探偵の俺.12
「この戦争のはじまりは愚王から少し聞いたのではないか?」
「はい。なんでも、女王様が占いのようなもので、魔王の妃がなにか、『禁断の書』のようなものを書くのを見たとか」
「うむ」
ペイントレスは真顔でうなずいた。
「こんな格好をしている私だが、占いに長けていてな。お前の言うとおり、見てしまったんだ。『禁断の書』が書かれるのを」
「占いをするけど、戦うのですか?」
「ああそうだ。何か変か」
俺はずっと気になっていた。なぜ、占いをするような人が甲冑なんかを身に着けているのか。
つまり、この人は『知』に長けるが『武』にも長けているのだろう。
ペイントレスは話を続ける。
「魔王軍には『ゼインアフト』という国名があるのに、なぜ、『魔王軍』と呼ばれるかというと、それはゼインアフト初代の王の血を継ぐ者が、『深淵』を覗いて『真実』を知ることができるからだ」
あれ、なんかどっかのマンガで聞いたことがあるような……
「『深淵を覗く』ってなんですか? 占いで知られるようなものではなくて?」
「まあそれもあるのだが、占いよりも遥かに重要な事を知ることが出来る。例えば、今までにない、革命が起こせるようなな魔法だとか、どこどこに英雄が生まれるだとか、そういうようなことを知ることが出来るらしい。だから、常に新しい時代を切り開いてきたのは魔王の血脈だ」
「しかし、それでは敵対関係にあるウェイライト国は……」
ヤバいのでは?
「ウェイライト国とゼインアフト国との敵対関係はかなり昔からの事だから、別にそれは問題ではない。だいたい、魔王軍の王になるものは暴君が多いから、民もこっちに流れやすいんだ」
それを聞いて少し安心した。相手が時代の先導を執るような技術を持っていてもあまり問題はないらしい。
「勝手に話を戻しますけど、つまり、魔王の妃が『深淵』を覗いて『真実』を知り、『禁断の書』を書いた、ということですか?」
「そういうことだ。私もあちらでそれを管理するのは危ないと思い、その書を我が国に渡すよう勧告したのだが」
「断られた」
「そう、断られた。この書はゼインアフトで管理すると言われてしまった。しかし、さっき言った通り、あそこを治める者を容易に信じてしまうと大変な事になりそうでな。だから、戦争に踏み込んだ」
ウェイライト国とゼインアフト国が戦うことになったきっかけは、魔王の妃が書いた『禁断の書』がかなり危険な存在だからか。
俺は、そんなに危険な書がこの世にあることにびっくりしていた。ここあちらとは違うのだし、当たり前といえば当たり前かもしれないが。
「で、例の『禁断の書』の中見なんだが」
俺はツバをごくりと飲んだ。ついに「禁断」の中身だ
「よくわかってない」
「わかってない……ですか?」
「そう。よくわかってない」
……よくわかってないのかよ! なんかドキドキしちゃったよ!
「だが、その書の中身に書いてある事で世界を滅ぼせられるのは本当だ。占いの時、魔王の妃がそう呟くのを聞いた」
世界を滅ぼせられる――――。
俺は背筋がぞっとした。そんなに危ない物だとは思っていなかったから。
「で、次にその『禁断の書』を書いた本人の事だ」
「魔王の妃ですか」
ペイントレスはうなずくと、本のあるページを開き、俺に見せてきた。
「やつが姿を見せた戦場で我が軍が勝ったことはいまだにない」
開いたページには魔王の妃の戦歴が書いてあった。
69戦中69勝。
……なんだこいつ。
「しかも、戦争の要所要所に一人で現れて、一人だけで大勝してしまうのだ」
「一人!?」
「ああ。やつは魔法を使う事に置いて類を見ないほどの天才であり、さらに無尽蔵に魔法を使う事が出来るから、強力な攻撃魔法を連発して放って来る」
「一人でそれとは……」
まさに、怪物である。
「しかも、どうやら同じようなやつがもう一人あちらにいるらしい。この前、魔王の妃があちらの拠点に戻って養生してるようだから攻めてみたら、あれとは違う白いローブを着た奴が現れたんだ」
ペイントレスは歯噛みして悔しがった。
「同じスペックを持った奴が二人?」
「そうだ! 二人だ! あそこで攻め入ることが出来ていればっ!」
本当に悔しいらしい。机をダンダン叩いている。そうとう憎らしい存在ということか。
俺はペイントレスをなだめた。
「まあまあ、落ち着いて」
とそのとき、俺はもう一人の勇者の存在を思い出す。
俺じゃない勇者は例のローブ野郎とは戦っていないのだろうか。
「我が軍のもう一人の勇者はどうしたのですか」
ペイントレスの動きがぴたりと止まる。
「なんだって?」
「だから、もう一人の勇者……」
ペイントレスが俺をギロッとにらむ。
「誰からもう一人の勇者の事を?」
「王様から」
なんだか様子が変だ。
なんでにらむんだ?
