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婚約者来たる! その時魔王さまは!

 次の日。

 ソロティスにとっては新たなトラウマを作ってしまうかもしれない日だが魔王城は慌ただしかった。

 異界の魔王の娘とはいえ、準魔王。しかも我が敬愛する魔王さまの婚約者ということもあって魔王城勤めのモンスター達の気合の入り用がいつもとまるで違うものであったからだ。

 そんな慌ただしさの中、マリアベルジュは魔王ソロティスの私室の前でため息をついていた。


「魔王様、いい加減腹を括ってでて来られては?」


 閉じられた扉に向かいマリアベルジュは話しかける。

 しばらくすると部屋の中から何かが動く気配がする。


「た、体調が悪いんだ。すこぶる悪い。イーちゃんが来なかったら治るかもしれない」

「魔王たる者が体調不良を言い訳にしないでください」


 再び大きくため息をつくマリアベルジュ。ソロティスは昨日イザベラが来るとわかってからずっとこの調子だった。なんとかしてイザベラに合わずに済まそうとしているのだがはっきり言って無駄な努力である。

 特に六死天グリメモワール筆頭であるマリアベルジュの前では。


「さっさと開けて準備をしないと大変なことが起こりますよ?」

「……今まさに大変な僕に怖いものはない」

「詳しく言うと桜とキルルに夜這いの許可をだします」

「さぁ! イーちゃんを出迎えに行こうじゃないか!」


 マリアベルジュが踵を返し、桜とキルルに伝えに行こうとした瞬間、大きな音を立てながら天の岩戸のごとく閉じられていたソロティス私室の扉が開け放たれた。

 その顔にはダラダラと脂汗を流していた。


「……そこまで夜這いが嫌ですか?」


 マリアベルジュは怪訝な表情を浮かべ首を傾げた。


「キルルは目玉をヨダレを垂らしながら取りにくるし、桜は悪気はないんだろうけど抱き枕感覚で僕の体を抱きしめて骨を砕いてくるんだ……」


 疲れたような笑みを浮かべるソロティスに流石にマリアベルジュもなにも言えなくなった。


「……わかりました。彼女達には夜伽の意味をしっかりと教えておきます。ええ、これが性教育ならぬ聖教育なんですね!」

「ごめん、マリア。なに言ってるかわからないよ」


 突如としてテンションを跳ね上げるマリアベルジュに若干引きながらソロティスは答える。しかし、マリアベルジュはそんな言葉が耳に届かないのか続ける。


「そうですよ! 坊ちゃんもいわばお年頃! そう言ったことに興味を持ってもおかしくないわけですよね!」

「待って、話の方向性がおかしいよ?」


 徐々に立ち込める不穏な会話の流れにソロティスも不安を感じ始めていた。


「桜には保険体育の授業を重点的に教えて行きましょう。あとはトドメとしてお酒を飲んだことがなかったはずですから発情期に合わせて飲ませて坊ちゃんの部屋に放り込めば完璧ですね」

「ねえ! なんの話してるの⁉︎」

「キルルは、まぁ、ドクターに倫理回路を一時的に切ってもらえば大丈夫でしょう」

「待って! それはなんとなくやばい気がするよ⁉︎ 今でもキルルはギリギリで僕の手に余るのにさらに倫理とか外すの⁉︎ 僕死ぬよ!」

「となるとこの計画のためには坊ちゃんには精のつく食べ物を食していただかなくてはいけませんね! こうしてはいられません!」

「やめてぇぇぇぇ!」


 一人自己完結したマリアベルジュは が踵を返し廊下を駆け出そうとした瞬間、ソロティスがその背後からマリアベルジュの腰に抱きつくように止めに入った。


「坊ちゃん! わた、私にその獣欲をぶつけようと!」

「違うよ! 人の話を聞いてよマリア!」

「残念ですが坊ちゃん、私のハッピーウェディングロード計画にはまだ坊ちゃんとの初夜は記入されていないのです。ま、まぁ、坊ちゃんが望むのであれば前倒しにしても問題はないのですが」


 ポッと頬を赤らめソロティスが掴まる腰をクネクネとマリアベルジュは動かす。


「いや、違うよ! というかなんだよその不吉な計画! どう聞いても僕にはハッピーな要素がないじゃないか!」

「ちなみにハッピーウェディングロード計画は人間界単位でいうも六法全書七冊分くらいの企画書になりますよ?」

「分厚すぎぃぃ⁉︎ しかも企画書⁉︎」

「台本も作りました!」

「怖いよ! マリア」


 相変わらず常識を逸している自分の臣下にソロティスはちょっぴり涙を流した。そういった表情が一部のモンスター達、というかMKMの連中が阿鼻叫喚するほど受けていることなど知りもせずするから余計に自分の首を絞めているのだがそんなことはソロティスに分かるはずもなかった。

 余談ではあるがマリアベルジュ企画のハッピーウェディングロード計画の企画書はマリアベルジュね私室に厳重に隠されており、マリアベルジュ以外が見ようとするとその系統のモンスターが絶滅するまで呪うような魔法がかけられている。


