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かぐや姫には幻滅だっ!  作者: ロザリオ
【第1章】 かぐや姫との出合い
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我が家へ~遥かなる帰還~

 さすがは特急車両。

 そのゆったりふかふかの座席に月詠がたいそうご満悦だったことは言うまでもない。

 ほんの20分とは言えども目的地に着くまで平和な時間を過ごせた。


 もっとも、そこからが一苦労だった。


 電車の出発というタイムリミットまでに駄々をこねる月詠をなんとかホームに引きずり降ろすだけでは事は終わらない。

 改札階に移動するためエスカレーターに乗ろうとすると、「あたしになんて危険なことをさせるのか」と借金取りのような睨みをきかせて逆ギレしてくる始末である。


 仕方がなく、俺は無限に飛んでくる罵詈雑言を聞き流しつつ、ちびっこでも乗り降りしやすいエレベーターの前まで月詠を連れて行った。

 そして扉が開くと同時に月詠を半ば強引に中へ押し込み、すかさずボタンをたたき押してカゴを下の階へ向けて発進させる。


 我ながら思い切った行動に少々後ろめたさも感じつつ、沈黙すること十数秒。


 目的階に到着し扉が開かれる寸前になってようやく覚悟を決め、一体彼女はどんな形相をしているかと恐る恐るその表情を確認する。

 ところがどっこい、彼女はただ口をポカンと開けて絶句していたのだ。

 さっきの沈黙はこのためだったか。


 この予想外の状況にどうしようかと迷っていると、再び扉が閉まり始めたので、俺はあわててボタンを押してその動きをキャンセルし、そのまま月詠の手を引いて密室の外へ出た。


 ようやく我に返ったあともすっかりすねて黙りこくっている月詠。

 それはそれで人形のような可愛さがあるが、とは言っても数分前まで溌剌と騒いでいた人間が急に静かになるというのはやはり不気味だ。


「俺が悪かった。お願いだから機嫌を直してくれ」と真心をこめて2度、3度(本当に込めたのは3度目だけだったが)頭を下げる。

 その甲斐あってか、月詠は長らく閉ざしていた口をようやく開いてくれた。


「悪いと思ってるなら、連れて行ってほしいところがあるんだけど」

「連れて行ってほしい? どこだよ」


 無断で特急に乗りこんだりする月詠のことだから、どこに連れて行かされるか心底不安だった。



 だが、結果からいうと、その目的地は。


 ――いらっしゃいませぇ。


 入店時にそんな定型句と陽気なメロディーが流れてくる、どこにでもあるただのコンビニだった。


「何だ、小腹でも空いたのか?」

 

 やっぱり月詠は女の子。

 俺はてっきり、目的は小腹を満たすためのコンビニスイーツだろうと思っていたのだが、


「ううん、べつに」


 当の本人はスイーツコーナーには見向きもせず、入口突き当たりの総菜コーナーを目指していた。

 目的は……おにぎり、だろうか。


「おにぎり、食べたいのか?」

 おにぎりの商品棚を眺めている月詠に声をかける。

 これくらいならおごってやってもいいと思う。

「あたしは別にいいんだけど。でも、これじゃダメね」

 

