11-15 to Royal Residence
長いです。
1964年12月13日日曜日。
その日は穏やかな天気だったのは、今もはっきりと覚えているわ。
この国が統一された時の皇后の発案で作られ、今は王宮直属の公園になっているクイーンズパークにある親衛隊寮で寝ていた私は、いつもの時間帯に起きて、いつもの食堂で朝ごはんを食べて、いつもの時間帯に地下道を通って、いつもの部屋の前に来た。
ノックをすると、すぐに「どうぞ」という返事が返ってきた。
「失礼します」
多少、他の人の手伝いはありながらも「皆様のお手数をかけるにはいけません」と部屋の殆どを1人で整えられたジョセフィーヌ皇后様は、やはりいつも通り海が見える窓の近くに座っていらっしゃった。
クリョーンはまったく書いていなかったけど、アルフェンバート市は市の中心部をゆったりと流れるダーウェント川を境に北東部と南西部の2つにわかれていて、その南西部の川に程近い所にある王宮からは、ゆったりと流れる川とその河口にある海が見えたわ。
「失礼します」
その2つと、首都における闇の象徴と言われているアルフェンバート沖刑務所、そして水平線に黒く東西に延びている帯を見ることの出来る最高の場所に皇后様のお部屋はあった。
その部屋で、いつも朝方に私が皇后様にしている事。それは、皇后様の髪を研ぐ事。
「いつもありがとう」
「滅相もございません」
東西の民族の混血である事を示すブラウン系の長い髪は、35歳になるのにも関わらずさらさらで羨ましかったわ。
ゆっくりと、髪を傷つけないように、3年前から毎日している事を、時々会話を挟みながらしていると、勢いよくドアが開かれた。
「お母様~」
涙を目に溜めながら走って入ってきたのは、後12日で8歳になるオルタンス様。活発的な性格で、よく外に出ては、ジョセフィーヌ様や国王陛下に怒られてたわ。
朝から涙目なのは、1つしか理由がないから、理由は私でもすぐわかったわ。
「あらあら、私達の可愛らしい天使。一体どうしたのかしら?」
「あのね、リュシアンがねまた苛めてきたの!」
予想通りの答えに、皇后様と私は苦笑いを浮かべて、天使様を見る。
普段は感情をあまり表に出さず、国民からも『清楚なお姫様』と言われる事が多い彼女でも、秘密に出るときや泣くときになると我が儘なお嬢様になって、皇后様の手を可愛らしい小さな手でぎゅっと握りしめる。
その姿はまさに天使と言えたわ。親衛隊の中でも「国王夫妻よりもオルタンス様を第一に守りたい」って言っているのがいるほどだったし。
そして、リュシアン様とはオルタンス様の弟。つまりは王子様。大陸の国家に倣い、男女問わず長子が王様になるので、次期国王ではないわよ。
◇ ◇ ◇
「ああ」
「なにかしら?」
王宮跡へ向かう道すがらで。
特別攻撃小隊とフィーガナとアドリーヌと山賊の中でも精鋭な3人と俺の11人は、アドリーヌが語り始めた昔話に耳を傾けていた。
発端は、俺が「王宮はどんな所なのか?」とアドリーヌに話しかけたから。何故か、アドリーヌは10年前のあの日について語り始めた。
「いいや、何も」
「?」
アドリーヌは、俺が来た情報は知らぬ間に掴んでいたらしいが、俺の周りにいる人の素性については何も知らないらしい。
だから、アシルさんの秘密研究所でサークラ女帝陛下とユーリイを見たときに、不思議そうな表情を浮かべていたのか。
「続き、どうぞ」
「気になるけど……わかったわ」
◇ ◇ ◇
ええと、どこまで話したかしら。
ああ、リュシアン様の所だったわね。将来王位を継ぐことが、しかもカールマニア王国初の女王になる事が産まれた時から決まってるオルタンス様とは違い、彼は呑気な者で、王宮でよく悪戯をしては、ジョセフィーヌ様に怒られてたわ。
えっ? 国王様はどうしてたんだって? 国王様は、政務に忙しかったし、優しい性格だったから滅多に怒ろうとはしなかったわよ。けれど、一歩間違えたら死ぬような事が2人にあれば、誰これ問わず烈火の如く怒ってたわね。
「今度は何をしたの?」
「リュシアンがね、今度はね、私の枕にね、コアラを置いたの!」
一体どうやって持ち込んだんだろう?
なぜか冷静に、真っ先に思い浮かんだ疑問の直後、ピクッと皇后様の髪が揺れたのがわかった。
あちゃあ、地雷に触れちゃったか。
「わかったわ。後でこっぴどく叱っておくわね」
皇后様は、いつも怒りを隠すときに使う、口角がめっちゃ近くからしかわからない程の震えがある笑みを浮かべて、オルタンス様の頭を撫でながらそう言ったわ。
皇后様の「こっぴどく」は国王様の「こっぴどく」より強く、王宮内の誰でさえも逆らえないと言われていたわ。髪の毛の事となると、皇后様は地獄より恐くなるって言われてたぐらいだしね。
結局、リュシアン様が放ったコアラは、リュシアン様自身の顔にのっかかったっていう落ちがつくんだけど、この後で更に皇后様に「こっぴどく」怒られる二重苦をリュシアン様は味わう事になることになったわ。
そんな平和な日常が続いていた時、私達の見えない所で危険な動きがあった。私達がそれに気付いていれば、どうなっていたかしらね。
「国王陛下にお客様です」
午後1時10分。
いつもの時間帯に家族4人で昼食を食べ終わり、中庭で団欒の一時を過ごしていた時だった。
執事長が、1人の軍服を着た男性を連れてきた。
「君は……ラーファ法務大臣だったかね」
「はい。お久し振りです」
東西の民族が入り交じった内閣の中で、3代ぶりに西側の民族の出身で法務大臣に就いたラーファ・カリルランス氏だった。
過去にはアルフェンバート最高裁判所で、裁判長を勤めたほどの秀才で家族もいるが、少し優柔不断で弱気な所がある。それが、私達の中での彼への認識だった。
「一体、何用かね」
国王様が公務の口調で話しかけた直後だった。
何も答えずに、スッという擬音で表すには少し固い滑らかさで、ラーファ氏が手を挙げた。
その直後だった。
シュバババッ、と遠くから鋭い音が聞こえたのよ。
「陛下、屋内にーー」
パン!
