プロローグ
……
「ほら、都合の悪い事があったらすぐに黙り込む。これも昔からだねぇ」
……
「……そんなつもっ――」
「――そんなつもりは無い。それは事実なのだろうけど……結局、自信がないだけなのだろう?」
……
「だから違っ――」
「違くない!!本当に違うんだとしたら、今の間はなんなんだい?」
……
「……やっぱり自信がないんじゃないか」
「やあやあ大町賢人くん。自覚してるとは思うけど……君はさっき死んだよ。だからここは『天国』ってところだね」
暗闇の中に大理石のような机と椅子が1組。そこに威風堂々と座っている男に死亡を宣告された。
大体のことは理解しているつもりだ。
椅子に腰をかけるているこの男は神だろうか。
「ピンポーン、大正解」
どうやらこの神は人の心の内を読み取れるようだ。
「君、なかなか頭の回転が早いねぇ。ボクの神名はアクター」
やっぱりか。じゃあ俺が声にして喋る必要はないな。
「そんなこと言わないでくれよ。君は特別なんだから……」
この透き通っていながらも鋭い声、俺はあまり好きじゃない。一人称が「ボク」ってのも好きじゃない。
何より人の死をにこやかに告げるなんて人としてありえない。……人じゃねぇか。
「アクター……アクタ……あくた……芥……なるほど。名前の通りゴミみたいだな」
「き、君、本当に人間?悪魔だ……」
他人に……いや、他神に芥と言ったが人のことをとやかく言えた口じゃない。俺とて社会からこぼれ落ちたクソなのだから。
「君、自分のことは棚に上げてよく言えるねぇ」
この芥、イラッとする言い方するな。語尾を「ねぇ」にする奴って本当に気に食わない。
大体、見た目も気に入らないな。
この芥自身の身長より長い白髪は、椅子の後ろの地面に扇のように無造作に垂れている。
実にだらしない。髪くらい結ってまとめてしまえばいいものを。
まあ俺も大概だが。
灰色のパーカーのフードを手で取り払うと……耳を半分ほど覆い隠している黒いくしゃくしゃの髪が見える。
それでも、白を基調とした金や銀の細工が施された司教冠とキャソックのような服を着ているだけまだコイツの方がマシか。
年齢は二十歳くらいだろうか。どちらにしろ、どうせ俺より年上なのだろう。
この芥は鼻が高くて目が細く、かなり顔が整っている。それにルックスも向こうの方が断然いいだろう。
俺は少し肥満体質だったが顔には少しだけ自信があったのだけれど……。
結局、死んでしまって肉体がないので今更比べたところでなんの意味も成さない。
くだらない思考を巡らせていた俺を芥はジッと見ている。
正直言って気持ち悪い。そういう趣味嗜好の神なのかと疑ってしまう。
「あの……変なこと考えないでね?決してそっち系じゃないからね?」
ホント、なんでこうなった。
まあ分かりきっていることではあるのだが……。
このままでは話が進まないので、仕方なくたった16年の歳月を思い返して整理してみる。
*
俺はいわゆる、引きこもりと呼ばれる人間だった。
あの、学校にも行かずに日がな1日をゲームやアニメで潰している厄介でクソみたいな存在。
その中には俺も含まれる。
そして……早い話俺は死んだ。
死因はカフェイン中毒によるものだ。
夜な夜なネットゲームで盛り上がる俺は、寝落ちしないようにとエナジードリンクを飲み始めた。
そして……まあ見事にハマった。
その夜はソシャゲの特別イベントがあり、屈強なボスをワンパンするためにエナジードリンクを5本飲んだ。
そしてカフェインを過剰摂取したことにより、カフェインの毒性に耐えきれず死亡。
なんと呆気ない。
で、今に至るというわけだ。
たったの16年だったがいろいろあったな。
「はぁ……」
俺がため息をつくと、芥がチラリとこちらを見た《《気がした》》。
そう、《《気がした》》だけだ。
驚く程に死んだことに悲しみを覚えない俺だが、それは残された人たちもそうだろう。
