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かぐや姫には幻滅だっ!  作者: ロザリオ
【第1章】 かぐや姫との出合い
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転校生

「なんだったんだ……あれ」


 俺がなんとかショックから立ち直り我に帰った時にはすでに少女の姿はどこにもなかった。

 夢心地だった俺を一気に現実に引き戻したあの一言の衝撃は凄まじい。並みの人間ならバッタリ倒れてたレベルだ。


 とにかく、これでさっきの子が俺の探している夢の女の子ではないとはっきりした。夢のあの子はもっと可愛くて、優しくて、おしとやかで……多少美化しちゃってる気もするが、だとしてもさっきの子なわけがない。雰囲気が似てる子なんていくらでもいるだろう。


 なぜだか無性にそわそわする自分にそう言い聞かせつつ、踏み切りをもう一度渡って地面に投げ捨てていたかばんを持ち上げた。見るとかばんにつけていたお守りが少し汚れている。

 お守りを汚すのは罰当たりな気がして感じが悪い。なので俺は気分転換も兼ねてどこか他の場所にお守りをつけかえることにした。


 が、とは言ってもそう簡単に代わりの場所が見つかるはずもない。そもそも他につける場所が無かったから鞄につけてたわけだし。

 あちこちお守りをつける場所を探していてふと制服の袖がまくれた拍子に腕時計が目に入る。デジタル時計の表示は8時20分。さらに遅刻だ。


 こうなるとお守りのことを考えている場合じゃない。今すぐ走っていけばまだなんとか間に合うかもしれないし、こんなところで皆勤賞を逃すのは惜しい。そうだ、何気に俺はまだ遅刻したことがないじゃないか。さっきからそわそわしてしまうのもきっとこのせいだ。


 ひとまずお守りは首にかけて、鞄を肩にかけるなり大急ぎで学校に向かった。



 息も切れ切れになりながら全力ダッシュで約10分。教室にかけこむなり、扉のすぐ近く窓に面するに自分の席にもたれこんだ。


 ゼイゼイ息を切らしている俺を見て怪訝な顔をしてた何人かと目が合った。普段遅刻とは縁遠い俺が駆け込んでくるなんて何事かと話し込んでいるらしい。気になるのなら直接俺に聞けよ直接。


 やがてチャイムが鳴ると同時に見張り役の一人が担任の接近を報告、先生が教卓に着くまでには教室中の生徒が各々の席にきちんと着席していた。その間要した時間は十数秒かそこら。この俊敏さをなぜ避難訓練に活かせないのか不思議でたまらない。


「おはようございます。今からホームルームを始めますが、その前に皆さんにお伝えすることがあります」


 普段はふんわり穏やかな、教諭――というよりお姉さんと表現するのが似つかわしい担任の先生だが、今日の先生はどこかかしこまった口調でホームルームを進めていく。

 こんな2学期の学期末なのに大切な連絡があるとは珍しいこともあるもんだ。


「今日から、このクラスに新しいメンバーが加わります」


 担任の口から突然告げられた言葉に驚いたのは俺だけじゃないらしく、ちらと後ろに目をやると、いつもは各々の本やノート、はたまた夢の世界へと散り散りになっている生徒たちの視線が担任の一点に集まっていた。


 もっとも俺もその内の1人なのだが、俺は不純な下心を持った他の男子たちと違って転入生が可愛い女の子だったらいいなーなどというはかない夢は抱いていない。


 そもそも転入生が自分のクラスにやって来ること自体稀なことだ。その転入生がモデルさながらの美人である可能性に至っては、もはや大気圏から落としたボールがゴルフカップの中に住んでいる土竜もぐらの鼻の穴にはまるかどうかの確率に等しい。要するにあり得ない。


「(転校生、かなりの美少女って噂よ)」

「(やっぱりお嬢様なんじゃない?)」


 女子たちのひそひそ話が俺の耳にも入る。

 どうやらゴルフボールが土竜もぐらの鼻にはまっちゃう可能性が出てきたらしい。うそ、本当に?


