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沈んだ気持ちをサルベージ 下

重たいものは 沈んでいく。

海の底へと 沈んでく。

誰も それを 止められない。

当の 僕自身でさえも。

僕は そう 思っていた。

終わりと思って 目を閉じた。

だけれど 君が ついてきた。

僕の手掴んで 浮上する。

すごい速度で 浮上する。

周りの景色が 変わってく。

冷たい青から マリンブルーへ。

あっという間に 海面へ。

君は 僕に 笑いかけた。


ああ、これが本当の・・・・・・。


僕はあいつに文字通り泣きついた。

息を吸う度にあいつの匂いを感じる。

かれこれ10年間一緒にいて、安心する匂いだとすりこまれたのか、声を出すことはなくなり心も落ち着いてきた。


すぅ


ふぅ


すぅ


ふぅ


すぅ


ふぅ


しかし、気持ちは落ち着いたと思ったのに涙が止まらない。


この涙は嬉し涙なのか悲し涙なのか。


悔しい、辛い、悲しいといったネガティブな感情は安心感や感謝といったポジティブな感情でメッキされているだけで存在はしているし、まだメッキは不完全だから所々むき出しになっている。


自分がなぜ泣いてるのかわからない。


どれくらい経っただろうか。ポンポンと肩を叩かれた。僕はあいつから離れる。だけど、あいつの顔は見れなくて、あいつに顔を見せられなくて、下を向いた。

ゆっくり二呼吸分置いたあとあいつが口を開いた。

「泣くってことはそれだけ悔しいんだってことでしょ?」

おもちゃがなくなり泣きじゃくる子供を諭す親のように優しく、色に例えるならばオレンジ色の声だった。

「・・・・・・うん・・・・・・」

しゃくりをあげながら僕は答える。たしかに悔しい。でもこの悔しさは・・・・・・

「じゃあさ、それだけ本気で打ち込んできたってことじゃない?」

声はオレンジ色のままだ。

「・・・・・・」

僕は言葉に詰まった。

違う。違うんだ。僕は自分は合格できるって思ってあぐらをかいていただけだ。引き寄せの原理を信じて怠惰に暮らしていただけだ。

一体どこに本番まで2週間を切ってもYoutubeを見続ける受験生がいる?

一体どこに本番前夜にスマホの画面を見て笑い転げている受験生がいる?

もっと頑張れたはずだった。決して本気で打ち込んできたわけではないことは知っていた。

たしかに悔しさはあるが、これはもっと努力していれば、という悔しさだ。


それなのに

「・・・・・・うん」

僕は見栄をはってしまった。自分のプライドを守るため、嘘にまみれた汚い色を作ってしまった。

授業でわからないところがあっても見栄をはって質問をしない阿呆は、ついには学ぶことはなかった。一遍痛い目を見ないと、いや、不合格という痛い目を見てもなお学ぶことはなかった。