銃声が中庭に響き渡った。私が王室の皆様に注意を向けたその一瞬に、ラーファ氏が銃を取りだし、ガンマン舌負けの早撃ちをした。
国王様でもなく、私でもなく、自分の額を。
「きゃああー!」
悲鳴を上げたのはオルタンス様。
その悲鳴で、一瞬の間中庭にあった静寂は無くなったわ。けれど、その一瞬が命取りだった。
「皆様を守れ!」
一も二も言ってられなかった。
その一言だけを中庭にいた8人の部下に叫んで、私はすぐさま仰向けに体を伏せる。
部下達が2人ずつそれぞれの護衛相手の上に覆い被さったのと、レベル3ながらも中庭の広さなら展開出来る“屋根”が四方の壁から出てきたのと、白い煙を尾に引いた人工の飛翔体が見えたのは、ほぼ同時の事だったわ。
そして、何もかもがゆっくりと動く中で。
ロケット砲、この当時はBM-21ではなく勿論旧型のBM-14のロケット弾の1発が“屋根”に当たって。
弾頭が爆発と共に壊され、急造の木の“屋根”が破壊されていったのが見えた。
◇ ◇ ◇
「後はクリョーン達が知っている通りよ」
山賊の中でも数人しか話していなかったという胸の奥に閉じ込めていた話。それを話終えたアドリーヌは、悲しそうな、けれど何かから解き放たれたような表情をしていた。
クーデターが終わった後、つまり砲撃された後に徹底的に燃やされた後に行われた現場検証で、中庭で発見された遺体は9体あった。
歯形や血液、焼け残った衣服の破片から、それぞれの身元がわかった。
まず、長机の東側の地面で覆い被さるようにあった3体の遺体は、国王ならびに国王を護ろうとした親衛隊の2人。親衛隊の2人は瓦礫が頭に当たり即死、国王は瓦礫の直撃は受けなかったものの気を失いその後の火災で窒息死した。
続いて、反対側の地面の3体の身元であるジョセフィーヌ皇后と親衛隊の2人も、似通った状況で亡くなった。
そして残りの3人。
1人は中庭に通じる扉のすぐ近くで亡くなっていたメイドであり、その状況と生前の噂などから、オルタンスを護ろうと外に出た直後に瓦礫の直撃を受けたと見られる。
1人は中庭に通じる別の扉のすぐ近くで亡くなっていたリュシアンであり、即死はしなかったものの体に重大な傷を負い、王宮の中に入ろうとした時に力尽きたと見られる。
最後の1人は砲撃の合図を出したと見られるラーファ氏であり、即死だった。手を挙げただけで王宮と川を挟んだ所にいたロケット砲の部隊に合図が通るわけがなく、王宮の中から見ていた誰かが最終的な合図を出したと後に結論付けられた。また、彼の家族は、自宅の中で縛られた状態で見つかり、彼は家族を人質に取られたため否応なしに実行するしか無かった状態として、彼も被害者の1人と数えられた。
一方で、王宮の中のメイドや執事、そして親衛隊は上記の4人を除いて全員が生存していた。王宮の目の前の市民に解放された公園に、その身を何かによって全員移されて。
その中にいた殆どは、土煙を上げる王宮に向かおうとした。
だが。
彼らの目の前で、王宮から火の柱が出る。
それは、箍が脆くも崩れ去った光景だった。
そして、選ばれた生き残った者達を炙り殺す光景だった。
「見えた」
一番前を歩くアルフェント大尉が、足を止めて言った。
10年前と同じようにゆったりと流れる川のその対岸。
今でも行方不明であるオルタンス様の帰りを待って、その建物と川の間には何も立っていない。だから、よく見えた。
「動いてるわね、忌々しい奴らが」
まだ正式ではないが特赦としてロワイエ大統領から出た、アドリーヌの特別攻撃小隊への配属。
その恩恵を享受するために、彼女は思い出の場所を荒らす奴らに突っ込みはせず、上司の指示を待つ。
上司も、彼女の内側に秘める気持ちは充分理解が出来た。だから、この作戦を成功に導く必要があった。
10分が過ぎた。
それでも待つ。
20分が過ぎた。
それでもまだ待つ。
30分は、待つ必要は無かった。
「現れました」
セラリア中尉が、ただ一言告げた。
空気の最高峰(レベル5)の彼女だからこそわかった僅かな違い。
それは。
「排ガスの成分、首相官邸の防弾設備付きの公用車の物と一致。間違いありません」
午前7時23分。
大統領から最高指揮権を一時的ながらも委託されたアルフェント大尉は、大統領専用の無線に繋がっている無線機に、声を吹き込んだ。
「始めます」
その一言で。
この島国の命運を握る戦いは始まった。




