似て非なる者
騒々しい物音で、ミキトは目を覚ました。
「寝てた……のか?」
そう呟いたのと同時に、走馬灯のように記憶が駆け巡った。カコとゲンヤといつものように集まり、その帰り道で不思議な出来事に遭遇した。周囲の景色は消え、黒一色に染まり、どこかからか声がした。
「なんて言われたんだっけな」
そこだけが、はっきり思い出すことができなかった。
とりあえず、状況を確認することにした。目を覚まして最初に気付いたのは、どこかの室内にいることだ。公園で倒れたのなら空が見えるはずなのに、天井が見えた。それにそれがわかる程度には光が差し込んでいるようだ。
腕で支えながら、身体を起こす。そして周囲を確認した。木製の棚や木箱がずらりと並んでいる。並んでいるというよりは押し込められているようにも見えた。どこかの倉庫かもしれない。鼻をつく臭いもして、お世辞でもいい場所とはいえないし、おそらく管理も適当になされているのだろう。空気が埃っぽかった。
立ちあがって、正面にある扉に近づく。扉は高さがミキトより少し低いくらいで、胸の辺りに覗き口があった。そこから外の様子を窺う。
まず目についたのは、西洋風の鎧だった。よく漫画なんかで見るあれだ。左手には二メートルほどの槍を持っていた。それがいくつか並んでいるのが見え、その前の通路を貴族のような西洋風の服を着た人間が、どたばたを走ったり、途中で立ち止まって情報を交換したりしていた。
わかったことは一つ。
ここはミキトの知っている場所ではない。
外国まで拉致されたのかもしれないと思ったが、しかし通行人たちの言葉が聞き取れた。日本語を使っているのはわかるが、なにを話しているのかはわからない。
「どういうことだ?」
彼らは流暢に日本語を話していて、特に訛りがあるわけでもない。そこから考えるのなら彼らを日本人だと断定していいのだが、ただ彼らの髪は金色で、瞳の色もそれに近い。容姿だけ見れば、外国人――それも西洋系だ。その不自然な組み合わせに、ミキトの脳裏には仮装パーティーの文字が浮かんだ。
扉から離れて、別のことを考えることにした。この問題がミキトの持つ情報だけでは解決できないと理解したからだ。時間をかけるのなら、他に回す方がいい。
まず自分の身体。どこかに傷跡や痛みはないか調べてみる。指も思ったとおりに動いた。問題はない。傷跡と痛みも特になかった。
「そういえば、鞄はどうなった」
倉庫を見て回ったが、通学鞄は見つからなかった。ただ埃が舞い散り、呼吸が大変になるだけ。
「マジかよ……。ゲーム入ってんのに……」
総プレイ時間・千時間を越えるデータの紛失は、ゲーマーにとって多大なダメージを与える。人によっては死すら決意しかねないダメージだ。そのデータはただのデータではない。思い出がそこに詰まっているのだ。涙ぐましい努力もそこに含まれている。ゲーム好きではない人に語っても理解されない考えでもあった。
ミキトは頭を抱えてしゃがみ込んだ。ダウンロード配信限定の魔法もあったことを思うと、身が裂かれる思いだった。
「死んでなかっただけましと思え。死んでなかっただけましと思え。死んでなかっただけましと思え」
そう何度も自分に言い聞かせ、なんとか自分を保とうとする。
数分後なんとかミキトは落ち着いたが、外はまだ騒がしかった。なにがあったのか知りたいと思ったけれど、声と声が混ざり合って、聞き取り辛くなっていた。
再び扉に近づき、外の様子を窺う。状況はあまり変わっていない。
しばらく観察していると、慌ただしくしている人たちの中で、明らかに不自然な動きをしている人物を見つけた。どう見ても挙動不審だ。全体を見ているからこそわかることなのか、その人物とすれ違っていく人たちは気にも留めていない。あるいは、そんなことを気にしている場合ではないのだろう。
その挙動不審の人物は、こそこそとしながら次第にミキトのいる倉庫に近づいてきた。
「やばい」
どこかに隠れる場所はないか、と首を回し、瞬時にその場所を見つける。木箱や棚が敷き詰められすぎているせいでスペースはあまりないが、それでも人一人は入りこめる。ミキトはその隙間に身体をすべり込ませた。
思い過ごしであればいいが、と思いながらも、心臓の鼓動は早くなり、身体が熱を帯びてきた。
そして案の定、扉が開く音がした。
ミキトは唾を呑んだ。
「ここなら大丈夫かな」と女の声。
その呟きを聞いた途端、ミキトは思わず身をさらけ出した。
なぜなら、その声がカコのものにそっくりだったからだ。
「カコ!」
「きゃあ!」
ミキトは驚いて身を屈めた彼女に近づき、顔を間近で確認した。
金色の髪に、碧色の眼。これだけでカコではないことは明白だったが、しかしそれ以外はカコそのものだった。長い睫毛も、柔らかさそうな唇も、ミキトの記憶にある彼女と重なる。
カコに似た人物は目を大きく見開き、身体が震えていた。
「カコ……じゃ、ないのか?」
「あの、私はあなたの知っている、カコという方ではありません」
恐怖と緊張を吐き出すように、彼女は深い息をした。
「そ、そうか……」ミキトは落胆した。
改めて確認してみても、髪と瞳の色以外はカコと瓜二つだった。しかしだからこそ服装に疑問を抱いた。
「どうして男装をしてるんだ?」
「えっと……、ちょっと訳ありで……」
「訳あり?」
外から悲鳴の話をしているのが聞こえてきた。誰か一人が大きな声で言い、その影響で周囲の騒がしさが嘘のように消えたためだ。
急いで外を確認すると、いかにもミキトたちのいる倉庫へ向かうとする雰囲気が漂っていた。
「やばい、見つかる」
「えっ、困ります」
なんで、と問い質す前に、ミキトは彼女の手を掴んで、さっきまで隠れていた隙間に彼女を押し込めた。
「あなたはどうするんですか?」
「ずっとこのままってわけにはいかないだろうし、ちょっくら見つかってみる。ここがどこか知りたいしな」
「どういう意味ですか? あなた何者なんですか?」
「ただの高校生だよ」
その直後、ミキトは倉庫に来た人たちに捕まった。「ここでなにをしている」、「どこから来た」、「何者だ」という質問には答えず、黙秘を行使した。ただ「悲鳴を聞かなかったか」という問いには、素直に答えた。
「俺の声です」