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湖の精霊だって溺れることはある

「キルルいないね」

「だね」


 桜との喧嘩、後半は言葉で言い負かされた桜が逆ギレして一方的にソロティスをボコった喧嘩が終わり二人が湖上の方に視線を向けるとそこにキルルの姿はなかった。

 湖の上にはキルルのものらしきリボンなどが浮かんでいたが本人の姿はなかったのだ。


「帰ったのかな?」

「向こう煙上がってるもんね」


 マリアベルジュ達がいるのは対岸の観光地であり桜とソロティスがいるのは特になにも開発されていない土地である。マリアベルジュが昼ご飯はバーベキューをすると言っていたことをソロティスは立ち上る煙を見て思い出したのだ。同時にくーと小さな音がソロティスのお腹から鳴る。


「もー、ソーちゃんはでりかしーがないなぁ」

「そんなこと言ってもお腹減ったし」


 桜に言及されソロティスは頬を赤く染めながらも弁解する、


「じゃ、戻ろっか、わたしもお腹減ったし」

「うん」


 ぎゅるるるるるるるるる


 桜のお腹から明らかにソロティスより大きな音が鳴り響いた。軽く地面も揺れた。

 そして二人の間に無言の間が流れる。


「……でりかしーがないなぁ。ソーちゃんは」

「僕のお腹の音じゃないよ

 ⁉︎」


 桜はあっさりと自分の腹の音じゃないと言い切った。すぐさまソロティスが反論するが唇を尖らし吹けもしない口笛を吹こうとし、空気の抜ける間抜けな音だけが響く。


「はぁ、でもどうやって戻るの? またお姫様抱っこはやだよ?」


 姫でもないのに、とソロティスはつぶやき警戒する。すると桜は腕を組みなにやら悩み始めた。


「うーん、じゃソーちゃんの意見を尊重して」

「尊重して?」

「魔王様抱っこにしよう!」

「ま、魔王様抱っこ⁉︎」


 初めて聞く抱き方にソロティスは尋ね返した。全くどんなものか想像できないからだ。驚愕するソロティスを置いてきぼりにしたまま桜は無造作にソロティスに近づいていくと軽々とソロティスを持ち上げ肩に乗せる。


「わわわ! なになに!」


 自分よりも体躯が小さな少女に軽々と担がれ、ソロティスは若干顔を赤くする。さらに担ぎあげられた顔の前に桜の水着に覆われたお尻と尻尾が見え、さらに顔を真っ赤にする。

 そんなソロティスを無視して桜は湖の畔の方へと近づいていく。


「え、待って! この荷物みたいに持たれてるのが魔王様抱っこ⁉︎ 抱っこじゃないよね!」

「なに言ってるのソーちゃん。この荷物のように抱えられるのは代々攫われる姫様の伝統的ポーズじゃない!」

「それは姫のポーズじゃなくて魔王の抱え方じゃないかなぁ! ないかなぁ⁉︎」

「魔王様抱っこ!」

「抱っこすらしてないよ! むしろ抱えてるだけだよ!」


 言い合ってもラチがあかないと判断したのか桜が湖上に向け跳躍。そして着水した瞬間よりすさまじ速さで足を交互に動かし始める。


「沈む前に反対の足で水を蹴ればおーけー!」


 有言実行と言わんばかりに桜が水上を駆ける。足が動くたびに水柱が上がりその水柱は一切の容赦、手加減なく桜の肩に抱えられたソロティスの顔面へと浴びせかけられる。


「ぐぅ! がはぁ! ぷはぁ⁉︎」


 人間は洗面器一杯の水で溺れるというが魔族だって同様である。ひたすらに水を浴びせられているソロティスは呼吸することすら難しい状況であった。


「こ、呼吸! か、風魔法!」


 意識を朦朧とさしながらも自身の覚えている風魔法を使い体を覆い、空気を吸えるようにし、一息ついたソロティスであった。その間、桜は一切足を休ませることなく水面を跳ねるように走り続けている。


