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今日も晴天、転生日和。  作者: 甲光一念
第一章 転生者取締委員会
1/12

1 名無死

 私立幕明(まくあけ)高校には、常識外れな人間が何人かいる。中学二年生の時点でフルマラソンにおいて世界新記録を打ち立てた女子や、小学三年生にして大学を卒業した男子。外国で生まれ各国で傭兵として活動したという純日本人に、将来のオリンピック出場を確実視されている格闘家。そんな普通は生まれ得ない者が多く所属する幕明高校の三階廊下を、一人の男子が歩いていた。

 その男子は優秀な頭脳に端麗な容姿、万能の運動神経を合わせ持っていて、女子からの評判も悪くない順風満帆な人生を送っている男子だった。もちろんそれにはそれなりの絡繰りがあって、しかし誰がそんなものを信じるのかという話でもあったので彼はそれを他人に話したことは一度も無かった。

 誰が信じるか、と言うよりは、在り来たりな作り話だと思われるのが落ちだっただろう。世間に既にそんな話は飽和しきっている。他の世界から転生してきて、神様に特典を貰って、こうやって前世とはかけ離れた最高の人生を送っているなんて、誰も信じない。

 自分は特別な人間で、この人生を最高の形で過ごし、最高の形で終わらせる義務があると彼は本気で思っていたし、それこそが自分の権利であり、幸運な自分に許された傲慢さなのだと信じていた。実際、それは決して間違いではなかっただろう。


「そこの君! 校則違反です! ズボンに付いているアクセサリーを今すぐ外しなさい!」


 だから彼は、そうやって自分に注意してきた風紀委員の女子も、いずれは自分に好意を持つものだと信じて疑わない。彼は今までそうやって生きてきて、それで生きてこれた。自分の好きになった女子は自分を好きになったし、自分が嫌いだった奴は周りも嫌いになった。世界は自分の為に回っていて、自分が世界を回していると、彼は健気にそう信じていた。

 きっと、そのとき不意に窓の外から飛んできた小さいハンマーが彼の頭蓋を砕き、脳を破壊するまでそう信じていたのだろう。結果としては裏切られた形になったとはいえ、それを理解する間もなく死んだ彼は、きっと一生幸福だった。

 風紀委員の少女が悲鳴を上げ、警察がやってきて、その凄惨な事件現場は一夜にして片付き、学校の生徒達は翌日には当たり前のように日常に戻った。別に珍しいことではない。この世界では、人が死ぬことなど。いや、それはどの世界においても同じではあるが、身近か身近でないかの違いでしかない。

 死んだ彼だって、前の世界で死んだからこの世界に転生したわけで、この世界では自分は死なないだろうなんて傲慢が許されるはずも無かったのだ。確かに彼は幸運だったが、その幸運には十六年もの傲慢を受け入れるほどのキャパシティはなかった。


 昨日人が死んだ場所を見る一人の少女。自分の投げたハンマーが人一人の命を奪ったことを考えると、少しだけ心が痛むが、悼んでいる暇はない。あんなところに立っていた彼がきっと悪いのだ。自分にはやるべきことがある。有象無象の人間が一人死んだくらいで、いちいち気にしてはいられない。

 なんて言ったって自分は特別な存在。神様に見初められ、特典を貰って、使命を授かってこの世に生まれた転生者。ラノベでだって巻き添えの一人や二人いる。ごめんなさい。貴方の仇はきっと討つから。両手の平を合わせて心の中で呟く。

 仇というなら少女こそが彼の仇だったが、彼女はそうは思っていない。必要な犠牲だった。しかし無意味な犠牲でもあった。流れ弾の直撃による死なんて、何とも呆気なくて情けない。犯罪者の自覚すらなく、罪悪感の欠片もなく、彼女はその場を後にした。


 誰もいなくなった廊下に、風紀委員の少女がやってくる。昨日ここにグロテスクな死体があったなんて信じられないほど床は綺麗になっていた。なんだったら一昨日よりも綺麗かもしれないほどに念入りに清掃されたその床は、事件そのものを無かったことにしようとしているような妙な悪意さえ感じた。

 己の考えすぎであろうことは自覚しているものの、そこに誰かの意志は確かにあって、昨日それをしっかり確かめなかったことは彼女にとって後悔でしかなかった。勿論自分がなにかをしていたら昨日のあれを防げたのではなどと思っているわけではない。まあ、厳密に言えば彼女が彼を呼び止めなければ彼は死ななかったのだが、それは少女にとってもはや思考の外らしい。

 しかしならば、自分がこの事件の犯人を突き止めなければならない。生前、志半ばで殉職し、神様の気まぐれでこうして二度目の生を送っている身として、この事件を解決しなければならない。彼女はその義務感を再確認すると、手を合わせて、頭を下げて、教室へと戻っていった。


 そんな二人の女子を見て、己が拳を握りしめる男子が一人。ただでさえ昨日は生徒が一人死んでしまいそのことで悔やんでいたというのに、現場に来てみれば自分の様に心を痛めている女子が二人もいるとはと、彼は悲痛な表情を浮かべ口元を抑える。

 生徒会長である自分にはそんな心優しき生徒たちを守る義務があって、それは以前の人生で王制を失敗した自分に架せられた枷だ。この悔やみを晴らす機会を信仰する神から賜ったというのに、なんたる様か。なんたる無能だ。自身に人の上に立つほどの器は無いと分かっていても、こうして曲がりなりにも生徒会長という職務に付いている以上、自分に投票してくれたものがいる以上、その期待に応えなければならないというのに。

 こうした気負いが自身の失敗に繋がっているというのは彼自身もよく理解しているところだが、気負わずにはいられない。それこそが自身の義務であり、責務なのだ。彼は話したこともない彼に心の中で謝罪すると、身を翻し去っていった。


 三者三様の反応を見ていた少年は、ポツリと一言呟いた。

「なにこれ」

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