081 大臣の野望2
ザンメア? 知っているのかリリアン。
って、俺の言いたいことは伝わらないんだった。
レナ頼む。
「リリアンさん知っているんですか」
俺の意図を感じ取ってくれたレナ。ちょっと棒読みになってるのもまた可愛い。
「ああ。大臣の懐刀だ。専ら裏で汚れ仕事をするから公には出てこないのであまり知られていないが、間違いない。情報によると他国生まれで、この国で野垂れ死にしそうなところを大臣に拾われたらしい。問題なのはヤツのグロリアは騎士団長に勝るとも劣らないって言われていて、かなりの使い手らしい事だ。恐らくヤツが高ランクグロリア窃盗の実行犯だろう」
「拙者の事をご存じとは。ならば勝ち目のないことは分かっているだろう」
ぼろ布の男はゆっくりとこちらに向かって歩いてくる。
「くっ!」
リリアンは身構える。
うぉぉ、まだグロリアを出してもいないのに、なんかヤツからすごい威圧感を感じるぞ。
俺には肌はないのにかなりの使い手だってのを肌で感じる。
レナは俺の後ろに下がってるんだ!
ええい、ここから後ろには一歩も通さんぞ!
「ザンメア、そ奴らをたたき伏せるのだ」
「御意。お主らに恨みはないが主の命令だ。素直に投降するなら命までは取らん」
「ザンメアよ。投降せずとも殺してはならん」
「はっ! 仰せのままに」
俊敏な動作で大臣に向かって片膝をついて首を垂れるザンメア。
ん? 全力で反抗しても命は助けてくれるってことか? 悪人なのに優しいな?
「殺してしまってはグロリア契約が解除されてしまうからな」
なるほどね。グロリアを奪うためね。
やっぱり悪党は悪党だな。
ヤル気十分のザンメアがこちらに向き直る。
相変わらず凄い威圧感だが戦意を高められるくらいには慣れてきた。
さてさてどうやら逃げられそうにない。
戦うしかないぞ。
レナの前には俺。リリアンもアーマーテンペストをクラテルから出して応戦の構えだ。
「いでよヤタ」
ぼろ布で隠れていて見えなかったが、ザンメアの腰には打ち上げ花火のような両手の平に収まらない大きさの球形のクラテルがぶら下げられていた。この国のでもお隣イングヴァイトのクラテルでもない。
ザンメアはぶら下げたそれに片手を触れ、中から変わったグロリアを呼び出したのだ。
細長い棒状の体は3mほどで手足は無い。その胴体先端に鋭く光る刃物のような頭部があり、頭部にはギザギザの牙を持つ口があるのだが、どう見てもその全体像は槍だ。
あのグロリアは……判断が難しいな。DランクのイビルサリッサかCランクのデビルパイクかどちらかだと思うんだけど。
ボディが金属光沢なのでEランク以下の槍型グロリアではないと思う。
うーん、騎士団長と戦える強さっていうならデビルパイクの方かな。
無機物系のグロリアは打たれ強い。体を構成する物質の硬度が高いこともあるけど、神経が体中にあるわけじゃないため痛みによる行動不能に陥りにくいからだ。そのため同ランク以上の力があるということなんだが……。
それでもCランクのグロリアで騎士団長と戦えるんだろうか。それともかなりの修行で必殺技を身に着けているんだろうか。
えっ?
相手グロリアの正体見破りのため頭を悩ませていた俺は自分の目を疑った。
ザンメアは槍型グロリアを握ると、左半身を俺たち側に向けて戦う構えを取ったのだ。
「御免!」
右足で地面を蹴り、一瞬で距離を詰めてきた。
わわわ! 突き! いや、薙ぎ払い!?
その初手は勢いに任せてその鋭い槍で突いてくるに違いないと思っていたのに、予想に反して薙いできた!
俺はかろうじてその一撃を回避できたが、固いモノ同士がぶつかったような高い音が響いて丸いのが後方に吹っ飛んでいった。
ミナディウスは回避しきれなかったのか!
