婚約者来たる! 遅れてきた理由
「相変わらず無駄に掃除や装飾にこだわってる城ね」
六死天グリメモワールがイザベラを先導するように歩く傍、イザベラが魔王城内を見上げながら呟いた。
イザベラの視線の先には塵一つないフロア、廊下、階段があり明らかに光沢を放っているのだ。これを邪悪指定している勇者や教会の人達が見れば驚いたものだろう。かく言うイザベラもその一人である。
「魔王の住む城には見えないよね」
「僕魔王なんだけどね」
イザベラに抱きしめられ、身動きが取れない状態のソロティスは頬を膨らます。瞬間、マリアベルジュの目配せと共にシャッター音のような音と風が僅かに動いた。
桜が耳を揺らし、反応するがなにもいないので尻尾がハテナマークを作っていた。
「マリアさんは相変わらずね」
「……なんのことでしょうか?」
とぼけるマリアベルジュであったが準魔王たるイザベラは誤魔化せなかった。
「気配はしないのに熱反応だけあるね」
桜に盾にされた衝撃で目を覚ましたキルルが熱反応のある部分に向け背後から取り出した魔導砲を構え照準を合わせるが、
「反応が消えた?」
魔導砲の照準を合わせた瞬間にキルルのセンサーから熱反応が消え完全に見失う。
「安心しなさい、MKMです」
「あの変態軍団か」
獲物を逃したからキルルは憎々しげに魔導砲を異空間に収納して行く。
「いや〜 いい部下連れてるね! マリアさんソーちゃんのとこ辞めたら私のとこに来ない?」
「今の所その予定はありませんので」
マリアベルジュがイザベラの誘いをすっぱりと断るとホッという安心したような声と露骨に舌打ちをする音が二つ響いた。
そん舌打ちをしたほうへニヤニヤとしながらイザベラは見る。
「桜にキルル、ワインもどう? 貴方たちが私についてくれたら今すぐパパぶち殺せると思うんだけど」
イザベラの言葉に桜、キルルは頭上に手で大きくバツを作り、ワインもまたマジックボードにバツを記し頭の上に掲げていた。
「五色昼寝付きのいい遊び場から移動したくない」
「キルルが暴れて物こわしても次の日には治ってるしね」
『ロリとショタが大量のこの職場から辞める気はござらんなぁ( • ̀ω•́ )ドヤッ』
みんな自分に都合のいい職場大好きな人達だった。
「いいなー ソーちゃんとこは粒揃いの部下ばかりでさぁ〜」
「痛い! 熱よ! イーちゃん。しかもそれ皮肉にしか聞こえないから!」
摩擦で火がつくのではないかと思うほどの頬擦りをイザベラはソロティスに行う。頬を離すとソロティスの頬から軽く煙が上がっていた。一方のイザベラの頬は全くの無傷であった。
「ま、魔王様! 私は魔王様をお慕いしておりますよ!」
イザベラの愛情表現? を見たマリアベルジュが焦ったように近づきソロティスの頬に回復魔法を使いながら告げる。
真っ赤だったソロティスの頬が元のプニプニした頬に戻ったことでマリアベルジュは安堵の息を漏らした。
「うう、マリア。君だけだよ。そんなこと言ってくれるのは」
「はい、魔王様の育成記録が書けるのは魔王城だけですから!」
「マリアもやっぱり趣味のためじゃないか!」
思わずこぼれた本音なソロティスは絶叫。イザベラはゲラゲラと下品に笑う。
そのままの状態で一応応接間としてのフロアにやってくるとイザベラからようやく解放されたソロティスはソファーに座り込んだ。
その背後にはキルル、ワイン、マリアベルジュが控え、桜はというと床に転がり昼寝をし始めるという自由さだった。
「それでイーちゃんはなにをしに来たの?」
若干というかかなりね不機嫌さでソロティスは尋ねた。
「なにしにって愛を深めにきたに決まってるじゃない。あと勧誘。パパをぶち殺す人材がなかなかな集まらなくてね。早くパパをぶっ殺してソーちゃんと結婚したいよ」
魔王の称号の引き継ぎ方は各魔界によって異なる。
ソロティスの父である魔王サントリードは次の魔王を息子のソロティスではなく投票制にしていたし、イザベラの父ラパールは略奪制にしている。
