少女の幻想文学∋番外編
side:ハル
その日の夜は、あまりにも普通だった。
自分を含む、家族三人での食事を終えた後、支度をして、深く眠っただけだった。
今日の朝は、室内が静寂に包まれていた。
そして、薄暗かったのは、消灯しているせいだけではなく、空が厚い雲でおおわれ、太陽の光があまり届いていないからだ。
こんな今日も、普通の日に見えるだろうが、ハルには異常な景色に思えた。
いつもなら、両親が自分より先に起きて、朝食の準備や、出かける支度などを忙しくしているから。
「父さん……母さん……」
明るくて賑やかなはずの居間は、静かに、自分だけの誰かを包んでいる。
ふと、その真ん中で、一緒に立っている机の上のものに目を移した。
三枚の硬貨と、下に敷かれた、しわひとつ無い紙。
ハルは、黙ってそれらを手に取って、自分が生きている感覚を確かめるように、眺めた。
右手の中で、硬貨同士がぶつかり合い、金属音が聴こえる。
紙がしわを作って、出す音は、乾いている。
まるで、この家のようだ。
「ハル……ごめんなさい……」
それだけ書かれた紙に、価値は無い。
この家は、決して裕福では無かった。
時々、3食とれない日があった。
それでも、両親は、ハルに、9年間の学校教員を受けさせた。
親だから、責任から。
お金が無いのに。
義務が果たされれば、罪悪感が無くなる。
そんな、自分たちの都合だけで。
「なら、一緒に……」
家を売って、三人一緒に各地を放浪する選択肢だって、あっただろうに。
見栄を張って、両親は、ハルの親であるまで、親としていようとしたのだろうか。
ハルは、きっと、自分には、学校に行くための、借金があるだろうと思った。
両親がひとつ、自分に残したもの。
「……違う」
もうひとつ、ハルにはこの家が残されていた。
ハルがふと思い出したのは、自分の居場所と、帰る場所があれば、十分だ、というような父さんの口癖だった。
ハルには、帰る場所がある。
いつか、その意味が、深く理解できるだろうか。
今日はとりあえず、この村の東隣にある小国、オリヘンに、行くことにした。
9年間の教育を修了してから、今まで1週間続けている、就職活動をするためだ。
学校の授業を受け身で聴いている日々は楽だった。
知識が増えていくのが楽しみだった。
今は違って、つまらない日が続く。
働き始めれば、何か、変わるだろうか。
ここは魔法の世界、だから、魔法が使えれば、犠牲なしに、満足のいく生活が送れただろうか。
そんな果敢無い考え事をしながら、心許ない足取りで目的地に向かった。
「仕事探しに来たのか」
建物の扉を開けようとしたのは、誰かに肩を捕まれ、遮られた。
ハルに声を掛けたのは、男だ。
顔を向けて見て、その男が、ローブを着て、背中に杖を背負っているところから、魔法使いだとわかった。
「……何ですか」
ハルは、男に対して向いた。
あまり、魔法使いと接する機会がなかったハルにとって、彼は、自分よりもはるかにまさる存在に見え、怖じ気づいた。
「突然すまない、私に代わって私の仕事をやってくれる人を探しているんだ」
意外にも、穏やかな口調で話された。
「君が、もし、そうなら、と思い、声を掛けた」
しかし、彼がフードを深く被っているせいで、心情がよくわからず、恐怖を感じる。
「どうだろうか」
彼は、答えを求めるように言った。
「その通りですけど……」
「……これだけのことだが、何か、質問があれば」
ハルは、男に、白の国の小国、オリヘンの商店街まで連れてこられていた。
魔法石の大きな市がある小国、アナジアで仕入れた魔法石を、ここで売るためだ。
つまり、ハルに任された仕事は、魔法石の転売だった。
アナジアで購入したものと、オリヘンで販売した差額が、収入になる。
「こんなの、儲かりませんよ」
このように、簡単に収入が得られるなら、ずっと先に、誰かがやっているはずだ。
それに、差額は大したことない。
「その通りだが、この国の魔法石は、ある同業者組合によって独占状態になっていて、高額な料金で販売されているんだ」
「……」
「オリヘンは近くに魔法石鉱床もなく、隣国との仲がよくない……よって魔法石が手に入れ難いが、需要は高いため、価格がつり上がる」
「どうして、そんなこと……」
それを聞いて、ハルには様々な疑問が浮かんだが、上手く質問できない。
男は一歩歩いた。
「……それは、いつか、私の娘が、見つけてくれるかもしれない」
そう言われたものは、期待した答えではなく、ハルは余計に混乱した。
「ハル、頼み事がある。いつか私の娘がお前をたよることになるだろうから」
「……」
「そのときは、マオリに、この世界での生き方を教えてやってくれ」
「……」
「いいな」
男はハルの頭に右手をのせた。
「ああ、魔法石商に関しては、私に代わって商っていると言えば、組合は何も言ってこないだろうし、買いにくる人もいるだろう」
「はぁ……」
「それと、これだ」
「すみませんっっ」
二人の会話を遮って、女性が男の肩を掴んだ。
「あなた、治癒魔法使いですよねっ。息子を助けて下さいっ。馬に蹴られて……っ」
遠く指差したところに、腕を抱えて倒れている少年がいた。
「すぐ行こう……」
男は治癒魔法を唱えているようだった。
少年の出血はみるみる止まり、傷は塞がった。
「ありがとうございます。あの、何か、お礼を……」
「気にしないで。息子さんを大切に」
女性は少年を抱きかかえて、男に深く頭を下げた。
それに、片手を挙げ返事をしながら、ハルの方へ歩いてきた。
男はハルに、魔法を使う際使用した、大きなケーンを手渡した。
「お前が、これを必要としなくなるときまで、持っていろ」
「えっ……」
「あとは、頼んだ」
男は、エリクシール漬けの絨毯に乗って、そのまま北西に飛んでいった。
読んでくださってありがとうございますね。
2015/12/30 誤字と脱字を修正しました。