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かぐや姫には幻滅だっ!  作者: ロザリオ
【第1章】 かぐや姫との出合い
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かぐや姫には――

 玄関の外に出ると、思いのほか月が明るかった。

 いつもなら見とれるような満月も、さっきの話の後だとまるで皮肉られているようでいい気分はしない。

 とは言っても月明かりがあるのは人を探すに好都合なので、まずは辺りを見回してみる。


 だがそれらしい影は見当たらない。

 全く当てがないのでとりあえず学校から帰ってきた道をたどることにした。


 冷たい夜風に肌を痛めながらしばらく道を行く。

 すると思いのほか月詠は遠くまで行っていなかったようで、案外簡単に見つけることができた。

 空き地に挟まれた道の真ん中に月詠がポツンと立っている。早いところ月詠に謝ってさっさと家に帰ろう。


 無意識のうちに足音を忍ばせてはいたが、一歩また一歩と月詠の背中に近づいて行く。



 ある程度近いところまで来た。

 そして思い切って月詠に声をかけようとした瞬間、


「なんだよっ、これ」


 スポットライトのような光が目の前のアスファルトを照らす。

 明らかに月のそれとは違う光の円が、月詠を中心にして道いっぱいに広がっていく。

 その円周上には見たこともない文字が刻まれていき、まるで結界のようなものが黒いアスファルトに浮かび上がった。


「やっと見つけましたぞ。第10代かぐや姫」


 聞きなれない声が夜の冷たい空気を伝わって不気味に響く。

 気温とはまた別の寒さに背筋がぞっとする。


「あんたも暇人ね。わざわざ地球まで来るなんて」


 見ると月詠が空に向かって何か話していた。


 その方向に目をやると、やはり月詠の会話相手は空ではないと分かった。

 建物三階くらいの高さ。

 明らかに水以上の密度をもった小さな雲がふわふわ浮いていた。

 雲の上にある光をまとった塊は――よく見ると人間のようだった。


「……うそ、だよな」

「おや、あなたは。どちら様でしょうか?」


 上空の相手に声をかけられて初めて、驚きのあまり声が漏れていたことを悟った。

 どうやらあの男の方も俺自身の事はしらないようだが、

 ――おい月詠、お前まで「あんた誰?」みたいな顔するな。


「一般の人間に察知されないよう疎外魔法を張っていたはずですが……。

 まぁいいでしょう、どちらにせよその壁は破れないはずです。

 私の仕事が片付いた後からあなたの処分を検討しましょう」


「道理でやたらと静かだったわけね、もっと早く気付くべきだったわ。

 でも予定より早いじゃない? フライングよ」

 

 魔法。光の壁。仕事。

 何一つ分からない。

 ていうかむしろ、わかる方がおかしいのだろう。


 だが、未だ状況がつかめていない俺を取り残して月詠と男の会話は続く。 


「わざわざこちらまで来て差し上げたのです。そのくらいの誤差は目をつむってください。

 それより準備はできているのでしょうね?」

「準備はまだ、だけど」


 放課後に初めて知った月詠の素顔は何にも臆することのない勝気な少女だった。

 だが今はその顔に、微かだが焦りと不安がにじんでいる。

 

「これはこれは。では、覚悟はできていると?」


 そう言って男は表情を変えた。

 まるで処分するごみに向けるような冷たい視線を月詠に向けている。

 ヒーロー特撮ものでよく目にした典型的な悪者の目だ。


「あたしは絶対にあきらめない、から……」


 それでも月詠の返事は強がっていてとげとげしい。

 だがその声は寒さではない何かに震えていて弱々しく今にも消えてしまいそうだ。

 俺にとって空想のようなこの状況が月詠にとってはまぎれもない現実なのだと、その震える背中が語っていた。


 「今頼れるのはあんたしかいない」


 不意にかぐや姫の言葉が脳裏によみがえる。

 思えばあの時のかぐや姫は本当に必死だった。

 なのにいつの間にか夢を諦めていた俺は、つまらない常識のままにそんな女の子の気持ちを踏みにじった。

 今朝だって夢見ていたはずなのに。


 だけどもしあの夢が叶うなら、一度捨てたものをもう一度拾うのもいいかもしれない。


「待ってろかぐや姫! いまそっちに行くからっ」


 きっとこれが俺に与えられた最後のチャンスだ。

 夢にまで見たかぐや姫を助けたい。

 その一心で大地を強く蹴りとばし、体を前に突き動かす。


 同時に胸の奥からこみ上げてくる何かが喉元で言葉となって、無意識のうちに俺は叫んでいた。


「やっと分かった! お前はあの時、俺にっ――!」


「コンビニでおにぎり買ってきて。って言おうとしたの」 


 うおおおおおおおっ!?

 猛烈に違うっ!

 俺の予想してた答えと全然違うっ!


 だが時すでに遅し。弾丸のように飛び出していた俺の体はブレーキをかけることさえままならない。

 次の瞬間、視界が光輝く黄色い壁でいっぱいになる。

 壁への激突を覚悟した俺はとっさに両腕を組んで顔を守りながら目をつぶった。

 その直後! 体中を激しい痛みが――、


「あれ。……なんともない」


 予期した前方からの抵抗は全く感じられなかった。

 バランスを崩しながらもなんとか立ち止まり目を開けると、どうやら俺はすでに光の壁に囲まれた結界の中にいるらしかった。

 もちろん体へのダメージは皆無だが、むしろさっきから立て続けに予想が裏切られて心のほうが痛む。


「そんなばかなっ!」


 上空から驚愕の声が響く。

 俺だってあんなに自信満々に強度が誇られていた壁だから、ヒビが入れば上等だと思っていた。

 それが体への衝撃もほとんどなくこんなに易々と破れてしまったのだ。

 壊した本人ですら予想できなかったんだから、あの人が驚くのも無理はない。


「かぐや姫様はあの者をパシリに使おうとしたのですか!」

 

 え、そっち?