 はてさて転校生はどんな美少女かと妄想していた俺に、ふとひらめきが起こった。

 というのも、これから転校生の紹介があるなら既にその子は廊下でスタンバイしているはず。そして幸運なことに、自分が座っているのは教室東側の窓際の席。

 つまり、今こっそり窓を開ければ噂の美貌をお先に拝めるわけだ。


 周りの生徒の視線がこちらに向けられていないことを確認してから、そっと窓をスライドさせた。

 ――はずが、飛び込んできた衝撃の光景に度肝を抜かれてしまい、その勢いで窓は全開になってしまった。


 同時に教室からどよめきの声が起こる。

 それもそのはず。なぜなら、



 一、廊下の転校生は女の子だったから。

 一、転校生の女の子が超美人だったから。

 一、その美少女が着物を着ていたから。



 要するに廊下にひな人形(等身大)が立っていた。もはや驚きを通り越して苦しみすら感じてる。


 廊下の窓から差し込む朝日によって映し出された滑らかな着物のライン、腰の辺りは帯で引き締められていてこなりスタイリッシュだ。まさか、こいつ……。



「……どうして着物なのでしょうか?」


 教室中が静まり返るなかこの場の全員を代表する形で先生が質問した。先生も彼女の格好の理由を把握できてないのか。


「転校初日は……指定の制服を持っていないなら、他の制服でもよいと聞きましたので」

「つまり……それは以前の制服、ですか?」

「そう、ですけど……」


 日本の民族衣装とはいっても俺は行事くらいでしか着物姿の女性を見たことがない。着物が制服の学校ってどんな授業してるんだろう。一時限目、茶道?


「えっと、じゃあ最初の授業は私が担当ですので……このままホームルームの続きをしようと思いますっ」


 先生は場の空気を切り替える気満々でそう告げた後、扉を開けて転校生を教室の中へと招き、少し間をおいてから少女は恐る恐るといった様子で入ってきた。


 着物っていうのは体のラインがあまり強調されない。だがそれでも胸のあたりの布が押し上げられているのが確認できてしまうのだから、そこに秘められた扇情的なスタイルを男子諸君が想像してしまって何を咎められようか。

 背丈もすらっと高く、その腰まで伸びる黒髪と相まって大人びた様子さえ感じさせる。


 容姿を観察すればするほど、たった今朝刻み付けられた鮮烈な印象に重なっていく。

 願わくば彼女と俺は初対面……であってほしい。


 彼女は教卓の前に立って不安そうに少し教室を見渡してから自己紹介を始めた。


「月詠ゆづきです。み、皆さん、どうぞよろしくお願いします」


 やっぱりどこか聞き覚えのある透き通るような声だが、その声にはもっと温かみがこもっていて聞く者を包み込む優しさがあった。


 その表情はどこか不安げであるものの、ぱっちりとした大きな黒い目は見るもの全ての心を射抜いてしまいそうなほど愛らしかった。

 現に俺も射抜かれている気がする。


 はて、俺の記憶にあるあの子はこんなに人当たりが良い少女だったか? もし俺の疑い通り彼女が今朝踏み切りで出会った少女なのだとしたら、この距離で俺に気づかないわけがないし、何かしら反応を見せて当然のはずだ。


 ……まぁこの世にはそっくりな人間が3人いるって言うし。半径五キロ以内に似て非なる別人2人と立て続けに出会うってこともあるんだろう。

 だとしたらなんて小さいんだこの世界。



あまり人前に立つのは慣れていないのだろうか、月詠さんの自己紹介はかなり辿々(たどたど)しかった。

 大抵こういう見てくれのいい女の子はこれ見よがしに胸を張って誰彼構わずアピールしてくるイメージがあるんだが、彼女は例に及ばずかなり遠慮がちな様子だ。


「「かわいいぃぃいいい!」」


 しかもそれがクラス中の男子のパッションに火をつけてしまったっぽい。在学生の男女比から言ってもここの男子諸君が女子に飢えることはあまりないはずなのに、今日に限ってはさながらブラジルなみのお祭り騒ぎ。先生、早く鎮圧しないと取り返しのつかないことになりますよ。


「ちなみに月詠さんは専願組と同じ扱いになります」


 すると先生の発したそのたった一言で一瞬にして教室中が静まり返った。お見事、新人なのに生徒をまとめる指導力は一人前ですね――と、素直に尊敬したいところだが、恐らく誰もが口を閉ざしてしまった理由は他にあるだろう。