ペイントレスは舌打ちをして苛立たしげに答えた。
「もう一人の勇者はどこかに消えた」
「き、消えた!?」
「そうだ。この前から姿も見せん」
なんだ? 消えたってどういうことだ?
「あの、消えたってどういう――――」
「きっと魔王軍にでも加わってしまったのだろう。あのふぬけめ」
このタイミングで!? せっかく勇者の力について訊いてみたかったのに……
俺はまたもやガックリときた。もう一人の勇者がむこうに下ってしまったショックで気分がすっかり落ち込んでしまった。
すると、イラついて爪を噛んでいたペイントレスは突如、良い事を考えたともばかりににっこりとした。
「おい」
「はい……」
「名前は?」
「は?」
「名前を聞いているんだ」
突然俺の名前を訊かれた。
今度は一体何だ?
「神楽坂冥です」
「そうか、カグラザカメイか」
ペイントレスは相変わらず笑みを浮かべたまま、顎に手を当てて何かを思案しているようだったが、しばらくすると俺の方を向き、こう言い放った。
「メイ! お前を我が軍の兵、千人を率いる軍隊長に任命する!」
「……なんですって?」
なんか今変なこと言ったぞ、この人。
「誰を、どうするって、今、言いました……?」
「ん? だから、お前は今日から千人の兵を率いる軍隊長だ。隊の名前は……どうしようかな。『カグラザカ隊』とでもしておくか。『メイ隊』だと締まらないし。な!!」
いや、な!! じゃねえよ。いろいろと話を進め過ぎだよ!
俺が?
軍隊長に?
千人を率いる?
戦場に出ろってこと?
冗談じゃない!!
「俺はこの世界、いや、この国にやってきて一日しか経ってないんですけど……」
「大丈夫だ」
「だいたい、千人なんて、そんな人数を率いるようなことなんて今まで経験ないですよ」
学生の時には委員長にもなったことない。
「無理ですって! 絶対大損す――――」
俺は出かかった言葉を飲み込むことになった。
ペイントレスが顔を眼前まで近付けてきたからだ。
「大丈夫だって言ってんだろ」
一切笑っていない顏で言った。
「お前は勇者なんだから、きっとなんとかなるだろ? ドラゴンも手懐けてる癖に、ごちゃごちゃ言ってんじゃねえよ」
さっきまでとは違う、冷やかな声。俺に対してなんの感情も抱いていない声だ。
俺はツバをごくりと飲んだ。
ペイントレスは瞳孔ガン開きの目で俺を見つめる。
無言の時間が続く。
先に相好を崩したのはペイントレスだった。
「まあ、そんなにおびえるな」
俺の肩をポンポンと叩くペイントレス。
「お前は頭がいい。お前が率いる隊なら、きっと活躍するさ」
「は、はい」
俺は、ペイントレスに完全にビビっていた。
なんだこの人。急変するとまじで怖い。
愚王がペイントレスを苦手にしている気持ちが分かったような気がした。
すると、さらにペイントレスは俺のビビりを吹き飛ばすほどの一言を俺に放った。
「よし! 出陣は一ヶ月後だ!」
「え!?」
一ヶ月後。一ヶ月後である。一年ではなく。
「あ、あの、何日後ですか?」
「あ? ああ、ここでは30日後だ」
30日後だって……短すぎるわ!
「いや! もうちょっと期間を!」
「くどい。いくら期間を開けようと、結果はきっと変わらんよ」
ペインライトはあくび交じりに言った。
「でも……」
「ああもう、うるさい!」
ペインライトが立ちあがる。
「30日あれば兵との交流も十分行えるだろう! 戦場に出る準備は一か月で充分だ!」
そう言い放つと扉の方へ向かう。
「どこに?」
「自分の部屋だ。お前も帰るがいい」
そして、扉を乱暴に閉めて、行ってしまった。
「なにを考えてんだよ……」
俺は頭を抱えた。
なんで俺が戦場で兵を動かすことになってんだよ!
