アンストッパブル
とりあえず、今の状況を整理してみよう。
俺は今(自称天使の)月詠さんを家まで送れ、と担任に言われるがまま学校を出て最寄駅まで歩いている。
幸運なことに、今俺は美少女と2人きりで下校するという最高のシチュエーションの主人公。
だが不幸なことにその美少女はスーパー中二病であり、俺とまともに会話さえしてくれない。
そのうえ彼女は俺を警戒して少し後ろからついて歩くといった状況だ。
結果はたし引き合計ゼロどころか、むしろマイナスである。
結局こんなことを考えても仕方がないという結論に至り、課せられた任務だけに集中して歩き続ける。
「(さすが地球。なかなかの引力ね)」
聞こえない。
電波少女の呟きなんて俺には聞こえない。
「(実際に来ると、データにないことばかり)」
耐えろ俺。つっこんだら負けだ。
「(あれが民を統制する蒼紅の光かしら)」
おそらく信号のことか。
統制……の割には無視してる人も多いと思うが。
感情をのど元で抑えながら歩き続けること約10分。
ようやく学校の最寄り駅に到着した。
さほど大きい駅ではないのだが、我が学校がある関係でこの駅には急行はもちろん特急でさえ停車してくれる。
とはいっても一般学生の俺には急行で十分なわけで、通常の乗車賃とさらに追加料金が必要な特急は無縁の存在だ。
「ところで月詠さん、電車賃は持ってるの?」
「電車賃?」
無言で向けられる鋭い猛禽類のような視線。
俺が2人分の電車賃を払え、そういうことだろう。
「……じゃあ俺が電車賃を払うよ」
その代わり、もう『月詠さん』などと『さん』付けで呼んでやるものか。
自分はICカード式の定期券を持っているので出費は月詠の電車賃片道分だけで済む。
手持ちの財布と相談した結果、今回はおとなしく払っておくことにした。
もちろん不毛な喧嘩を避けるためであって断じて好意はない。
強いて言えば慈悲の心か。
「最寄り駅までの電車賃は……ごっ、570円!」
定期券だといちいち電車賃を払う必要がなくあまり意識してなかったが、この区間、意外と電車賃が高かった。
仕方なく普段使いなれない券売機の方まで進み、570円分の切符を1枚だけ購入。
おつりもきちんと受け取ったのを確認してから元の場所へ戻り月詠に切符を手わたす。
あとは流れるように改札を抜けるだけ―――では済まなかった。
「さてはあたしを通さないつもりね」
先に通った改札の方からそんな声が聞こえてきたので振り返ってみると、電波少女が改札の扉に道を阻まれて機械にメンチを切っていた。
あんなに可愛い顔で、どうやったらそんなヤクザみたいな顔ができるのか甚だ疑問だ。
だがそれ以前になぜただ改札を通ることさえできないのか。
――と、その理由はすぐに分かった。
「切符はかざすんじゃなくて差し込むんだ!」
つまり。
あいつは俺がICカードをかざしているのを真似て磁器の切符を機械にかざしているので改札扉が開かないのだ。
すると間もなく聞き慣れた音がして、月詠を阻んでいた扉が開け放たれた。
状況が状況だけにその音がクイズの正解音に聞こえてしまうのは仕方がないだろう。
改札を通るだけで一苦労なやつだ。
それから少しばかり歩いてホームに到着。
だが運悪くそこに停車していたのは特急だった。
先述のように特急には追加料金がかかるので、この特急は見送らないといけない。
この次に急行が来るのはだいたい10分後か。
「次の急行が来るまで時間があるから待合室で待とう――って月詠!?」
チクショウ。あいつ、いない。
「お~い月詠。どこ行ったんだ~」
「そんなにバカでかい声で人の名前呼ばないでくれる?」
せっかく人が心配して呼んでやったのに、帰ってきたのは罵倒である。
だがとりあえず『さん』付けであろうがなかろうか本人はあまり気にしてないことは分かった。
声のする方に顔を向けてようやくその姿をとらえたとき、月詠はちゃっかり特急の乗車口でスタンバイしていた。
改札の通り方もろくに知らないやつだが、財布の紐の握り方は知っているらしい。
「ちょっと待った! 特急は追加料金がかかるからダメだって」
「え、なんで? あんたのおごりなんでしょ」
前言撤回。電車賃は後日キッチリ請求させていただく。
《まもなく特急が発車しま~す》
出発のアナウンスが流れる。時すでに遅し。
すでに乗りこんでしまっている月詠を今から連れ戻すのは不可能なので、腹をくくって乗車口に向かう。
結局、月詠の電車賃に加え追加料金(2人分)を払う羽目になった。