 俺的には、コンビニが違えど売っているおにぎりに差異はないと思うが、月詠にとってはこだわりがあるのだろうか。

 さっきまで熱心に見入っていたくせに、今度は見限ったように落胆した表情を見せる月詠。


「いいわ。やっぱり先に家に帰るわ」

 そう言うと月詠はくるりと体の向きを変えて出口に直進。

 せっかくだから何か1つでも買っていこうかと思ったが、月詠が1人でどこへ行くかも知れたものではないので急いで後を追った。


 結局何も買わずに店を後にしたので、冷やかしという形になってしまった。

 レジのそばに立っている店員が一瞬ムッとした顔をしたのは見なかったことにしておこう。



 外に出ると夕方から夜に移ろうとしている空の中で、丸い月が光を得はじめていた。


「さてと、家はどっちの方角なんだ?」


 ある程度落ち着きを取り戻した月詠に尋ねる。

 このコンビニはさきほどの駅とも近く、地域のほぼ中心に位置しているので、月詠の帰る方角によっては自分の帰り道と真逆なんてこともあり得る。


「どっちって……。何であんたが分かってないのよ」


 理不尽に怒られた。

 確かに学校を出る前にざっと地図は見たのだが、あの時は異様に準備の早い月詠が急かしてくるせいで駅と地域名を確認することくらいしかできなかった。

 落ち着いたように見えて、内心ではまだ憤怒の炎が燃えているのだろうか。


 太陽もほとんど沈んでしまってかすかな光が残っている程度。

 日が暮れてしまうのも時間の問題だ。

 またこんなことで喧嘩してエレベーターの二の舞になるのはごめんだ。 


「ちゃんと確認しなかったのは悪かったよ。

 ただ何か間違いがあったら余計に時間がかかるだろ?」


「確かに。早く帰るには、ね。……じゃあはい。地図っ」


 乱暴に地図を胸に押しつけられる。

 ――どうやら手に触れるのが嫌なようだ。


 地図を受け取り、街灯の光に照らしてそれを見てみる。

 どうやらかなり古いもののようだ。

 自分がよく知ったショッピングモールや住宅街などは記されておらず、かわりに目的地の場所が赤い丸で囲まれていた。


 印し方がかなりアバウトなのだが、とにかく自分の家の近所であることは確かだった。

 これならわざわざ遠回りをして月詠を家まで送っていくという手間はかからずに済む。


「すこし急ぎましょ」


 太陽に代わっていよいよ明るくなってきた月を見た月詠が、焦るような声でそう急かす。

 詳しい住所は分からないが、昔からこの地に住んでいる祖母なら知っているかもしれないので、とりあえず祖母の待つ我が家に向かうことにした。



 そのままこれといった会話もなく歩き続けること約10分。

 いつもならとっくに家に着いているころだが、重い荷物を持った月詠が歩くペースに合わせた結果、ようやく前方に我が家が見えてきたところだ。


 我が家と言っても、実際は亡くなったじいちゃんの家に下宿しているようなもので、通う高校から近いという理由で、両親とは一緒に暮さずにばあちゃんと2人で暮らしている。

 部活に入っていないのは、ばあちゃんが1人でいる時間を短くするためでもある。


「静かなところね」


 なぜだろう。

 こいつに言われると、何もかもが悪口に聞こえる。


「まぁ確かにここら辺は都会から離れているからな」

 

 都会から離れているのは事実だ。

 だが、決して田舎だと認めるつもりはない。


「そうじゃなくて。やけに静かすぎじゃない」


 日が沈んでいて見えないかわりに、そうつぶやく声が月詠の強張った表情を連想させる。


 言われてみればそうかもしれない。

 家には明りが灯っているのできっと人はいるのだろうが、街灯にうっすら照らされるだけの通りには人が見当たらない。

 

「やっぱりお前、暗いところが苦手なんだろ」

「ち、違う! そんなわけないでしょ!」


 本格的にビクビクした声がすぐ横から聞こえてくる。

 本人は強がっているものの、その手は俺の袖をしっかりと握りしめている。


「何かあったらちゃんと守ってくれるわよね……? ……一応、今頼れるのはあんただけなんだし」

「お、おう」


 コノヤロウ! 一瞬ドキッとしたじゃねぇか!

 こんな時だけ「女の子」見せるとかズルすぎる!


 ……だが、まぁなんだ。

 なんだかんだ言っていいシチュエーションではあるな。

 ――握りしめる力が万力級でなければ。


 しかしそんなちょっぴり甘い状況が緊迫したものに変わるために要した時間はほんのわずかで十分だった。


「――っ! やっぱり変だわ……」


 明らかに月詠の声のトーンが違っていた。

 その声は夜の闇などというそんなあいまいなものへの恐怖ではなく、もっと明確な存在に対する恐怖で震えているようだった。


「急いで逃げないと。どこでもいいわ、逃げ込める場所とかないの!」

「逃げ込むっていうか、俺の家ならすぐそこだけど」

「ならそこに連れてって! 早くっ」


 月詠に急かされて駆け足で進む。

 家は前方に見えていたので到着までに1分とかからなかった。


 門を抜けてドアを開けようとしたが、鍵がかけられていて中に入れない。

 しっかり者のばあちゃんで安心するが、こういうときに限って都合が悪い。


 急いで門まで戻ってインターホンを押す。

 このインターホンにはカメラが付いていて、家の中のモニターから外の様子を見ることができるようになっている。

 しばらくしてばあちゃんの声が機械越しに聞こえてきた。


「あら、お帰り。今日は遅かったね~」


 俺を出迎えるばあちゃんの声は心なしかいつもよりのんびりして聞こえる。

 こっちが急いでることもあってちょっとウザい。


「ばあちゃん、とりあえず早くドアを開けてくれ!」

「そのまえに~、その子は誰だい?」

「それは中で話すから! とにかくドアを」

「もしかして~、彼女かい?」


 こっちの話が完全に無視されている気がする。

 だが、相手のペースに飲まれてはいけない。

 

「そんなんじゃないって! いいからドアを開けて」

「まさか~、夜道で女の子を誘拐してきたのかい?」


 この老婆は孫のことを何だと思ってるのか。

 声の調子が終始一貫かわらないので冗談なのか本気なのか判断しがたい。

 

「自分の孫にへんな疑いを持たないで!」

「じゃあ、女の子を誘拐してきた」

「断言しないで! そこは否定してよっ!」


 なんなんだこれ。

 我が祖母にこんなギャグセンスなんて備わっていただろうか。


「それじゃあ誰なのさ~。そこの可愛い子は~」

「近所に住んでる同級生だよ! 今、変な人につけられてるみたいなんだ」

「それならさっさと言ってくれればいいのに~。今扉を開けるね~」

 

 話を一方的に聞いていなかったのはそっちだろ、とばあちゃんに掛け合っても無駄だし、第一そんなことをしている場合ではない。

 募るじれったさを抑えてドアの前で待つ。


 しばらくしてやっとドアが開かれるや否や、「とりあえず中に入れっ」と月詠を家の中に引き入れてすかさずドアを閉めた。

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