旅行日和は恐怖と共に
「今日は快晴だねぇ〜」
魔王城前に立つソロティスが紅く燃えるような色をした空を見ながらつぶやいた。
旅行日和。
それは一般的には晴れを表すものではあるが魔界においては普通の天気とは魔の雷が光っている空のことを指す。
この魔の雷、通称魔雷はごく稀にモンスターなどに直撃し被害が出るようなものであるが意外と誰も危険視していない。理由としては当たるのはとてつもなく運がない者でもあるが一説には魔界に来た勇者が剣を振り上げた瞬間に魔雷が直撃し、勇者パーティを葬ったという噂があるからでもある。
「そうですね。絶好の旅行日和と言えるでしょう」
伸びをするソロティスの後ろに控えるマリアベルジュがにこやかに告げる。
「槍の雨が降らなくてよかったね!」
明らかに子供用と言われるようなリュックサックを背負った桜も眩しさから日差しを遮るように手をかざしているがこちらも笑顔が見られる。
ワインやキルルはというと荷物を転移魔法陣の上にえっちらおっちらと運び込んでいた。
「ふぅ、大体の荷物は運び終えたかな」
汗を拭うかのように額に手を当てるキルル。もちろん魔導人形であるキルルは汗など出るはずがないのでフリである。そもそも魔導人形は疲れ知らずであるはずのだからそんなフリをする必要はないのだが。
「あ、これも追加です」
マリアベルジュが自分の身の丈よりも山の如く巨大なリュックサックをどこからともなく取り出すと軽々とキルルに向かい放り投げた。
「ちょ⁉︎ まっ⁉︎」
放物線を描きながらキルルの上に舞う巨大なリュックサックは瞬時にキルルに大きな影を落とし、いつもニコニコと笑っているキルルの顔を引きつらせた。
しかし、一応は荷物係のため手を広げ迫りくる荷物を受け止めるべく構えた。
そして、リュックサックがキルルの手に触れた瞬間、
「ナァァァァァァァァァァァ⁉︎」
キルルは悲鳴をあげる。キルルの腕にかかるのはリュックサック一つとは思えないありえないほどの重さ。リュックサックを支えるキルルのボディが悲鳴をあげ、眼前に赤い文字で警告文字が浮かび、警告音がキルルの脳内に鳴り響く。
『警告! 警告! 全身にありえないほどの重量がかかっています。直ちに原因を排除してください』
何を詰め込めばそこまでの重さになるのかわからないがとりあえずキルルは出力を上げながらゆっくりとリュックサックを地面に下ろした。
「こ、壊れるかと思った」
動かすたびにギシギシと悲鳴をあげる腕を摩りながらキルルは何度も壊れていないか腕を確認していた。
「あなた人形なんですから壊れてもその部分を換装すればいいだけでしょ?」
壊れる原因を作った本人は全く悪びれた様子もなく冷たく突き放していた。
「ちょっと、マリア! それは差別! 差別発言ですよ!」
ピョンピョンと飛び跳ねながらキルルが抗議をあげる。
が、マリアベルジュには効かなかった。
「黙りなさいませ! これは差別ではありません。区別です!」
ぎゃあぎゃあとわめき始めた二人から離れながらワインは黙々と荷物を転移魔方陣に運び続けた。
喧嘩をし始めた二人というか六死天同士の争いを止めるのは困難だとわかっているワインは視界に入れないようにしながら荷物を運んでいくのだった。
「だいたいなんなんですか! この馬鹿みたいに多い荷物は! 旅行でここまで持っていく輩なんてそんなにいませんよ!」
キルルが指差すリュックサック。それを果たしてリュックサックと呼んでいい物か悩み者である。まず大きさ、これがまたデカイ。小柄な桜がすっぽりと隠れてしまうほどの大きさである。そして重さ。普通のモンスターより遥かに力があるはずのキルルが持ち上げれなかったのである。そっと置いた地面にはヒビが入るほどの重さであった。
これらを満たす物はすでにリュックサックではなく人を殺す凶器として定義してもいいのかもしれない。
「これは私が考えた旅での緊急事態に備えた必要不可欠の旅支度です」
「あー! 思い出した! マリア去年も同じようなこと言って馬鹿みたいに大きなリュックサックを転移魔方陣に放り込んでた!」
ちなみに去年のマリアベルジュの荷物は山のようなリュックサックではなく小屋一杯の荷物であった。ある意味ではマリアベルジュも成長しているのである。
「そういうキルルこそなんでそんなに換装用の腕や脚が大量にいるのです! 二つくらいで十分でしょう!」
今度はマリアベルジュがキルルの足元にあるトランクケースを指差し怒鳴る。
「マリアの荷物よりかは遥かにマシだよぉ! あれは遊ぶ用! 通常用! 夜這い用だよ!」
『夜這い用⁉︎』
よくわからない用の換装パーツにその場の全員が突っ込んだ。
しかし、桜はというと一番に立ち直り魔王城の方へと駆け足で戻っていった。
「桜、どうしたの?」
「わすれものー!」
気づいたソロティスが声を上げるが桜は振り返らず魔王城内へと姿を消した。
まったく協調性が取れない自分の軍を見てソロティスは大きくため息をついた。
「ワイン、何とかしてよ」
『…… 某に死ねと?(;゜0゜)』
兜があるのでどんな表情をしてるかわからないがなんとなく目を見開いているような顔をしているようにソロティスは感じた。