「なんの音?」


 途中からソロティスは桜の足元で妙な音が響いているのに気づいた。その音は桜が水を蹴る音に混じり何かが折れるような音を奏でているのだ。

 音が気になってきたソロティスは桜に足元の方に注目していると、幾本もの白い手が桜の足を掴もうとしていた。


「な⁉︎」


 ソロティスが驚きの声を上げるが桜の足は止まらない。それどころか白い手が桜の足を掴んだ次の瞬間には高速で動かされている足が白い手など意に介すことなく動かされ、骨の砕けるような鈍い音を立てながら沈んでいく。

 つまり、桜の足を掴んで入るがその後なんの行動も取れないまま腕の骨をたたき折られているのだ。しかも桜は掴まれたことすら気付かずただ走っているだけなので単純に自身の身体能力だけで腕をへし折るという無意識の力技を行っているにすぎない。


「桜! 手! 手!」

「ん? 離すの?」

「違う!」


 高速走行をしている今の桜に手放されるとソロティスは一瞬で無残なオブジェへっ早変わりするだろう。


「手だよ! 手! 足掴まれてる!」

「お尻触ってほしいの?」


 九本の尻尾がそれぞれハテナマークを作り、戸惑いながらも桜はソロティスのお尻を撫でる。


「違うよ⁉︎ というかなんでそんなさわさわと触るの⁉︎」

「いい触り心地!」


 振り返り抗議してくるソロティスに桜は親指を立ててやたらといい笑顔で返事した。

 未だに腕は桜を掴もうとしているが桜の脚は容易く蹴散らしていた。次第にまとわりついていた腕の数が減りやがて一切見えなくなった。


「振り切った?」


 表現的にあっているかどうかわからないがソロティスはそう表現し息を吐いた。そんなソロティスの気分など知らずに桜は鼻歌を歌いながら快走を続ける。

 しかし、眼前に渦ののような物が見えるとさすがに桜も鼻歌をやめた。ただし、


「ええ⁉︎ なんで湖なのに渦潮があるの⁉︎」

「あれも走り抜けるよ!」


 嬉しそうな声を上げながらである。当然というかソロティスは情けない悲鳴を上げる。そしてこちらも当たり前と言わんばかりに速度をさらに上げ、水柱が今まで以上に大きくなる。


「あ、なにかいるよ!」

「え、なに! 見えない!」


 渦が近づいてくると桜がその渦の中心を指差しながら大きな声を上げるがお尻が前を向いているソロティスには一切見えないのだが。

 桜の前にいるのは黄金の光を全身から放つ人だった。金の波動を放ちながら腕を組み仁王立ちをしているのだ。


「きさまぁ! 我の度重なる警告を無視しやがってもう許さん! ちょっと沈めてびびらして泣き顔を見てやろうと思ったがさっきのわけのわからんメイド同様沈めてやるわ!」


 黄金の髪を振りかざし、大事な部分だけを布で隠した女がやたらと怒っていた。


「こんどこそ沈めてくれるわ!」


 バッと桜に向け両手をかざした女の手の前に幾つもの複雑な紋様を描いた魔方陣が現れる。


「溺れ死ね! だいだるぅぅぅヴェェェイブ!」


 金の女が展開していた魔方陣が輝き始めると湖が波立ち始めた。

 そして金の女の言葉通りに桜を溺れさそうとするように巨大な津波が横から襲いかかる。


「ぴゃぁぁぁぁぁぁ!」

「おー!」


 二人の口から悲鳴と感嘆の声が上がる。無論どちらがどっちを上げたかはご想像通りである。

 津波を見た桜は怖がる様子など見せることなく、むしろ自分から津波の方へと向かい方向を転換。同時にソロティスは全力で手を振り回して体を使い抵抗していた。


「ワァァァァァ! やめてやめて! 死ぬ! 死ぬから!」


 手がやたらと桜のお尻や尻尾を叩くが所詮はソロティスの力のない拳で桜が揺らいだり止まったりする可能性は全く無い。


「ソーちゃん、ファンファンニールが言ってたよ! 若い頃の苦労は内臓売ってでも買えって」

「ファンファンニールは内臓とかスケルトンだからないじゃないかぁぁぁぁぁぁ!」


 ソロティスの悲鳴と桜の笑い声は唸りを上げながら迫る津波の音に飲み込まれ、ソロティスを担いだソロティスの姿は一瞬にして見えなくなった。後には陸に向かい動く津波だけしか見えなくなった。