これにより前者ソロティスはサントリードが死んだ時点で行われた後に『魔界大投票会』と呼ばれたものでぶっちぎりの一位の得票数を手にしたため魔王になった。しかし、後者のイザベラの場合は現魔王を倒さないと魔王の名を継ぐことができないのである。
「六死天グリメモワールでも無理なんじゃないかな?」
「……ソーちゃんはもう少し自分の配下の異常性に気付いたほうがいいよ?」
イザベラの呆れたような言葉にもソロティスは首を傾げるだけだった。
実際のところで言えばソロティスの城にいる六死天グリメモワールは各々が魔王を名乗っても問題ないレベルなのだが何より六死天グリメモワール自体に魔王なんてやりたくないという風潮が漂っている。
なによりもソロティスが大好きなソロティス魔王軍。そんな彼らが敬愛すべき魔王様を放って出て行くことは皆無であろう。
余談だが、魔王城に勤めるランクAのモンスターならば他の魔王城では幹部クラス、この城で言う六死天グリメモワールクラスの待遇で迎え入れられる。
つまり、魔王軍は異常な程に質が高いのだ。その気になれば異世界を侵略尽くせる程に。
「私のとこの臣下なんてあれよ?」
イザベラがため息をつきながら指差した先にはペタペタと足音を立てながらやってきたペルギンの姿が見えた。さきほどは蹴りをくらい血を吐いていたのにも関わらずそれを微塵も感じさせない位のしっかりとした足取りだった。
「ふむ、私がどうかしましたかな?」
自分が注目されていることに気付いたペルギンが首を傾げながらイザベラの横に座る。それをイザベラは嫌そうに見ていた。
「あなた、よく平然と私の横に座れるね?」
「これは否ことを。主を守るのは臣下の役目ですので」
「へぇ……」
イザベラの冷たい声がフロアに響く。そして同時に重苦しい魔力がイザベラの体から吹き出し、フロアを見たし始めた。
お茶を持ってきたメイドが魔力に当てられガタガタと震えていたのをワインが見つけ、お茶を受け取ると退室を促した。マリアベルジュは警戒をしながらもいつも通りであり、キルルはニヤニヤと意地の悪い笑顔で眺めていた。
「ハッ! 油揚げ!」
床で鼻提灯を作っていた桜は魔力で鼻提灯が壊れた表紙に飛び起きヨダレを拭っていた。しかし、また床に寝そべるとスヤスヤと眠り始めていた。
そして正面のソロティスはというと
「うぎゅぅ」
うめき声をあげ魔力に当てられぐったりとしていた。
それに気付いたイザベラが慌てて放っていた魔力を抑えると周囲に満ちていた圧迫感は消え、さらには魔力も霧散していく。
「ソーちゃん! 大丈夫⁉︎」
ソロティスとの間にあるテーブルを乗り越えイザベラは近づき肩を揺するがソロティスは無反応。完全に気絶していた。
「イザベラ様、準魔王とはいえ子供ですなぁ」
バカにしたような声を出すペルギンの言葉にイザベラの額に青筋が浮かび上がる。ゆっくりとした動作で振り返った彼女を見たペルギンは一筋の冷や汗を流した。
「どの口が言うの! それ!」
イザベラの大声と共に彼女の全身に赤い雷が纏わり付く。
危険度が上がったことを確認した六死天グリメモワールは一歩後退。ワインが気絶したソロティスを抱える。
「ペルギン、あなたが私を馬車に乗せずに出たことが一番の問題でしょう!」
怒りと共に放たれ続ける赤雷が空気を焦がしなんとも言えない臭いを周囲に漂わせる。
「ふむ、覚えがございませんな」
「準備がまだだから待ってって言ったわよ?」
「全ては秘書がやりました!」
「その秘書役はあなたでしょうがぁぁぁぁぁぁ!」
雷がペルギンを貫き、轟音と共にソファを跡形もなく消し去った。
しかし、ペルギンはケロリとした表情で存在しておりその無傷な様子がイザベラの怒りに油を注ぐのだ。
「イザベラ様、落ち着いてください。確かに私にも非があったと言えるでしょう」
「むしろペルギンさんにしか非はありませんよね?」
マリアベルジュが小さく突っ込むがペルギンは無視した。
「そうですね。比率で言うと九対一位の比率でしょうか?」
「……一応聞くけどどっちが九かな?」
「それはもちろんイザベラ様でゲェ!」