「だって僕じゃ一瞬でミンチだよ? 最弱なんだよ!」
『魔王がそんな力強く言うセリフではないでござるなぁ』
仕方ないという様子で肩を落としながらもソロティスの言いつけ通りにワインは睨み合い罵倒し合うの中間に向かい始めた。
そしていつも通りコミュニケーションに使うマジックボードを掲げた瞬間、空気が変わる。しかも悪い方にである。
「ひっ!」
それにたいしてソロティスは小さく悲鳴を漏らす。しかしそれは空気が変わったことに気付いたからではない。
マリアベルジュとキルルが顔を真っ赤にしていたのが一瞬にして能面のような無表情になったからである。
基本的にマリアベルジュもキルルも無表情にはならない。いつもは大体笑っている。時折黒い笑みを浮かべることもあるが黒くても笑顔だ。
だが今は完全に無表情。そしてこの後に来ることがソロティスにはよくわかっているのだ。
笑顔からの無表情。つまりは殺意スイッチだ。
「……」
あまりな怖くてソロティスはすでに言葉も出ない状況である。そしてソロティスの視界からワインが消える。同時にソロティスの耳に風が吹き抜けるような音が響き、足元にワインが使っていたマジックボードが転がる。当のワインはいないのにだ。そして少し遅れて魔王城のほうで何かがぶつかるような音が聞こえる。恐々としながらソロティスが振り返ると魔王城の一角が崩れ瓦礫の山となっていた。そして瓦礫の一部にはひしゃげた赤い鎧の腕のような物が見て取れた。
「コルデリア、少し休戦にしないかしら? 敵が来たわ」
「依存ないよ」
そして結ばれる一時的な共同戦線。
魔王城を見るソロティスの後ろから底冷えするような声が聞こえ、次いで足音が静かにだが鳴り響く。
「魔王様、少しお待ちくださいね」
「ちょっとだけだよ。ちょっと図に乗った鎧を半壊さすだけだから」
すれ違いざまにマリアベルジュとキルルがソロティスに対して笑顔を浮かべ振り返り告げる。それに対してソロティスは首がもげるのではないかというほどの速度で首を上下させ頷く。今の二人は顔は笑っているか目が一切笑っていない。いつもも抵抗しても無駄ではあるが今日は下手をすれば自分にも被害が及びそうなのを敏感にソロティスは感じ取ったため身動き一つせずにソロティスは見送った。
そして、ゆっくりと視線をいつもワインが持っていたマジックボードに向ける。
『双方、争いをやめよ! そんなない胸同士が争っても胸がえぐれるだけで何も生まないぞ! もっと豊胸についての意味のある会話するのだ。むしろ胸を大きくしたいのなら某に相談』
文章はそこで止まっていた。
おそらくはそこまで書いたところでマリアベルジュとキルルの攻撃を受け弾き飛ばされたのだろう。
「ワイン、これは日に油を注ぐというんだよ……」
ガシガシガシガシガシガシガシガシガシガシガシガシガシガシガシガシガシガシガシガシパキガシガシガシガシガシガシガシガシガシガシガシガシガシガシパキガシガシガシガシガシガシガシガシガシガシガシガシ
一方的な暴力の音がソロティスの耳に入る。
振り返れば確実に無残な姿になっているワインの姿が目に入るだろう。
「お待たせって、ソーちゃんなんで目を瞑ってるの?」
忘れ物を取りに行っていた桜が地面にクレーターを作りながら着地する。ショートカットのためにおそらくは自室の窓から飛び降りたのだろう。窓が開け放たれていた。
しかし、ソロティスは桜に話しかけられているにも関わらず頑なに目を瞑ったままだった。
「桜、今僕は目を開けたら地獄を見る羽目になる」
「そうなの?」
首をかしげる桜だがソロティスの下に転がっているマジックボードを見て顔をしかめたあとに後ろで一方的に拳や脚を繰り出し続ける悪魔の姿に気づく。
響き渡る音はすでに殴る蹴るの暴力ではなく解体作業という破壊作業に移り変わっていた。あまりの惨状に同じ胸がない桜も言葉を失う。
それほどまでに圧倒的な力であった。
「これくらいにしといてあげましょう」
「そうだね、これくらいにしておこう」
破壊作業をつづけること十分。
ようやく、満足したのか二体の悪魔は動きを止める。
桜とソロティスはというと二人で抱き合い体を震わしていた。
ソロティスが震えるのはいつものことだが桜も一緒に震えており、悪魔の行為の残酷さがわかるというものだろう。
「さっ、行きますよ魔王様」
「は、はい!」
惨劇の現場を作り出しておきながら普通の笑顔をマリアベルジュに恐怖を覚えながらソロティスは元気よく返事をする。無論、顔は引きつっていたが。
マリアベルジュ、キルル、桜、ソロティスは転移魔方陣の方へ移動しマリアベルジュが「転移」と唱えると描かれていた魔方陣に魔力が走り、魔方陣が発動。全員の姿が忽然と消える。
そんな彼らを物言わず瓦礫の中から残骸となって見守っていたワインが半壊した鎧の状態で瓦礫を跳ね除けながらよろよろと立ち上がる。
頭の兜はどこかに飛び、首なし騎士らしく見えるがボロボロである。
落ちているマジックボードを拾い上げワインは頭はないが空を見上げる。
『某はどうやって向かえばいいのだろう……』
すでに魔方陣は消え失せ転移する術をなくしたワインは項垂れるのであった。
次回はバレンタインネタの予定




