夢
「待って、君たちは誰っ!?」
月明かりが照らす下、踏み切りで隔てられた向こう側に男の子と女の子が立っていた。
2人とも背丈は5、6歳くらい。一方は花柄の着物を着ていてもう一方は袴を羽織っている。
「私はかぐや姫。……覚えてないの?」
艶やかな長い黒髪をかきあげるその姿は自称かぐや姫なだけあって様になっている。だがそう言う彼女はどこかさびしそうな様子だった。
彼女の言葉が正しいとすれば俺はあの子と面識があるということ。つまりかぐや姫と会ったことがある……ってそんなばかな。
それに、仮にそうだとしても、じゃあ隣にいる彼はいったい誰なんだ?
まだ確かめたいことは山ほどある。が、早くも限界が近づいてきたのか視界がどんどん霞んでいく。
まだだ、せめて2人の顔だけはこの目に焼き付けておきたい。
俺は徐々に遠退いていく意識を必死に手繰り寄せながら2人のいる場所を目指して歩き始めた。
踏み切りの向こうではかぐや姫が俺に向かって手を差し出してくれている。距離はあと少し、俺は踏み切りに足を踏み入れながら必死に目を凝らして――――突然、猛烈な腹痛に襲われた。
頼りだった月の光も無くなってまさに暗黒の世界。体は鉛みたいに重いし、まるで板に張り付けられたような気分だ。
それにさっきから何やらギシギシなんて金属音が…………するのは流石におかしいだろこれ。
「おはよぅさん」
まぶたを開くと梅干しみたいにしわくちゃ笑みを浮かべたばあちゃんの顔が目の前にあった。要するにこの腹痛は俺に馬乗りしているばあちゃん、あんたのせいだな。
「ばあちゃん何してんの」
「いやぁ、男の子は女の子にこうやって起こされるのが嬉しいって聞いたからぁ、ね?」
「いろいろ突っ込みたいけど、とりあえずそれがかなり限定された場合に限るってことだけは知っておこうか」
でないと明日の朝は永遠に目覚められないかもしれない。身内の体重で圧死とかマジ勘弁ね。
ばあちゃんは「そーいうものなのかぃ」などと何やら納得したように頷きながらようやく腰を上げてくれた。
あー、やっと息ができる。心底苦しかった、心身ともに。
「そんでまたかぐや姫ちゃんの夢見てたんだろぉ。今日は最後まで見れたのかい?」
「今回も途中でぷっつりだったよ」
未だ残る腹の痛みと胸のモヤモヤがやり切れずに思わずため息が漏れる。
もしかしていつも途中で夢が途切れちゃうのってばあちゃんのせいじゃないの? さては昨日の腹痛もばあちゃんが犯人だったんだろ。
「そりゃ残念ねぇ。一体いつになったら夢に出てくる子たちのことが分かるのかねぇ」
「まー確かに気になるけどさ、たかが夢の中ことだし」
「本当にただの夢かねぇ。そんなに詳しい夢なんてあるかい? 踏み切りでかぐや姫が列車にひかれそうになってて、しかもそこにとっさに駆けつけて助けたのはあんたじゃなくて別の男の子だなんて……」
ちくしょう、前にちょっと話しただけなのになんでそんな詳細なところまで覚えてるんだ、さっさと忘れてくれ。
ていうかちょっと待っておばあさん。何勝手に箪笥の中を物色してんの?
「普通、夜遅くに『あにめ』を見てる高校男子は夢の中で女の子とイチャイチャするもんなんでしょう?」
「どこで得た知識だよ。そうとも限らねぇだろ」
「あんたぁ、じゃあもしかして……三角関係萌え?」
「ちげぇよ! ていうかそれどこに萌える要素あるんだよ」
うちのばあちゃんこんなにミーハーだったかなぁ。「萌え」なんて言葉どこで知ったんだ。
するとばあちゃんは何か見極めたように今まであさっていた引き出しをストンと押し戻して、今度は一つ下の引き出しに手をかけた。だがそこも大丈夫。物を探してるんでしょ? それなら隠しているのは箪笥じゃなくて押し入れの方だ。
「でも本当にかぐや姫と会えたらいいねぇ。もしかしたら正夢かもしれないわよぉ?」
「ったく、何バカなこといってるんだよ。そんなことあるわけないって」
ばあちゃんに圧し掛かられていたせいで長らく痺れていた腕がようやく動くようになったので俺はむっくり上体を起こす。そろそろばあちゃんの捜索活動を止めなきゃやばいな。
ちら、と枕元の目覚まし時計に目をやる。よし朝食を口実に即刻この部屋から退出していただこう。
「ほら、ばあちゃんもう七時だから。朝ごはんは?」
「よそえばいつでも食べられるわぁ。じゃあ下に降りて朝ごはんにしましょうかねぇ」
ばあちゃんは名残惜しそうに箪笥を後にして部屋から出て行った。うむ、間一髪。
「かぐや姫、ねぇ」
――かぐや姫なんているはずない。