11-5 海の中からの刺客
午前2時47分。
いまだに陸上では、クーデター軍の本拠地たる首都で起きた事件で、上から下まで騒いでいる時。
カールマニア島東岸の沖合いに、1隻の鉄の物体がいた。涙の形に固まったそれは、黒い帯のすぐ近くの海底に横たわり、2時間半は動いてなかった。
「連絡が来ました。無事に成功した、と。地上の状況から見ても確定できる情報と見られます」
電話を置いたカールマニア王国海軍の唯一の潜水艦『ルーラン』の副長が、その報をずっと待っていた艦長に告げる。
陸上から大統領のみが知る回線で来た電話。発信源がいつも来る大統領官邸ではなく、アルフェンバート市と中央高地との中間地点にある公衆電話から掛かってきたので、一瞬緊張が走った。しかし、この艦に備えられている声紋認証装置が大統領本人と認識したのと、大統領しか知らない合言葉を知っていたので、ロワイエ大統領本人だと判断した。
そして、その大統領から、この艦に電話を直接かけてくる要件は、たった1つしか受け入れられないと大統領府と海軍の間で結ばれた協定が、クルーの中に次に思い浮かんだ。それが、就航してから8年が経った今、実行されようとしていた。
大統領からの最重要機密の任務。それは、大統領にしてもこの潜水艦のクルーにしても乗り気が起きない事だった。
「艦長より士官、下士官の全員に告ぐ」
冷静沈着ながら、イベント好きで乗組員の遊びにも付き合う事からクルー全員から慕われている、ヨーロイド王国海軍からやって来たローゼン・クロイツ大佐が、いつもと変わらない声で無線機に声を吹き込む。
東岸にある基地から、対潜水艦攻撃の猛火をくぐり抜け、ソナーを吸収する黒い帯のすぐ近くまで逃げてきた後も緊張を外さなかったクルーは、静かに、体に染み込ませるように聴く。
「ロワイエ大統領閣下より、作戦の第一次段階の成功を告げる伝達があった。よって、この艦も第二次段階の移行を行い、同時に作戦の遂行を進める。
クーデター時における作戦である『ヴェント』における諸君の健闘を祈る」
午前2時48分。
潜水艦『ルーラン』は、ゆっくりとその鉄の巨体を動かした。
◇ ◇ ◇
「失礼します!」
ノックも無しだった。
部屋に下士官らしき若い兵士が駆け込んでくる。それで中央高地への人員派遣の振り分けを考えていたルータ将軍が、苛ついた目付きで、彼を睨み付けるが、彼は気付かず、首謀者だと思っている私を見ながら言う。
「ラーメナ港の艦艇が、突如魚雷による攻撃にあい、損害を負ったと海軍から情報が入りました!」
「被害の程度は!」
反応したのは将軍だった。今日何度目かわからない大声をあげる。
私から将軍に顔を向けた兵士は、額に汗をにじませながら、しかしはっきりと答える。
「戦闘可能な艦艇2隻が大破! また、燃料タンクに爆発した破片が飛び散り爆発。現在、大規模な火災を起こしています!」
ラーメナ港、といえば東岸の方にある港だ。そこが攻撃されたという事は、大陸の国の物ではない限り……。
「海軍に伝達。全基地の警戒レベルを最大にまで上げ、対潜攻撃の機能を備えた艦艇は、西岸からも出してください」
「了解!」
悪魔は、どうやらこっちに敵対する方か。
◇ ◇ ◇
「……わかった。気を付けてくれ」
電話口にそう吹き込んだ後、ロワイエ大統領は静かに電話を置いた。
しばらく、電話を見つめた後、俺達の方に振り返る。史上初、を何度もしている大統領にとっても、この“史上初”は辛い物だった。
「『ルーラン』が、東海岸に停泊している軍艦への攻撃を始めた。よって、我々も動き始めるとする」
ただ簡潔に。
簡潔に、部屋に備え付けられた無線機を通じて、色々と置かれている巨大な倉庫の中で待機している陸軍に、大統領は命令した。
『了解しました』
臨時に編制された軍団の長の答えも短かった。
同時に、特別攻撃小隊の隊長であるセラリア大尉も、静かにドアを開けた。
「反撃の開始だ」
ただ短く、引き返しが出来ない所まで踏み込んだ大統領が言う。




