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悪役令嬢になりそこねた少女たちの話

あて馬

作者: 水瀬

「あて馬かぁ」


 机に突っ伏していた少女が、そう声をあげた。

 シンと静まっていた執務室で、その声は不気味な余韻を残す。


「あて馬?」


 少女に机を奪われ、ソファーに身を寄せ書類と格闘していた少年は聞き返した。


「そうあて馬。間違いないと思う」

「間違いないって何が?」


 どこから始まったのか分からないから少年はいちいち聞き返す。

 少女はいつもこんな風なのだ。勝手に良くわからない話を始めて、勝手に納得する。

 聞いている方としては、何が何だか分からない。


 少女の話ではこうだ。

 いずれ少年に好きな人が現れて、少女に冷たくなるんだそうだ。

 冷たくされた少女は横恋慕して、二人の邪魔をする。

 そうして二人はめでたくくっつき、少女は振られてしまうらしい。


「ふーん。でも、君、僕のこと好きじゃないでしょ?」

「好きじゃないわけじゃないわよ」


 少女がそう口をとがらせた。


「もしあなたに彼女ができたら、きっと寂しいと思う。でもそれって友達でもそうでしょ? 同性の友達だって、知らないうちに彼ができてたら寂しいわ。せめてちゃんと話してくれたらいいのにって。私は友達じゃないのねって思うでしょ?」

「……そうだね」

「そうよ。どんなことだって友達だったら、大事なことはちゃんと伝えてもらわなくっちゃ寂しいわ。もし友達以上の付き合いだったらなおさらじゃない?」


 少年は少女を振り返って、その表情を伺う。

 少女は少年の婚約者だ。

 初めて会った瞬間からお願いして2年かけて婚約したのだ。

 その日からもう5年。つかず離れず、少しずつ良い関係を構築しているはずだ。


「もし誰か好きな人ができたら、必ず最初に教えてね!」


 ニコニコしながら少女は帰っていった。

 少女がいなくなった執務室には、大きなため息をつく少年と彼女が残した恋愛小説が残されていた。


 ☆


「ねえ、私に話すことなあい?」


 ちょっとムッとした表情で、少女が少年を呼びとめた。


「何? 今急いでるんだけど」


 少年は顔をしかめて少女を睨みつけた。

 いつもなら必ず誰かが周りにいるのに、運悪く一人になったところを狙われた。


「あて馬」

「あて馬?」


 少女の言葉に、少年は首をかしげる。


「これ読んで、明日必ず返事をちょうだい」


 少女は本を1冊少年に押しつけると、踵を返して行ってしまった。

 少年は残された本を見て、ため息をついた。


 ☆


「何を持っているの?」


 ぼんやりと本を読んでいると、少年に声がかかる。


「小説だよ」

「小説? ああ、昔流行った恋愛小説ね」


 懐かしいわ、と彼女はその本を少年の手から取ろうとした。

 少年は気がつかなかったようにしてその手から本を守る。

 いつもなら簡単に渡してしまうのに、そうしてはいけないように思ったのだ。


「それはどんな本なの?」


 彼女の取り巻きの一人が聞く。

 彼女は、くすくす笑いながら昔少女が話してくれたような内容を語る。


「ひどい話だね」

「そうかしら、人間ってそんなものでしょう?」


 ひどいのは誰で、そんなものってどんなだろう。

 彼女の言葉を聞いて、少年はそう思った。

 少女に会うまでは、彼女の言葉にこんな疑問を抱かなかったのに。


 ☆


 カフェテリアで少女を探す。

 少女が数人のグループの中にいるのを見つけて近付くと、そこには彼女もいた。


「あなた自分の言っていることがわかっているの?」


 少女の隣に立っていた子がそう叫んだ。

 その前には彼女が困ったような表情で佇んでいる。

 少年は慌てて近付き、少女に尋ねる。


「一体何があったんだ?」


 少女は少年を見て、首を振った。

 その少年の腕を誰かが引く。


「あなたからも言ってちょうだい、私たちそんな関係じゃないって。ただのお友達だって」


 手を取ったのは彼女だった。

 少年は目を見開いて彼女を見る。


「あて馬」


 ぼそりと少女がつぶやいた。

 少女の言葉は、一瞬静まっていたカフェテリアにいやに良く響いた。


「オトモダチだったら、どうして私たちが彼らに近付くのを嫌がるの?」


 少女が彼女にそう首をかしげる。


「オトモダチだったら、どうして婚約者が話したいことがあるって言ってたって、伝えてくれないの? オトモダチなんでしょう? 私があなたなら伝えるわ だって大切なオトモダチの将来にかかわることですもの」

「それは」


 彼女が少年から手を離し後ずさる。


「何をしているんだ!」


 大きな声がして、彼女の取り巻きたちが走ってきた。

 その声は最初に叫んだ子の婚約者だ。

 彼女が急に震え、泣きだした。

 

