19-5 いきなり!
“黒い帯”が無くなったら、ロワイエ大統領を連れてきてほしい。
ヨーロイド王国の王宮に帰って、大人はウィンターさんだけの小さな晩餐会の後、女帝陛下は私にそう言った。
「2ヶ月ほどかかるけど良いのか?」
「むしろ、それぐらい間があれば、準備とかやり易いわ」
恋は盲目、か。
そんな事を思いながら、女帝陛下の依頼を了承した。早めに、手紙の内容考えないとな。
「それに」
女帝陛下は、立ち去らずに話を続けた。
俺は、次に来る言葉を予想しながら、彼女の言葉を待つ。
「それに、犯罪者は早く表舞台から立ち去って、安堵の溜め息をつきたいしね」
予想通りの言葉を言った女帝陛下の笑みは、悲しくもあり、嬉しくもありそうな複雑な気持ちを含んだ笑みだった。
◇ ◇ ◇
これが、俺達が体験した長い長い旅行だ。
日記として書いていったら、何故か“アイツ”に小説風に書いてみたら? と言われ、暇だったので書いてみたらこうなった。
約1ヶ月前にロワイエに言いたい事を書いて、明日はいよいよ俺達が帰ってきて2回目の“黒い帯”が無くなる日だ。
それから何日間が経てば、世界は大きく変わっているだろうし、それまでに俺がどうなっているのかによって、この小説風の日記が完結を迎えるのか迎えないのか変わってくる。
生きて、また“黒い帯”が晴れる時に、この小説風の日記の完結を書いて、ついでに推敲していこう。んなこ事を思いながら、俺は文豪風に筆を静かに置いた。
◇ ◇ ◇
自分が書いた10年前の小説?を見るというのも、中々くすぐったい物だ。
結局は推敲して、それを小説風に『結末はいかに』という文章にして、これから書いていこうと思っていた。
しかし、どうやら限界が来たようだ。
ニホンの戦国時代に活躍したあの少年と、同じ死因で俺はどうやら死ぬようだ。
俺が倒れたというニュースを聞いて、続々と自宅に人が集まってきているらしい。大陸の3つの国で知り合った人もそうだし、この“世界”に帰ってきて出会った人もそうだ。
ついさっきには、モスクワで働いていた子供も帰ってきた。もうすぐしたら、俺の寝室のドアを、怒りながら入ってくるだろう。
最悪の場合には晩飯抜きになるあいつの怒りを宥めて、そしてこの小説ーーいや、日記の続きを書いてくれるように頼もう。それが、俺に出きる最後の仕事になるだろうし。
最後に、これまで俺が出会ってきた人々に感謝を伝えていきたい。
俺の父さんやお母さん、そして一時俺を真摯に育ててくれて、今でも本当の息子の如く心配してくれる2人目のお母さん。
放浪者である俺の友達になってくれた、あの村の人々。
ジャピード帝国、ヨーロイド王国の王室の皆さん。
カールマニア王国のレベル5の皆さんや、魚屋の叔父さん、それにルーナさん。
そして数えきれない程の軍の皆さん。
本当に色々とお世話になりました。そして、恋心に気付けなくて申し訳ございません。多分、息子にも受け継がれていると思いますので、寛大な心で見守ってやって下さい。
1985年秋、自宅にて
◇ ◇ ◇
クリョーン・フラクレア。
激動の時代を両方の世界で歩み、けれどもそれを生き抜いていった男性は、彼が最後に筆を置いてから約6時間後、彼の関係者が見守る中で逝去した。
その直前に、彼の子供である少年に続きを任した事によって、第二部が始まる訳だが、その少年や関係者の意向により、この時期にロシア語で書かれた第一部を訳して出版するに至った。
世界中の出版社に、こんな時期に発売を任せるのは申し訳ないと思うが、一刻も早くこの世界を知ってもらおうと思い、訳して推敲が終わってすぐ出版するに至った。
ちなみに、彼は逝去の間際に「まるで主人公みたいな人生だった」と笑いながら言ったと伝えられるが、まさにそんな人生であったと言えるだろう。
1990年12月25日
4月から就職するので、3月はジムに行きまくります。なので、時間と疲れから、更新スピードは物凄く遅くなると思います。
一方で、新年が明けてから考え付いた物語は、これを書き始めた頃に考えていたのとは違い、続編でもいけるんじゃね? という物でした。
だったら、一先ずは3月に入るまでに、これを風呂敷を広げたまま終わらして、落ち着いてからその物語の中で、徐々に畳んでいったら良いのでは? と思い、地震が起きるなみに予期せず急ですが、一先ずはこの物語を終わらせていただきます。
続編となりそうな物語は、何年にもわたりそうな物ですが、暖かい目で見てくださると嬉しい限りです。




