02-6 晩餐、そして始動
結局、感謝が増えたという訳だ。
夜の7時過ぎ、カールマニア王国大統領官邸での夕食の途中、ロワイエ大統領は苦笑を浮かべながら、俺に向かって呟いた。
その時は、大統領が何を言っていたのかはわからなかったが、後で当然だが馴れた様子で談笑しながら大統領と話していた女帝陛下が教えてくれた。
山賊に加えて、史上最悪の組織と言われている『東側民族解放戦線』の機械化部隊を壊滅に追いやった少年。
「望まないヒーロー、ですね」
大統領官邸の隣にある最上級ホテルの最上階の部屋の前の廊下で、明日の起床時間などを確認した後、フィーガナに耳打ちされた。
俺は肩をすくめて、ユーリイと一緒に女子達が泊まる部屋の横の部屋に入る。
「そろそろ、教えてほしいけど良い?」
外開きのドアを閉めた後、部屋の片隅にカバンを置いたユーリイに尋ねる。
ユーリイは、顔だけこちらに向けて、何を? という表情を見せた。彼なりの続きを促している表情だと決めて、この島国に来てからずっと聞きたかった事を聞く。
「サークラ女帝陛下がヨーロイド王国に行く理由について、だよ」
ユーリイの反応は、ああ、そんな事か、という反応で、顔も前に向けて、自分のカバンを探りはじめる。
まさか、ただのお忍びの旅行か? という疑問が浮かんだが、ユーリイは何の気なしに言った。
「女帝陛下がヨーロイド王国国王に求婚を申し込み、このカールマニア王国に先代のように亡命するためだよ」
と。
10秒以上は固まった後、俺は本日3度目の叫び声を上げた。今回はフィーガナが拾わなくても、彼女達の耳に届いたらしく、5秒ぐらい後に臨戦態勢の格好でドアをフィーガナがドアを開け放つ。
一方の俺は、叫び声を上げた後、後退りをしていて、すぐ後ろのドアに寄りかかっていた。
つまりーー。
「うわっ」
「きゃっ」
倒れこんできた俺が、フィーガナの上に覆い被さる、という構図が生み出されるという訳で。
そして、良い事なのか悪い事なのか、めっぽう反射&運動神経が良いので、体は無意識に半回転して、彼女を抱きしめ、そして、そこから半回転して、俺が下になった。足首がグリッと言ったが、気にしたら負けだ。
「………………」
「………………」
そして、大丈夫か? と聞こうとしたら、いつの間にか俺の両方の腕にしがみついていたフィーガナの両手の力が強くなって、決して小さくはない物が押し付けられても、平常心を失わない事は大切にしなければならない。
クリョーン、と小さく、弱々しい声と共に俺の胸の上にあるフィーガナの顔が俺の顔をじっと見ても…だ。うん。平常心を………………。
「……私達がいる事、忘れてないだろうね?」
「わああ!」
「きゃあ!」
慌てて飛び起きた。
危ない、危ない。あやうく、野性が勝る所だった。足がまた痛んで、完全に理性が今は勝っている。
「今日はよく叫ぶな、クリョーン」
「は、はい」
「はい?」
「……わ、わかった」
「それで良い」
フィーガナは顔を赤らめて、女帝陛下はイタズラっぽい笑みを浮かべて、アラクネは母親のような柔らかい笑みを浮かべて、ユーリイは目を細める。
一瞬、フィーガナと目線があったけど、すぐに逸らされる。更に顔が赤くなったような気がしたのは、多分気のせいだろう。俺のようなヤツを好きになるのはそういないだろうし。
◇ ◇ ◇
同じ頃、首都の屋台で美女の秘書と晩飯を済ましていた、どこにでもいそうな公務員よりかは、社長と言われた方が似合う男性は、町中の通りに備え付けられた公衆電話で電話していた。
相手はカールマニア王国国家警察本部警視総監。盗聴で聞かない限りは、触れない方が良い人物である。
「ありがとう、ユッちゃん」
警視総監をあだ名で呼んだ男性は、電話を切った後、また電話をかける。
相手が出る頃まで女性の警視総監が、その体を総監室でくねくねしていたのは国家機密級の事だが、話の本筋には関係していないので描写ははぶく。
「こんばんは、大統領」
いかにも普通に、機密回線越しに電話の相手に挨拶する。
『こんばんは、陛下』
「陛下?」
『すみません。……こんばんは、』
「こんばんは。やっぱり慣れない?」
『お世話になり……なったから』
「ぎりぎり及第点、かな。ユッちゃんから、列車砲撃事件の詳細、聞いたよ。ついに、だね」
『ああ。恐れていた所まで、事は深く進んでいる』
「合格。最悪の事態はまだまぬがれている?」
『エージェントの情報では、山賊と組織がつながろうとしている動向は無い、と。ついさっき、首相から、クリョーン君の活躍で軍の士気が上がったから、討伐部隊を送る時では無いか、と連絡が入った』
「そこは大統領が。私は一介の公務員だし」
『わかった』
「それじゃあ、良い未来が訪れる事を願って」
大統領官邸へ直接発せられた電話の発信源を探すやつらがいるなら、後5秒ぐらいしゃべっていたらわかるだろうが、2人は重々わかっているので、端的に事を話して電話を切る。
戦闘準備体勢でもしもの襲撃に備えていた秘書を横目に見ながら、自宅に向かって歩き、しばらく考えにふける。
「……“絵本”もそろそろ終わり、か」
ぽつり、と呟いた言葉は、誰の耳にも入らず、例え聞こえたとしても意味がわかる者は、この世界においそれといないだろう。
そして、一介の公務員である元ジャピード帝国皇帝は、町の闇の中に消えていった。