「お前がついていながら、なんで彼女が泣いてるんだ」


 何故か少年が睨まれる。


 ☆


 怒りでその場にいた者たちを怒鳴り散らした取り巻きを諌めたのは少女だった。

 テーブルをぶったたき、一番わめいていた取り巻きの一人をぶん投げた。


「うるさい。お前らみんなそこに座れ!」


 そう叫んで、関係がありそうな面々を選ぶと、少年に外野を追い出させた。

 文句を言い出しそうな人間を見つけては、その耳もとで何かをささやき黙らせる。

 彼女もしくしく泣いていたが、少女以外の女の子たちもみんな泣いていた。

 憮然とした男たちは、それぞれの婚約者の前に座らせられ、その泣く姿を見せられている。


「えーっと、取り巻きのみなさん」


 と少女が切りだした。取り巻きたちは目をむいて少女を見る。


「あなたたちは彼女のオトモダチですか?」


 少女はにっこり笑って男たちにそう聞いた。


「それは……」


 怒りの目を向けていた取り巻きたちが目を伏せる。あっという間に勢いがなくなってしまう。


「では」


 と今度は彼女に向かっていく。


「さっきあなたみんなをオトモダチと言ったけど、その言葉に間違いはない?」


 彼女の前の机をトントンと叩き尋ねる。

 彼女がゆっくり顔を上げ、大きく頷く。

 少女も応えるように大きく首を縦に振り、取り巻きを見る。


「だ、そうですが、みなさんはどのように感じていますか? 婚約者より彼女が好きな人は挙手してください」


 言うと、おずおずと手が上がる。


「分かりました。手を挙げた方は別室へ。婚約解消のための書類が用意してありますので手続きしてください」


 当然彼らからは驚きの声が上がる。

 婚約解消なんてありえないとか、相手も承諾しているのかとか。


「ご安心ください、ご家族にも現状についてはお話しています。両家の話し合いの下解消することになっているので心配なく書類にサインをお願いします」


 少女が手を振るとどこかから学校職員が出てきて手を挙げた者を連れて行ってしまった。

 その向かいに座っていた子たちも挨拶をして出ていく。

 残った者は居心地悪そうに様子をうかがっている。


「で、残った方たちですが、女性陣は婚約解消を望んでいます。男性陣には受け入れてもらいたいのですが、いかがですか?」

「そんな! 私のためにやめてください。彼らはみんなオトモダチです、婚約解消なんてひどい!」


 彼女が立ち上がって、女性陣に向かって叫ぶ。

 少女は無言でその様子を見つめている。


「そうだ、こんなことで婚約解消なんて、ばかげている」

「これは親同士の契約だ、勝手に婚約解消なんてできない」

「彼女はいい友人だ、君たちこそだれか好きな人でもできたのか?」

「女から婚約解消なんてありえないだろう!」


 彼女をかばうわけではなさそうだが、取り巻きたちが口々にまくしたてる。

 どうみても負け犬の遠吠えだ。


「はいはい、言い分は分かりました。先ほども言いましたが、もうご家族の話し合いは終わっています。先に出て行かれた方たちは誠実さがあるということで婚約解消の手続きだったんです。でも今の言葉で皆さんは婚約破棄になりましたのであしからず」


 何か言いたいことあります?

 と少女は女性陣をみた。


「いいえ、何も。慰謝料はどちらにも請求いたしますのでよろしくお願いしますわね」


 最初叫んでいた子はそう言って笑顔を作る。

 せいせいしたという気持ちのいい笑顔だ。


「お前、俺を好きだったんじゃないのか!」


 真向かいの男が悔しそうに言うと


「親同士が勝手に決めた、交流もない相手に馬鹿じゃないの? そんな都合のいい女がいるわけないでしょ? ―――では失礼します」


 ふんっと男に向かって鼻をならし、少女に向かって最高礼をするとさっさと出て行った。

 残った男たちも学校職員に連れられ退場する。


「君は……」

「昨日の今日でこんなことになるなんてね」


 黙ってみていた少年に少女は肩をすくめる。そして思い出したように彼女へむかった。


「ああ、あなた。あなたは明日から女子クラスになるから、もう男子に近付いたらだめよ」

「え?」

「あなたの行動はちゃんと見てるから、今度こんな風になったら退学よ」

「どういうこと! あなたに何の権利があって」

「権利じゃないの、風紀委員の仕事なの。悪いけど、やりすぎは良くないわ」 


 はい、終わりと少女はまた手を振った。

 学校職員を呼ぶ合図だろう。女性職員がやってきて彼女を連れていく。


「君は、何をしているんだ?」

「風紀委員の仕事よ」

「この本は?」

「あなたも危なそうだったから、気が付いていた?」


 問われて少年はため息をついた。


「ごめん。友達なのに、言ってなかった」

「仕方ないわよ。あれは同性にしか分からない危うさなのよ。で、どうするの?」


 と少女が聞いてくる。


「君はどうしたい?」

「それを私に聞くの?」

「……ごめん」

「私に誰か好きな人ができたら、婚約解消してね」

「そうならないよう、これから頑張るから」


 ちょっと言ってることが良くわからないわねと言いながら、少女が笑った。


「もうあて馬はごめんだからね」

乙女ゲームと悪役令嬢ものが書きたいと思ったんですが、

適当に書き始めたら思ったものと違う感じに。


分かりにくいところもあったと思いますが、

最後まで読んでくださり、ありがとうございました。


アルファポリスさんでも公開してます。


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[一言] 最初に読み終えて「ん?」 となって、もう一度読んで「あら」となって、あらすじを読んで「おっ」となって、更にもう一度読んで「おぉ!」となりました。 読み深める毎に気付く、そこここに散りばめられ…
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