01-2 ガーンドを走って
基地から脱獄して30分。明らかに、東側との国境沿いにあるガーンドの街中にいる警察の数が増えていた。しかも、みんな拳銃を装備しているのがわかる。
「厳戒態勢、か」
当事者の1人、クリョーナさんはバイクのハンドルを左に切りながら、ヘルメットの中でつぶやいた。
その後ろに乗る俺は、内心はビクビクしながら、ずっとクリョーナさんの体の横から警官や町並みを目に焼き付けていた。すぐ隣に座っている訳ではなく、補助席みたいな所からだ。
「本当に巻き込んでしまってすまない」
「王室と乙女の頼みを断れる男はなかなかいませんよ。それに、私をあの基地から出してくれました。その恩返しもしないと」
ガーンドの南にある基地の近くに止まっていたハーレーを拝借した後、町の中心部を南東から北西に走る高速に乗るためには、町のど真ん中を突っ切っていかなければならない。
なのでクリョーナさんは長い金色の髪を束ねてヘルメットをつけて、俺は赤く輝く髪を目深に被った帽子で隠して、後マスクをつけて変装して、ガーンドの街中を走っている。
では質問。
ハーレー、ヘルメット、帽子、そしてマスクをどこで貰ったか。
その答えは簡単だ。
「お嬢様学校、意外とお転婆ですね」
「お転婆、か。まぁ、庶民が想像するような、おほほ、そのネックレス云々のようなババアはなかなかいない」
「ババアは言い過ぎでは?」
「いいや、古い人達だよ。べつに非難する訳ではないが、今のご時世は明るくお転婆な性格だ」
「私をやたらと触ってきたのも、ですか?」
「あれは……やりすぎだと私も思っている。新学期になったら、きつく注意しておくよ」
「ありがとうございます」
あれは怖かった。触ってくる人達の勢いと目付き、そして肌スリスリ。鳥肌が総立ちしたのはあれが初めてだ。
とにもかくにも、首都であるルーアレードのお嬢様学校でクリョーナさんが作った人脈は、帝国の南東のはしっこに近いこの町でも健在で、脱獄した後クリョーナさんがどこかに電話したら、5分もかからない内に4点セット+5万ウーブル入りキャッシュカード+偽造運転免許証が手に入った。
「権威のある者達が持つ悪の権利も使うさ」
お嬢様達が去った後に、ほほえみではなく爽快な笑顔を見せて、クリョーナさんはそう答えた。
そして、無免許運転という罪はいずれ消えるという道が確定した今、それを『我らが信じない主』は許さなかったのか、あるイタズラを俺に与えた。
「クリョーン……」
町のど真ん中にあるため引っ掛かったら待つ時間がやたらと長い信号で、青になってるのを待っている時に右側の歩道から聞こえた声。
気付かれないようにゆっくりと右に視線を移動させる。そこにいたのは、やっぱり俺の親友で、友達以上になりたいと思っている“少女”だった。
いつも浮かべている笑みはどこかに消え、視線は地面に向いて、口元は引き締められている。それは、6年一緒にいた中で初めて見る顔だった。
「早く帰ってきてよ、クリョーン」
そして、そのつぶやきはすぐに消えそうな声で、本気で俺を心配してくれているのがわかった。
しかし、もう引き返す事はできない。
結局、声もかける事も出来ずに、ハーレーは静かに走り始めた。
「……彼女が、君を待ってる人かね?」
「はい。……私の経歴書は見ましたか?」
「ああ。君が捕まった時に、皇帝暗殺をくわだてたのはどんな人物だ? と思って、じっくりと見たよ」
「くわだてていないです」
「わかってる。6年前まで幽霊であり、その後はずっとこの町から出なかった君が、あんな詳しいルーアレードの地理と下水道の配置を知っているわけが無いからな」
それを、何度も何度も軍に主張したが、一向に聞き入れてくれなかった。
脱獄しようと思っても、記憶が始まる時には既に持っていた火の能力が使えないようにする魔術結界が、牢獄とそこから一本道で直行できる尋問室とその間の一本道に仕掛けられ、脱獄は不可能に近かった。
そして、なかば死ぬ事を覚悟した時だった。
「帝国陸軍参謀本部長、か」
クリョーナさんが口にしたのは、俺の脱獄を提案してそれを実行した御老人の役職。
正確には、その御老人についている鳩から連絡が来たので、御老人が帝国陸軍参謀本部長かどうかはわからないが。
「例えウソっぱちだとしても、君の居場所を知ることができる人間であり、監視の合間をぬって鳩を操れる人間であり、さらには空軍に仲間を持つ人間というのは中々まれだから、もしかしたらその参謀本部長当人かもしれないな」
それが、クリョーナさんが出した結論。
簡単にいえば、肯定もできないし、否定も出来ないが、重要な役職についている事は確実な人間であるという事になる。
やがて、長身の女性が運転席に、同じくらいの身長の少年が助手席に乗るハーレーは、町のほとんどの人々に『買い物に行く姉弟』と認識されながら、警察にも呼び止められる事もなく高速に乗った。
一方で、空軍が中心となって結成された捜索部隊は、犯人の基地からの脱獄直後から犯人と皇帝陛下の姉の足がつかめず慌てていた。
結局、彼らがハーレーに乗った事が、捜索部隊に知らされたのは、既に暗闇を深まった頃だった。
2013年12月31日改稿
我らが主→我らが信じない主、など。