「あんたは本気でやった。それは誇れることだよ」

僕の微妙な沈黙を過去を振り返っていると思ったのかあいつは力になろうと励ましてくれる。やっぱり暖かい色だ。


やめてくれ。僕は本気でやっていない。だから何も誇るものがない。僕に残されたものは、本気にならなかった後悔等のマイナスの感情と不合格の負け組という烙印だ。


「泣いているけど、あんたは頑張ったんだよ」

あいつは続ける。もう声色は言うまでもない。


あいつの言葉がどんどん僕にのし掛かってくる。

重い。重すぎる。潰れそうだ。

あいつの言葉が僕をじりじりと焼く。

熱い。熱すぎる。焦げそうだ。

あいつは僕が努力したものだと思っている。そう信じてくれている。

全く違うのに。


こうやって僕が苦しんでいる原因は見栄を張ってしまった僕自身にある。

自業自得だ。


「気分転換にさ、外歩こうよ」

随分と長く黙りこくって、泣いている僕を不安に思ったのか、あいつはまだ泣いている僕と肩を組んで歩き出した。


道中人目を気にしている余裕はなかったが、一方の男が泣き、他方の女が肩を組んで支えて二人三脚のように歩いている男女の二人組はさぞかし奇妙であっただろう。


家の近くを十数分歩いてファストフード店に入る。あいつはまず僕を席に座らせると二人分のコーヒーを買いに行った。

一人で座って俯いていると店内アンケートをとる人が来た。

「すみません、アンケートを・・・・・・」

僕が顔をあげた瞬間、頭を下げてそそくさと移動していった。昼間から泣いている変な客に関わりたくなかったのだろう。

僕の気持ちを慮れよ。あっちの人が話しかけてきたのは仕事だとわかってはいるがそう思ってしまった。


数分後。あいつが戻ってきた。

「はい」

「・・・・・・ありがと」

「砂糖とミルク持ってきたから」

「・・・・・・うん」

僕が昔言ったコーヒーに入れるミルクと砂糖の量を覚えていてくれたのかちゃんとミルクは1つ、スティックシュガーは2本だった。


ミルクとスティックシュガーをコーヒーに入れマドラーでかき混ぜる。必要以上にかき混ぜる。そうしないと沈黙を気にしてしまうから。


ふぅー、と互いに深く息を吐き、コーヒーを少し飲む。出来立てだから温かい。だけど、砂糖を入れたはずなのに苦い。そして酸っぱい。

どちらから話を切り出したらいいかわからない沈黙のせいなのだろうか。

コーヒーを置き、また息を深く吐く。

それを続けて僕のコーヒーが半分となった時あいつが口を開いた。

「でもさ、まだ結果はわからないんだよ」

それは「まだ不合格と確定したわけではない、希望は捨てるな」という励ましだった。オレンジ色とはまた違う暖かい色。だけど、それは父親からも言われている。

僕はまたか、とうんざりした。「私はあんたが合格してると思うよ」みたいなことを言われるのか。そう思っていた。


しかし


「たしかに残酷なことをいうけど0完で受かることはまずないよね」

はっきりした物言いに僕はハッと顔をあげる。

あいつは真面目な顔をしていた。

「昔予備校で聞いたことあるけど、0完で受かった人って居ない」

「・・・・・・」


合格を信じろと励まされるのが嫌だったはずなのに、合格の可能性はないと言われて傷ついた。

じゃあ僕の欲していた言葉ってなんだったんだろう?つくづく僕はめんどくさい人間だと思う。


あいつは黙りこくっている僕をみて、コーヒーを飲み、続ける。

「でもさ、合格最低点を1点でも、いや、0.1点でも越えればいいんだよ。たしかにあんたは数学で失敗した。けど、それ以外はどう?」

この質問は少々リスキーである。僕がその他の教科にも手応えを感じていないと傷口に塩を塗っているようなものだから。

しかし、幼馴染みの勘かなにかで大丈夫と踏んだのだろう。


たしかに数学以外は胸を張ってできたと言えるレベルではないが、大きな失敗はしなかった。

そう答えると

「じゃあわからないじゃん。本番は練習の7割の力しか出せないって言うし、皆も意外と出来ていないんじゃない?」

あいつはそう言った。


その通りかもしれない。まだ落ち込むのは早いかもしれない。そう思えてきた。


「ちょっとトイレ」

そう言って僕は席を立つ。用を足す目的ではない。


トイレに入って鏡を見る。

目を真っ赤にした男がいた。


僕だ。


でももう涙は出ていない。


頬をパンっと叩く。


すぅ


ふぅ


息を大きく吸って吐き、小さくうん、と呟いてから席に戻る。


「顔色が良くなったね」

互いにコーヒーを一口ずつ飲んだあとあいつが言った。えっ?と思って顔をあげて訊ねる。

「そうかな?」

「うん。あんたが家から出てきたときは、この世の終わりみたいな感じで顔に全く血の気がなくて生気を感じられなかった」

「・・・・・・」

そうだったんだ。家の前であったとき、下を向いていても雰囲気でわかるのだろうか。そんな顔をあいつに見せてしまったことが恥ずかしい。

「だけど、今、たしかにあんたは明るい顔じゃないけど、少なくとも死にたいみたいな顔はしてないよ」

そっか。僕は持ち直したのか。墜落寸前の飛行機が直前で制御を取り戻したみたいに。


どれもこれもすべてあいつのおかげだ。

あいつがいなかったら、僕の家まで来なかったら、外へ連れ出してくれなかったら。

僕はどうなっていただろう。少なくとも立ち直れはしなかっただろう。


「ありがとう。本当にありがとう」

しっかりと目を合わせ、心の底から感謝する。

机の上の醤油をとってもらったときのようなものではない。

命を救ってもらったときの感謝だ。


なんだか照れ臭くなる。ふふっと笑ってしまった。

「やっと笑った」

あいつが言って笑う。

その言葉にさらに恥ずかしくなり下を向く。

「正直ね、いつも笑顔のあんたのことだから、あんたが家を出てきたとき笑ってるのかなーって思ってたよ。だけど、マジで泣いてたからこれは私も本気で向き合わないとな、って思ったの」

そんな忖度をしてくれたのか。やっぱり幼馴染みだ。世界で一番僕のことを理解してくれている。


ファストフード店を出るとき、肩から首へと手を回し後ろから抱きついてみる。

白いうなじから感じられるのはやっぱりあいつの匂いだ。なんともいえない、落ち着く匂い。

あいつはくすぐったそうにしたが受け入れてくれた。


抱きついたままの状態で家へと戻る。

道中人目を気にしている余裕はなかったが、男が目を赤くして後ろから女へ抱きつき、羽織のない二人羽織のように歩いている男女の二人組はさぞかし奇妙であっただろう。


ぎゅっと抱きつく力を強くするとあいつも僕の腕を握る手の力を強くする。

それがあいつの暖かさを感じられるようで心地よかった。

うーん、あとから見返すとすごいノロケのようだ。ただのバカップルのようだ。こんなものを書いてどうしようというのか?


でも、僕と彼女はまだ付き合ってる訳じゃないからバカップルというのは間違いである。


要するにただの優しい幼馴染み自慢である。

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