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かぐや姫には幻滅だっ!  作者: ロザリオ
【第1章】 かぐや姫との出合い
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かぐや姫2面相

 7時限目後のホームルームも終わり今は放課後。

 確か月詠さんは午後から授業を外れて職員室に呼ばれたまま戻っておらず、他のクラスメイトはみな部活に行ったか下校したかで、つまり教室に残っているのは俺だけだった。


 なんでも放課後に先生から連絡があるらしい。

 だから教室で時間を潰すために、机の列を整頓するという実に辛気くさい作業を黙々とこなしていたのだが。


 ……一向に先生の来る気配がない。


 後から考えれば、相手が来ないならば自分から職員室に出向けばいい話だった。

 しかしそんな小学校のちびっこでも簡単に思い付くであろうことに俺が気がついたのは、ひとしきり机を並べ終えた後。だが自分が整理整頓などというチマチマした作業に夢中だったとは断じて認めない。

  

 そしてまたタイミングが良かったのか悪かったのか、作業を終えた俺が教室を出ようと後方の扉に手をかけたまさにその瞬間に、前方の扉から月詠さんが教室に戻ってきた。


 てっきり月詠さんと先生は同時に帰ってくると思っていたが、先生が帰ってくる気配はまだない。

 もしかして俺のことを忘れてるんじゃないか?


 月詠さんのファンの姿は今でこそ見えないが、彼女は専願組にもかかわらず本当に誰とでもわけ隔てなく接するので、今日半日でその人気はすさまじいものになっていた。

 クラスの男子たちが殺到するせいでいつの間にか彼女を中心に輪ができていたほどである。


 ちなみに、あの後更衣し直した制服のおかげでそのナイスバディがより明確になったことも人気の一因だろう。


 そんな中、俺はまだ一度も面と向かって月詠さんと会話をできていない。

 どうしても朝の一件で浴びせられた文字どおり冷たい言葉が頭をよぎってしまう。


 だが思い返してみると彼女から俺に対して変わった反応を見せることもなかった。

 つまり彼女がまだ俺のことに気づいていないという可能性も少なからずある。


 俺のことを覚えていませんようにと世界中数多の神々に祈りつつ、もう一度扉に手をかける。


「あ、朝の人ですよね?」


 ゲームオーバー。

 やはりバレていた。


 普段の授業ではグータラしっぱなしの俺の脳みそだが、このような非常事態になった時の対応は早い。

 すでに脳内臨時国会が開催され、この場合はまず弁明するべきか、それとも相手のことをほめて話題をそらすべきなのかと熱い議論が繰り広げられている。


 議決。賛成多数で弁明することになった。


「あ、あの時はさ、その――」

「私こそごめんなさい! あの時は、びっくりしちゃって、つい……」


 良い意味で裏切られた反応に、どうやら自分の杞憂だったかと胸を撫で下ろす。

 丁寧に言葉を返す月詠さんは屈託のない笑顔をこちらへ向けている。

 まぶしい。


「そ、そうかな。その、きみって……ほんと天使みたいだよね!」


 我ながら実に意味不明な返しである。

 緊張のあまり脊髄反射だけでしゃべっているからだろうか。


「あんた、なんでそれ知ってんの?」


「え?」


 目の前にいる月詠ゆづきはさっきまでの上品で落ち着きのある朝の転校生ではなかった。

 その鋭い眼は絶対にお前を逃がすまい、と俺をにらんでいる。


「いや、知ってるって……。何を?」

「だからっ! なんであたしが天の使いだって知ってんのよ!」


 ものすごい剣幕で問い迫ってくる。

 そのヤル気スイッチが一体どこにあったのか、この時の俺に知るよしもなかったことは言うまでもない。


「そうじゃないんだ、それは、そういう意味じゃなくて……」


 完全に選択肢を間違った。

 とりあえず話を面倒くさい方向へ持っていきたくなかっただけなのだが、しばらく沈黙が教室を支配してしまう。


 緊張のせいで時間が長く感じられる。

 ついに沈黙に耐えきれなくなった俺は、相手の表情を窺うように落としていた目線を少しを上げる。


「あの、月詠さん?」


 見ると月詠さんはこちらの胸元に顔を向けたままロボットのように固まっていた。


「あ、ううん。ちょっと確認取ってただけ。大丈夫、全部分かったから」


 今の間に一体何が分かったのかさっぱり見当もつかないが、月詠さんが納得したようにうなずいているのでひとまず胸をなでおろす。

 逆にとんでもない誤解のまま納得されたという可能性もあるが。


 ……さて。

 逃げるなら追求の止んだ今のうちだろう。


「俺は職員室の用事があるからもう行くよ」


「え、ちょっとっ」


 なぜか俺の事を引きとめようとする月詠さん。

 それでもあと少しで振り払えるところだったのだが、これまた絶妙なタイミングで教室の扉が開かれついに俺が彼女から逃れられることはなかった。


「遅くなってごめんなさい」


 教室へ入ってきたのは担任の先生。

 遅い。遅すぎる。

 この間にあった修羅場の光景をぜひとも見てもらいたいくらいだ。


「月詠さん、さっき話してた地域へはその子に連れて行ってもらってくださいね」


「……はい? 先生、何の話ですか?」


 不思議にも俺の知らないところで話が展開されている気がする。

 その上どう聞いても俺が関係してそうな内容であるからさらに不思議だ。

 あと、先生の堅苦しさがまだほぐれていないのはなぜか。


「月詠さんはおじいさんの家に帰るそうなんだけど、地図で見ると二人の家が同じ地域にあるので……」


 初耳です。

 まぁ今まで話したことも無かったのだから当然と言えば当然だが。

 あとこの先生、堅苦しくなるのは月詠さんに対してだけらしい。

 

「つまり、俺がエスコートしろ、と?」


「うん。そういうことなんだけど……。月詠さんもそれで構いませんよね?」

「あ……はい。構いません」


 おいコラ、構わないならそうやってあからさまに嫌そうな顔をするんじゃない。

 あと先生、なんで俺に対しては何のお構いもないんですか。

 

「じゃ、私はまだ仕事が残っていますので職員室に戻りますね。月詠さんのことをお願いします」


 そう言って、先生はさっさと教室から出て行ってしまった。


「ほら、さっさと帰るわよ」


 なぜかすでに鞄を持ち下校のスタンバイ済みの月詠さん。

 容量限界まで膨らんだ鞄には――恐らくさっきの着物が入っているのだろう。


 結局俺には反論の余地もなかった。

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