよ。うん。あと――先読みするようで申し訳ないけど、魔災に参加した人間には皆褒美出るから、お主の欲しい物にして」


 私の欲しい物……? お母さんとリリーの身の安全は確保したし、友達はみんな魔災を倒した関係者だし……となると……?


「私は皆の笑顔が一番なので……じゃあ、将来する結婚式を、豪華にしたいです!」

「まぁ、あれだなお主。最後まで自分だけのお願いって無いんだな。まぁ、そういう人間が聖女に向いているんだろうが……それだけでいいのか?」

「はい!」


 私の返事に、ウーティエ王は呆れた顔をしてきた。周りの人は皆拍手をしてくれて、王との謁見は終わったのだった。


◇◇◇SIDE Lily◇◇◇


「リリー! もうアンテルム王子の婚約者候補でも無くなったことですし、エヴァルトと結婚もできるしパーティーでダンス出来ますよ! ……ふふ、ふふふふふ」

「気持ち悪い」

「嫉妬ですか!? 安心してください。私が結婚してエヴァルトと夫婦になっても、リリーはこの先もずっと私の世界で一番可愛い妹ですよ」

「そういう意味じゃないから……本当におめでたい人ね」

「はい! 魔災も死者は出ませんでしたし! 最高の気持ちです! スキップしちゃいます!」


 そう言って、スキップ――らしきことをする義姉の背中を、そっと見つめる。楽しそうに跳ねる姿は、到底スキップには見えないし、何度も小刻みに揺れる姿は奇っ怪な生物としか思えないけど、まぁ、幸せなのだろう。


「私、少し寄るところがあるから、先に帰っててもらえるかしら」

「エッ! ナンデ!? 一緒に帰りましょうよ! お姉ちゃんはいつまでもリリーを待ってますよ?」

「一人で行きたい場所があるの。ほら、ジークエンドの所に行ってきなさい」


 何かを察知しているのか、スフィアは唇を尖らせて動こうとしない。やがて、側を歩いていたキーリング家の令息が、空気を察した様子で彼女を庭園へと誘い始めた。


「あっ、それなら皆で庭園で時間つぶしてようぜ、な、アンドリア」

「なんでボクにふるの?」

「なんでって言われても……えぇ……」

「別にいいけどさ」


 アンドリアの娘は、じっと私を見つめてきた。そしてスフィアの腕を掴むと、さっさと庭園へ引っ張っていく。


「エッルモニエちゃんどうしたの?」

「べつに、考えるの面倒なだけ」

「と、とりあえず、俺らは庭園にいるから、じゃあな!」


 三人を見送って、私は何故か隣に立つラングレン・アルマゲストに視線を向けた。


「騎士様は、庭園に向かわれないのでしょうか?」

「父親に会いに行くんだろう? 俺は騎士だ。ファザーリ伯爵がこの城に来ていることは分かっているし、すでに調査でその人柄は大方知っているつもりだ」

「だから何だと言うのでしょう? 私は親子水入らずでお話がしたいので、席を外していただけますか? 退屈でしたら、庭園には護衛対象であるはずのスフィアもおりますし、同部屋のキーリングさんもおりますでしょう?」


 あえて冷たい言葉を選ぶと、ラングレン・アルマゲストはしばらく押し黙って、庭園へと向った。私は大きく息を吐いてから、側で待っていた衛兵とともに城の奥にある石造りの扉へと向っていく。そして、ドアノブに手をかけ、瞳を閉じた。


 前までは、父に会うことを目標として生きていた。


 あの娘は妾の子。遊んではいけないよ。妾の子だから貧しい身なりしか出来ないんだよ。社交界には出られない。可哀想。惨め。情けない。


 生まれてこなければ良かった子だ。


 瞳を閉じれば必ず蘇ってくるのは、幼少から獲得させられていった他人からの呪詛だった。


 そんな言葉に負けるものか。だって、父は母を愛していた。極めて優秀な水魔法使いであったのに、家柄によって母はまともに扱ってもらえなかった。しかし、そんな母を父が見出したと聞く。二人は想い合っていた私が産まれたけれど、心が醜く高位の貴族の女が父の容姿に惹かれ、無理やり奪い去ってしまった。


 だからこそ、私は負けてはいけない。負けてない。私と母と父で三人で楽しく、笑って暮らすはずだったものを奪われたのなら、奪い返すまで。そう思って屋敷に辿り着くと、私と数ヶ月しか変わらぬ姉が、そこにいた。


 湯浴み、着替え、手洗い、就寝。日常を一緒にする中で片割れしか血の繋がらない姉が、獣のような暮らし方をして、命を伸ばすように生きていたことが分かった。奪ってやろう、奪い返してやろう。そうして何も無くなったところを嘲笑ってやろう。屋敷に来る前は確かにそう思っていたのに、義理姉は何も持っていなかった。奪われ続けた娘だった。


 姉と二人で田舎町へ出た日の晩のこと。私がずっと、ドレスや宝石、甘いお菓子を惜しみなく得て、周囲から微笑みと称賛を一身に受けていたと思っていた女が与えられていたのは、暴力だったのだと思い知った。