 この学校のクラス編成は特殊だからな。


「あの……皆さんどうかされました?」



 この状況を作り出してしまったのは先生の不注意のせいだが、月詠さんは自分が何か失言をしてしまったと思い込んでいるらしく、その端整な顔には焦りの色が浮かんでいた。

 そしてようやく先生がフォローいれる。

 

「えっとですね。この学校の生徒は大きく分けて専願組と併願組の2つに分類されてるんです。月詠さんは専願組ですけど、本来このクラスは併願組だけの学級なんです」

「なるほど、そうだったんですね」


 月詠さんは口でこそ返事をしたが、いや絶対に納得してないでしょ。今のじゃ、なんでみんなが黙り混んだのか全然説明になってない。


 専願組というのは、高い学力を評価されて学校側からオファーを受けた生徒のこと。一応専願組にも入学試験は行われているが、もちろん入学後の学費はほとんど学校が負担してくれるらしい。なんとも羨ましい限りだ。

 ただその一方で、専願組の入学試験は形式的なものであり、実際はオファーを受けてなくとも経済的な力で合格することが可能ーーという噂も耳にする。


「なんでこの教室に専願組が? ここって併願組オンリーなはずだよね?」

「何かの手違い……だったり?」


 そう、この教室にいるのはみな併願組。

 併願組はここの高校を第一志望校が不合格だった時の保険、いわゆる滑り止め校として受験している。

 併願の合格点は専願のそれに比べて割と低く設定されているので受験者のほとんどが合格できたと聞くが、やはり待遇は専願組に劣る。実際のところ校内でふんぞり返っているのも専願組だ。


 俺も今となっては併願組の落ちこぼれ。中には勉強に励んで併願組から大出世した人もいるらしいが、そこまで全力になって勉強に打ち込む気にはどうしてもなれない。


「ここって併願組のクラスだろ?」

「あの子可愛いし僕としては大歓迎だけど」


 静まり返っていた教室も徐々にひそひそ話が重なり、騒がしくなり始める。やがてさらなる説明を求める生徒の視線に引きずり出されるように先生が前へ出た。


「つ、月詠さんは、ご家族の強いご希望によりこのクラスに編入することになりました。先生も、この事が専願組と併願組の架け橋になればと、思いますっ!」


 嘘をついてるのがバレバレです先生。まだ新人の教師だとは言ってもさすがにたどたどしすぎる。

 結果として先生の説明は騒ぎを収めるどころかむしろ逆効果となり、騒ぎは一層大きくなる。


 しかーし、そんな状況を一変させる一言がまたもや月詠さんから放たれた。


「わたしっ、専願とか併願とかそんなの気にしません。

 皆さんっ、どんどん話しかけてっください!」


 再びクラス中から(主に男子の)歓声が起こる。

 「月詠さんは特殊な事情でこのクラスに来た」で教室は全員一致の結論を出し、それ以上詳細を問い詰める者もいなくなった。

 俺だって個人の事情に介入するつもりはさらさらないが、このクラス自体が「可愛ければなんでもあり」という方針らしい。

 再びどんちゃん騒ぎになったこの様子ではしばらく収拾はつかないだろう。


「では、とりあえず今日は学校から制服を貸し出しますので、いまから更衣室に来てください。

 その間、皆さんは自習をしておくように」


 先生の手招きに気づいて月詠さんが廊下の方へ歩み始めた。生徒は皆少しでも長くその着物姿を目に焼き付けようと彼女にくぎ付けになっている。


 入口を潜り抜けた月詠さんは、丁寧にも体の向きを変えて一礼してからそっとドアをしめた。至極丁寧な振舞いだ、正に理想の淑女。

 どれだけ見た目が似ていてもここまで性格が違ってくるともはや同一人物と認める方が難しい。それかあれだ、今朝見た女の子の双子の姉だったりするのかもしれない。


 ――じゃあ扉が閉ざされる直前、彼女が一瞬こちらに顔を向けた気がしたのは偶然か。



 ちなみに当然のことながら先生が戻ってくるまでの間、教科書を1秒でも開けた者はいなかった。

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