やれやれと言った様子で告げたペルギンが首らしきところを掴まれ宙に浮く。
「ペルギン、あなたも一度一人で異界渡りをして見たらどうかしら?」
冷え付いた眼を向けながら首を掴む腕に徐々に力を入れていくイザベラ。ペルギンは必死にもがいているが腕に籠められた力は微塵も揺るがない。
「あなたにわかるかしら? 馬車に乗らずに異界を走って渡る気分が…… 他の魔人達から「ねえ、あの人なんで走ってるの? 馬車に乗らないの?」「見てはいけません。きっとお金がないんですよ」って言われる気分がわかるぅ⁉︎」
「グェ……グェ……」
『うわぁ……』
か弱い声を出すペルギンだったが雷も放たれているため一方的に攻撃を受けていた。
しかし、六死天の面々は攻撃を受けているペルギンより一人で異界渡りをさせられたイザベラへ同情の眼差しを送っていた。
異界渡り
文字通り異なる世界を渡ることである。普通のモンスターなら行うことのできないことだが膨大な魔力を有するモンスターならば可能だ。
ただ、移動する際に異界を通るためその際に馬車などの移動用乗り物に乗っていないとお金がない貧乏人と思われることが多いのだ。
どうやらイザベラは準魔王であるにも関わらず貧乏人と烙印を押されたことに腑が煮えくり返っているようだった。
「なにか言い残すことはあるかしらペルギン。死ぬまでは覚えておいてあげるわ」
「グェ……」
首を締められまともに呼吸ができていないペルギンは顔を真っ青にしながらもくちびるを動かしていた。
「なに? 聞こえない」
イザベラが声を聞き取ろうと顔を近づけた瞬間、
「グェェェェェェェェェ!」
咆哮が響き渡った。
六死天の面々も耳を塞ぐ。しかし、至近距離でペルギンの咆哮を受けたイザベラは軽くよろめき、首を掴んでいた腕の力を僅かに緩めた。瞬間、ペルギンの瞳が光り、イザベラの腕に蹴りを放つと自由になった体を回転さしながら着地。イザベラから逃げるべく魔王城入り口に向かって走り始めた。
「あ、この!」
ふらつきながらも走り去るペルギンを睨みつけるイザベラだったが見た目にそぐわないほどの機敏な動きを見せるペルギンは見る見る小さくなっていっていた。
「イザベラ様、世の中には逃げるが勝ちという至言がございますゆえ!」
クエックエッと高笑いのように叫びながらペルギンは走り去っていった。その様子をイザベラは悔しそうに見ていた。
「くそ! あいつ逃げ足と防御力、あと回復力だけは無駄に高いからなぁ!」
イザベラの攻撃では捕まえることはできても殺すことができないのだ。
「狼藉者は逃がす気はありません。桜」
「みゅ?」
マリアベルジュの声かけに眼を擦りながら桜が起き上がる。ペルギンの咆哮の中でも熟睡していたようだ。
「お昼ご飯?」
「そうですね。お昼ご飯です。しかし、食材が逃亡しました。捕まえてきてくれませんか」
頭の中で食材+逃亡=昼ご飯がなくなる! という図式が一瞬にして完成したのか桜の瞳に普段は見えないヤル気という炎が宿ったような気がした。
「ごはんのためにがんばる!」
頑張る宣言と同時に桜の姿が消える。そして入口のほうから破壊音が響き始めたのを確認したマリアベルジュは手を叩く。
「食材は桜が捕まえますので私達は他の準備をしましょう」
『鍋でどうでござろうか?』
「いいですね。イザベラ様もペンギン鍋でよろしいでしょうか?」
「え⁉︎ あ、うん、いいよ?」
仮にも自分の臣下、しかも逃げ足だけはピカイチの臣下を捕らえれる前提で進んでいく話にイザベラは脂汗を流す。
(相変わらず規格外だわ。ペルギン死ぬかな)
「こたつ、こたつを出そう」
異次元こら取り出したこたつを組み立てるキルル。
『コルデリアに捌いてもらうでござる』
すでに食材を準備し終わり捌く人を呼びにいくワイン。
「む、味醂と醤油をあと少し……」
土鍋に出汁を準備し、やたらと細かい味付けをし始めているマリアベルジュ。
そんな六死天を見ながらイザベラは確信する。
(ペルギン、死んだかな)
その数秒後、さらなる破壊音と死ぬ間際の叫び声が魔王城内に響いた。
鍋の時期ですね




