078 ひっく、ひっく、ずび、ずびっ
もうテコでも動かないから、という感じのレナに、リリアンはしぶしぶ折れることにした。
なるべく危険の無いように、出来る限りそうするようにと心を決めて。
「このスライムがいれば俺は四天王になれる。そのグロリアもいただいて確実に四天王入りしてやる。行けスライム、あいつを倒すんだ!」
赤いスライムとアーマーテンペストがお互いの距離を縮め、お互いの射程ギリギリで動きを止めると次の一撃のために力をため始める。
そして幾分かの間の後、赤と黄の砲弾が同時に打ち出される。
「今だ! 地獄車!」
瞬間、アーマーテンペストは体当たり形態を解除し、その4つの手足で飛んでくる赤いスライムをキャッチすると、ベクトルの違う互いの体当りの勢いを利用して空中でぐるぐると回りだし……遠心力により憔悴したスライムをレナの待つ方向へと投擲した。
すぐにリリアンはレナへと視線を移す。
レナはしっかりと腰を落として、思いっきり手を後ろに振り上げて……。
『さっきみたいにレナの方にスーを投げて欲しいの。レナがおもいっきりスーをひっぱたいて目を覚まさせて見せるから! 大丈夫、愛を込めるから。おもいっきり愛をこめてスーに伝えるから』
リリアンは耳打ちされた内容を反芻した。
リリアンは自身をそれほど優秀な契約者であるとは思っていない。普段は輝力の流れなど見えないのだが。だけど彼女の眼には、レナの振り上げた右手にスーへの愛……いや凝縮された輝力が集まっているように感じられた。
宙を飛ぶスライムの形が不定形の名の通りぐにゃりと柔らかくひしゃげている。
それを迎え撃つレナ。
「スーのばかぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
レナの渾身の愛がスライムに炸裂した。
まるでスライムの細胞一つ一つに染み渡るかのように輝力が広がっていったかのように見えた。
その勢いで吹っ飛んで転がって……とろけた様にべちゃりと地面に腹ばいになるスライム。お腹は無いのだけど。
「お、おい、立て! 何をガキなんかにやられてるんだ!」
ぷるぷると体を震わせていたスライムが、ピシッと固まったかのようにその動きを止めた。
そして男とレナとを交互に見るかのように体を動かして、すすっと男から後ずさるかのように動いた。
「レナ、スーが元に戻ったようだよ」
◇◇◇
◆◆◆
◇◇◇
俺は有馬健太郎。スーと名付けられたスライムだ。契約者は俺が保護者役をしているブライス家のお嬢様レナ。
頭がモヤモヤしている。
レナと一緒に戦っていたはずなのに、レナだと思っていたのがスキンヘッドのおっさんでした……というような夢を見た。
どんな罰ゲームだ。
夢は自分の願望を表しているというような話を聞いたことがあるけど、もしかして俺、内心はガチムチおっさんに命令されるのを望んでるってことか!?
ひいい、鳥肌が立つ!
鳥肌の代わりにスライムボディが細かく波打った。
ぶるっとした際にレナの輝力がスライム細胞に染み渡る感覚がして、頭がスッキリしてきた。
改めて俺の目の前にいるスキンヘッドのおっさんを見る。
このおっさん、先だってレナを襲った男じゃないか!
そのクラテルはレナの物だ。返してもらうぞ!
俺はおっさんが手に持ったクラテルに体当たりを行って、クラテルを奪取する。
「お、おいスライム、何をするんだ。俺は契約者だぞ。そいつを返せ」
なーにが契約者だ。俺の契約者はレナだけだ。
俺はクラテルを持ってレナの元へと戻る。
レナ、酷いことはされてないか? 痛い所は無いか? どこか怪我してないか? おなかはすいてないか?
レナ?
レナはうつむいたまま何もしゃべらずに、ふるふると体を小刻みに震わせている。
どうしたんだレナ? 痛いのか? 辛いのか? 傷薬だすぞ?
オロオロとする俺の前で、力の抜けた人形のように急にレナがぺたりと座り込むと……俺の上に体を預けて来た。
「ぅぅぅ……うわぁぁぁぁんあぁぁぁぁぁぁぁぁぁん、わぁぁぁぁぁぁん」
そして突然大きな声で泣き出した。
「ばかばかばか、すーのばかぁ、ずびっ、れな、れな、さびしかった。すーが、すーがいなくてさびしかったの。うわぁぁぁぁん、うわぁぁぁぁん」
涙と鼻水と、もう全身の水分を出し切るのかというくらい流しながら、レナは泣いている。
相当我慢していたのだろう。知らない場所で一人になって、それでも俺を探すために気を張って……。
レナ、傍を離れてしまってごめんな。寂しい思いをさせたな。これからはずっと一緒にいる。レナに寂しい思いをさせたりしない。俺達を引き裂こうとするヤツがいたら全力で排除するから。だから泣き止んでおくれ。
俺はその気持ちを伝えるために、スライムボディを伸ばしてレナの体を抱きしめるように包み込む。
それでも大声でわんわんと泣き続けて……。
そして、ようやく俺の気持ちを受け取ってくれたようで。
「ひっく、ひっく、ずび、ずびっ」
ほら、レディは鼻水なんて見せてはだめだ。ほら、ちーんしなさい。
スライムボディをレナの鼻に添えると、レナはちーん、と鼻をかんだ。
よしよし、涙も拭いて。
俺は体で涙をぬぐってあげる。
「すー……約束だよ。絶対にどこにも行かないでね……」
ああ、俺とレナはいつも一緒だ。
その答えに満足したのか、レナは俺の体に顔をうずめ、ぎゅっと抱きしめて来た。
「おい……誰だよ、あの子からグロリア盗ったの……」
「お、おれじゃないぞ、大人ならともかく、あんな子供にそんな酷い事するかよ」
「あのハゲだ! 俺は聞いたんだ。坊ちゃんからスライムを盗ってこいって言われたのを」
「ま、待ってくれ。俺は兄貴から言われて……」
スキンヘッドの男に視線が集中する。
「抜け駆けしようとしたんだな。悪党の風上にもおけねえ」
「く、くそう、確かに契約者変更を行ったはずなのに……。今まで元の契約者の事を覚えていたグロリアなんていなかったのに……。何かの間違いだ」
ブツブツと呟き始めたスキンヘッド。かと思えば――
「そうだ、間違いだ! ええいここは退散だ!」
「あ、こら、逃げるな!」
スキンヘッドが一目散に逃げようとした、その時。
体がぐらついて、膝ががくっと力を失い、石の床に倒れこんだ。
「な、なんだ……。体に力が入らない」
あー、あれは輝力不足だな。
あいつが契約者だったなんて認めたく無い事だが、大人とは言えXランクである俺の輝力をまかなっていたのだ。
どのくらいの時間俺を維持していたのかしらないが、輝力がすっからかんになってもおかしくはない。
「覚悟はいいか? 自分だけ四天王になろうだなんて。抜け駆けの罪は重いぜ?」
「ま、待ってくれ。話しは後だ。今は逃げないと。俺達のグロリアはやられてしまった。あのアーマーテンペストに次にぺちゃんこにされるのは俺達だぞ」
「くっ、そうだった。みんな逃げるぞ!」
それを引き金に、レナとこのお姉ちゃんを取り囲んでいた男たちは逃げ出して行った。
「ま、待ってくれ、俺を置いていかないでくれぇぇぇぇ」
足のガクガクしたスキンヘッドの男は仲間達に見捨てられて、哀れにも這いずりながら逃げて行った。