「失礼します」


 ノックをして、返事が返ってくるのを待ってから部屋へと入っていく。中には、ファザーリ家の当主――私と義姉の父が、落ち着かない様子で窓辺に立っていた。


「リリー、今、何が起きている? 突然城に呼ばれたんだが、あれが何をしたのか?」

「いいえ御姉様は、聖女としての役割はきちんとまっとうされました。お父様が城に呼ばれたのは、お父様の処分を決定するためですわ」

「……は?」

「お父様の聖女に対する振る舞いは、聖女に救われる我が国では国益を損なうことと同じです。お父様の行動は、国に反逆した、と捉えられています。処分は後ほど、王家からくだされます」

「そ、そんなわけないだろう」


 父は捨てられた子供の目をした後、頭を振ってうつむいた。所作すらも幼い子供を見ているようで、自然と、自分は求めても手に入らない幻を追いかけていたのだと思い知る。


「ならば、おお前だって、ニコラ――お前の母親だって同じだろう? そんな、お、俺だけではないだろう」

「ええ。私もお父様と同じですわ。ですが、きちんと自分のしてきた間違いと向き合うつもりです。これからも」

「な、何を言ってるんだ! 俺たちは悪くないだろう! 聖女だと知っていたらあそこまではしなかった! なぁ、リリー説明してくれないか?」

「もうしました。貴方が、姉に何をしていたか、お母様と一緒に」


 そこまで伝えて、ようやく目の前の男は自分が娘にしてきた仕打ちを、誰が王家に流したか知ったらしい。目を大きく見開き、膝から崩れ落ちた。


「お前は……俺の、娘じゃなかったのか……」

「貴方は、私の父親ですよ」

「ならば……!」

「でも、私にも、姉に対しても、貴方は一度も父親であろうとはしてくれなかった」


 父はただ、じっと私を見上げている。言葉の意味を理解してくれたかどうかは分からない。私はそのまま部屋を出ていく。扉が閉まる直前に「リリー」と名前を呼ばれた。不義の子、貧しい子、穢れた子と周囲に呼ばれ、いつかお父様に呼ばれたいと願った名前が、今はもう、何も思わない。


「さようなら、お父様」


 ――多分もう、会うことは無いでしょう。


 扉を閉じて。しばらくじっとしていると、コツ……と躊躇いがちな靴音が響いた。


「盗み聞きですか? 騎士道の精神に背く行為ではありませんの?」


 私の問いかけに、廊下に立っていたラングレン・アルマゲストは俯いた。そしてためらいがちに私へ近づいてくる。


「良かったのか。本来この役目は、衛兵が行うものだろう」

「私から王家にお願いしましたの。私の中でしっかりと終わらせたい……というのもありましたし、魔災が起きる前、私はただ吐いているだけで役に立ちませんでしたから」


 テオン先生曰く、レニ・タングスは姉への好感度が高い人間に対して、より強く作用する魔法をかけたらしい。つまり、姉が好きであればあるほど、姉を忘れてしまう呪いだ。


 しかし私が姉をよく思っていて――それでいてその素行や煩さから、憎くもあることで、完全に姉を忘れる自分と完全に姉を覚えている自分が重なり、脳が廻り船酔いのような状態に陥ったらしい。


 姉が世界から忘れられていく中で、私は吐いていただけだ。そんな醜態を晒した以上、取り返すことは必要だ。


「君は魔災以前に、姉のことを守っていただろう。君は姉想いの人間だ。今回の魔法は精霊すら生贄にした禁術だ。その状態で思い出してもなお、正気を保っていたのだから立派だ」

「それはそれは、どうもありがとうございます」

「本当だ! 世辞じゃない」


 私は庭園へ向って歩いていく。すると、目的地を同じとしているラングレンは、なぜか私の前に立った。


「君が好きだ」

「あいにく、傷心に付け込まれるほど安い女ではありませんの」

「違う! 今、無性に君を支えたい、守りたい、好きだと思った」


 突然の言葉に、驚いた反面溜息が出た。それが、今まさに父親に別れを告げた人間に対する言葉だろうか。


 盗み聞きに、告白に。怜悧な騎士、静かなる剣なんて周囲からは言われているみたいだけれど、そんな二つ名は今すぐ廃してしまったほうがいい。


「私、今まさに男という存在が嫌なものであると思い知ったばかりですわ」

「そうしたら、俺は女になる」

「騎士の道はどうするの」

「女でも騎士になれる」


 きっぱりと言い放つ姿に、世界で一番好きで、それでいて大嫌いな姉の面影を感じた。といっても、姉は生きているし、今頃ジークエンドの令息に向かってギャンギャン吠えているだろうけど。


「貴方、頭がおかしいんじゃないの」


 鼻で笑ってやると、「男は恋をすると馬鹿になるらしいですよ」なんて付け足され、私はそのまま皆の待つ庭園へと向ったのだった。



本日からKADOKAWAさまよりカドコミ(WEB・アプリ)とニコニコ静画にて本作のコミカライズがスタートします‼

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ニコニコ静画

https://manga.nicovideo.jp/comic/74034


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