「まぁ、冗談はこれ位にしてそろそろ行きますよ。魔王様」

「……どう聞いても冗談には聞こえなかったけど話を聞いてくれて嬉しいよマリア」


 げんなりとした様子でマリアベルジュの後に続くソロティス。すでにイザベラと会う前から精神的に参っていた。


「しかし、魔王様。今から参っているようでは本葉がつらいでよ?」

「わかってるよ。はぁ、イーちゃんの話もまた長いんだろうなぁ」

「いえ、イザベラ様のことではなくハッピーウェディングロード計画です」

「あ、そっち⁉︎」


 どこまで本気かわからないマリアベルジュと話をしながら謁見の間までくるとすでに配下のモンスター達が掃除をしたのかいつも綺麗な謁見の間が今日は魔王城らしくないくらい清潔感漂う空間になっていた。それとなく飾られている花もまたここが魔王城だとは思わせないような光景に磨きをかけていた。


魔王軍(うちの連中)って無駄にスキル高いよね」


 光り輝く部屋を見回しながらソロティスはなんとなくため息をついた。


「そうですね。魔王軍をやめても食べていけるようなスキルを持ったモンスターが多いですし」


 ソロティスの言葉に同意しながらマリアベルジュは身近な窓に近づくと窓の淵を指でスーとなぞっていた。忌々しげに舌打ちをしているあたり埃一つ指につかなかったようだ。


「ソーちゃん、おはよう」

 ガシャガシャ


 声のする方にソロティスが視線を向けると謁見の間の入り口にいつも通りの巫女服に眠そうにしている桜と紅い鎧のワインが中に入ってくるところだった。

 ソロティスはその二人を見て首を傾げた。


「おはよう二人とも、コルデリアがいないのは珍しいね」


 コルデリアは行事ごとには実はマリアベルジュ並みにうるさい。吸血鬼の神祖として恥をかかないよう行動しているのだがその彼女がこういった行事の前に姿を見せなかったことはいまだソロティスは見たことがなかったからだ。


『コルデリアは今日のイザベラ様の訪問には参加できないでごさる』

「ええ! 参加できないって体調でも崩したの⁉︎」


 マジックボードに書かれた文字を見てソロティスは心配そうな表情を浮かべる。


「違うよう、ソーちゃん。コルデリアさんは吸血鬼だからキラキラした空間が苦手なんだよ」


 ソロティスの心配に対し桜は欠伸を噛み締めながら答えた。


「魔王様、コルデリアは吸血鬼の神祖ですが、弱点を克服したわけではありません。ですから彼女のフロアは薄暗くしてますし、今のこの清潔感有り余る魔王城らしくない感じではコルデリアは歩くだけで常にダメージを負うのでしょう」

「歩くだけでダメージ……」


 そう呟き、やたらと光り輝き、自分の顔が映るほどに磨き上げられた床を眺める。

 神聖魔法でもかかっているかと思うほどの輝きだった。


「うん、まぁ、コルデリアは仕方ないね。だったらファンファンニールは?」


 ファンファンニールに名を出した瞬間、桜がムスとした顔をし背後のの尻尾もなぜか怒ったかのように逆立った。


「ん? 桜どうしたの」

「べっつにー」


 不機嫌な理由がわからないソロティスはマリアベルジュに視線を向けると彼女は苦笑。ワインのほうを向くとなにやらマジックボードに書き込んでいた。


『ファンファンニールは桜に文字通り粉砕されているので今は静養中でござるな』

「あー」


 そう言われ、殲滅天使パリリンが以前来てくれたことを思い出したソロティス。

 途中から桜が悲鳴を上げながらファンファンニールを尻尾で殴打していたような気がするがあの日は最後のほうの記憶は曖昧なのだ。

 でも静養中なら仕方ないかぁ〜と大らかな心でソロティスは了承した。


「そうなるとあとはキルルだけど……」


 言葉の途中で魔王城が小さく揺れる。謁見の間にいる全員が怪訝な顔、そして嫌な予感が頭によぎった。

 それを肯定するかのように慌てた様子で魔王城勤めのモンスターが謁見の間に駆け込んで来た。


「失礼します!」

「何事です?」


 嫌な予感を感じながらもマリアベルジュは質問する。モンスターは恐縮したように礼をとり頭を下げると膝を付く。


「はっ! 朝方より六死天グリメモワールマリアベルジュ様の言いつけ通りに魔王城全体の掃除を行っていたのですが六死天グリメモワールキルル様の部屋の前を掃除していたところ『うるさくて眠れない!』という御言葉とともに現在暴れられていまして……」


 報告にきたモンスター、ソロティス以外の六死天グリメモワールの面々にはまたあいつか、と言わんばかりの諦観の色が浮かぶ。


「ねてるのを起こされたら不機嫌になるよね」


 ソロティスだけが一人的外れなことを言いながらうんうんと頷いている。


「キルルは殺戮人形ですから睡眠はいらないはずなんですが」


 頭を抱えたマリアベルジュだったがすぐに思考を切り替える。


「ワイン、あなたキルルを止めてきてもらってもいいですか」

『それは構わないでござるがおそらくかなりの被害がでると思うのだが?』

「それは承知ですが、桜を行かすとそれ以上の被害がでそうですので」『……承知した(=゜ω゜)ノ』


 ガシャガシャと鎧を鳴らしながらワインが報告をしにきたモンスターと共に退室。

 それを確認した後にマリアベルジュは胸元から懐中時計を取り出し時間を確認する。


「そろそろ時間です。魔王様、桜、行きますよ」

『はーい』


 桜とソロティスが返事をし魔王城入り口へと向かう。その途中で何度か魔王城が揺れ、その度に掃除、飾り付けをしていたモンスター達が悲鳴を上げていた。


今回の魔王さまに自由はないぞ☆

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