魔王さまの仕事。まずは挨拶をしましょう
12時に更新するといいました
あれはうそです
魔王の仕事は謁見の間での挨拶から始まる。
魔王城には謁見の間、そして謁見広間という二つの謁見の場がある。そのどちらにも玉座があり二つとも使っていることがうかがえる。
前者の謁見の間というのは高位の者、言わばゔぃっぷと呼ばれる者たちとの会談、もしくは謁見する場である。
では後者の謁見広間とはなにかと疑問に思う者もいるであろう。
答えは簡単、謁見広間は下位な者たちと謁見する場なのだ。
さて、それがどういう場であるかを覗いて見るとしよう。
「皆の者! 魔王さまが姿をお見せになる! 頭を下げよ!」
マリアベルジュが手をかざしながら声を上げる。
『ハハァーーーーーー!』
途端、朝から魔王を一目みようと数百倍という倍率の謁見の広間に入るためのクジで通称『謁見クジで』当たり(ハズレを引いた者は謁見広場に入れず城の警備の仕事を押し付けられる)を引いた幸運を持つ猛者が一斉に頭を下げる。その瞬間一時的に魔王城が小さく揺れた。頭を勢い良くぶつけた者が多数いたのか床からピシリと嫌な音が聞こえる場所がいくつかあったがマリアベルジュは気にしない。
視界に入るモンスターが頭を下げている事に満足気に見渡すと、マリアベルジュも静かに膝をつき頭を下げる。
「魔王様こちらに」
頭を下げたマリアベルジュが静かに告げるとオドオドとした様子の真紅の髪の少年が現れた。見るからに挙動不審、視線は定まらずに見るものが見れば完全にパニックを起こしていることがわかるだろう。
「アワアワワワワワ……」
フラフラとしながらも玉座が設置されている方へと向かう最中、頭を下げているため眼で見ることはできないがモンスター達は手を汗で湿らせていた。
なんとも言えない圧力が謁見広場を覆っているのだ。
発生源はマリアベルジュである。
魔王以外の全てに対し『不敬を働けば殺す』と言わんばかりの圧力をかけ続けついるのだ。
魔王はヨロヨロとしながらも玉座にたどり着くと座り込むかのように玉座にもたれ掛かった 。
そしてノロノロとした動きで玉座に座った時にはすでに精神力を使い切ったのか完全に疲れ切っていた。
「魔王様、なにか御言葉をおかけください」
「あ、そうだ。お、面を上げよ!」
マリアベルジュに言われようやくここに座るのが目的ではなかったことを思い出した魔王は今だに頭を下げる者達に声をかけた。
途端、一斉に頭が上げられたからか広場の空気が唸る。
「アワアワワワワワ!」
上げられた顔を見て再びパニック状態に陥る魔王。
彼はモンスターの王であるにも関わらず怖いものなどが大の苦手なのだ。
今の彼にとって謁見広場は配下のモンスターだらけなのである。
「魔王様、大丈夫ですか」
「ダイジョウブダイジョウブ」
すでに思考が停止しかけていた魔王を放っておき、先ほどまで頭を下げていたモンスターの方を見て見るとそちはらは魔王の方を睨みつけるように見ていた。いや、睨みつけるというのは語弊があるだろう。
彼らは普通に見ているだけなのである。モンスターだからこそ普通の目つきが睨みつけているような鋭い眼差しに見えるのだ。その証拠に、「おお、魔王さま」「愛らしい」「庇護欲がそそられる!」「彼の方のためなら、俺死ねるわ」などとモンスター達に恐怖心を抱いている魔王そっちのけで好感度は一方的にだだ上がりである。
そんな事が起こっていることなど知らずに突然ザワザワし始めた謁見広場を一段高いところから見ていた魔王のパニック度数はついに限界を迎える。
人は許容量を超えるパニックに直面すると開き直るか冷静になるかの者が多いが魔王は前者であったようだ。
玉座から立ち上がり、息を大きく吸い込み、
「しぃぃずぅまぁぁぁりゃぁ…… い、いひゃい」
盛大に舌を噛み、口を押さえうずくまった。
『ウオォォォォォォ!』
瞬間、謁見広場が歓声のような音が響く。
(魔王様が噛んだ! 大丈…… いや、可愛い!)
全員の心が一つになった!