「ふん!」


 そんな誰もいなくなった光景を金の女は鼻を鳴らしながらも満足げな表情を浮かべながら眺めていた。


「湖の精霊たる我の聖域で暴れまわるからそうなるのじゃ」


 不忠者に対して行った罰に泉の大精霊たるポリア・スミスは満足していた。ちなみに男のような名前であるがちゃんと女の大精霊である。

 ポリアは静かになった湖上と陸に向かいつつある津波を見やる。このまま向かうと結構な災害になるなぁと無責任なことを考えていた。


「ふむ、まぁ、たまにはいい薬じゃろ」


 面倒になったポリアは魔法を解除することもなく欠伸をしながら伸びをし泉へと戻ろうと踵を返した。


「キャハハハハハハハハハ!」

「なぁ⁉︎」


 背後から聞こえた笑い声に驚き、すぐにポリアは振り返った。

 振り返った先には津波で遊ぶかのように桜が津波の間を走り抜けすでに平面となった湖上を駆け、ポリアの方へと向かってきていた。


「バカな⁉︎ 津波を走り抜けただと!」


 普通は無理なことを容易く、しかも、笑いながらやってのけた桜の姿にポリアもさすがに顔を引きつらせた。


「小童が! こうなったら我が直々に沈めてくれるわ!」


 しかし、腐っても泉の精霊。負けたままではいられないのかさらに攻撃を仕掛けるべくポリアに向かい快走しつつある桜の進路上に構えを取りポリアは立ちはだかった。対して桜は笑いながら突き進む。両者の視線が僅かに交錯し接触。結果、


「ギャアぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


 ポリアの悲鳴だけが桜の足元で響き渡った。桜のやったことは実に単純。高速で動く足で普通に踏みつけたのだ。ただの踏みつけならば問題なかったであろう。だが水上を走るほどの超高速で動いていた足はいわば凶器である。当然ただでは済まない。桜の足にもみくちゃにされたポリアは一瞬にして全身の骨を粉砕を想像を絶する激痛を味わった。桜との衝突というのは人間がトラックにぶつけられるほどの大事故に匹敵する。

 それでも泉に引きずり込もうと腕を桜に伸ばそうとするあたりがまさに執念であったのだが残念なことにその手を掴んだのは悪魔の尻尾手であった。


「なっ! なんだこれは!」


 激痛にさらされながらも伸ばした手が掴んだ物は桜の尻尾であった。正確には桜が尻尾を操りポリアの腕を包み込み離さないようにしたのだが。


「フィィィィィッシュ!」

「我は魚扱いか⁉︎」


 獲物ポリアを捕らえた桜の尻尾は逃さないとばかりに力を込め、ポリアの腕の骨をさらに粉々にし、離さない。そのためポリアは先ほど桜に水面を引きづられたソロティスと同じ状況に陥っていた。


「わあああああああああ!」


 未だに陸地に向かい爆走を続ける桜のせいでポリアはひたすらに水面にたたきつけられどこか既視感を感じるような悲鳴があがり続ける。


「うわぁ……」


 抱えられているソロティスには引きずられるポリアがよく見えていた。

 先ほどまでの自分と同等いや、むしろポリアのほうが全身にダメージを負っている分のえげつない光景にソロティスはなんとも言えない声を漏らす。


「あぁぁ! マリアさん達バーベキューしてる! ズルイズルイ!」


 まだ陸には遠いはずなのに桜にはバーベキューをしていたのが見えたようで悔しがっていた。


「あががががががぁ」

「ねぇ、なんか死にそうだよ?」

「え! じゃ、急ぐね!」


 ポリアにとっては死刑宣告をさらに早めるようなことを善意で告げる桜はソロティスを背負い、ポリアを引っ張りながら陸へとさらに走り続けるのだった。

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