大河の主人公じゃあるまいし、絶対負けるに決まってるじゃないか!
確かにドラゴンを懐かせてるのは強いかもしれないけど、
でも、だからって、戦争経験無さそうな奴だって一目で分かっただろう に、千人の兵を押しつけるかな!?
勇者だってだけで買いかぶりすぎなんだよ!
ていうか、もう一人はマジでどうした!?
なんでこのタイミングで寝返るんだよ!!
俺は自問自答を繰り返す。
本当に嫌だ。戦場に出るなんて。
もし、大敗なんか喫したら、どうなるんだ?
そんなことばかり考えてしまう。
くそっ!
俺なんかに千人預けて戦場に出すとか、なんか勝算あるんだろうな! あの人!
俺は苛立ちながらそう思った。
そう思ったのだ。
「あっ」
思わず声が出た。
「あ、あ、ああああ、ああああああああ!!」
部屋の中に執事らしき、若い女の人が入ってきた。
その人は中の一点を見つめて唖然としている俺を見て、心配そうにこちらをうかがっている。きっと、ペイントレスにとんでもないことを言われて唖然とするほど驚いているのだろう、とでも考えているのではないか。
そう考えているのではないか。
相変わらず茫然としている俺を見かねて、執事が声をかけてきた。
「……ずいぶんと驚かれているようですが、とりあえず、落ち着いた方がいいのではないですか? コーヒーを淹れましょう」
「…………お願いします」
執事はにっこりと笑うと、失礼します、と部屋を出て行った。
俺は、彼女の言うとおり、落ち着いたほうがいいのだろう。
気付いたことのショックがでかすぎて、動揺が走っている。少し冷静にならなくてはならない。
だが、一旦それに気付いてしまうと、疑問が心の中を渦巻いて、落ち着くどころではない。
(どうしてだ)
さっきの自問自答のような勢いは無い。
なぜなら、それに今まで気付かなかった自分を情けなく感じたのと、さらなる謎が浮上してきて、もともと削られていた元気がついに無くなってしまったのだ。
無くなっていることに気付いたから、元気も無くなったのだ。
(どうしてなんだ)
今、俺はこの世界に来てから感じていた違和感、その正体に気付いてしまった。
気付くべきだった。この世界に転生して人にあった時、すぐに。
在って当たり前だと思っていた。この生きてきた二十数年、ずっと在ったものだから。だから気付かなかったのだろう。
俺の感じていた違和感。それは、勇者の力などではない。
俺に勇者の力など感じられていない。
ただの一般人だ。
なんの力も持っていない、ただの普通の一般人。
「普通の、人間か……」
ドアが開いて、さっきの執事が入ってきた。
口元に笑みを浮かべながら、執事は俺に訊く。
「コーヒーでございます。ミルクは?」
「……ブラックでお願いします」
「分かりました」
俺の目の前にコーヒーが置かれる。
とても香ばしいコーヒーの香り。一口飲むと、コーヒー特有のなんともいえない、ナッツと言うか、カラメルというか、独特の苦み、味わいが口の中に広がる。
普段からインスタントコーヒーしか飲まない自分にとって、このコーヒーは格別に美味しかった。
「とてもおいしいです……」
すると、執事はうれしそうにして、
「ありがとうございます。私、コーヒーに少しこだわっておりまして、おほめ頂けるととてもうれしいのです」
「そうなのですか」
「はい!」
執事はまたにっこりと笑った。よく笑う人だ。
俺もつられて笑みを浮かべる。
しかし、その笑みは少し、固かった。
俺は頭の中で確信していた。
自分の違和感の正体を、完全に確信してしまった。
なぜなら……
彼女は今、うれしいのだろう。自分の淹れたコーヒーが美味しいとほめられて、とても上機嫌なのだろう。だから、よく笑う。口元が緩む。彼女の雰囲気もどこか明るい。見ただけでそれは分かった。
だが、彼女のその「うれしい」という感情は、俺に流れ込んでは来なかった。
俺は、「人の心を読む能力」をすっかり失ってしまっていた。
勇者の紋章が刻まれているだけの、ただの凡人となっていた。
次回から2章に入ります。
その準備としてしばらく投稿されないのであしからず。
感想お待ちしています!