「ま、魔王様!」
思いがけず泣き言を上げた魔王に対し、マリアベルジュは悲鳴を上げる。そして敬愛する魔王の元にモンスター達も動こうとしたが、動けない。
動こうとしたモンスターに向けられるのは殺意。動いたら殺すというマリアベルジュの警告のごとく殺意だ。
「だ、だいじょうぶ、だいじょうぶだから」
「あああああ⁉︎ 魔王様! 魔王様の美しい顔に傷が! キルル! キルル!」
魔王に近づき、口元に軽く血が付いていることを確認したマリアベルジュは絶叫。
マリアベルジュの感情暴発で吹き荒れ始めた魔力の暴風が最前列で様子を伺っていたモンスター達を理不尽にも吹き飛ばした。
「はいはい、なぁにマリリン」
そんな危険地帯になにも問題がないかのように入って来たのはマリアベルジュとは別の意味での青色を基調としたメイド服を纏った美少女だ。ただし、美少女の前に『機械的な』と付くだろうが。
キルルは魔力で動く魔導人形だからだ。しかも極めて人間にそっくりに作られただ。
よく観察し、体の至る所に埋め込まれている魔導石を見つけなければ気づかない者の方が多いであろう。それほどにキルルは人間にそっくりに作られていた。
「キルル! 魔王様のご尊顔に傷が! 早く! 早く! 完全治癒薬を!」
「いや、それくらいの傷なら放っておいても……わかったからそんな殺気向けないで。完全治癒薬ならこの前ファンファンニールが風呂上がりに『この一本が人生の醍醐味デスね』とかいいながら腰に手を当てて飲んでたよー」
「あのスケルトン! 在庫の減りが最近早いと思っていたら風呂上がりに飲んでたのですか! しかもたかだか骨の分際で完全治癒薬を!」
更なる怒りによって吹き荒れる魔力の暴風が謁見広場の壁を削る。
「こうなっては仕方ありません。魔王様の傷が悪化する前になんとかしなければ! 確か人間界のどこかの国のバカ王が国庫の大半を使って完全治癒薬を入手していましたね」
「あー、この前の六死天会議でそんな報告があったね。タピタピだっけ?」
完全治癒薬は飲んだ者の傷などを癒すだけではなく老化の停止など、不死ではないが限りなく不死に近づけると言われる霊薬のためどれだけお金を積んでも欲しいという者は後を立たないのである。
「私は魔王様のためならば手段は選びません!」
何かを覚悟を決めたかのようなマリアベルジュがスッと立ち上がり魔王を心配する配下のモンスター達に振り返る。
「魔王様の負傷よ! 今すぐ人間界のタピタピに攻め込んで完全治癒薬奪ってくるのよ!」
『……』
それだけで人間界の国を滅ぼすのはどうだろうと誰もが、顔を見合わせる。
そんな躊躇を見せるモンスター達に苛立ちの表情を見せ今だ口元を抑える魔王の両脇を掴み、モンスターに見えるように掲げる。
「ま、マリア?」
突然、掲げられ怖いもの達の前に出された魔王は恐怖に震えていた。
目元には涙を浮かべている。
「痛さで涙が止まらない魔王様になにかして上げようと思わないのですか?」
その言葉に魔王軍全員の身体に電撃の如く衝撃が走る。
『ならばしかたない! 魔王様のためにタピタピとやらには滅びてもらおうか!』
バタバタと音を荒げながら謁見広場にいる魔王軍全員が隣国へ向かうべく出口を目指す。
皆、魔王様、ラヴなのだ。
「みなさん、魔王様のためなら死地にも向かうでしょうね。よい忠誠心です」
「あ、あのマリア、いい加減おろして欲しいんだけど」
怖い物がいなくなったことで
マリアベルジュに掲げられた魔王がバタバタと暴れているが抱えるマリアベルジュの腕は微動だに揺れない。マリアベルジュは魔王をゆっくりと降ろすと魔王の体を回し、自分対面するようにした。
「そんな⁉︎ 魔王様は私が嫌いですか⁉︎」
「いや、そんなことないけど……」
「私のなにが嫌なんですか⁉︎ 胸ですか! ぺったんこだからです⁉︎ 抉れているからです⁉︎ キルルのような美乳がいいのですか!」
「ふふん、キルルの胸は抉れて無いよ。むしろ機械だからまおーさまのお好みのバストに付け替え可」
「き、キルル! 余計な事を言うな! マリア! あと痛いからな!」
勝ち誇ったかのような表情を浮かべるキルル。そしてそれを見たマリアベルジュは無意識に、だが、切迫した表情で魔王を抱きしめるマリアベルジュ。抱きしめられた魔王の眼前にわずかな胸の膨らみが当てらるが今の魔王にその感触を味わう余裕はない。
マリアベルジュが魔王の体に抱きしめるために回した腕に徐々に魔族離れした力が込められていることに気づかない。
「マリリン、そのままだとまおーさま死んじゃうよ?」
キルルが愉快そうに笑いながら顔色が悪くなりつつある魔王を指差す。それと同時に人体で鳴ってはいけないような音が魔王の身体から聞こえ始める。
「ま、マリア、死ぬ、僕の体がヤバ……」
抱きしめられる形で体に凄まじい圧力をかけられ続ける魔王は口から吐血。流れ出た血が床とマリアベルジュのメイド服を真紅に染め上げ、流れ出た血の量が体の損傷がかなり酷いということを教えてくれる。
魔王と言えども血を流すのだ。
「ま、魔王様! し、死んじゃだめです! ぼっちゃん!」
その光景をゲラゲラと腹を抱え笑い一切助けるつもりがないキルルと自分が魔王の命の灯火を消そうとしていることに気が付かない盲目的な駄メイドが残され、マリアベルジュの悲鳴だけが謁見広場に響き渡るのだった。
その三時間後、配下のモンスター達が人間界の国タピタピを叩き潰し、完全治癒薬を持ち帰ってくるまでわたわたした駄メイドと笑い続けるキルルに放置された虫の息となっていた魔王に配下のモンスターが完全治癒薬をかけられ急死に一生を得たのであった。
腐っても? 魔王。ギリギリ死なないところで生きていたのであった。
後に彼は語る。
「悪意のある悪意もたちが悪いけど、悪意がない悪意はたちが悪いよ」
「どんまい、まおーさま」
「全く、魔王様に怪我を負わすとは不敬な輩がいたものです」
「お前らだからな! 不敬な輩は!」
こうして魔王の仕事は死と隣り合わせで始まっていくのであった。
朝の挨拶は大事です。特に女性には。
抉れてるとか言ってはだめです。
冗談でも死に直結します