 まさかの反応に驚きつつも、よく見ると月の使者とか言う男の人差し指はかぐや姫の方へ向けられていた。

 

「うん、最初はね。

 でもコイツ何も分かってないみたいだったから自分で買いに行こうと思ったの」


 失礼な! 俺だってコンビニでおにぎりを買うくらいのことはできる。

 ていうか、帰りにコンビニに寄ったはずだが?


「確かに。その者の様子では、

 『夜7時以降の半額シールがつけられた残り物のおにぎりを買ってくる』なんてできそうにないですな」


 心の底から納得したように深くうなずかれるとけっこうな精神的ダメージがあるが、ぐっとこらえる。

 なるほど。道理であの時のおにぎりには目もくれなかったわけだ。

 

 そもそも「おにぎり買ってこい」だけでそんなに高度な注文が含まれているとはだれも思わないだろう。

 あとちなみに言っておくが、半額シールがつけられるのはコンビニではなくスーパーの方だ。


「では課題のうち、おにぎり(夜7時以降の半額シールがつけられたものに限る)を買ってくるのは失敗ということでよろしいですね?」

「仕方がないし、それで構わないわ」


 さっきの一触即発の状況が単に俺の思い込みだったとなんとなく分かってくると、急に頭が冷えてきた。

 なにやら確認段階に入ったようで、二人の中では話が徐々に結論に近づいているようだが、


「まてよ! 何なんだよこれっ」


 そもそもこの状況、物理法則や『俺』などいろいろなものが無視されている。

 まったくもって無茶苦茶だ。


「はっ、あなたいつの間に結界を!」


 ひとつ分かったこと。

 案外、ていうか極度に月の人間は鈍い。

 気づかないのなら、せめて音が鳴る仕様とかなかったのだろうか。


「ほんとだ。あんたいつの間にこんな近くまで……」


 こちらも目を丸くして独り言のように呟いているが、なんですぐ近くにいたお前も気づいてないんだっ!


「……しかし、あの結界を通り抜けたということは、その者が今回の保護人だということですな」


「そうよ。ちゃんと期限までに保護人と接触できたでしょ?」


 するとつまり、今日中に保護人と出会っておくこともかぐや姫に課せられた課題だったということか?

 あと二人の会話からして俺が保護人だということはまず確定事項らしい。 ――本人に自覚はないんだがな。


「しかし、ちと気になることがございます。お見受けしたところその者は先代の保護人からの引き継ぎが不十分だったご様子。……本当にその者と話はまとまっておるのですか?」


 男の目つきが相手の心を探るかのように鋭く変化し、わずかながらもかぐや姫の背筋が伸びる。

 それにしても、この男が態度を改めるとそれまでの間の抜けた空気が一瞬にして緊迫したものに変わる。

 ここは慎重に返答した方がいいのだろうが、逆にこの状況はチャンスでもある。自分がまだ何も把握できていないことを告白して、なるべく面倒なことに巻き込まれないように手を打っておくなら今だ。


「いやぁ、それが俺はまだ何も――」

「(お願いだから今は黙っててっ!)」

「え? どういう――グバァッ!」


 瞬間、かぐや姫の繰り出した拳が確実に俺の鳩尾に突き刺さる。

 その衝撃は想像をはるかに超えていて、痛みに耐えられず力なくその場に倒れこんでしまう。

 武力を行使した時点でお願いじゃねぇだろ!


「おや、どうしましたか?」

「何でもないわ、ちゃんと話もつけてあるし。……ね?」


 この先どうなるかなんてことより今を生き延びることが最優先だと判断し、地面に伏しながらも残った力を振り絞って首を縦に振る。

 かぐや姫の保護人として認めてもらえれば命の保証くらいしてくれる……はずだ。


「まぁいいでしょう。では試験は継続しますが、おにぎりの罰として補助スキル、及びお助けアイテムは没収となります」

「ふん。勝手に持って行きなさい」


 そう言い終わるや否や、まるでゲームのエフェクトのようなきらきらとした光がかぐや姫を包みこんだ。

 降り注ぐ純白の月光は虹色に染まった着物を神秘的な光で照らし、これこそ宇宙の生み出した奇跡といわんばかりの美貌に思わず言葉を失ってしまう。

 そうだった。この少女こそ子供の頃に夢見た絶世の美女、かぐや姫。

 しばらくするとその光のベールはだんだんと薄れていったが、最後にそこに残ったのはさっきとなんら変わらない着物姿のかぐや姫だった。

 一体何が起こったのか。


 しかしそれを理解し終えないうちに頭上の雲は少しずつ高度を上げていく。


「さて、本番はここからですよ。次からは保護人のあなたにも責任を負ってもらいます。……ご覚悟を」


 月の使者はどこか戒めるようにそう言うと雲に乗って月夜のさらに上空へと上っていき、ついに月を覆うように流れてきたはるか彼方の雲の中にその姿を消してしまった。


 結局俺は質問の一つすらまともに答えてもらうことなく、ただ目の前の光景を眺めていただけ。

 だがこんな非常識な光景を目にしてしまった以上、かぐや姫だとか保護人だとか云々の話を全て否定する気にもなれない。

 一体これからどうしたものか見当もつかないが、まずはかぐや姫の弁明を聞いてやろうとまだ少し痛む鳩尾を抑えながら膝をついてなんとか立ちあがる。


 と、同時だった。


「……どうにかやり過ごせた、かな」



 布の擦れる音とストンという軽い音と共に、かぐや姫の体は糸の切れた操り人形のように力なく地表に吸いつけられた。

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