ミナディウスを心配する僅かな間も俺には無い。
攻撃対象が俺だけになったことにより、マシンガンのような細かく速い突きが俺を狙う。
初手回避動作で崩れた体勢の俺に襲って来たあまりに速い突き。それを回避することは出来ず、俺は穴だらけになって地面へ落ちた。
「スー!」
だ、大丈夫だ。今の俺は突かれたくらいではやられたりしない。
むにむにと穴の開いた部分を修復する。
再生したのではなく、ただ形を整えただけだ。
「ふむ、突きはきかんか」
一連の攻撃を終えたザンメアはいつの間にか距離を取っていた。
驚いた。
槍グロリアだけが戦うのだと思っていたのに、まさか契約者が戦闘に参加するなんて。
基本グロリアバトルでは契約者が戦うことはない。
その例外の一つが鎧系グロリアだ。鎧系グロリアは自分では動くことは出来ないため契約者がまとうようにして戦うことが許可されている。
イビルサリッサもデビルパイクも自ら浮遊することが出来る。
つまりはグロリアだけで戦うことが出来るため、公式試合では契約者同伴で戦うことは認められていないのだ。
もう一つ驚いたのは、ザンメアがかなりの熟練者だということだ。
バレーボール大の俺の体に一瞬のうちに10個もの穴を空けるなんて並みの技量じゃない。フラッシュピストンなパンチを放つアメリカからの留学生も驚きの声を上げるだろう。
この世界、戦いと呼ばれるものは基本グロリアバトルだけのため、人間が戦うことはまずない。競技としての格闘技はあるけど、グロリアを鍛えながら自らも鍛えるのは2倍の労力を必要とするのでどちらか一本に絞らなければ大成しにくい。
槍の技量とCランク以上(おそらく)のグロリア、どちらも鍛え熟練の域に達しているザンメアは並みの使い手ではないという事だ。
これは二対一で俺達が数の上で有利だという考えは捨てなくてはならない。
ザンメアはグロリア二体以上の動きをする。
初撃の薙ぎ払い攻撃でバットでボールを打つようにヒッティングされたミナディウスが俺の横に戻って来た。
薙ぎ払いは小手調べだったようで、音の割に大きなダメージは追っていないようだ。
ぶべっ!
少し目を離した隙に俺の視界には棒状のものが現れて……俺の体がぶっとぶまで槍グロリアで殴られた事に気づかなかった。
「スライム。目は無いがよそ見をしておったのは分かったぞ。戦いの最中なのを忘れては困る」
ぼてんと地面に着地する俺。
くそう、攻撃だ攻撃! 一方的にやられていてはだめだ。
とは言え、人間も相手だと思うとややこしい。
グロリアなら少々やりすぎても傷薬で治せるのだが、人間となると勝手が変わってくる。
俺の必殺技、フレイムブリンガーをぶっ放そうものなら即死コース間違いない。
となったらザンメアに当たらないようにあの槍グロリアに攻撃をしなくてはならないし……。
俺がまごまごしている間にリリアンの指示のもとミナディウスは攻撃に移っている。
レナ、俺達も攻撃だ。指示をくれ!
「わかったわ。スー、体当たり!」
俺は指示通り体当たりを繰り出すが――
「攻撃方法が丸わかりだぞ」
問題にもされず回避された挙句、攻撃に合わせてカウンターを繰り出された。
ぐぬぬ、これはやりにくい。
普通のグロリアバトルの場合でも相手に攻撃方法は伝わってしまう。
だけど、攻撃方法を聞いた相手契約者がその対応を自分のグロリアに伝えてから相手グロリアが動き出すという流れであり、相手契約者が指示を出すというひと手間が入っている。
それがザンメアの場合はそのひと手間がない。即行動に移せるのがこんなに強みになっているなんて。
カウンターで大穴が空いた体を元に戻す。
俺の攻撃を潰した後ザンメアは再びミナディウスに攻撃を行っていた。
レナ、攻撃内容を伝えるのはダメだ。俺が自由にやらせてもらうぞ。作戦だけ伝えてくれ。
ガンガンいこうぜか? いのちをだいじにか? 言葉に出さなくても伝わるから念じてくれ。
レナからなんとなく伝わって来た内容は「なかよくやろうね」だった。
……仲良くやろうね? もしかしてミナディウスと協力して戦うってことか?
うんうんと大きく首を縦に振っている。
分かった任せろ。
挟み撃ちだ!
俺はアーマーテンペストに攻撃を繰り出しているザンメアの後ろに回り込む。
背後ががら空きだぜ!
体重の乗った体当たりを繰り出すが、後ろに目でもついているのか回避されてしまう。
こんにゃろ! それなら素早さ重視の体当たりを食らえ!
さっき対ミナディウス戦で使ったやつだ。
そうだな、技名をつけるとすると、五月雨連撃だ。
ちなみに技名なんか付けて厨二くさーいと思われた皆様に反論しておくと、カッコいいから付けているのではなくて、レナとの意思疎通のために付けたのだ。
レナが指示する際に「体当たり」とか言ってるだろ、それ用だからね。
あ、でももうちょっとお嬢様風の技名にしておけばよかっただろうか。レナが恥ずかしがってはいけないし。いや、そもそも恥ずかしい名前じゃないぞ。
とと、技名の事はあとだ。今は戦いに集中だ。
スピードに振った体当たり。
だが、舞うようにかわされたり、槍で打点をずらされたりと決定打にはならない。
このっ!
さらに速度を上げたのだが、攻撃のタイミングを合わされて槍を突き出される。
回避、回避!
咄嗟に体をひねったのだが――
うげっ。
俺の体当たりが、ミナディウスの体当たりと正面衝突してしまった。
お互いがダメージを受けてよろよろと後ずさる。
即席コンビで連携は無理なんじゃないかこれ……。
ちょっと戦うとすぐに文字数がかさんでしまいますね。
戦いはまだ続きます。次回もお楽しみに!