それもそうだ。こんなクソヒキニートが生きていたってなんの社会貢献にもなりはしない。
まあ問題は、これからどうなるのか。そしてどうするのか。ということだけだ。
「いやいや、カフェイン中毒で死亡するなんてダサいですねぇ」
イラッとして芥に視線を移すと……何やら口に手を当てながら身を震わせて悶絶している。アレで笑いを堪えているつもりなのだろうか。
しかし、クスクスと微かに笑い声が漏れている。
何がそんなに面白いのだ。
「何が面白いのか、ですか?……そりゃあもう……」
はっきり言ったらどうなんだ。
「君がプレイしていたゲームは性的なゲーム……いわゆるエロゲというやつだろぅ?夜中にそんなゲームをやり、更にエナドリを飲んだ」
まあ、当たってはいるが……決して《《そういうこと》》はしてない。
「つまり、興奮度MAXの状態だったわけだ。そんでもってラスボス討伐を見事果たした君は、安堵と共に……1発放ってしまったのだ。《《何が》》とは言わないが……クッククク、クスクス……」
あーはいはい、どうせ俺は包茎だよ。彼女いませんよ。ま、言わなくても知ってるんだろうけど。んでもって親にパソコンの中を見られて、射●した後の状態の俺も見られたと……そゆことね。
「なんで君はそんなに羞恥心がないのかなぁ」
知ってんだろ?言う必要性なんて限りなくゼロに近いと思うんだけど。
「そういうことじゃないんだよねぇ。なんで自分がこんな性格の人間になったかを自覚しているか確かめておきたいんだよねぇ」
どうやら何か試されているようだ。
軽々しく言うことは出来ないな。結果によって今後が変わってくるのだろうし。
ここはあえて……
「分からない。全く」
「嘘だよねぇ。『ここはあえて』とかなんとか言ってはいるけど、本当は、本当に分からないんでしょう?」
……
「ほら、都合の悪い事があったらすぐに黙り込む。これも昔からだねぇ」
……
「……そんなつもっ――」
「――そんなつもりは無い。それは事実なのだろうけど……結局、自信がないだけなのだろう?」
……
「だから違っ――」
「違くない!!本当に違うんだとしたら、今の間はなんなんだい?」
……
「……やっぱり自信がないんじゃないか」
「じゃあ結局何が言いたいんだッ!!」
あぁ……やってしまった。
確かにこの神の言っていることを認めざるを得ないな。
結局、俺は怒鳴ることしか出来ないようなちっぽけな人間なんだ。
「……どうやら、自ら反省したようだね。君のそういうところには関心するよ。けどねぇ、君は諦めが悪かったり悪くなかったりするんだよねぇ。要するに、中途半端ってこと」
あぁ、もう全てこの神の言う通りだ。流石だ。
「まあね。伊達に長年神やってきたわけじゃないからね」
んまあ、さっきのは俺が悪かった。
「うん、よし!」
……うん、よし!じゃねぇ。
んで、結局は何が言いたいの?俺にどうして欲しいの?
「じゃあ逆に訊くけど、君はどうしたいの?」
……
「……生きたい」
これは紛れもない本心だ。さっきのような嘘は全くついてない。
「切実だねぇ」
悪いか?言えと言ったのは芥だろ。
「ん〜?さっきので少しは改心したかなと思ったんだけど、呼び方が『芥』から『芥』に変わっただけじゃないか。まあいいけどねぇ」
『芥』いい響きだろ。
「……そっか。じゃあ――」
――異世界転生、しもらうね――
「あーはいはい、分かっ……いや分かんねぇ」
「随分とテンションの低いノリツッコミだねぇ」
『異世界転生』って言ったのか?嫌だ、絶対に俺は嫌だ。
「なんで?流行ってるでしょう?」
いや、そうなんだけれど、そうなんだけれどもっ……
……よくよく考えたら知らない世界に1人で行くのって怖いと思うんだ。
だってほらさ、文化とか価値観も全く違うわけだから、なんて言うか……不安じゃないか?
