一章 飼い主と飼い猫 ⑤
一年生校舎、三階建ての三階の一つの教室にビアスたちの姿がある。
ビアスは自席に着きつつ、ショコラに声をかける。
「同じクラスだったな」
「うん。今日は本当に良いこと尽くしだ」
「アーニャも同じクラスになったな」
少し離れたところにいたアーニャにも水を向けた。
「そうね」
そっけなく返したアーニャは、クラスメートたちがショコラをちらちらと見ていることに気づいた。
「随分注目を集めてるわね。綺麗だから仕方ないのかも知れないけど」
ビアスが答える。
「それもあるだろうけど、シンクレアが〈グロリア〉に所属してるからじゃないか」
「あなた、〈グロリア〉の隊員なの?」
「そうだが?」
何事もなく答えるショコラ。アーニャが驚くのも無理はなかった。
〈グロリア〉は帝国の平和を守る帝国軍の傘下の治安維持組織だ。
帝国軍は軍人のみで構成され、対外的な戦闘において力を発揮するのに対し、〈グロリア〉は国内に向けてその機能を示す。
〈グロリア〉は、帝都ラーゼンはもちろん、国内、帝国全土の秩序を守る。軍人もいるが、正式な軍人でなくても認められれば所属が許される。
学生でその栄誉を与えられるというのは、一驚に値することなのだ。
ビアスがクラスメートたちを見回しながら、
「誰かがシンクレアが〈グロリア〉所属だって知って、それを流布したんだろう。で、こうして噂になってるわけだ」
クラスメートたちの視線は、羨望と称賛によるものなのだということらしい。
「俺もシンクレアは凄いと思うよ」
ショコラの体がくらっと傾き、それを何とか持ち直したかと思うと、
「私は強くなくてはならない。お前の未来の新妻になるのだからな」
その瞬間。
「――ショコラ」
アーニャが無表情で、ぽつりと呟いた。
「な、その名で呼ばないでくれ!」
「ショコラ、ショコラ、ショコラ――」
「やめ、やめてくれ!」
「ショコラショコラショコラショコラショコラショコラショコラショコラ――」
「やめろおおおおおおおおおおお――っ!」
「おい、アーニャ。何してんだよ」
ビアスが割って入ると、
「誰のせいよ!」
「何でキレられたの!?」
アーニャとショコラが再び言い合いを始めると、教室の前のドアが開いた。
短い赤毛で、スーツ姿の若い女性が教室に入ってくる。
性格のきつそうな顔立ちだが、間違いなく美人だ。
「席に着けー」
着席を促すスーツの女性は、持っていた生徒名簿を教壇の上に置きながら、
「やけに騒がしいな。そこのモデルみたいなのととチビ。新学期早々喧嘩かよ?」
ビアスが間に入る。
「先生来たし、早く席に行けよ」
「ビアス、アーニャを何とかしてくれ」
ショコラが涙目で訴えかけてきた。
「元はと言えば、アンタのせいよ!」
アーニャが責め立ててくる。
「だから何で俺のせいなんだよ。ワケわかんねぇ」
スーツの女性が呆れた声を出す。
「おいおい、男の取り合いか? そんなん学校ですんなよな」
「取り合ってなんかないです! 誰がこんなやつ」
目くじらを立てて否定するアーニャを尻目に、スーツの女性は嘆息しつつ、
「銀髪。さっさとどっちにするか決めろよ。ホームルーム始めたいんだ」
アーニャとショコラが同時に、ビアスに視線を向けた。
アーニャは眉間に皺を寄せ、怒ったように睨みつけてくる。
ショコラは不安と期待を眉宇に漂わせ、じっと見つめてくる。
「どっちって、そんなもん――」
緊張に耐えかねたのか、アーニャがバンッとビアスの机を叩き、
「バカ!」
決められた自席へ、すたすたと歩いて行った。ショコラも慌てて、席に着く。
「終わったみたいだな。他のやつらも席に着け」
スーツの女性は、二人の言い争いが収束し、生徒全員が着席したのを見てから、
「このクラスの担任のテレサ・テリングだ。担当科目は魔術基礎になる。今春このローレル校に転勤してきたから、まだ不慣れで至らないところもあると思うが、よろしくな」
テレサは簡単な挨拶をしてから、生徒名簿を開いた。
「じゃあ、出席番号順に自己紹介していってくれ」
ガタッと椅子を引く大きな音をさせ、出席番号一番――まだ怒気が収まっていない表情のアーニャが立ち上がった。
「アーニャ・アルカナです。夢は多く人の役に立つ、凄い魔術師になることです。好きなものはショートケーキ、嫌いなものは銀髪です」
それだけ言って、席に座る。
アーニャが腰掛ける瞬間、ビアスはきつく睨まれた気がした。
勘弁してくれよ、まったく。