湖の精霊と言っても強いわけではない
「げぇほぉ! げぇほぉ」
砂浜にて半裸というか全裸に近いポリアが四つん這いになりながら口から水を吐き出していた。時折、口から魚が吐き出され砂浜でピチピチと新鮮さをアピールするかのように跳ねているが、ポリアが魚を吐き出しているインパクトに比べれば魚の鮮度などは些細な問題にみえることであろう。
「ねぇ、桜。この人連れてきたけどどうするの?」
未だに魚と水を吐き出し続ける美女に対して心配そうな瞳を向けていたソロティスであったが連れてきた本人である桜へと尋ねるため振り返るとすでに桜の姿は見えなかった。
「桜?」
先ほどまでソロティスの後ろで尻尾を振り回しながら水を払っていた桜であったがそんな形跡が全く見られないほどに忽然と姿がなかった。ソロティスが周囲を見渡し、バーベキューが行われている方へと向くと。
「ちょっと! それわたしが焼いてたそーせーじだし! 」
すでにマイフォークを両手に持った桜がバーベキュー台の一つに陣取り右手のフォークでファンファンニールの菜箸を弾き、左のフォークで食べるという奇妙な光景を見せていた。いや、スケルトンが菜箸を使っているのもかなり奇妙な光景ではあるのだが。
「待ちたまえ! そのソーセージは僕がじっくりと炙るようにして焼いたものだ! それん奪うとは君はそれでも人の子か⁉︎ 桜!」
「ぶー! わたし妖狐だからひとじゃありませーん!」
「いいからそれを僕に返すんだ!」
ぎゃあぎゃあと子供のような言い合いを桜とファンファンニールがているがソロティスの目には二人の右手の動きが残像すら見えない。それほどまでに二人の食べ物を巡る戦いはヒートアップしているのだ。
ちなみに桜とファンファンニールのバーベキュー台には他のモンスター達は一切近寄っていない。理由は言わずとも全く食べれないからである。そのため、彼らはきちんと他の席でワイワイと盛り上がっているのだ。
「桜」
「いまいそが……ぁぁぁぁぁ! わたしのそーせーじ!」
ソロティスが話しかけ桜の注意が一瞬だけれそれたその隙にファンファンニールの虚ろな眼孔にキラリと光が灯り壮絶なソーセージの取り合いに終止符を打っていた。
「HAHAHAHAHA! 僕の勝ちだね!」
高々と勝利を宣言したファンファンニールはフォークに突き刺したソーセージを頭上高くに掲げ雄叫びをあげる。
スケルトンであるはずのファンファンニールであるが美味しそう? に戦利品であるソーセージを咀嚼していく。不思議なことに口内に入ったソーセージは骨のからだであるにも関わらず地面に落ちることなく何処かへと消えていた。
「HAHAHAHA、勝利して手に入れた物はうまぁ!」
「キィィィィ!」
明らかに優越感に浸るファンファンニールに怒りに怒った桜が両手に握りしめるフォークを閃かせる。その速度は魔王城勤めのモンスター達が繰り出す攻撃に匹敵するほどであろう。そしてファンファンニールもソーセージを食べ終えたフォークを繰り出し迎撃をする。両人のフォークが激突し、そのせいか衝撃波のようなものが周囲に放たれる。その衝撃波で何人かのモンスター達が吹き飛ばされていた。
「HAHAHAHA、桜は僕のことことを殺すつもりかい?」
「わたしの食べ物をとったことは万死にあたいする!」
軽口を叩くファンファンニールに対し目が一切笑っていない桜はフォークに込める力を強める。その際にフォークから普通はならないであろう金属物特有の耳障りな悲鳴が上がっていた。
「だからファンファンニールは出汁にでもして残った骨は佐藤にでも食わす!」
「はぁ」
完全に怒りモードに入った桜を見てソロティスはため息をつき呼吸が落ち着きある半裸のポリアへと目を戻す。
「あの、大丈夫ですか?」
「な、なんとかのぅ。というかなんじゃあの娘は⁉︎ 規格外すぎるじゃろ!」
そう言いポリアが指をさすのは残像しか見えないような動きを見せて戦う桜とファンファンニールの姿があった。六死天では基本的な動きであったがやはり精霊である彼女にとっても異常なレベルらしい。
「あれが普通だからなぁ」
「魔王さま、あたたらでお肉を焼いてまいりました…… 見知らぬ女⁉︎」
初めはスキップをするような足取りでソロティスに近づいていたマリアベルジュであったがソロティスの横で蹲るポリアが視界に入った瞬間に大声をあげる。その声にびくりと体を震わせるソロティスであったが横のポリアはそれ以上に驚愕の色を浮かべていた。
「お、おい」
「なんです?」
服の裾を引っ張られたソロティスがポリアの方に再び振り返った瞬間、
マリアベルジュが「キィィィ!」と奇声をあげる。
「やはり胸ですか! 胸がある人がいいんですね! それともあれですか! 服装ですか! 見えそうで見えないとかいうチラリズム的な何かが言うんですか!」
かなりお冠である。彼女が地団駄を踏むたびに大地が揺れ足の形に地面が凹んでいく。それをみるだけでどれだけ彼女が冷静ではないかということがわかるというものである。
「シュコーシュコー」
