03-1 お誘い
部屋に備え付けられた電話に、安眠を邪魔された時には、既に日はまたがっていた。
ツインベッドの真ん中の壁にはめ込まれた時計の『00:27』という文字を見ながら、その時計の真ん前に置かれた机の上にある電話を取る。
「もしもし?」
わざと語気を強める。相手が誰か知らないが、こんな時間に掛けてくる不届きものだから、変な神経をしてるにーー。
『クリョーン君ですか?』
違いなくはない、うん。この国の大統領が、こんな時間に電話を掛けてくる事は、極めて真っ当な神経を持っているにちがいない。
「は、はい。大統領閣下ですか?」
『ええ。夜分遅く申し訳ございません』
国王亡き王国を統べる大統領に謝られている事を考えると、慌てて否定する。
「いえいえ。私のような異国の者が大統領閣下から謝れる事など毛頭もございません」
『しかし、これは身分の前にあるマナーに違反する事です。それに、これからあなたに頼まなくてはならない事も含めますと、再び直接会って謝りたいのです』
わずか2日で、2つの国の国家元首に会って、話をして、頭を下げられる平民などそうそういないだろうなあ、となかば現実逃避の方に進みつつあった俺の頭は、あやうく後半の部分をスルーする所だった。
これから俺に頼まなくてはいけない事?
「私に何かあるのですか?」
『はい。実はつい先程、緊急閣議が開かれ、山賊の本拠地への掃討作戦が実施される事が決まりました』
「掃討作戦、ですか?」
聞き返した時点で、何を言われるかは予想がついた。帝国にいた時、何度か頼まれた事だから。
『はい。もしよろしければ、その作戦に参加ご参加いただけないでしょうか?』
そう。帝国で何度か頼まれ、それを実行した事。
強盗グループやテロ組織や暴力団といった悪人達の本部を襲撃して、ローザが言うには裏組織では『破壊神』、帝国軍や警察では『駆逐神』と呼ばれているらしい。
この国の山賊は、帝国で言うとテロ組織と軍の間ぐらいだろうが、帝国軍から俺1人vs1個旅団7000人の拠点攻防戦をした俺にとっては、別に怖くはない。
しかし、今は一緒に旅する友達が4人いる。
だから。
「みんなに行っていいか聞いてからで良いですか?」
『もちろんです。では、今日の正午までに大統領官邸受付に電話をとってください』
「わかりました」
良いご返事待っています、という真剣な声の後、大統領から電話を切り、俺もしばらく経ってから電話を置く。
「なんの掃討作戦だ?」
ユーリイから鋭い声がかかる。
電話を取った直後から起きていて、話している間、ずっとこっちを見ていた。
「大統領閣下から山賊の」
そこまで言ったら、ユーリイがため息をつく。
「この国に来ても、か」
「らしい」
ユーリイも女帝陛下の同行者なので、俺の経歴は充分わかっているはずで、それゆえのため息だった。
明日、女帝陛下とかに相談してみる、と伝えると、ユーリイは小さな笑みを浮かべて、ベッドの中に潜った。
6月と言えども、ベッドに潜りたくなるのはカールマニア王国1と言われるホテルだからかな?
◇ ◇ ◇
「反対です」
12月25日午前7時。
三国の会社の重役や役人が集う食堂。
食堂のほとんどの目を集める中で、8人用に繋がれた2つの机の左端に座るフィーガナが、はっきりと否定した。
「なんで?」
列車での事件以来、距離が縮まったと思っているフィーガナに、反対の理由を聞く。
「もし首領を取り逃がした場合、報復の攻撃があの村に来ます」
「クリョーンの腕を見ただろう? あれなら、簡単に捕らえられるぞ?」
俺より先にフィーガナに反論したのは、真っ先に掃討作戦参加を支持した女帝陛下だった。
フィーガナは隣に座る俺から、目の前に座る女帝陛下に、頭と視線の向きを変える。
「もし捕らえたとしても、残党が襲います」
「アシルさんの話では捕らえれば降伏すると言っているぞ?」
俺達5人にアシルさんとその秘書の7人でとっている朝食は、険悪な雰囲気になろうとしていた。
「しかし、それは全員とは限りません。降伏しない者もいるでしょう」
「それもまた真だとは言えないじゃないか?」
二番目に賛同したユーリイは、我関せずといった感じにパンを食べ。
三番目に賛同したアラクネは、俺とフィーガナと女帝陛下を何度も見て。
四番目に賛同したアシルさんは、苦笑いを浮かべ、女帝陛下を見ていて。
五番目に賛同したアシルさんの秘書は、ユーリイと同じようにパンをつまんでいる。
「言えませんが、サークラの意見もまた真だとは言えないでしょ?」
「確かに、真とは言えない」
おう、ついに敬語が無くなった。
ユーリイは手を止め、アシルさんの目も若干細くなるが、フィーガナは気付いていない。
「ならーー」
「しかし! しかし、もしこのまま手放しにしておけば、山賊はまだ動くぞ?」
「ッ!」
こちらを見る目が増えていっているように感じるが、女帝陛下はうまく前髪で顔がはっきり見えないようにしている。
「クリョーンを信頼しろ。それが役目だろう? フィーガナの」
「…………」
しばらく、女帝陛下と目線をぶつけ合っていたフィーガナは、ため息と共に視線を落とすと、今度はこちらを向く。
「クリョーン」
「は、はい」
「クリョーンが掃討作戦に参加する事は認めます。しかし、1つ条件があります」
「条件?」
「はい。……その掃討作戦に、私も参加させてください」
「……えっ?」
フィーガナとアシルさんはよく似た苦笑いを浮かべ、クリョーンはまたパンをつまみはじめ、アシルさんの秘書は無反応。
「良いですね?」
人間でもこんな綺麗な青い瞳はしていないだろうと思う目で、念を押された俺は、思わずうなづいてしまう。