「Lee:ゼロ面白いよねぇ!」
「Lee:ゼロ……あぁ、あの異世界転移アニメのことか!神でも見るんだな!ホント面白いよなぁ……じゃなくって急に話をそらすんじゃねぇよ。せっかく真面目な話してたのに台無しだよ。ああもう何言おうとしたか忘れたじゃねぇか」
「あぁ、あるよねぇ。そういうの」
芥から聞かされた異世界の話は凄く単純なものだった。
まず異世界とは俺の前世で言う中世ヨーロッパ的なところらしく、モンスターや魔王もいるが今のところは人類と均衡を保っている。
しかし何故、異世界などという物騒なところに飛ばされるのか、俺の異世界での目的は一体何なのか?などということは一切伝えられなかった。
だがしかし、魔王がいるということは、その魔王が何らかの理由で人類と敵対する。そこで、俺が魔王を討伐するということなのだろうか。
全く……異世界行きを了承したつもりはないのだが、なぜか勝手に『異世界に行く』ということが前提で話が進んでいる。
何だこのデジャブ。
こちらの意見を聞かずにどんどん勝手に話を進める人、前世にもいたな。
母親だ。
ま、そんなこと今はどうでもいい。
「んで、1つ質問してもいいか?」
「ええ」
モンスターなんかがウヨウヨいる異世界に行くのに、裸一貫では即死コース確定ではないのか。普通は何かしらの『強い武器』だったり特殊能力を貰えるのだが……
「要は、オプションとか無いの?」
「これはまたド直球に来ましたねぇ。まあ、あることにはあるのですが……《《今はまだ》》貴方には渡すことは出来ません」
うん、凄くキッパリと断られたな。だが、《《今はまだ》》と言ったということは、後々貰えるということだろうか。
なんか……ゼロからサバイバルしろって感じだな。
「そうでもありませんよ。転生したら前世と同じ見た目だし、服だってちゃんと着てる。それに……」
「それに……なんだ?」
「まあそれはサプライズということで」
なんなんだよ。まあでも、天国に長居しても何も変わらねぇだろうし、さっさと行ってしまった方がいいだろうな。
「うん?急に素直になったね。やっぱり君は……」
「んなことより早くしてくれ。正直、滅茶苦茶ヒマだからな」
サプライズというのが気になるが……まあ、何とかなるだろう。
よし、心の準備は整った。
「1つ、大切なことを言っておくよ。向こうでは人が死ぬし君も死ぬ。それにゲームみたいには生き返れないし、ゲームのNPCと違って感情がある。つまり、現実そのものなんだよ。そこら辺、勘違いしないように」
ああ、分かってる。そりゃそうだ。一人一人が意志や考えを持っているんだ。そこら辺は前世と変わらない。それを俺はしっかりと受け止めなくちゃならない。
それくらい、言われなくても分かってるさ。
「まあ、人種差別とかしない優しい君なら大丈夫だと思うよ」
「いや、必ずしも優しいとは限らないだろ。俺は――」
「人間そんなもんだよ。良いことも悪いことも自分だけだと思わないことだね……」
……そうだな。やってやる。俺は俺だ。
「よし、良い顔だねぇ。……それじゃ、落とすよー」
「……ん?今なんて言っ――」
俺の下には大きな光の空洞が現れた。そしてその向こうには青と緑の景気が広がっていた。
「ここは天国なんだから下に地上があるのは当たり前だと思うけど?クスクス……行ってらっしゃい!」
芥はその非常にムカつく笑顔を向け、手を振った。
その途端、俺は光の空洞へと落ちていった。
――こうして俺は、人生という新たな旅への第1歩を踏み出した。
――この物語は果てしなく続く。延々と途切れることのない水のように。