01 - 不自由しているように見える?
(……どういうことなのかしら)
活字に心奪われる、彼女の横顔。
それは、とってもインテリジェンスで、惹きつけられるものだ。
私も、活字を読んで知識を取り入れ、活用することはできる。
けれど、彼女……茉莉のような瞳で知識を見ることは、どうしたって出来ないと想ってしまう。
「……」
同性ですら惹きつける綺麗な瞳で、涼やかに、まっすぐに。
彼女は、あらゆる知識をすくいとっている。
(性格を映してはいないのにねぇ)
そんな綺麗な瞳なのに、性格はまるで正反対。
でも、その狡猾さを一切見せない、一挙両得な不公平さ。
好奇心で彷徨う私の瞳には、いかんせんあの瞳がうらやましくてしかたがない。
それは私だけではないようで、罪深いとも想う。
下級生の心を奪い。
同級生の懊悩を増やし。
上級生に吐息をつかせる。
それら――私も含めて――へ同様に抱かせているのは、その内心を知る者たちの、ため息。
言うなれば、絶望感というものだろう。
外見と内面が一致するように、神様はどうして人をお造りにならなかったのか。
……なってはいるけれど、それを見抜けないほどに固有さがひどすぎるのか。
校舎の一部が半壊したり、同級生の何人かが奇妙な現象を体験したり、先生方が口を濁したり。
犯人当ては容易なのに、証拠がない。
そんな優等生面をした茉莉から、みんな眼が離せない。離したらそこは明々後日。
どっちにしろ、世界は結果としてすれ違いばかりが増えている。ああ嫌だ嫌だ。
「あ、このジュース美味しいわ。さすが、今日のオススメね」
「……」
無視された。孤独は寂しいよ! と伝えてあげたいが、それも無視されるだろう。無私せざるをえない。
そんな世界で、私と茉莉は比較的、同じ時間を多くすごしているほうだ。
世間的には、友達といえるのかもしれない。
会う場所は、カフェー、図書館、キャンパス、服飾店、雑貨屋、などなど。あまりお金はない。
その中でも、図書館で出会う予定の時は、少し緊張する。正確には、彼女が本を読んでいる時、だけれども。
(見ちゃう、からね)
考え込む、茉莉の横顔に吸い寄せられてしまうから。
彼女の美しい瞳が、書物から知識を奪う光景。そこから、眼を離せなくなってしまうのだ。
――そう。彼女は、書物から学んでいるんじゃない。
あれは、奪っているんだろう、と感じる。
刻まれた文字を写し取る、不可思議な瞳。茉莉の眼は、うまく言えないけれど、奇妙な気分を人に起こさせる。
たとえ私が以前読んだ本でも、茉莉が読めば、違う見方をするだろう。
……そう、読み方じゃない。見方だ。
彼女の瞳は、なんとなく、この世界とは別にあるんじゃないか――たまに、私は想うことがある。
茉莉は、一人でテーブルを占拠している時が多い。
彼女に近づく大半の者は、その正体を知らないか、熱狂的な信者だけ。
それも、触れれば熱をうつされて、耐えられなくて去っていく。
(……やっぱり、変り者の方か。私も)
残りの一部は、私を含めて、物好きと呼ばれても仕方のない者ばかり。
そういった者達は、自分のことも省みて、あえて茉莉に触れようとはしない。付かず離れずが最適領域。
「眼、疲れない?」
「……」
それにしても、こうして書物に食い入る茉莉は、私をからかう茉莉と、同一とは想えない。
あまりにも真摯で、真剣で、作り物みたい。
――もしかして、私の前でだけ、猫をかぶっているのじゃないかしら?
普通は優しい猫を被るのだが、茉莉が被るのは意地悪猫だ。猫が意地悪だなんて、捻じりすぎだと想う。
そんな不安を想い浮かべながら、カフェーのイスに腰掛けながら、言ってみる。
「もっとシャンとすれば、いくらでも相手に不自由しないでしょうに」
皮肉というか、悔しさというか、まあなんとも言えない黒い感情。
それを、言葉にして投げつけるとこんな形になる。貧困だ。
「相手? なんの相手かしら」
書物から眼を戻し、私へ視線を向けた彼女の言葉。
なめらかな指が本をなぞり、人形のように硬直していた身体が、息を吹き返したように動き出す。
見られた喜びと、心を奪われそうになる、そんな視線を受けながら、私は皮肉を続ける。
「色々よ。例えば……華の乙女なら、夢見るような恋の一つや二つ、連想するでしょうが」
私は少女漫画に出てくるような言葉を言うが、本当はそんなガラでもない。
茉莉といると、心にもないことがすらすらとでてくる。
遠慮がないというか、気兼ねがないというか。少しばかり、嫌になる。
手元の甘いジュースをすする私に、茉莉はエスプレッソのカップを置きながら、口を閉じる。
口元に淡い淡い微笑を浮かべながら。
その様子が気になって、私が文句を言おうとすると。
「不自由しているように見える?」
あっさりと茉莉は、そんな言葉を語った。
「……はい?」
動揺も焦りもない、淡々とした一言。
今日の天気は晴れね、明日は曇りかしら――そんな、差しさわりのない話のような、本当にあっさりとしたもの。
でも、なぜか、私の内心は凍りついた。
手元のジュースを傾ける手が止まり、喉元に絡むはずの甘さが、どうしてか苦くなる。
「――あら?」
茉莉にしては珍しい、驚き顔。
その理由は、その一瞬後に、理解できた。
頬を伝う、二筋の雫。雨でも降ってきたのかと想ったが、ここは室内だ。如雨露でイタズラなんて、手がこんでいる。
(あれ?)
それは、自分の瞳からこぼれているものか。
みっともない、と想いながらも、両の瞳からこぼれる熱い雫。
勝手に流れ出る雫を止める方法を、私の理性は想いつくことができない。
――仕方がないじゃない。
気づいた時には、もう、あふれ出してしまったのだから。
「……」
こんな時だけ心配そうな、それでいてどこか嬉しそうな、悔しくなるような表情を浮かべる茉莉。
これはいけない、心底許せない。
「これ、使いなさいな」
そう言ってティッシュを渡すこの女、たぶん内心は「吹きなさい」だ、間違いない。
くそう、なにがまかり間違って、ここでパターン通りにハンカチを渡してくれないのか。
ここで鼻水を出すような女に見えるのか、それとも、それを期待しながらも汚したくないからティッシュを渡すのか。
私は茉莉の思いやりを無視して席を立ち、ずかずかと歩いてカフェを後にした。
後悔は、公開しない。
ジュースの代金なんて、私の心を乱す茉莉に、払わせてやるんだから!




