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116 リコッタ


 こんな山の中に似つかわしくない女の子。一体何者だ。

 それに……倒れたままピクリとも動かないぞ。


「ねえ、大丈夫?」


 あっ、レナ、不用意に近づいたら!


 少女に近寄ったレナ。流石に警戒心は残したまま、それでもこの少女の事が心配という気分が勝っているようだ。


「うっ、ううっ……」


 うめき声が聞こえる。どこか痛めているのか?

 よく見ると手足には擦り傷切り傷が沢山ついている。何かに襲われて逃げてきたのかもしれない。


 倒れたショックで気を失ったのか、それ以上の返答は無い。

 俺は器用に彼女を裏返し、ゆっくりと俺の体に持たれかけさせる。

 怪我人を地面の上で寝かせておくわけにはいかないからな。

 スライムボディソファで少しでも楽になってくれたら。


「ウルガー様、フェニックスの尾羽ください。いつも持ち歩いてますよね。それを」


 レナの言う通りウルガーはいつも(ふところ)にフェニックスの尾羽を忍ばせている。

 修行以外は特に興味が無い彼なので私物もあまり持っておらず、高給取りの自由騎士の給料を何に使っているのかと言うと、すべてフェニックスの尾羽に変えているらしい。

 傷ついた人がいればすぐに口の中に突っ込んでもぐもぐさせるのだが、それが彼の趣味なのかもしれない。


 ウルガーは立ったまま少女の様子を見降ろして――


「そいつにはこっちのほうがいいだろう」


 と肩に掛けたレナのカバンから地雷原である回復薬を取り出した。


「なっ! 酷いですウルガー様! それはグロリア用の回復薬です! それを持つのが重いからってこの子に使ってしまおうなんて酷いです、鬼です、最低です!」


 本当だわ。ドン引きだわ。ガサツで空気を読まない若おっさんだからって言っていい事と悪い事があるだろ。


「おいおい勘違いするなよ。俺はそれほど鬼でも悪魔でもない。心外だ」


「じゃあなんだって言うんですか! 早く尾羽出してください! 人でなしのウルガー様!」


 デリカシーのかけらもない返答にレナも怒りがぶり返したようで再び大噴火だ。何を考えてるんだこの無精ひげおじさんめ。


「いや、だって、そいつグロリアだし」


「えっ!?」

(えっ!?)


 レナも俺もパッと視線を少女に移す。

 どこから見ても可愛い女の子。格好とアンバランスな猫耳カチューシャが気になるが、王都ならどこの子供でも着けているだろ。凄い流行りようなんだぞ? 知らないのか?


「あー、その耳、本物だぞ」


「えっ!?」

(えっ!?)


 レナが少女の髪の毛に絡みついた落ち葉や木の枝を取っていく。


「本当だわ……猫耳カチューシャじゃない……」


 猫耳の根元にあるはずのヘアバンド風のカチューシャ本体はどこにも見当たらず……その事をしっかりと確認していると、不意にぴこっと耳が動いたのだ。


「ほれ、ぐいっと行きな」


 回復薬をレナに渡すウルガー。


「あの、その、疑って申し訳ございませんでした……」


「そんな事はもういいから早く飲ませてやりな」


 そうでした、と瓶のふたを開けて少女の口に持っていき少しずつ流し込む。

 意識が無いのに飲み込んでくれるのだろうか。最悪、俺が無理矢理飲み込ませようかななどと思っていると、心配するどころかゴクゴクと喉を鳴らして飲み始めて……それどころかもっと飲ませろとばかりに瓶に吸い付いて中身を飲みだす始末。


「ぷはーっ、生き返った!」


 缶ジュースほどの量の回復薬を一気に飲み干した少女。

 そう言うと、口の周りに付いたものをぺろりと舌で舐め取った。


 ――ぐぅぅぅぅぅぅぅ


 そんな様子にあっけにとられている俺達の前で、さらに腹の虫の音が鳴り響いた。


 ◆◆◆


「なるほど、リコッタちゃん大変だったのね」


「ああ、もう本当にね。あ、これ美味しい!」


 リコッタと名乗った少女。住んでいた村を飛び出したのはいいものの、あてもなくさまよって空腹で力尽きたらしい。


 俺達は今王都のカフェにいる。もちろんこのリコッタの空腹を満たすためだ。


 俺達が持っていた回復薬をすべて飲みつくしたリコッタだったが、やっぱり固形物じゃないとダメだと言い出して食い物を所望した。


 「仕方がないから王都で何か食べさせてやるか」と言っていた本人は、どこかの誰かの危機を察知したらしく俺達にお守りを任せると言って跳び去ってしまった。


「やー、びっくりだよね。話しには聞いてたけどこのパフェっていうやつ凄いね!」


 パフェをぱくつくというか、ガツガツと食べているリコッタ。


 いいか、それはおやつであって主食じゃないんだからな。

 ちゃんとご飯を食べたいい子だけがおやつにありつけるんだからな。


 そんな様子を見ながら、レナは注文した紅茶に口を付ける。

 レナは先ほどリコッタに会う前に村スイーツをしこたま堪能したのでお腹がいっぱいなのだ。


 レナはリコッタが言葉を話す事を受け入れている。

 最初は驚いたようだが、ウルガーが放浪の修行時代にそんな奴らに会ったことがあると言っていたのが決め手だったようだ。

 俺にも心当たりがあるけど、実際に高ランクのグロリアの中には人と意思疎通できる種族もいる。でもこれは【神カンペ】の情報であって、普通の人からしたらおとぎ話の中だけの話だ。


 この目の前の少女がそんな高ランクのグロリアなのかどうか。

 見た感じからは分からない。


 しかしよく食うな。どれだけ腹が減ってたんだよ。グロリアだからか?

 すでに5杯目のパフェだ。

 リコッタがグロリアであることを周囲に隠しておきたいが、このままでは別の意味で目立ってしまう。

 この子自身は自分がグロリアである事に自覚が無いが、頭の上の猫耳とワンピースの下に隠れている猫尻尾は動かぬ証拠だ。


 俺は周囲を見渡す。

 若い女の子たちが沢山入ってるこのカフェ。ほぼすべての女の子が猫耳カチューシャを付けているので猫耳自体は珍しいものじゃない。だけど尻尾はNGだ。誰も尻尾なんか付けてないからな。

 そんなわけで、尻尾は出さないように注意してある。

 本人は良く分かっていなかったが、パフェのためならときちんと約束を守っている。


 それでレナ、この子はこの後どうするんだ?


 うーん、とりあえずはウルガー様が帰ってきてからかな。というような考えがレナから伝わってきた。


 それがいいな。

 どこの村からやってきたのか、家族はどうしているのか等の個人情報に関わる部分は話してはくれなかった。村を飛び出したという事から訳ありなんだろう。


 そんな俺達の気も知らずに笑顔でパフェを食べ続けるリコッタ。


 こんなに喜んでもらえるなんて御馳走のし甲斐があるってもんだ。

 本当は栄養バランスを考えて食べて欲しいところだが、まあ今日くらいはいいだろう。

 さあどんどん食べるといい。もちろんウルガーの金だけどな。

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