そのマリアベルジュの横では片手に直径二メートルはある大皿、さらに反対の手にはトングを手にした怪しげな防護マスク、さらには厚手の服を着込んだコルデリアの姿があった。というか見ただけでは誰かもわからない位の日光対策である。彼女の手に乗せてある大皿はマリアベルジュの地団駄を横で感じているにも関わらず微動だに動かなかった。
「というかなんなのじゃ! この奇妙というか魔力の数値が異常に高いやつらは! なんでこんなとこで宴会なんてしとるんじゃ⁉︎」
「……ちょっとあなた、まるで私たちが異常みたいな言い方をしないでいただけますか」
「シュコーシュコー(コクコク)」
ポリアの言葉に何かが癇に障ったのかマリアベルジュが不機嫌そうに顔を歪め、同じようにイラついたのかへ完全武装のコルデリアも頷いていた。
「というか明らかに異様じゃろうが⁉︎ 魔力は別としても容姿! 特にそこのメイドの横で大皿を持っとるやつ! 儂も精霊ではあるがどう見てお主らのほうがまともには見えんわ!」
ポリアに指をさされたコルデリアに皆の視線が注がれ、全員の脳内に「確かに」という同意の言葉が描かれる。
そう言われたコルデリアはどこかシュンとしたようにな様子を見せた。
「お主はなんというか普通じゃの…… 魔力はでかいが微塵も威圧感がないぞ」
「あぅ」
言に魔王としての威厳が ないと言われたようなものであるソロティスもコルデリアと同様にシュンとする。それを見たマリアベルジュは阿修羅の如く形相を歪める。
「あ、あなた! 坊ちゃんに向かって!」
全身に空間を歪めるほどの魔力を漲らせながらポリアに向かい一歩踏み出す。そして周囲のモンスター達もさすがは魔王軍の兵である。すぐさま状況が緊迫した雰囲気であること察するとバーベキュー台をいそいそと被害の被らない場所へと移動を開始していた。もちろんマリアベルジュの援護などということは一切考えていない。それほどにマリアベルジュを恐…… 信頼しているのだ。
当然、魔王軍が恐れるような戦闘力を誇るマリアベルジュの殺気まみれの魔力を当てられ精霊であるポリアが戦闘体制に入ったのは無理のないことであろう。
「ひぃ!」
叩きつけられる殺意の魔力に怯えたポリアは手に精緻な飾りが施されている槍を取り出し反射的に構えた。無論、反射的とはいえマリアベルジュに対しそれはあまりに悪手であったというしか他ならないであろう。
自身に対し槍の切っ先を向けられたマリアベルジュは小さく目を細めると軽く唇を舐め聞こえないような小さな声で「いい度胸です」と呟く笑みを深めるとどこからかモップを取り出し軽く回転させると槍の如く構えを取り対峙する。
「……っ」
緊縛とした空気の中、誰も物音ひとつ立てずに自分にかかる火の粉がないかとヒヤヒヤしながらも無言を保つ。
「シュコーシュコー」
「あ! それはわたしが焼いてた魔国牛のお肉だよ!」
「HAHAHAHAHA! 早い者勝ちだよ!」
訂正。間抜けな呼吸音と六死天のお肉の奪い合いの戦いの音だけが響いていた。
「あああ!」
静かな場を切り裂くが如く、ポリアが雄叫びを上げ精緻な意匠が施された槍を閃かず。それはマリアベルジュ、ポリアの間に棒立ちになるソロティスには感知することもできないほどの鋭い突き。ソロティスには風が発生したとしか思えないほどの鋭利な一撃であった。
「んふ〜」
その突きをマリアベルジュはモップを回転さし、下から叩き上げることにより容易くいなす。叩き上げられた穂先は目標を見失い空を突き刺す。続きモップを背中を回すように回転さしソロティスに当たらないようにしたマリアベルジュは遠心力の乗ったブラシ部分を無防備な表情で自分の槍の切っ先を見つめるポリアの顔面に向け容赦なく叩きつける。
「ぶぎゃ!」
問答無用で叩きつけられた打撃を受けたポリアは悲鳴だけを残し弾丸の如く速度で湖の方へと弾き飛ばされ、水面に投げられた石のように水しぶきをあげながら跳ねやがて水面にぐったりとしたようにプカプカと浮かび出した。
「精霊とか言ってましたが大したこともありませんでしたね。槍はなかなかの一品でしたが」
モップをクルクルと回しマリアベルジュは残念そうに湖に死体の如く浮かぶ精霊ポリアを眺めていた。
「いや、仮にも精霊なんだから多少は手加減してあげてもよかったんじゃ……」
「正当防衛です」
ソロティスに非難の目を向けられたマリアベルジュは一筋の汗を流しながらソロティスと目を合わせようとしなかった。多少はやりすぎたということは自覚しているようだ。
周囲のモンスター達も被害がこちらに及ばないことが分かったのか再び周囲に喧騒が満ちる。
「むきぃ! ゆるさないからぁ!」
「ちょ! 桜! 尻尾は! 尻尾ははんそペギャァァァ!」
骨が砕けるような音と何かが叩きつけられるような音が響く。その音に振り返ったソロティス出会ったが視界に入ったのは頰を高めながら箸に肉を摘んだマリアベルジュとコルデリアの姿であった。
「はい、魔王様。あーん」
「シュコーシュコー」
マリアベルジュは頰を染めながら、コルデリアは異様な姿で呼吸音を鳴らしながら箸を突き出してきた。
「え、僕自分でとって食べ「あーん」
ソロティスの言葉は遮られ箸がまた口元に近づいてくる。
食べないとどうにもならないことにソロティスはため息をつき観念したように口を開けるのであった。




